野営地へ
ブックマーク、ありがとうございます。
書簡の内容はというと――
田中たちは三日前には災悪のダンジョンに到着していた。つまり予定通りだったはずなのだが、田中たちはメイド騎士に書き置きをして勝手に災悪のダンジョンに入ってしまった。
災悪のダンジョンを攻略の際、共に行動する予定だった騎士たちにも伝えずに。
メイド騎士たちは、ちょっと偵察するだけで、すぐに戻るから大事にはしないでね。特に先生には、お願い。という田中たちの書き置きがあったためしばらくは黙認することにしたそうだ。
しかし、田中たちは二日経っても戻ってこない。心配になったメイド騎士と執事騎士は、疲れて休養中と伝えていた騎士団長にその旨を報告した。
すぐに八人組み、ニ十チームが編成されダンジョンに侵入したらしいが、こちらも未だに連絡がないそうだ。
それで、もう自分たちの手に負えないと判断したメイド騎士たちは、伝書竜でやり取りしていた先生に助けを求めてきたのだ。
でも、先生はすでに田中たちのところに転移しているので、すでにダンジョン内にいると思ったほうがいい。
――……どうせあいつらのことだ。先生にいい格好でも見せようとしたんだろう。
くそっ……人がいいお節介な小西さんや、他人に無関心の大野さんでは止めることは、しないか……あー、どうしよう。どうすればいい……
俺が、思い悩んでいると――
「勇者様……」
同じように、俺が渡した書簡を読み終えたお姉さんが力強い視線を向けてくる。
――そうだよな。
悩む必要なんてなかった。
田中たちは別にどうでもいいが、先生や小西さんたちは心配だ。女の子だし。
俺が行ったところで何もできないかもしれない。けど……
「俺、今から行こうと思います」
転移魔法や馬が使えない俺は、おそらく走っていくことになるだろう。
災悪のダンジョンは、田舎村までの距離より少し遠いとお姉さんに聞いている。
それでも全力で走れば、夜までには辿り着けるはずだ。
「では、私もお供いたします」
お姉さんは俺がそう答えると分かっていたのだろう。細めた目が少し柔らかく、表情を緩めているように見えた。
「しばらくお待ちください」
そして、すぐに俺の荷物をまとめ始めたお姉さんは、さすがとしか言いようがない。二分も経たないうちに俺の荷物をまとめ終えてしまった。
――はやっ……
しかも、知らなかったけど、俺の部屋にある開けたことのない鍵付きのドアの向こう。そこはお姉さんの部屋だった。
――な、なんと……
だから、お姉さんの準備もあっという間に終えてしまった。
「あとは……携帯食や飲水を準備してまいります」
手際のいいお姉さんは、最後にそう言って部屋を出て行こうとした。けど――
「待ってくれっ!」
今まで黙って俯いていたマルスさんが、突然声を上げて俺のほうに向き直った。
「……マルスさん?」
「ヤマノコ様、お願いです。私も、私も連れて行ってくださいっ」
そして、そのマルスさんは、両手と頭を床につけた。
「!? ちょ、ちょっとっ」
土下座だ。俺もお姉さんにやったやつ。この世界にもあったのだ。ただ、されてみてわかったけど、これを目の前でやられるとかなり困惑する。
お姉さん、なんかごめんなさい。
しかも、俺は人に頭を下げられるのがすごく苦手だ。断れなくなるから……ってのもある。直したくてもなかなか治らない俺のダメなところ。
人のこと言えない俺だけど、とりあえずマルスさんの土下座はやめさせたい。
「マルスさんっ、やめてください」
すぐに両手を握ってマルスを立ち上がらせてみるけど、連れて行って欲しいと言って、またすぐに座り込む。
「ヤマノコ様、どうか、どうか……コウサカ様に、もしものことがあれば私は……私は……」
必死なマルスさんの姿を見て、マルスさんもまた先生のことが心配なのだろう。
――はぁ……
「分かりました。連れていきますから、もうやめてください」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます。ありがとうございます」
土下座をやめさせたかったに、そのまま頭を下げるから、結局、またマルスさんに土下座をさせてしまっている。
――あー、もう……
「マルスさん。もういいですって、分かりましたから立ち上がってください」
「は、い……」
いつの間にか涙を流していたマルスさんを、なんとか立ち上がらせたはいいが、お姉さんに断りを入れずに勝手に決めてしまったことに気づいた。
――あっ。やばい……
お姉さんの反応が少し気になり、俺はお姉さんに視線を向けた。
「マルス殿。時間が惜しいのですぐにご準備を……では、勇者様。すぐに準備してまいります」
でもお姉さんからは、特に反対しているような感じは見られなかった。
けど、肯定しているようにも見えず、淡々とした口調でそれだけをマルスさんに告げ、俺には頭を下げて部屋から出て行った。
「ヤマノコ様。では、私もすぐに準備をしてまいります」
マルスさんも俺に頭を下げて、急ぎ足で部屋から出てきた。
――――
――
「なんだ、この速度は!?」
準備を終え、騎士服に身を包んだマルスさんと合流した俺たちは、城の裏手から出て災悪のダンジョンに向かった。
はじめこそマルスさんは、俺たちが馬で向かわないことを、非難めいた目を向けることで訴えてきたけど、俺が皆に身体強化魔法を施し、走り始めるとその見る目が変わった。
「力が溢れ出るっ!」
俺とお姉さんも馬でどうにかして現地まで行けないかと考えはしたんだ。
考えたけど、身体強化魔法を馬に施すと、かなりのリスクが伴うだろうという考えに至った。俺が馬に乗れないということは別にしてもだ。
ほら、馬に身体強化を施せば、尋常ではない速度がでることは目に見えている。
だから、もし何かの間違いで通行人に接触でもしたら間違いなく死人がでる。
それだけじゃない。乗り終えた後もそうだ。強化された馬の力が強すぎて繋ぎ止める手段がない。
大人しくじっとしていてくれればいいけど、もし暴れでもしたら……そこでも死人がでるだろう。
それで現在に至っているが……
「私は風だ。風になっている……」
「マルス殿、少し黙ってください」
「……も、申し訳ない」
「ははは……」
興奮したマルスさんは少しうるさい。イケメン紳士騎士はクールではないのか。俺の中でイケメン紳士騎士の印象がガラガラと音を立てて崩れていく。
もちろん、この身体強化魔法が神紋魔法だということはマルスさんには伝えておらず、身体強化魔法の強力版で身体増強化魔法だと伝えている。
――――
――
「勇者様、野営地が見えて来ました」
――はぁ……はぁ……やっとか……
途中、二度ほど休憩を挟んだけど、ほぼ全力に近い速度で駆け抜けた俺たちは、日の沈むギリギリの時間に到着した。
「よ、よかった……」
やはり元騎士の二人はバケモンだった。俺の息は乱れてくるけど、二人にはまだ余裕すら見える。
途中、俺の速度が落ちそうになると、さりげなくお姉さんが腰の辺りを押してくれたりしてくれなければ、もっと遅れたいたかもしれない。お姉さんありがとう。
「ん? 勇者様、何やら騒がしいですね」
「そうですね。何かあったのでしょうか?」
速度を落としつつ野営地に近づくと、慌ただしく動き回る騎士たちが目についた。
「な、なんだ……ろうね……」
俺は余裕がないので、見えてないけど、とりあえず二人の会話に合わせていた。
「私が少し聞いてまいります」
マルスさんが、少し速度を上げて駆けていったかと思えば、何やら叫びながらすぐに戻ってきた。
「ヤマノコ様! タナカ様たちが戻ってきたそうです」
「本当! ですか! よかった……」
――一時はどうなるかと思ったけど、ほんとによかった……
「勇者様、よかったですね」
「はい。お姉さんも、俺に付き合ってくれてありがとう」
だが、田中たちがいるという仮設の宿舎に案内された俺は、本気で田中たちを殴ってやろうかと思った。
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