なんてことだ
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「あ、先生」
入ってきた先生は、すぐに俺の目の前の席に腰掛けた。
「えっと、はい。お姉……ジュリアさんのおかげで良くなりました」
俺は両肩を回して見せると、先生は少しほっとしたような顔をして――
「それは良かった」
お姉さんが淹れてくれた紅茶を口にしたが、俺は逆に先生のほうが心配になった。
今日の先生はどこかお疲れモードに見える。いつもならツヤツヤ、サラサラしている先生の髪が、今日は所々はねている。
――あらら……
他にも上着のボタンが掛け違えていて、もう少しで中の下着が見えそうなのだ。見えないけど……
「先生のほうが疲れているように見えますけど、大丈夫ですか?」
俺が気づいたところを指摘すると――
「ん〜そうか」
気の無い返事をした先生が髪をペタペタと押さえて、飛び跳ねた髪を正したまではよかったけど……
「ちょっ、せ、先生……」
掛け違えていた上着のボタンを次々と外していっているではありませんか。
慌てて顔を背けた俺だったが、しっかりと見えてしまった。
――先生のブラ……赤……
「ん、ああ……すまんすまん」
不可抗力なんだけど、これは当分頭からはなれそうにない。
――ふふ……あっ。
ただ、お姉さんからの視線が、むっつりスケベやろうと責められているように感じて痛い。
「はぁ、接待は得意ではなかったが、される側も……苦痛だな」
そう言った先生が、昨夜の宴について少しだけ話してくれた。
話題のほとんどが先生。しかも、騎士たちや村人たちから囲まれた先生は、女神のように崇められ、ノンストップで食べものや飲み物を勧められ、皆が酔い潰れた明け方にやっと解放されたそうだ。
加護のおかげで、すぐにアルコールは抜けたらしいけど、眠気は取れなかったらしく、状態回復魔法をして俺のところに来たそうだ。
それでもなんとなく倦怠感が残っていてお疲れモードになっていたらしい。
――あー、騎士たちのあの眼差しは、そういうことだったのか。
いやぁ。先生には悪いけど、参加しなくてよかったと思うわ。
「山野木。お前……今、参加しなくて良かったって思っただろう」
先生が目を細めジロリと視線を向けてくる。
「えっ。い、イヤだなぁ先生。俺がそんなこと思うはずないでしょう。お、俺も、先生と語りたかったくらいなんですよ……」
「そうか。顔にそう書いているように見えたが、気のせいだったか……」
「そうですって……」
――ごめんなさい。ウソです……ホッとしてます。
「それでだ。予定では田中班と合流して、一日休養をとってダンジョンに挑む予定だったんのだが……」
「何かあったんですか?」
「ああ。どうも田中班は、まだ災悪のダンジョンに到着していないようなんだ」
先ほどマルス宛に伝書竜が飛んできたと先生が教えてくれた。
ちなみにマルスとは、先生の付き人イケメン執事騎士のこと。
そのマルスは、先生の指示で田中班のリーダーである田中のメイド騎士と、伝書竜を通じて情報交換をしていたのだ。
「だから。予定を少し変更して一度王都に戻ろうと思う」
「分かりました」
田中班が向かった災悪のダンジョンは俺たちが来た田舎村の真逆の位置にある。
だから、ゴブリンとオークの討伐を終えれば先生の適性スキル、生徒名簿を使って合流する予定だった。
けど、その田中班はまだ災悪のダンジョンに到着すらしていなかったのだと。
どうも田中たちは、途中の町や村に立ち寄りながら進んでいるようで、それが遅れている原因らしい。
――あー、分かった。どうせ勇者様と崇められいい気になっているんだな……
けっこうな規模の騎士団も同行しているようだし、ちょっとした寄り道が大幅な行軍の遅延につながってしまったのだろう。
「本来なら、このまま合流してもいいのだが、携帯している食糧も有限だしな。
それに私と山野木が入って、馬車の中をわざわざ狭くする必要もないだろう」
田中たちは、二頭立て六人乗り用の豪華な馬車に乗って移動しているはずだけど、他の騎士たちは当然騎乗している。荷物を載せている馬車もあるが、それに乗せてもらえるわけもない。
下手をすればもう一台馬車を手配すると、騎士たちの手を煩わせさらに行軍を遅延させてしまうことにもなりかねない。
そのことを先生は言っているのだ。
俺も、いくら豪華とはいえ、六人乗り用の馬車に狭い思いをしてまでは乗りたくないし、もう一台馬車を手配されても心苦しい。
まあ、アイツらなら先生に密着できるチャンスだと喜び、隣の席の奪い合いがはじまるだろうけど……
「では、先生は騎士団長代理(今は七番隊隊長)と村長に挨拶をしてくるから山野木は村の入り口で待っててくれるか」
「はい。分かりました」
そのあとは俺は、行きと違い軽めの速度で王都まで走って帰った。
なんだかんだで、先生は俺の身体を気遣ってくれたようだ。
あ、もちろん身体強化の魔法は使ってだよ。
いくらジョギングと言っても先生についていけないからね。
――――
――
それから三日経った。
「いくらなんでも……はっ! 遅すぎる……はっ!」
そう呟くのは、俺の隣で素振りをする先生だ。
先生は、俺がお姉さんから剣術の指導を受けていると、よほど暇だったのだろう、気づけば俺たちの傍で素振りをはじめていた。
そのため、俺は常に身体強化魔法をする羽目になってしまった。
これがまた、一度目はいいけど続けて二度目になると地獄だった。
お姉さんのマッサージだけでは、筋肉の痛みがどうにもならず回復の玉の神紋魔法に頼った。
「小西さんたちのことですか?」
「そうだ……はっ!」
素振りをする先生から視線を戻した俺は、木人形に視線を戻し、木刀を思いっきり振る。
「たぁっ!」
シュッと風を斬る凄い音が聞こえるけど、別に空振ったわけではない。これは木人形に当てたらダメなんだ。
当てると身体強化しているからどっちも砕けてしまう。
「たぁっ!」
そして、俺らしからぬこの掛け声は闘気法を意識してのことだ。俺でもやれば少しは様になってくる。剣術のアビリティのDも手に入った。
けど、少しでも気を抜くと――
「勇者様。もう少し相手を倒すと意識して、一振り一振りを本気で振ってください。まだまだ気が緩んです」
「は、はいっ!」
お姉さんの指摘が入る。そう、お姉さんの指導は想像以上に厳しかった。
朝は体力作り(五階建ての兵舎にある非常階段の上り下り)と中庭での素振り(今はこれをしてる)。
昼は王都の地下水道に巣食うドブネズミみたいな小さな魔物ドズミを倒しに行く。
そして夜は、また体力作り(俺がやってたやつをお姉さんを背負ってやる)をするのだ。すこしご褒美っぽいけど、それは始めだけでとにかくきつい。
あ、昼にするドズミ討伐は王国兵士たちが交代でやるルーティンワークのひとつ(じゃないと地上に上がってきて人を襲う)なんだ。
お姉さんが話をつけてくれて、それに参加させてもらっているんだ。なぜか先生も。マルスからは止められたようだけど……普通にやって来て参加している。
小さな生き物を狩るの? と思うかもしれないけど、こいつらは小さいけど凶暴な魔物で人を見れば食糧だと思って襲ってくる。やらなきゃやられるし、地上に逃せば被害者もでる。
闘気法を意識するために、大きく息を吸って叫びながら狩るんだけど、これがまた下水の臭いが臭くてキツいのなんの。
けど、その甲斐あって俺でも魔物を前にしても剣先を向け斬りつけることができるようになった。
「山野木……」
突然、素振りをしていたはずの先生が素振りを止め俺を見ている。
「どうかしたんですか?」
いつもなら俺が素振りを止めるまで振り続けているのに。俺は不思議に思い手を休めて先生に顔を向けた。
「先生な。少し様子を見てこようとかと思うんだ……」
「そうですか……じゃあ俺もですね」
俺は、狭い馬車のでの移動になるのかと、ため息が出そうになったが――
「いや。山野木は残っててくれ」
「え?」
先生から予想外の回答がきて言葉に詰まった。
「何事もなければいいが、どうも胸騒ぎがするんだ」
「じゃあ。尚さら俺も行ったほうがいいんじゃないですか?」
まだ三日だけど、お姉さんに鍛えられ少しは自信がついてきたせいだ。
みんなよりも弱いけど、俺だって居ないよりはマシだろうと思えるようになってきたんだ。
「うむ。そこは先生も正直迷っているんだが、それで先生の生徒名簿スキルは生徒のところにしか行けないのは説明したから分かっているよな?」
「はい」
「山野木がここにいてくれれば、本当に遅れているだけだったら先生はすぐに戻って来れるとも考えたのだ……」
「それは、そうですけど……そうじゃなかった場合が、やばくないですか? やっぱり、一緒に行きましょう。馬車が狭ければ俺走りますから」
「山野木もうれしいこと言うようになったな。けどな騎士団がついているんだ勝手な行動はしないほうがいいだろう……崇められるぞ」
「え?」
そう言った先生は田舎村での宴を思い出したらしく、顔色を悪くした。
「それは……」
「そうだろう。じゃあ、すまないがちょっと待っててくれ」
結局、マルスの同行すらさせなかった先生は、大丈夫。すぐに戻ってくると言い残し、生徒名簿スキルを使って転移していった。
――――
――
そして、その日の昼食を終えた俺だったが、気持ちが落ち着かない。先生がまだ戻ってこないのだ。
「勇者様、落ち着きませんか?」
「……はい。そうなんです。お姉さん、先生……やけに遅くないですか?」
「はい。私も少し気になっていました」
お姉さんも俺と先生の会話を聞いていた。それに、素振りをする先生と何度か会話をしている姿も見たことがあるので少しは交流があったようだ。
いつもなら昼食後、すぐにドズミ討伐に向かうのだが、帰ってこない先生が気になって何もする気がしない。
俺がどうにか気持ちを落ち着かせようと部屋の中をゆっくりと歩き回っている、そんな時だった。
「ヤマノコ様っ」
「はい」
慌てた様子のイケメン執事騎士が俺の部屋にノックして入って来た。
「マルスさん?」
「はい。コウサカ様の専属執事です。どうかこれを……」
その入って来たマルスさんは今にも泣きそうな顔をしていて、手に握る何かを差し出してきた。
「書簡?」
「ぅぅ……はい」
その書簡は、田中のメイド騎士からのもので、謝罪と助けを求める内容の文面が書き綴られていた。
「くそっ! なんてことだ……」
読み終えた俺の手には自然と力が入り、その書簡がぐしゃりと音を立てた。
最後まで読んでいただきありがとうございます^ ^




