第9話 魔法手帳
「アンネット。今回は騒動に巻き込んだ上に、色々と混乱させてしまって申し訳ない」
「い、いえ! そんな殿下が謝られる必要はございません! お顔を上げてくださいませ!」
夕暮れが照らすテラスへと出ると、ロベルト殿下が頭を下げた。突然の行動に驚き、私は慌てる。王太子殿下が令嬢に頭を下げるなど、あってはならないことだからだ。それに学園の敷地内とはいえ、卒業パーティーにより多くの人が集まっている。誰かに目撃されれば、殿下の品位を落とすことに繋がり兼ねないのだ。
「私が身分と姿を偽り、君に近付いたとしてもかい?」
「……それは、違法魔法道具の取り締まりで必要だったことですから、気にしておりません」
姿勢を戻した殿下は、不服そうに紺碧の瞳を細めた。彼が変身魔法を駆使し、学園に潜入していた理由を私は知らない。しかし先程、元婚約者に対して発言していた内容を加味すると必要なことなのだろう。
私の癒しであり可愛い存在である、トム・ロマイが実存しないことに寂しさを覚える。だが卒業までの期間限定の癒しであることは始めから分かっていた。夢から醒める時が来ただけである。
「優しい所は相変わらずだけど、心配になるな……少しは相手を疑った方が良いのではないかな?」
「えっ!? 王太子殿下の言葉を疑うなど……」
私の回答が気に障ったのか、殿下は眉をひそめた。彼の不敬を買う事は避けたいが、高貴な存在である王太子殿下にどう接していいものか思案する。
「ふぅん、『王太子殿下』ね…他人行儀なのは腹立たしいな…。その魔法手帳を貸してくれないか?」
「え? あ、はい。どうぞ……」
不意な提案に言われるがまま、抱えていた魔法手帳を差し出した。
「ありがとう」
「……え? 何故?」
柔らかく微笑む殿下に見惚れていると、手帳が自然と開いた。この魔法手帳は使用者か許可を得た者しか閲覧出来ない仕組みになっている。私は読む許可は出していない。しかし目の前の手帳は開いている。
「それは僕が……」
彼の紺碧の瞳に私が映ると、頭の中に昔の記憶が蘇る。