悪神の加護憑き
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赤いオーラを纏ったゴブリンがゆっくり歩いてくる。
――こ、こぇぇ……
よく見れば、所々に焦げのようなものがゴブリンの身体に付着しているように見えるから、神紋魔法が少しは効いているように見えるが、いや、効いていて欲しいと強く願うけど……
それでも、ぶつぶつ何かを呟きつつ平気で歩いてくるその姿は、じわじわと俺の中に恐怖心を植え付けていく。
――な、なんで平気なんだ。あいつら素足、じゃないの……地面、焼けてるよね?
『ギャワワ……』
『グギャギャ……』
――やばい……これ、絶対やばいやつだ……逃げないと……
そんな俺はすでに逃げ腰だ。すぐに逃げなかったことを後悔しつつ、ゴブリンに顔を向けたまま俺は後ろに一歩下がった。
『イタ……カゴツキ……ハイジョ』
『カゴツキ……イマイマシイヤツ……ハイジョスル』
――ひぃぃ、い、今、目が光った……俺を見て目が光りやがった……
これはもう、ぐずぐずなんてしてられないと思った俺は、すぐにメイドのお姉さんに顔を向け――
「お、お姉さん……」
逃げましょう、と俺は口にするつもりだったのに、俺のすこし前に立つ形になっているメイドのお姉さんが先に、二体のゴブリンから視線を逸らさず口を開いていた。
「勇者様。あのゴブリンたちは悪神の加護憑きかもしれません」
「逃げ……へっ、悪神の加護憑き?」
――あ、悪神の加護……ぎぁぁぁぁ……やっぱり、やばいワード出たぁ……
「はい。この世界には勇者が世界を救う物語が数多くあるのです」
「そ、そうなの……それで、どうしてお姉さんは、あれが悪神の加護憑きだと思うの?」
つい、メイドのお姉さんに尋ねてしまったけど、本当はすぐにでも逃げ出したくてたまらない。俺はそわそわ、きょろきょろ辺りを見渡していた。
「はい。私も勇者様の物語は、古い文献を元に創られた御伽噺だと思っていたのですが……ゴブリンの纏うあの赤いオーラが、御伽噺にある勇者様の物語に出てくる通りなのです……この世界の者なら誰もが知る勇者様の物語に……」
「で、でも、それは物語の話で……これとは関係……」
そこまで口して俺はふと思い出した。
―― ……俺たちは神様から加護を貰った……それで創造神様は、邪神をどうにかしてくれ……って言ってた……
逆に悪神なる、なんらかの神様が邪魔な存在だと思った勇者を抹殺しようと、魔物なんかに加護を与えたって……それはお互い様だし、ぜんぜんおかしく、ない……
受け入れたくない現実に首を振って否定していると、ふと、水の玉の神紋が発動せずに残っていることに気づいた。
――……
だが、それはただ、奴らに俺の火の玉があまり効かなかったことを思い出しただけで、それをどうにかしようなんてこの時は微塵にも思わなかった。
「無論、物語では色々な魔物で脚色されていますので、ゴブリンだけがそうだとは言えませんが、ただ勇者様を阻む存在は赤いオーラを纏っている、ということは共通して描かれていたのです。
赤いオーラは悪神の加護憑きであり強大な力を持つ存在であると同時に……悪神の傀儡だとも……
そして勇者様自身も、その赤いオーラに応えるようにオーラを放つが、近づきすぎると互いに相殺しあい、力が制限されるとか……強力なオーラは相手のオーラを打ち消すとか……
ですがそれは、誰も確認した者がいないため、信憑性は皆無……」
そう言って俺のほうに少しだけ顔を向けたメイドのお姉さんだったが、次の瞬間には目を見開き、息を呑んだ。
「っ!? オーラが……勇者様にもオーラです。黄土色に近いオーラが現れています」
「え、ええっ! 俺にもオーラが……」
そのあと、メイドのお姉さんは、御伽噺は全て本当のことなのでは……とか何やら呟き始めたが、俺の心中は穏やかではない。
――いやいや、そんなマンガみたいなこと、実際にあるわけ……
もしかしたらメイドのお姉さんの見間違いかもしれないと、淡い期待を込めて俺は自分の身体を捻り確認してみた。
するとどうだ……
――……おかしいな……オーラっぽいの、出てるよ。
メイドのお姉さんの言葉通り、俺は黄土色のオーラに包まれていた。金色でも黄色でも茶色でもない微妙な色だ。
――詰んだ……俺、死んだわ……
これで、あいつらが悪神の加護憑きだってことも俺のことを狙っているってこともなんとなく理解した。
――……よし、逃げよう。逃げて、先生と合流するまでやり過ごそう……
もうへんに格好つけるのはやめようと思った。怖いものは怖い。俺はメイドのお姉さんを見て慌てて口を開く。
「お、お姉さん! お、俺今は調子が悪いから逃げましょう……お、俺足強化してるから……逃げ足速い。お姉さんもすぐに強化するですよ……」
早口でそう言った俺は、もう自分自身が何を言っているのかもよく分っていない。
とにかくこの場から逃げ出したくてたまらないのだ。
「いいえ、勇者様。逃げるには少し遅すぎたようです……」
「え!?」
メイドのお姉さんの、そんな返事に慌てて視線をゴブリンに戻した時には、ゴブリンがすごい速さで迫っている時だった。
「な、なんで、さっきまでゆっくり歩いて……」
さらに一歩下がった俺だったが、目の前のお姉さんはというと――
「闘気着装っ!」
そんな叫び声が聞こえたかと思えば、お姉さんは白っぽい透明な何かを全身に纏っていた。
「私が少しでも時間を稼ぎますので、勇者様はその隙にお逃げください」
そして次の瞬間にはすごい速さでゴブリンに向かって行った。
「ちょ、お姉さんっ! 待って……ああ、もう。なんでだよ、なんで勝手に……」
――俺が調子悪いって言ったからなの……ねぇ、お姉さん。
そんなお姉さんに反応したのはゴブリンAのみで、ゴブリンBはそのまま俺の方に向かってくるので、俺は横に移動しつつ距離を取る。
『ジャマスルヤツ……ハイジョ』
『カゴモチ……ハイジョ……』
真正面から向かったメイドのお姉さんはすぐにゴブリンAと衝突し、とんでもない速さで3合ほど打ち合ったかと思えば、腹部を蹴られたお姉さんが純白をチラつかせ吹き飛ばされていく。
「ああっ!」
――まずい、まずいよ……お姉さんが殺される。せめて身体強化だけでもしてあげないと……
そう思ったはいいが、ゴブリンBがすぐ側まで来ているため、立ち止まって神紋を描くことなどとてもできそうにない。
――……くそ〜、何かないのか……何か!?
そこで俺はいつでも発動できる状態になっていた水の玉の神紋を思い出した。
――そうだ……
お姉さんが片膝をつきつつも起き上がっていることにホッとしつつも、時間的に余裕のない俺は、すぐに右手を突き出し二体のゴブリンに意識を向けた。
「くらぇ! 神紋、水の玉っ!」
水温を最高値にまで高めたバスケットボールサイズの水の玉は沸騰した状態で五つ飛び出し、三つがゴブリンAに、二つがゴブリンBに激しくぶつかりその周囲に湯気を発生させた。
『ギャウ……』
『グァァァァァ……』
「効いてる……」
――よし、いまだ。
湯気はすぐに消えてしまうだろうけど、それでもゴブリンの視覚を妨げていることを幸いだと思い神紋を描く。
「ゴホッ、ゴホッ」
――吐血……回復もしないと……
俺は予定を変更し、腹部を押さえて咳き込み口から血を流すお姉さんに回復の玉と身体強化を神紋を素早く描いた。
「これでよし。神紋、回復の玉! 身体強化っ!」
発動と同時に神紋の光がメイドのお姉さんに吸い込まれていった。
「くっうぅ……!? これは……勇者、様が」
驚いたようにしながらも、すっくと立ち上がるお姉さんに安堵すると同時に、俺の魔力が枯れたことがなんとなく分かった。
――魔力切れ……ウソ、軟化スキルも、使えそうにない。
最悪ゴブリンの脚を軟化して逃げようと思っていたのに、俺の軟化スキルは魔力まで消費していたのだと、今更気がついた。
――くそ〜。お姉さんも身体強化して脚が速くなっているはずだし、こうなったらとことん走って逃げてやる。
そう思いお姉さんに声をかけるも――
「お姉さん!」
「はい。これなら、殺れそうです。お任せください」
「え?」
何やら確信したように頷いたメイドのお姉さんは、先ほどとは比べものにならない尋常じゃない速度でゴブリンAに向かっていった。
「違う……」
――あれ、でもおかしいくない。お姉さんの身体……ブレてて、見えにくいんだけど……
「っておわっ!」
そうこうしているうちにゴブリンBに接近を許していた俺は、ゴブリンBが振り下ろしてきた鈍器を転がることで辛うじて躱した。
「あっぶね……」
だが、地面は焼け野原に水が撒き散らされた状態。そんなところを転がり回れば――
「ぶぇ……な、な、なんだこれ、汚え……」
当然、全身ドロドロの真っ黒になってしまった。
『カゴモチ……ハイジョスル』
それでも、悪いことばかりではなかった。
「あ、ゴブリンBの赤いオーラが消えてる」
そう、ゴブリンBと俺は、加護のオーラが相殺しあってしまったようで、互いに加護の力を無効化していた。
まあ、俺の場合、神紋魔法と軟化スキルが使えるってだけなので、魔力切れの今の状態では別になんの影響もないが、ゴブリンBの方は明らかに動きが遅くなっていた。
――ははは……見える、見えるぞ。これなら怖くないわ。
喧嘩なんてしたこともない俺は、ゴブリンBの鈍器を華麗に躱している自分に酔い、なんとも言えない高揚感を抱いたのだが……俺は知らない。
その隣では身体強化されたメイドのお姉さんと赤いオーラを纏ったゴブリンAとが、超高速の激しい死闘が繰り広げられていた一方で……
加護を無効化された俺とゴブリンBの死闘はゆっくりと振り下ろされる鈍器の周りを、身体強化された俺がただ大袈裟に転げ回っているだけのなんとも低レベルな戦闘を繰り広げていたことを……
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