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竜の玉座と、最後の約束  作者: あめとおと


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第七話 眠れない竜



 目を覚ました時、最初に感じたのは静かな香りだった。


 雨の前の空気によく似た、冷たく澄んだ匂い。


 薄く目を開けると、見慣れない天井が視界へ映る。


 深い藍色の帳。


 黒曜石を嵌め込んだ柱。


 壁へ刻まれた古い竜紋。


 王宮の客室ではない。


 もっと奥だ。


 息を呑んだ瞬間、ルカはようやく理解した。


 ここは龍王の私室だ。


「っ……!」


 慌てて身体を起こそうとして、すぐに顔を歪める。


 まだ熱が残っている。


 胸の奥が鈍く脈打っていた。


 あの後どうなったのか、記憶が曖昧だ。


 竜語が頭へ流れ込み、身体が熱を持ち、気付けばアシュレイヴに抱えられていて――。


「起きたか」


 低い声に肩が跳ねた。


 部屋の奥。


 大きな窓辺にアシュレイヴが立っていた。


 夜だった。


 いつの間に眠っていたのだろう。


 窓の外では雨が降っている。


 黒い王装のまま立つその姿は、月のない夜空みたいに静かだった。


「……陛下」


「気分は」


「だいぶ、楽です」


 実際、身体の熱はかなり引いていた。


 ただ、妙に力が入らない。


 アシュレイヴはゆっくりこちらへ歩み寄ると、ベッド脇の椅子へ腰を下ろした。


 それだけで空気が落ち着く。


 不思議な感覚だった。


 昨夜からずっとそうだ。


 この人の傍にいると、暴れかける竜の血が静まる。


 逆に離れると、不安定になる。


 まるで魔力そのものが引き寄せられているみたいに。


「……どれくらい寝てましたか」


「半日ほど」


「そんなに」


「お前の魔力が限界だった」


 ルカは唇を噛む。


 やはり、自分の中で何かが起きている。


 しかも、それは普通ではない。


 セレスフィアの言葉が頭を過った。


『その子は危険です』


 胸の奥が少し痛む。


 分かっている。


 あんな風に暴走しかければ、そう思われても仕方ない。


 だが。


『誰にも傷つけさせん』


 アシュレイヴの言葉も、同じくらい離れなかった。


 なぜ、そこまで庇うのだろう。


 自分はただ拾われた半竜なのに。


 ルカが考え込んでいると、不意にアシュレイヴが小さく息を吐いた。


「……水を飲め」


 差し出された硝子杯を受け取り、ルカはゆっくり口をつける。


 冷たい。


 それだけで少し落ち着いた。


 雨音が静かに響く。


 王の私室は驚くほど広かったが、必要最低限のものしか置かれていない。


 本棚。


 机。


 長椅子。


 そしてルカが横になっていた大きな寝台。


 生活感が薄い。


 まるで、いつでも消えてしまえそうな部屋だった。


「……陛下って」


 ぽつりと零す。


「ここで一人なんですね」


 アシュレイヴがわずかに目を細める。


「竜は群れない」


「でも、寂しくないですか」


「今さらだ」


 静かな返答だった。


 その言葉が、妙に胸へ刺さる。


 今さら。


 つまり昔は違ったのだろうか。


 誰かがいたのだろうか。


 聞きたかった。


 けれど、聞いてはいけない気がした。


 沈黙が落ちる。


 雨音だけが部屋を満たしていた。


 やがてアシュレイヴが低く言う。


「……お前は昔から変わらんな」


「え」


「普通の者は、私を前にすると恐怖か敬意しか抱かない」


 金色の瞳が静かにルカを見る。


「なのにお前は、なぜそんな顔をする」


「そんな顔……?」


「まるで、私が傷ついているみたいに見る」


 ルカは言葉を失った。


 そんなつもりはない。


 けれど。


 昨夜からずっと思っている。


 この人は、あまりにも独りだ。


 王だから。


 龍王だから。


 誰にも弱さを見せられない。


 だからきっと、何百年もこうして耐えてきた。


 それが当たり前みたいに。


「……だって」


 気付けば口が動いていた。


「陛下、全然自分を大事にしないから」


 アシュレイヴが沈黙する。


 ルカは少し後悔した。


 また出過ぎたことを言った気がする。


 けれど止められなかった。


「国を守るのはすごいことです。でも、それで陛下が壊れていくのを皆当たり前みたいにしてるの、変です」


「役目だ」


「役目なら壊れてもいいんですか」


 思ったより強い声が出た。


 自分でも驚く。


 だがアシュレイヴは怒らなかった。


 ただ静かにルカを見ている。


 その沈黙が逆に苦しい。


「……お前は」


 やがて王がぽつりと呟く。


「本当に妙な半竜だ」


「褒めてます?」


「分からん」


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 アシュレイヴの口元が緩んだ。


 ルカは目を見開く。


 初めて見た。


 この人が、こんな風に笑うのを。


 胸の奥が変に熱くなる。


 その時だった。


 不意に、びり、と空気が震えた。


 ルカの肩の上でノアが怯えたように光る。


 同時にアシュレイヴの表情が消えた。


「……陛下?」


 王は答えない。


 代わりに窓の外を見ていた。


 雨の向こう。


 遥か北。


 その金色の瞳が鋭く細められる。


 次の瞬間。


 ルカの頭へ、再び声が流れ込んできた。


『――器が、目覚める』


 ぞくり、と全身が粟立つ。


 まただ。


 竜語。


 しかも今度は前より近い。


 嫌な予感がする。


「っ……!」


 胸の奥が熱い。


 どくん、と。


 また“別の鼓動”が鳴る。


 ルカは咄嗟に胸を押さえた。


 苦しい。


 熱が暴れ出す。


 するとアシュレイヴが即座に立ち上がった。


「ルカ!」


 その声と同時に、ルカの視界が金色に染まる。


 耳の奥で無数の竜語が響いていた。


『継げ』


『継承せよ』


『最後の』


 意味が分からない。


 なのに身体だけが反応する。


 肌の下を熱が駆け巡る。


 首筋へ鱗が浮かび上がる。


 苦しくて息ができない。


 その瞬間。


 アシュレイヴの手が、ルカの頬へ触れた。


 冷たい。


 静かな魔力が流れ込んでくる。


「私を見ろ」


 低い声だった。


「声に引かれるな」


 ルカは荒い呼吸のまま顔を上げる。


 金色の瞳。


 夜みたいに深い黒髪。


 不思議と、その姿だけがはっきり見えた。


「陛下……」


「大丈夫だ」


 その言葉と同時に、暴れていた熱が少しずつ静まっていく。


 ルカは震えながら、無意識にアシュレイヴの衣を掴んだ。


 怖かった。


 自分の中で目覚めようとしている何かが。


 そして何より。


 その“何か”を、この人は知っている気がした。






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