読書男子
電車に駆け込んだわたしの目に飛び込んできたのは、がらんとした車内で、立ったまま本を読む男子高校生の姿だった。
長い前髪のせいで顔はよく見えない。
手に持っているのは某書店のカバーがかけられた単行本。
ひょろりとして背が高く、猫背気味だ。
制服は学ランだけれど、襟につけられた校章まではわからない。
すぐそばに空席があるにも関わらず、ドアの開かない側の、壁にもたれて立っている。
本に夢中になっていて席が空いたことに気づいていないのか、それともなにか立っていたい理由があるのか。
彼の斜め向かい側の席に座ったわたしは、車内吊りの広告を見るふりをしながら彼の様子を観察していた。
けれど次の駅で乗り込んできた人たちに遮られ、彼の姿はすぐに見えなくなってしまう。
そしてわたしが電車を降りるとき、彼の姿はもうそこにはなかった。
わかったのは、彼が途中のどこかの駅で降りたんだろうということだけだ。
「ミサー、昨日はごめんねー」
頭上から声が降って来た。見上げるとマユが階段の手すりから身を乗り出している。
「気にしないで」
マユが、昨日わたしと一緒に帰れなかったことを謝っているのはすぐにわかった。
「それでね、今日、帰りにカラオケ行かない? トモヤたちも一緒なんだけど」
トモヤはマユの彼氏で、バスケットボール部のエースだ。
日々部活動に勤しんでいるようだけれど、定期テストを一週間後にひかえ、昨日から部活自粛期間に入ったようだ。
それをいいことに、トモヤはここぞとばかりに遊んでいるらしい。昨日、マユはトモヤとデートだったはずだ。
「んー、どうしようかな」
「ユウキも来るみたいなんだけどー」
その名前を聞いた途端、答えは決まった。
どうやらユウキがわたしに好意を抱いているらしいという話は、これまでにも何度か耳にしいていた。
ユウキはトモヤと同じくバスケット部に所属していて、童顔でいつもにこにこ笑っている。
爽やかというよりは母性本能をくすぐられるタイプで、女子のあいだでは可愛いと人気が高い。
わたしも嫌いじゃない。でも――。
「やめとく」
いいやつだとは思うけれど、恋愛対象にはならない。
そんな感じ。
一緒に遊ぶ分には楽しいけれど、自分が意識されていると知ってからは、それも気が重くなってしまった。
贅沢なことを言っているという自覚はある。
でも、今後も自分の気持ちが変わるとは思えなかった。
「ユウキは、きっとわかってるよ。だからそんなに気にしなくてもいいと思うけど?」
ユウキは敏いから、わたしに告ったりしない。
ただの友だち以上の距離まで近寄ったりしない。
他人との距離のとり方を心得ていて、誰からも好かれている。
わたしはそういう機微には疎いから、ユウキはすごいと思う。でも、それだけだ。
「やっぱり、ごめん」
「そっか。無理言っちゃってごめんね」
マユが両手を合わせる。
「ううん。今度、ふたりでカラオケ行こ」
「OK。じゃ、またメールするよ」
「わたしも」
手を振ってから、マユが身をひるがえす。
わたしは息をひとつ吐いて、歩き始めた。




