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ふたり並んで  作者: ユウリ
2/11

立ちっぱなし男子

 今日は文庫本だった。


 もしかしたらという気持ちで、昨日と同じ時間、同じ車輌に乗り込んだわたしは、そこで昨日の彼を発見した。

 やっぱり立ったまま本を読んでいる。


 わたしのあとから乗り込んでくる人が空席を埋めてゆくけれど、彼には少しも動く様子がない。

 気がついたときには近くに空席がなくなってしまっていたので、わたしも彼と並んでドア際に立つことになった。


 昨日読んでいた本は、もう読み終えたのかな? なんの本を読んでるんだろう?


 ちらりちらりと様子をうかがう。

 本を読むその顔は無表情で、面白いのかどうかはわからない。泣けたり笑えたりする話ではないのかもしれない。


 今日は距離が近かったので、襟章がよく見えた。

 わたしの通う学校のふた駅先にある男子校の生徒だとわかった。

 駅の手前で、少し強めにブレーキがかかる。


「あっ」


 踏みとどまれなかった。

 危険を察知したのか、彼が本を持つ手を素早く上げる。わたしは障害物のなくなった彼の胸に顔からぶつかっていた。


「ごっ、ごめんなさい!」


 慌てて離れる。心臓が早鐘を打っている。顔が熱い。


「いや……」


 そう言うと、彼はすぐに手を下ろし、視線を文庫本に落としてしまう。

 わたしはばくばくという心臓の音を聞きながら、落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。


 そうこうしているあいだに電車がゆっくりと停車して、立っている彼のすぐそばの席が空いた。


「座らないの?」


 微動だにしない彼に、思わず声をかける。

 彼が眉間にしわを寄せてこちらに視線を向ける。

 あからさまに迷惑そうな顔だ。

 声をかけたことを後悔しそうになる。


「座りたければ、どうぞ」

「あ、違うの。そういうことじゃなくて……」

「おれはいい」

「でも……」 


 話をしているあいだに、他の人がその席に座ってしまった。

 ドアが閉まって、電車がゆっくりと動き始める。


「なんで席が空いてるからって、座らないといけないんだ」

「は?」


 とっさに言われたことがわからず、わたしは思わず聞き返した。


「なんで、って……。だって、空いてたら普通座るでしょう?」

「おれは座らない」

「なんで?」


 今度はわたしが訊く番だった。


「おれよりも座りたい人がいるから」


 わたしは数度瞬きをしてから、まじまじと彼を見た。


「でも、昨日はたくさん空席があって、他に立っている人はいなかったのに、やっぱり座らなかったじゃない」


 わたしの言葉に、彼はわずかに目を瞠る。


「どうせすぐに人がたくさん乗ってくるのがわかってたからだ」 


 ふい、と視線を逸らしながら言う。

 確かに、あのあと乗り込んできた人の陰になって、彼の姿が見えなくなったんだっけ。


 目から鱗が落ちた。

 まさか、そんなことを考えている人がいるなんて。


 一駅くらいならと立っている人がいるのはわかる。友だち同士で乗って、話がしたいからとみんなで立っているのもわかる。

 でも、ひとりで本を読んでいる人が、もうすぐ乗り込んでくる、誰か自分よりも座りたい人のことまで考えて立っているなんて、思いもしなかった。


「え、偉いね……」


 そんな感想が口をついて出ていた。

 彼は眉間にしわを寄せたまま、本を鞄にしまいこむ。

 次の駅が近づき、電車が速度を落とした。


「別に、そういうんじゃない。立ったり座ったりするのが面倒なだけだから」


 そう言い残して、彼は電車を降りて行った。

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