武器庫でひやっと。
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まだ薄暗い中、先生の後に続き兵舎に向かいうと、そこには武器を選び終えたモブ班が雑談しながら椅子に腰掛けていた。
あ、もちろん衛兵も立っているが、基本的に挨拶を交わす程度だ。
「おっ、田中の班も来てたのか」
先生はやる気のある生徒が好きで、嬉しそうな笑顔でモブ班こと田中班(田中がリーダーのため先生はそう呼ぶ)の皆に朝の挨拶をした。
「「先生おはようございます」」
「お「お「お「おはようございますっ」」」」
大野さんと小西さんはそうでもないけど、見るからに嬉しそうな表情で元気な挨拶を返すモブ班の男たち、それぞれ手にした武器を先生に見せ始めた。
「先生、あのですね……」
「ん、どうした……」
なんだろう、心なしか、いつも教室の隅で固まりコソコソとしていたモブたちが、生き生きとしているように感じる。
手にしている武器も、横に大きな田中は自分の背よりも大きな……ツーハンデッドソードって聞こえたが、それを片手で軽く振って見せると得意げに背中に担いで見せる。
何かのアニメの影響を受けてるっぽいが、あんな大きな大剣を軽々と振り下ろす田中が恨めしい。
次にひょろメガネの鈴木は……ブロードソードだと本人が言ってるが、それを二本腰に下げているのをわざわざ抜いて構えて見せている。
――見ていて、なんだろう……恥ずかしく感じるのは俺だけ? しかも二刀流だぜって笑ってる。あ、でも……
俺の場合、標準サイズの剣を片手で振ると、剣に振り回されて身体ごと持っていかれるのに……
――ぐぬぬ。悔しくなんてない。
そして、実家がお寺で坊主頭の川田と、髪が目元までかかり一見暗そうに見える小谷は……鉄の大きな盾からロングソード? を引き抜いて見せている。
――なになに……腰じゃなく、大盾に剣をしまえるのがカッコいいし、六人パーティーの盾役は二人いるほうが安全? ふーん、そうなのか……
先生は感心したように頷きながら、自分に合う武器をどれだろうか? と言って田中たちと一緒に武器庫の中に入ってしまった。
――はぁ、俺も探そう……
そう思っていると、ふいに後ろから肩をポンッと軽く叩かれ、元気な声が聞こえてきた。
「おはようタロウくん!」
「タロ、はよ〜」
声の方には、訓練の時と同じ姿の小西さんと、大野さんがいた。
――おおっ。
先生も着ていたが、女性用の騎士服はスカートが短くてなかなか目の保養……けふん、目の毒だ。
「小西さん、大野さん……お、おはよう」
今日も朝から異性に挨拶された。
――ふふふ……
なぜだろう、異性から挨拶されると意味もなく嬉しく感じるのは俺だけだろうか。
――あ、そう言えば……
田中たちは俺に挨拶するどころか、見向きもしなかったことを思い出した。
――まあ、いつものことだからいいんだけど……
「タロウくんも武器を選ぶんでしょ?」
「う、うん」
「タロはどんな武器にするの」
「あ、ああ……小西さんと大野さんと同じ小剣にしようと思ってるけど、川田の話を聞いて、小さめの盾も持って行こうと思う。盾役ってのがいた方が安全って言ってたし……」
「ふーん。そうなんだ……」
なんだろう、少し大野さんのトーンが少し低くなった感じがする。
――俺、変なこと言った? ……や、やばい。もしかして会話が弾まないからか? な、なにか言え、俺……
「こ、小西さんたちも朝早くに出るんだ」
「あー、それ。男子が先生に会いたかっただけだって今分かった」
――……うげっ。
良い言葉を思いつかなくてそう言えば、明らかに不機嫌な様子の大野さんが、小西さんの代わりに答えてくれた。
「あ、そ、そうなんだ……」
――よけいに気まずくなった……な、なんか話題はないのか……
ボッチの俺にはハードルが高すぎる。俺はない頭で必死考えた。
「……あーでも。俺も一緒に訓練した小西さんと大野さんとしばらく会えなくなるし、出る前に挨拶できてよかったよ」
咄嗟に思いついた言葉を口にしてしまったけど、そうなのだ。俺は誰とも別れの挨拶をしていない。先生の話では、モブ班以外の班は昨日のうちに出立したらしい。
というのも、この世界の地図を見せてもらったけど、この世界は太陽のイラストのような世界だった。
まず、中央には遥か昔、勇者が魔王と戦った魔の大地と呼ばれる丸い形したを大陸がある。
なんでも、魔王討伐後、迫り上がってきた険しい断崖の入り江に囲まれて、何百年と誰も足を踏み入れたことがない大陸故に、未開の地、魔の大陸と呼ばれているらしいけど……
どうも話の流れからして、俺たちの最終目的地はこの大陸になるんじゃないかと、誰かが笑いながら言っていた。多分俺もそう思う。
そして、その大陸を中心に楕円形のような大陸が五つある。
この五つの大陸が――
委員長班が向かった風の国ユがある風の大陸。
運動部班が向かった火の国ウがある火の大陸。
ヤンキー班が向かった水の国シがある水の大陸。
イケメン班が向かった光の国ヤがある光の大陸。
モブ班、今俺がいる土の国ダがある土の大陸になる。
それぞれ、一つの大陸が地球のオーストラリア大陸くらいはあるんじゃないか、とどうやって測ったの知らないが、先生と委員長たちが興味深そうに話しているのを聞いた。
つまり、この世界もかなり広い。飛行機や自動車や電車などの便利な乗り物がないこの世界では、移動時間がかなりかかってしまう。
先生に聞いたところ、丈夫な馬に回復魔法を使い続け、休まず急行すれば二日でダの国の大きな港町に着くらしいから、今日あたりには大きな港町にたどり着んじゃないのかな。
それで、そこまでいけば航海は楽らしく。なんでも人に懐いている超大型の海の生物が引っ張ってくれ、土の大陸から一番遠い位置にある風の大陸でも三日ほどで着くらしいのだ。
ほんと異世界はすごいと思うけど、超大型の海の生物ってどんな生物なんだろうね。
脚がたくさんあるらしいけどクラーケンとか大型のオクトパス? かな、それともまったく想像もつかない生物? 俺も一度くらい見てみたい。
――――
――
「そ、そうだね。挨拶は大事だよね」
「タロ、先生とはぐれず、後で合流」
「あ、ああ、うん」
大して気の利いたことを言えなかったけど、先生たちから話題を外したことで、少しは気が紛れたらしくいつもの表情に戻った彼女たちに安堵した。
「お前たちのお陰でいい武器が選べたよ」
「ほんとですか。先生のお役に立ててよかったです。なあ、みんな?」
「「「ああ」」」
ちょうどその頃に、大きなバスタードソードを片手で持って、にこにこ楽しげに田中たちと一緒に武器庫から出てきた先生は、よく見れば腰にも細い剣を下げている。
不思議に思い尋ねてみれば、壊れた時の予備らしい。丈夫そうなバスタードソードを持ってるのに、なんて頼もしいんだ先生は。
「それで、山野木はもう決まったか?」
「あ、いえ。すぐに選んできます」
「早くするんだぞ」
「はい」
先生たちと入れ代わるように武器庫に入った俺は、先生を待たせてはまずいと思いつつも、誰もいないし神紋魔法を展開するのに都合がいいと思った。
――よし。
立てかけてあった槍を手に取り、部屋を覗かれても見えない位置、衝立があって視界を遮ってくれる位置まで移動すると、すぐに軟化スキルを使い身体強化の陣を展開した。
一度発動している神紋魔法なので、手慣れたもんです。
「神紋、身体強化っ!」
昨日と同じく身体中から力が溢れてくることに安心する。
――ふへへ。よしよし、これで、三時間はオッケーだ。
「ふぅ……あとは急いで武器を探がないと」
誰にもバレずに身体強化できたことにホッと一息して、辺りを見渡そうとした、その時――
「勇者様……」
ふいに背後から抑揚のない声が聞こえた。
「……ひゃいっ!」
思わず飛び上がって、振り返ると、そこには水筒らしきものを持ったメイドのお姉さんが、騎士の姿でいるではないか。
「お、お姉さん?」
――見られた?
「はい。勇者様に、これを……」
見られたかもしれないと、かなり焦った俺だったけど、メイドのお姉さんは何事もなかったように手に持っていた水筒を俺のほうに差し出してくる。
「コウサカ殿と走られて行くとお聞きしていますで、これは水で薄めた漢方薬が入ってます。疲れに良く効きます」
「あ、ありがとうございます」
俺がお姉さんの騎士姿を不思議に思っていると感じとったのか、尋ねなくても先にお姉さんがその説明をしてくれた。
「私たちは後発部隊として遅れて参ります」
「後発部隊? お姉さんは、その……騎士なのですか?」
メイドのお姉さんは先生たちとは色違いの騎士の服を身につけている。
これがまたメイド服と違った魅力があってなかなかセクスィー。なによりスカートの丈が短いのがいい……かなりいいから目の保養に……けふん、健全な俺の目には猛毒です。
「はい。私もですが、勇者様方に付きのメイドや執事たちは皆王国の騎士なのです」
「へ、へえ……そうだったんですね」
――姉さんは騎士だったんだ。お姉さんの騎士姿をなかなか……え、じゃあ、あのイケメンたちも騎士ってこと……なんだよそれ、イケメンで騎士、それでいて執事の真似事もできるなんて、完璧じゃないか。
「はい。では勇者様、私はこれで」
俺の考える時間を与えてくれないお姉さんはそれだけ言うと踵を返した。
「え。あ、ははい」
お姉さんは、もうこの部屋から出て行くようだ。
――ぁぁ……
でも俺は、姉さんの表情が少し気になった。あーいや、メイドのお姉さんは俺にそういった表情を見せないようにしてはいるんだけど、無表情だし、ただ、目元の隈が隠しきれていなかったのだ。
――お姉さん、俺のせいで寝不足なんだ。
そう思ってから俺の行動は早かった。武器庫から出て行きそうなメイドのお姉さんに俺は状態回復の玉の神紋を素早く軟化スキルを使いつつ地面に描くと――
「神紋、状態回復の玉」
小さく呟き状態回復玉の陣を展開した。
神紋が淡く光り輝き、その光がお姉さんに向かって飛んでいく。状態回復の玉を飛ばす。うまくいくかは賭けに近かったけど、うまく行ったみたいだ。
一瞬、お姉さんがこちらをちらりと見た気がしたけど、そのまま武器庫から出て行ったので、どうやら気づかれずに出来たようだ。
「ふぅ、ひやひやした……でも、わざわざ漢方薬入りの水筒まで届けてくれるなんて……ひょっとして俺のことが好き……」
そう思いたかったけどマッサージでの出来事を思い出し、ため息をついて首を振る。
――……ないな……あ、でも……ふふふ……この水筒、お姉さんの匂いがする、ふへへ。
それでも嬉しいものは嬉しくて、お姉さんのくれた水筒を腰からぶら下げ、何度も水筒に目をやってはにやにやする。
「山野木まだかっ」
――やばっ。
先生の少し不機嫌そうな声が聞こえた俺は、慌てて小剣と一番小さな鉄製の盾を選んで武器庫を出た。
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展開が遅くてすみません。