ふらふら男子
少しばかり座ったところで彼の体調が良くなるわけもなく、ふらふらと電車を降りてゆく彼を見かねて、わたしも同じ駅で降りた。
「なんでついてくるんだ」
よろよろと歩きながら、彼がわたしに迷惑そうな視線を向ける。
「なんでって……あ!」
わたしは慌てて彼の腕をつかんだ。
「わっ。なにするんだ」
「柱! そこ柱あるから!」
わたしに言われてようやく柱を認識した彼は、不機嫌そうに口をつぐむ。
柱にぶつかりそうになったところをわたしに見られたのも、それを助けられたのも不本意だったらしい。
「家はどこ? 送って行くよ」
「断る」
「ひとりじゃ危ないって」
「平気だ」
どこが平気なのよ、と心の中で反論したけれど、これ以上押し問答していても彼は折れなさそうだ。どうしたものかと考える。
「あれ、ミサちゃん?」
ふいに名前を呼ばれた。振り向くとそこにはユウキが立っていた。
「ユウキ!? どうして?」
「どうして、ってぼくの最寄り駅だからね。それよりミサちゃん、さっきはどうしたの?
突然どこかに行っちゃうから、ぼくもマユちゃんも心配してたんだよ」
ユウキもこの駅を利用しているとは知らなかった。マユはここよりも前の駅で既に下車し
ているはずで、ユウキはひとりだった。
「わたしは……」
説明を待たず、ユウキはわたしがつかんでいる腕の主に視線を向ける。
「あれ、ナカ?」
と、ユウキが目を丸くした。
「誰?」
ナカと呼ばれた彼は、訝しそうな目つきでユウキを見やる。
「誰? って、ナカは相変わらずだなぁ。ぼくだよ、ユウキ。中三のとき同じクラスだったでしょ」
「えっ!?」
わたしは思わず声を上げる。
ユウキのクラスメイトだったんだ、この人。
「ああ、そうだっけ……。それじゃあ」
すごい偶然だ、驚くわたしとは反対に、ナカは興味なさそうにそう言うと、わたしの手の中からするりと腕を抜いた。
「あっ! ちょっと」
エスカレーターに乗るナカの後ろ姿が微妙に揺れている。
「ミサちゃん!」
追いかけようとしたわたしを、ユウキが引き止める。
「なに?」
「あいつと、どういう関係?」
「どうって……たまたま電車で乗り合っただけだよ。なんだか具合が悪そうだったから、気になって……」
「そうだったんだ。じゃあ、あとはぼくに任せて。ナカのことは、ぼくがきちんと家まで送るから」
ユウキが、どこか硬い表情で告げる。
「家を知ってるの?」
「まあね。実は小学校も同じなんだ。家が同じ町内だから」
「そうなんだ……。なら、わたしも一緒に行くよ。荷物を持つくらいできるし」
「でも……」
「早く追わないと、どこかで倒れてるかも」
既にナカの姿は見えない。
わたしは『歩かない、走らない』と書かれた貼り紙を尻目に、エスカレーターを駆け上がった。