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私の魔法使い  作者: 小高まあな
第五章
21/27

5−1

 図書館に行くのを、数日さぼった。

 翌日の謝罪もできなかったのに、今更、真緒さん達に会わせる顔がなくて。

 こっそり持ってかえった山口屋のせんべいが、ベッドの下でいつも私を責め立てていた。

 謝らないといけない。そうは思うけれども、どこかで黒い感情もうごめいていた。

 別に無事だったからいいじゃないか。ただの事故っていうことでいいじゃないか。

 私がいなくても構わないんだから、いいじゃないか。

 そう思ったら、図書館には行けなかった。

 だけれども、代わりにいつもの神社や河原に居たら結局、会ってしまう気がして行けなかった。

 だからといって急に帰宅時間を早めたら叔母さんにまた、余計な心配をかけてしまうし。それで仕方なく、学校の図書室に行くことにした。

 学校にも本当は居たくないのだけれども、背に腹はかえられない。

 それに、飽きたのかなんなのか、最近は嫌がらせもなくなった。

 たまに、机に変な手紙が入っているけれども、それだけだ。

 飽きてくれたのならば、それでいい。

 次に図書館に行くのを決めたのは、丁度真緒さんがいなくなる時期を見計らってのことだった。

 隆二さん一人のときは、図書館に来ないことはわかっていたから。

 それなのに。

「……ども」

 いつものように駐輪場に自転車をとめようとしたら、入り口のところに隆二さんが立っていた。

 つまらなさそうな顔をして。

「……こんにちは」

 驚いた心を押し隠すように、淡々と挨拶する。

「お一人、ですか?」

 わかっていることながら聞いてみる。

「ああ」

「珍しい、ですね」

「ん」

 沈黙。

 そもそも、一人で図書館にくるのはいいとして、なんでこんな、入り口のところでぬぼっと立っていたのだろうか。

 中に入ればいいのに。

 立ち去るにもいかない空気で、どうしたものかと思う。

 隆二さんは、困ったように首筋に手をあてると、

「あのさ、」

「はい?」

「なんで、ここ最近、ちっとも図書館に来なかったの?」

 心臓がはねた。

 もしかして、ここで私がくるのを待っていて、くれたの?

「最近、いなかっただろ? いつもいるのに。神社とか、河原にもいなかったし……。なんか、病気でもしたんじゃないか、なにかあったんじゃないかって」

 心配、してくれていたのだろうか? 隆二さんが。

 真緒さんのこと以外、興味なさそうなのに……。

 そう思ったら、心臓が早鐘のようなりはじめた。

 私のことを、心配してくれていたのだろうか。

「……あの」

「心配してたよ、あいつ」

 隆二さんが当たり前のように続けた言葉に、言いかけた言葉と、気持ちが、風船のようにしぼんでいくのがわかった。

 心配していたのは、真緒さん。

 真緒さんが、心配していたから、隆二さんも気にしていただけ。

 考えてみれば、当たり前のことだ。

 わかっていたことをつきつけられて、じくりと心臓が痛んだ。

「今ほら、いないんだけど。俺に確認しとけってうるさくって。この前のこと気にしているんだったら、別に大丈夫だから。事故なんだし。っていうか、俺も悪かった、なんか感じ悪かったろ?」

「……いえ」

 心がシーンとして、驚く程冷静になったのが自分でもわかった。

 隆二さんが事故だと思っていることに安心する一方で、落胆もしていた。私はもう二度と、この件について自分の悪事を暴露することはできないだろう。ずっと、持って生きることになるのだろう。

 冷静にそう考える。結局、また保身だ。

「ちょっと学校の課題が大変だった、それだけです」

 まっすぐ見て、そう答える。

「そうなんだ?」

「はい」

 大丈夫、ちょっとごまかせば、簡単に納得してくれる。

 みんなそうだ。

「……本当に?」

 なのに、隆二さんはちょっとだけ、眉根をよせてもう一度尋ねてきた。

「……本当です」

「ふーん」

 納得していないような声。

「……何が不満なんですか」

 思わず睨みつけると、いたずらっぽく笑われた。

「だって、嘘つきじゃん」

「嘘なんか!」

「まわりのみんなに、嘘で隠し事をして生きている」

 言われた言葉に口ごもる。

 それは、そうだけれども……。

「本当は?」

 ちょっとだけいつもより優しく笑いながら、改めて問われる。

 だけど、本当のことなんて言えるわけがない。

 貴方が事故だと思っていることは、本当は私がわざとやったことです。真緒さんを殺して、代わりに私がその場所につきたかった、なんて。

「学校の子の嫌がらせのことなら、俺に隠す必要ないだろう」

 それはそうだ。

 隆二さんと真緒さんになら、なんでも話せる。そう、思っている。

 思っていた。

 だけど、違った。

 話せないこともあった。

「……言えない、か」

 私が黙って俯いていると、ふっと呆れたように笑った。

 怒られるだろうか。

 身を堅くしていると、

「言えないなら言えないでいいさ」

 思っていたよりもあっけらかんとした言葉が降って来た。

「え?」

 顔をあげる。

「人間誰しも、言いたくないことの一つ二つや百八つ」

 なんで煩悩の数?

「そりゃああるだろう。それなら、言わなくていいよ、別に」

 俺だって別に無理して聞きたくもないし、となんだちょっぴり、ひとでなしな発言も付け加える。

「だけどさ、嘘はやめよう。隠し事するならば隠し事でもいい。黙っていたいなら黙っていてくれてもいい。だけど、嘘をつくのだけは、やめたほうがいい」

 いつになく真剣な顔でそう言われる。

「……嘘」

「そう、嘘」

 軽く頷いて、

「それだけは、真緒にも約束させてるんだ。お互いに、嘘はつかないようにしようって。隠し事はしていいけれども、嘘をつくのはやめようって」

 そして、ちょっとだけ、なんだか寂しそうに笑う。

「昔、嘘をついたせいで失った人間関係とか、あるからさ。嘘をつくのもつかれるのも、本当、いやなんだ」

 そのまま小さな声で呟いてから、

「ま、どうでもいいか、こんな話」

 恥ずかしくなったのか、照れたようにそっぽを向いた。

「……すみません」

 何をいえばいいかわからなくて、代わりに一つ頭をさげる。

「謝ることではない」

「……でも」

 嘘をついたから。

 隆二さんは何も言わない。私の言葉を待っているみたいに、じっと、私のことを見ている。

 私が嘘じゃないことを言うって、信じて待っていてくれる。

 この人は、やっぱり、とっても優しいんだと思う。

 ちょっと悩んでから、ゆっくりと言葉をつむぎはじめた。

「……なんていうか、ちょっと色々あって、図書館に来たい気分じゃなかったから来なかった。それだけです。別に学校でなにかあったとか、そういうんじゃないです、それは本当に」

 本当のところは隠したまま、それでも本当のことを告げると、

「そっか」

 隆二さんは軽く頷いた。

「まあ、病気とか、なんか大きなもめ事が発生したとかじゃなかったなら、いいんだ。心配してたからさ、真緒も」

「……はい。あの、謝っておいてください、真緒さんに」

「うん」

 隆二さんは、伝えておくよ、と一つ頷いてから、

「でもさ、迷惑じゃなかったらでいいんだけど、今度ちゃんと、直接顔見せてやってくれよ」

「え?」

「どうせ来るし、図書館」

「……いいんですか?」

「え、何が?」

 きょとんとした顔で言われる。

 咄嗟に問いかけてから、そういえば何が問題なのか、自分でもわからなかった。

 家には来るなと言われたけれども、それはまあ迷惑だからってことであって、会うこと自体を嫌がられてはいなかった。

「……迷惑じゃないですか?」

「いや、それはこっちの台詞だけど……」

 隆二さんが困ったように笑う。

「あいつ、自由気ままで迷惑かけていて、うざかったら本当、遠慮なくシカトしてくれていいから。優しくするとつけあがるから、ちょっと突き放すぐらいでいいんだよ、あいつは」

 そんな言葉を、ちょっと楽しそうに笑いながら言われる。 

 ……この人、あれで真緒さんのことを突き放しているつもりなんだろうか?

 めちゃめちゃ甘やかしているようにしか、見えないんだけれども……。

「あとさ、自分でこういうこと言うのもなんだけど、俺らみたいなよくわかんないやつが、あんたみたいな中学生と一緒にいたらさ、ちょっと怪しいっていうか、周りは心配するじゃないかなーっていうのは、思っているけれども」

「……それは、まあ」

 澪に言われたことを思い出したら、否定もできなくって、結局曖昧な笑みを浮かべてしまう。

「ああ、やっぱり」

 苦笑される。

「なんか言われた?」

「……まあ」

 曖昧に頷くと、

「だろうなー」

 と頷いた。

「だからまあ、周りに心配かけない程度にさ、図書館で会うぐらいで」

 それにこくんっと頷いた。

 図書館でならまた会えるのか。

 ここは私の居場所だと思っていいのか、そう改めておもった。

「あ、あとさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「はい」

 なんだろう?

 隆二さんが聞きたいことって。

 そう思ってしっかり顔を向けると、

「あーいや、まあ、どうでもいいことなんだけどさ」

 がしがしと片手で頭を掻きながら、ちょっと面倒くさそうに、

「ピクルスって、スーパーでも売ってるもん?」

「え?」

 ピクルスって、あのピクルス? 食べ物の? ハンバーガーとかによく入っている、あの?

「え、わかんないですけど。売ってるんじゃないですか?」

 前、瓶詰めのを見たことがあるような気がする。

「そっか。じゃあ行ってみるかな」

 呟く。

 それにしても、隆二さんとピクルスってなんだか変な組み合わせ。失礼だけど、似合わない気がする。

「……なんで、ピクルスなんですか?」

「真緒がさ」

 ほら、また真緒さん。

「ピクルスって何? とか聞いてくるから。説明するより、食べさせた方がはやいかと思って」

「……なんでピクルス?」

「読んだ絵本に載ってたんだと。なんか、虫が色々食べる話」

「……ああ、『はらぺこあおむし』」

 あおむしが色々食べていって、最後は綺麗な蝶になるお話。鮮やかな色彩が目を引く一作だ。

 そういえば、あおむしは土曜日にチョコレートケーキとかアイスクリームとか、色々とたくさん食べていた。よく覚えてはいないけれども、ピクルスぐらい食べているかもしれない。

「さすが、よく知ってるなー」

 隆二さんが感心したように頷いて、それになんだかむず痒くなる。

 それにしても、だからってわざわざ買いに行こうとするなんて。

 それで甘やかしていないというつもりなのだろうか?

 隆二さんは本当、真緒さんのだるまどんだ。うらやましい。

「じゃあ、俺帰るわ」

 会話を終えると、用が済んだと言わんばかりに隆二さんが歩き出す。

 今日は図書館に用がないのに、わざわざ来てくれていたのか。

 私に会いに。

 申し訳ない気持ちと、嬉しさがごちゃまぜになる。

 それから、せっかくふたりっきりで会えたのに、もう別れてしまうことが悲しい。真緒さんがいなくて、二人で会うことなんて、もうないかもしれないのに。

「あのっ」

 声をかけると、隆二さんは立ち止まって振り返った。

 声をかけたものの、どうしたらいいのかわからずに、口ごもってしまう。

「どうした?」

 私があまりにも黙っているから、数歩戻ってきてくれた。

 この人は、優しい。真緒さんのおまけ程度にだけど、私に優しさをくれる。本当は、それで十分のはずなんだ。私になんか身に余ることなんだ。

 だけど、少しもらったら、全部欲しくなる。

 あの無条件の優しさを、全部私に向けて欲しくなる。

 そう思っていたら、不思議そうな顔をした隆二さんが、用がないなら帰るけど? なんて呟くから、慌てて、

「あ、あの、この前の人、誰ですか!」

 言葉を発したのがそれだった。

「この前?」

「真緒さんに怪我させちゃったから、お詫びに行こうと思ったら、女の人、いて。金髪の」

 何を問いつめているのか、とは自分でも思ったが、聞きたかったことは事実だ。

「ああ、恵美理」

 隆二さんは納得のいったように、一つ頷いた。

 恵美理。呼び捨てにされた名前に、心臓がきゅっと縮まる。

 ああ、この人が、真緒さん以外に呼び捨てする女のひとがいるなんて。

「俺と真緒の共通の知り合いで、あの家に住むにあたって色々世話になったんだ」

 お世話になった人。それなら、仲良くしていても不思議はない。

 そうは思うものの、納得できない私がいる。

 だって、考えてみたら、私、隆二さんに名前を呼ばれたことが、一度もない。名字ですら。

 ああ、そもそも、隆二さんは、私の名前を知っているのだろうか?

 全然近づけない。こんなに近くにいるのに。足りない、届かない。

 だけど、欲しい。

「……駄目ですか?」

 なんだか色々な感情がないまぜになって、気がついたら言葉を発していた。

「え?」

 小さな声で呟いた言葉に、聞き取れなかったのか、隆二さんが少し身をかがめる。

「私じゃ、駄目ですか」

「は?」

 不思議そうな顔をする隆二さんの手を掴むと、背伸びする。

 顔を顔を近づけると、

「私の、魔法使いになってください」

 そう呟いて、隆二さんの唇に自分の唇を押し付けた。

 ……目測誤って、どっちかって言うと顎だったけど。こんなときにも決まらないなんて。

 顔を離すと、隆二さんは、びっくりするぐらいの無表情になっていた。

 怒っているのでも、呆れているのでも、ましてや照れているのでもない、無表情。

 それを見ていたら、すっと感情が落ち着いた。

 とんでもないことをした。まっさきにそう思った。

 冷静になると、恥ずかしくて、顔に血が全部あつまりそう。それでも、私は視線を逸らさないでいた。

「……俺は魔法使いなんかじゃない」

 しばらくの沈黙のあと、隆二さんがそう吐き出すようにして言った。

「真緒さんの、魔法使いです」

 ひるみそうになる気持ちを抑えて、そう言う。

「それをやめて、私の魔法使いになってください」

「意味がわからん」

「私にも、魔法をかけて、ここから連れ出してください」

 隆二さんが、ほんの少し顔をしかめた。

「……ああ、そういうことか」

 それから、少しの間のあと、何に納得したのか、そう呟くと、ゆっくりと溜息みたいな息を吐く。

「真緒がなんて言ったか知らないが、俺は魔法使いなんかじゃない。こんなこと自分でいうのもどうかと思ったけど、俺と真緒の関係を表すのに、同居人よりも、もっと適切な言葉がある」

 そこで、一呼吸置くと、

「共依存だよ」

 ゆっくりと、言い聞かせるようにそう言った。

「共依存?」

「お互いがお互いによりかかってる。もしも、俺が真緒に魔法をかけていたのだとしても、それと同じぐらい真緒が俺に魔法をかけている。俺が真緒を助けたんだとしても、その分、真緒が俺を助けたんだ」

 そうして、なんだか困ったように笑う。

「……落ち着いて、周りをちゃんと見た方がいい。あんたのことをちゃんと考えてくれているのは、あんたを助けてくれるのは、俺じゃない。絶対に」

「そんなのっ」

 そんなの、いるわけがない。いるなら、どうして、こんなに苦しいの?

「渦中にいると気がつかなくても、どこかに出口はある。だから、ちゃんと周りを見た方がいい。あんたから動いて周りを見回せば、手はあるはずだ。じゃないと、せっかくの差し伸ばされた手も気がつかない。それは、お互いにとって不幸だ」

 いつになく、しっかりした口調で、はっきりと隆二さんが断言する。

 そんなこと、本当にあるというの?

 私がよっぽど酷い顔をしていたのだろう。ふっと空気が抜けるみたいに隆二さんが笑った。手の甲で軽く、私の頭を一度叩く。

「乗りかかった船だ。あんたの魔法使いとやらには、天地がひっくりかえってもなってやれないが、鼠ぐらいにはなってやる」

「……鼠?」

「いるだろ、確か。シンデレラに。助けてくれる、友達の鼠が」

「……ああ」

 曖昧に頷く。

 それから、ああ、でも友達とは思ってくれているのだな、と思った。

 やっぱり、名前は呼んでくれないけど。

「今日のことは忘れるから」

「……はい」

 それはそれで、悲しいけれども、きっとそっちの方がいい。一時の、気の迷いだと思ってもらった方が。

「また、そのうち。図書館で」

「……はい」

 小さく笑うと、隆二さんは去って行った。

 私の魔法使いになってくれなかったあのひとが。

 だけど、私はやっぱり、貴方に魔法使いになって欲しかった。

 なんだか泣きそうになるのを、唇を噛んで堪えた。

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