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物憂げ男子

 アナウンスが流れて、遠くに電車が見えた。


 マユが一緒のときは彼女の乗り換えの関係で、いつも決まった車輌に乗る。

 立ちっぱなしの彼が乗っている車輌より三つほど後ろの車輌だ。

 マユとユウキの会話を聞きながら、ホームに入ってくる電車の中を観察する。

 

 彼は立っているから、すぐにわかるはず。


 電車の中に彼の姿を発見したとき、思わず心が弾んだ。

 三日連続で見かけるということは、これまでにも同じ電車に乗っていたのかもしれない。

 そう考えるだけで嬉しくなる。


 けれど次の瞬間、あれ? とわたしは首をかしげた。今日の彼は本を読んでいなかったように見えたから。


 どうしたんだろう?


 電車が停まって、扉が開く。


「ごめん、わたしちょっと……」

「え? ミサ!?」


 マユの声を背に、乗り込んだばかりの車内を移動する。

 彼のことが、どうしても気になってじっとしていられなかった。


 車内には中高生の姿が多い。けれど混みあっているというほどじゃない。電車の中を移動するのは難しくなかった。


 彼はいつもの場所に、いつもと同じように壁にもたれかかって立っていた。けれどやっぱり本を読んではいない。うつむいて目を閉じている。

 わたしはそっと近づいて、彼の隣に立った。

 それでも彼は目を開けない。そっと顔をのぞきこむと、顔が青ざめていることがわかった。


「ちょっと……」


 わたしが声をかけると、物憂そうに彼がまぶたを上げた。


「なに?」


 かすれ気味の声が薄い唇からこぼれる。


「体調が悪いんじゃないの?」

「だったら、なに? 誰かと思えば、もしかして昨日もおれに声をかけてきた人?」

「もしかしなくてもそうだよ。ねぇ、顔色が悪いよ。大丈夫?」

「大丈夫だ。家に帰るまでならもつ。だから余計なエネルギーを使わせるな。話をすると消耗する」


 それだけ言うと、彼は再び目を閉じてしまう。どの席も埋まっている。けれど電車は次の駅のホームへと滑り込んでいる。降りそうな人が、すぐ傍にいる。


「もうすぐ席が空くよ。座ったら?」

「あんたが座ればいい」


 どうあっても、座るつもりはないらしい。

 どれだけ頑固なんだろう。しんどいときくらい、座ればいいのに。

 端から二番目に座っていた女の人が立ち上がる。わたしはぐいと彼の手を引いた。


「なっ……」


 よろよろと踏み出した彼をどんと押し、空いている席に強引に座らせる。驚いている両脇の人には、きちんと謝っておく。


「なにするんだ」

「体調が悪いなら、座ってればいいのよ」


 少々乱暴だったけれど、こうでもしないとこの人は座らないとわかった。


「おれは……」


 車輌には次々と人が乗り込んでくる。この駅の近くにある高校の生徒たちだ。

 彼の定位置にも既に人が立っている。中ほどまで人で埋まる。座った彼の前に立つわたしの背後にも、人の気配がある。

 彼は周囲を見渡して、苦々しい顔になった。

 今更、立ち上がって移動をするほうが他の人の迷惑になりそうだったからだろう。


「余計な世話をするな」


 わたしを睨むその目に、力がない。


「余計で結構。さあ、思う存分、エネルギーを蓄えればいいわ」

「女を立たせて男が座るわけには……」

「そういうのは元気なときに気にしてね」


 わたしだって断固、譲るつもりはない。抵抗するのにも疲れたのか、彼は不承不承といった感じで目を閉じた。

 そんな彼の様子を見て、わたしはほっと肩の力を抜く。


 まったく……空いている席に座らせるだけで、こんなに苦労するなんて。

 ――本当はおせっかいだってわかってる。他人との距離の取り方が下手で、これまでに何度も失敗してきている。


 でも、放っておけないんだもの、仕方ないじゃない。


 うつむく彼の、染められていない真っ黒な髪を見下ろして、わたしは小さく嘆息した。

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