言ってはいけない言葉ができた
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俺が寝ていた建物から出ると、村はガランとして人の気配がまったくなかった。
――そうだよな……
これはアイラ副隊長から聞いていたので別に驚きはしない。
すでに女性騎士たちが村人を先導し南門から隣町へ移動を始めているのだから……
「勇者様。そちらは北門です。隣町には南門から向かいます」
メイドのお姉さんには訝しそうな目を向けられているような気がするけど、俺にもちゃんと考えがある。
「はい。いや最初が肝心かな〜と思いまして、ちょっとだけ魔法を使って時間稼ぎをしてみようかなぁなんて思ってみたりしまして……」
「勇者様……」
――うまくいけばいいんですけど……
何せ実戦なんて初めてだし正直怖い。
メイドのお姉さんは少し驚いているような感じるにも見えるけど、でも、ここで魔法を打てるのは俺だけだ。大怪我をしていると勘違いさせてしまった手前、こんな見目ですが、ちゃんと魔法は打てますよ、役目ちゃんとがんばってますよ、ってところを行動で示しておかないとみんな不安でたまらないんじゃないかと思ったんだ……
――……
はい、ウソです。
メイドのお姉さんには、いつも倒れた情けない姿しか見せてないわけで、俺だって少しはできるんだぞ、ってところを見せて……勇者様、実は素敵だったんですね……なんて言われて笑顔を向けてもらったりして、ねぇ(勝手な妄想です)……ふふ。
ついでに先生からも、やればできるではないか……とか言ってもらって感極まった先生がむぎゅうっと抱擁なんかしてくれちゃったら(勝手な妄想です)……ふふふ。
――頑張れる。俺は頑張れるはずだ……たとて怖くても……
でも、そこには問題があって、俺が魔法を放つにはクラスメイトと違って神紋を描かないといけないから発動までに時間がかかる。
それをどうにかしないと、見たこともない魔物が怖すぎてとても魔法なんて打てる気がしない。
かといって何もせずにさっさと逃げるという選択肢を選ぶと、自分の立場が危ういようにも感じたわけです。
そこで思いついたのが身体強化だ。身体強化はこの身を持って体験している。
あれは創造神の加護がある先生と渡り合えるほどの脚力になれるんだ、たとえ、その後に激痛が待っていたとしても……
だから、それさえしとけば仮に目前にまでゴブリンに詰め寄られたとしても脱兎の勢いで走れば逃げきれるはず……だと思ってる。そうだと信じたい。
それに身体強化はトイレに行くフリしてすでに施しているので、もう後には引けないのです。
これから俺はとにかく魔法を打っては逃げ、打っては逃げ、を繰り返してみるつもりなんだ。
――よし、やってやるぞ。
「それで、お姉さんは避難先で待っていてくれますか?」
「……」
そんなメイドのお姉さん、ジュリアさんは返事をせずただ黙って口を閉じている。
――あー、これはひょっとして怒ってる?
たしか最初の作戦では俺は殿を務め追いつかれそうだと思ったら魔法を打つ、判断は俺に任せる。というものだった。
でも、それだと失敗が許されない緊迫した状況にまで追い詰められているってことだ……実戦経験のない俺が果たしてうまくやれるのか?
――考えだすと不安しかないんだよね……でも。
俺は王家のダンジョンで放った火の玉の神紋を思い出した。
――あの威力の魔法なら、倒せなかったとしてもゴブリンの行動を止めることができるかもしれない。
「お姉さん……?」
俺のことはさておき、早く逃げてほしくて黙ったままのメイドのお姉さんに顔を向けるが、ぷいっと顔を背けられた。
――うーん。これは俺の言うことなんて聞けないってことだよね……でも……お姉さんは身体強化してないから……
「あの、お姉さん。俺はほら、先生と走った時の、あの脚力がありますから、いざとなったらすぐに逃げるつもりなんです、だからお願いします」
説明すれば理解してもらえるだろうと思ったけど――
「務めです」
メイドのお姉さんはかなり職務に忠実らしい。
――まいったな……時間がどんどん過ぎてしまう。
ここまできて、時間が足りなくてただ逃げるだけになったら……すごくカッコ悪い。
その後に二度ほどお願いしてみたが、メイドのお姉さんが首を縦に振ってくれることはなかった。
「……分かりました。今からすぐに魔法を打ちますので、そうしたら一緒に逃げましょう」
――と、言っても、今から神紋を急いで描かないといけないからカッコ付かないんだよね。はぁ……
「はい」
それでも、やっと肯定してくれたことに安堵しつつ俺は魔法の準備を始めた。
――メイドのお姉さんに、ほかの人とは魔法が違うってことが知られるけど……それはあとで考えよう。
時間がないということもあり、そう思ってからの俺の行動は早かった。
さっさと小剣を鞘ごと手に取り火の玉の神紋を描こうとして、手が止まる。
――近くに大きな森があるけど……離れているから大丈夫だよね……
村の南側だったら畑があって魔法を打つのに躊躇してたけど、北側は開けて何もない平野だ、、ゴブリンたちも森から出てこちらに向かって来ている。
だから森の火事を心配したのはほんの一瞬ですぐに大丈夫だと判断した俺は火の玉の神紋を描いていく。
――今回はなるべくたくさん遠くに飛んでくれてゴブリンにドカーンとやって……あれ? 射程外?
だが、火の玉の射程は俺が思った以上に短く、五つしかイメージできなかった。
しかも、サイズは小さくはできるが大きくはできない。バスケットボールの大きさくらいまでだ。
――うへぇ、これは予想外。大野さんはある程度自由がきくって言ってたけど、玉系の魔法はそのふり幅が小さいのかもしれない……むむ、あ、温度は上げれそうだ。
俺は射程を目一杯延ばし温度を高めに火の玉を五つイメージしていたら神紋を描き終えていた。
「……仕方ないか……」
「勇者様、さっきから何をされているのですか?」
「あ、これは魔法の準備。ちょっと変わってるけどみんなには内緒ね」
そのうちみんなとの違いに気づくだろうけど、俺のはちょっと違うんだよってことを軽く伝えておこうと思った。けどメイドのお姉さんは首を捻ったままだ。
「あの、そこには一体何を……」
「ん、これは神……魔法陣だけど……魔法を放つための」
じーっと俺が手を向けた地面を見つめているメイドのお姉さんの頭に疑問符が見える。
――あれ、もしかして……
「お姉さんには見えてない、なんてことは……」
――あるわけないか……
「はい。私には何も……」
「え?」
――マジですか。ほかの人には神紋が見えない? けっこう神紋を描いた際に土も抉れてるんだよ?
「じゃあ、こっちはどうです……?」
俺は同じように水の玉の神紋を描いてみせたが、メイドのお姉さんは首を振って否定する。
「はい……何も見えません」
「そうですか……」
他の人が見えないなら見えないで、これは好都合だと思うと同時に俺はあるのことに気づいた。
――……あれ?
そう、俺は未発動状態の神紋を二つ描いていることに気がついたのだ。
――神紋が二つ描けてる……神紋って複数同時に描けるものなのか?
俺の魔力で描いた神紋は僅かに光ったまま地面に残ってる。
あとは俺が魔法名を口にさえすれば、どちらの神紋もすぐに発動できそうだ。
――ぉ……おお! これって凄くないか。でもこれは属性が違うからできたのかな?
俺は、試しにもう一つ火の玉の神紋を描いてみると、ちゃんと魔力を消費して神紋を描けた。
――なんと! 同じ神紋もいけるよぉぉ……
「じゃあじゃあ……限界は何個だ?」
メイドのお姉さんがじーっと俺のほうを見ているとは知らず、興奮状態の俺は夢中になって神紋を描いていった。
「ふへぇ……これは凄い。魔力さえあれば何個でも描けるよ……」
さすがに魔力も残り少ないことはなんとなく分かるが、俺が描いた40あまりの神紋すべてが、淡く輝いている光景はなんとも神秘的であり、凄く達成感があった。
「勇者様……」
――あれ? ……これだけの火の玉が一斉に飛んでいったらゴブリンもう殺れちゃうんじゃ……
「勇者様」
「は、はい!? お姉さん、どうしたんですか?」
「さすがにこの距離ですと、逃げるにはかなり骨が折れそうです」
「へ? げげげっ!!」
俺のすぐ側で長剣を抜いて腰を少し落として構えるメイドのお姉さん。その姿は凛々しくてカッコいい。
思わず見惚れそうななるが、でもそのすぐ先に凄い数のゴブリンが見え、俺とお姉さんをロックオンしているかのように一斉に向かってくる。
『グゲゲゲッ!』
『グゲグゲゲゲッ!』
――ひぇぇぇ、身長、俺の半分くらいだけど、右手に鈍器持ってるし、想像以上に醜くて怖ぇぇ。
ゴブリンはブルドッグのような顔で小さな鬼のような緑色の肌をしていた。
やはり初めて見る生物をいざ目の前にすると、なんとも言えない恐怖がふつふつとわき上がてくる。
「お、お姉さん。ま、まま魔法を発動します。この距離ならまだ巻き添えになることはないと思いますから……打ちます」
王家のダンジョンでも割と近くで爆破したけど大丈夫だったんだ。
――き、きっと大丈夫。
勝手に恐慌状態に陥ってしまった俺は、それしか生き残れるすべはない勝手に思い込んだ。
――大丈夫……じゃないと殺られる。
震えながらも右手をゴブリンの集団に向けて俺は神紋を発動した。
「し、し神紋、火の玉っ!」
俺の言葉を合図に描いた神紋が一斉に輝きだしバスケットボール大の火の玉が浮かび上がった。
ヒュンヒュンヒュンッ!
どれだけ飛び出すとかというほどの火の玉が神紋から次々に飛び出したかと思えば、次々にゴブリンのほうに向かってバンバン飛んでいく。
ドドドッ!
――ぁ、ああ……
ドドドドッ!
その光景は凄まじく轟音と共に、俺の目の前は真っ赤な炎の海となる。
『ギャワー』
そして、慌てふためくゴブリンの集団をいとも簡単に呑み込んでいく。
「……」
「……」
その光景に俺もメイドのお姉さんも目を見開きただ呆然と眺めていた。
「ゆ、勇者様……」
「はい……」
瞬く間に平野は真っ黒な焼け野原になった。黒煙が上がってる地面なんてまだプスプスと変な音が鳴り赤く発光している。
触れたら間違いなく大火傷だが、ゴブリンの発した言葉は僅か三行。
――こ、これが、俗に言う異世界無双って奴なのか。
そんな下らないことを思い出しつつも、これは現実だと確認したくてお姉さんに尋ねてみる。
「ははは、お姉さん。なーんか俺やり過ぎちゃったですかね……」
そして、メイドのお姉さんの答えは意外にも――
「いいえ。勇者様、まだです。まだ生き残りがあそこに二体います」
――ぶっ!?
思わず鼻水が出た。見ればゆらゆらと起き上がったゴブリン二体がゆっくりとこちらに歩いてくる。
――なんでだよ、なんで赤いオーラを纏ったいかにもって奴が二体も残ってるんだよ……
その時俺は、今度から絶対にやり過ぎたなんて言わないでいようと心に誓った。
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