第192話―ツバキたちのお別れ会が始まる―
「お待たせいたしました、ムソウ様」
部屋へ着くと、今日は四天女のシュンカ、シュウメイ、トウリンが俺を出迎える。あれ、ツバキは? と思いながら中へ入ると、既にリンネと席に着いていた。二人とも、多くの妓女や禿と団らんしている。
今回は俺だけをもてなすものではない。どちらかと言うと、ツバキたちに今までの礼をとナズナたちが用意したものだ。俺はそこに呼ばれただけ。俺は仲良さそうに妓女たちと色々話しているツバキたちの元へ向かった。
「良い関係が築けたみたいだな」
「ええ。本当に皆さんにはよくしていただきました」
ツバキがそう言うと、周りに居た妓女たち、そして、四天女の者たちは深く頷く。
リンネの方は、離れたくないと涙目になっている一人の禿の頭をポンポンと撫でて慰めている。向こうも本当に良くして貰ったと、心の中で安心した。
「さ、皆。ムソウさんもいらっしゃったことだし、そろそろ始めるわよ~」
「「「「「は~い!」」」」」
シュンカがポンと手を叩くと、皆は頷き、席を立つ。そして、ある者は楽器を取り、ある者は舞の用意を始め、また、ある者は俺達の前に食い物を持ってくる。
部屋の中で、綺麗な音楽が始まると、奥の方から化粧をしたナズナが現れた。相変わらず化ける女だな。今の姿をダイアン達が見たら卒倒しそうだ。
ナズナは、俺達の前に来て、酒を注いだ。
「ムソウさん。これまでツバキさんには大変お世話になりました。本当にありがとうございます」
頭を下げるナズナに、俺とツバキは口を開く。
「礼を言うならこちらこそだ。最初はどうかと思ったが、この通り、ツバキもリンネも無事で、元気にやっている。お前たちのおかげだ。ありがとな」
「私の方も、大変お世話になりました。色々と勉強させていただきましたし、ここでの経験を次に生かしていきます」
ツバキがそう言って、礼をすると、ナズナや、四天女達は微笑む。一体、何の勉強をしたのだろうか。 妖しい目で見てくるトウリンに気付き、若干背筋が凍る。これは聞かない方が良いなと思い、酒を呑んだ。
俺達が飯を食っていると、ツバキは高天ヶ原の妓女たちから、色々と贈り物の品を渡されていた。綺麗な着物だったり、櫛だったり、宝石だったりと様々だ。数が多いので、俺の異界の袋に収納しているが、四天女からの贈り物は媚薬だった。
「ムソウさんを堕とすときに、使ってね!」
と言うものだから、俺の方から丁重にお断りしておいた。元々効かねえもの貰ってもツバキも困るだろうと思っていると、何故だか、ツバキは残念そうにしている。
「はあ……ということは同じ部屋に住んでも、布団は別というわけですね……」
「当り前だろ。たまも居るんだし、その辺はきっちりしろとダイアン達にも言ってんだ。それを俺が破ってどうするんだよ」
落胆するツバキを説教してやる。男女のそういうことに関しては、屋敷内で絶対に破ってはいけないと決めたものだ。それを家主である俺が破るわけにはいかない。四天女やツバキたちにそう言うと、何故だかガクッと落ち込む。
「別にやましいことは無いのですからそれくらいは良いのでは?」
「駄目だ。先ほど言ったように、小さな女の子も居る。悪い影響は与えたくない」
「その、たまちゃんっていうのはどんな子なの? そこまで気にするような子なのかしら?」
「何と言うか、純粋な女の子だよ。リンネもきっとすぐに仲良くなれるはずだぜ?」
そう言って、リンネの頭を撫でると、嬉しそうに笑った。こいつもたまに早く会わせてやりたい。
そもそもたまの様子を見て、この決まりを作ったのは長年たまを見てきたジゲンと、たまを自分たちのような女にしたくないと言ったアザミたち、屋敷で働いている元夜鷹の女中達だ。
そして、その影響はリアたちにも通じ、そこから、今や、屋敷に住む者達共通の意識となっている。
その辺りはツバキも理解してくれと最後に頼むと、ツバキは笑顔で頷いた。
「分かりました。私一人でムソウ様と一緒に寝るわけにはいきませんからね。リンネちゃんとも一緒に寝ましょう」
「……!」
ツバキの言葉にリンネは顔を輝かせて、頷く。いや、そういうことではないのだがなあと頭を抱える。
まあ、確かにそれなら屋敷の皆も納得するだろうが、俺の言いたいことはきちんと節度を持って行動してほしいということであって……と思いながら、二人を見ていると、ツバキもリンネも、屋敷に行くことをすごく楽しみにしているという様子だった。
何となく、全てにあきらめがついた俺は、ため息をする。
「はあ……わかった。もうそれで良いからよ……」
二人の言い分に渋々納得した俺がそう言うと、ツバキとリンネは手を叩き合って喜んでいた。また、ダイアン達に変な目で見られるんだろうなと思いながら酒を呑む。
その後はもっぱら、四天女の話に付き合った。シュンカやシュウメイは、前の宴会の時に言っていた、自分磨きのことについて話をする。シュンカは以前にも増して芸事を磨き、シュウメイは内面を磨いたと語った。
前のようにことあるごとに体を押し付けてこないあたり、シュウメイのことは成長したなと思っている。聞けば、これにより、簡単には一緒に寝れないと悟った客たちが、何度もシュウメイを指名しては、じらされ、というのが続き、前よりも売り上げが伸びたという。
俺が伝えた意図とは違うが、店のためになったのなら良かったじゃないかとシュウメイを褒めると、ニコッと笑い、頷いた。前ならそのまま腕に手を回すくらいしたのに、この反応だ。やはり、本物だなと感心する。
一方、楽器のことや、舞に関してよく分からないから、シュンカのことについては、俺は何も言えない。ただ、ナズナやツバキによると、前よりも一層美しいものとなり、それだけで満足する客たちも増えていったという。
「やはり、目標があるのと無いのでは、違いますね。ムソウ様もそうなのでは?」
「ん? どういう意味だ?」
「ムソウ様の場合は、強くなることに関して、どうしても倒したい敵を倒すために強くなるのと、そうでないのではやはり違うのではないかと……」
「まあ……そうだな……」
もっとも、俺の人生でそんな相手、そんなに居なかったがな。居るとすれば、エンヤくらいだ。どれだけ強くなっても、あいつには敵う気がしない。だからこそ、刀を振り続けた。
今では、例えあいつが生きていようとも、互角以上の闘いをすることが出来ると自負している。その夢はかなわないがな……。
ただ、何かをするときに目標があるのと無いのでは、大きく違いが出るというシュンカの言葉は正しい。これからも、上を目指して研鑽に励めよと言うと、シュンカは頷いた。
トウリンの方は前とそこまで変わらない。自分の知りたいことを知れれば満足だというトウリンには先ほどから、俺がこの二か月でやってきたことなどを聞かれているところだ。
「古龍ワイバーンってどんなだった?」
「馬鹿でかいワイバーンだったな。爪の一撃だけでこの妓楼なんぞ吹っ飛ぶくらいだったよ」
「よく倒せたわね……」
「まあ……な。山頂で奴を待ち伏せて地上で戦ったからな。そこまで苦労はしなかったよ」
トウリンは俺のEXスキルについては知らない。神人化して飛んで戦ったなどとは到底言えないので、ところどころ嘘をつくのは大変だ。だが、トウリンの方は微笑を浮かべながら、
「山頂で……ねえ~」
などと言っている。何となく見抜かれているのだなと直感した俺は、この話を無理やり終わらせた。この手のことはジゲンを見習いたいものだなと少しばかり「目標」が出来て苦笑いする。
ナズナの方はほとんど変わらない。こいつに関しては、強くなってもう一度俺にかかってこいと言っていたからな。それは先ほどの戦いで身に染みて分かった。シュンカと同じく、俺を倒すという目標のために強くなれたのなら良かったと思っている。
すると、ナズナは飲み過ぎたのか、少し顔を赤らめながら口を聞いてきた。
「あの……ムソウさん。し、シロウは本当に元気なのでしょうか?」
「ああ、こないだも言ったと思うが元気だぞ」
「そうですか……良かったあ~……」
ナズナは俺の言葉を聞き、心底安心したらしく、自らの盃に酒を注いではそれを呑んでいる。心配になるツバキやシュンカが止めようとしたのだが、聞く耳を持っていないようだ。俺がその光景を眺めていると、トウリンが耳打ちしてくる。
「ムソウ様……ナズナ様は、下街のシロウさんのこと……」
「ああ、俺も知ってる。自警団の奴らから大体の話は聞いた」
トウリンに笑ってそう答えると、な~んだ、と言って頷く。ナズナとシロウの関係はこないだ聞いたばかりだ。こうやって、事情を知る前と後では、この光景の面白みが違う。
そして、皆の言うように、俺もこの状態が何となく面白いので、そのまま静観することにした。
「そっかあ~……シロウ……頑張ってるんだ~……偉いな~……」
ナズナはすっかり一人の世界に入り、酒を注いではシロウに思いを馳せ始めている。
酒を呑んだからなのか、違う意味でからなのか、顔を真っ赤にしながらうっとりとし始めた。
面白い女だなと、俺や周りの妓女たちでクスクスと笑っていると、事情をまったく知らないツバキがナズナに口を開く。
「前々から思っていたのですが……その……ナズナさんはシロウさんのことをどう思われているのですか?」
「……へ?」
ナズナはとぼけた顔をして、空の盃を畳に落とした。そして、今度は慌て始める。
「べ、別に大した意味ではありませんよ! ジロウさんの所で小さい時から一緒に過ごしていて、心配なだけです!
し、シロウだって昔は気弱でしたからね! し、シロウの、お、お姉さんとしては、心配するのは当然のことです!」
ナズナは少し早口気味に、ツバキにそう話している。ふむ……やはり人の色恋沙汰が気になる奴は、自分のこととなると、慌てて隠したがるものなのだな。
そして、ツバキの方も、そんなナズナを見て、何か思い当たったらしくハッとして、俺達の方を見てきた。俺とトウリン、シュンカやシュウメイ、更には他の妓女たちや禿たちも、ナズナにバレないように、人差し指を口の前に差して、ツバキに黙ってろと合図を送る。ツバキは納得した様子で、微笑みながら頷く。
そして、更にナズナに口を開く。
「そんなに心配でしたのなら、文の一枚でもしたためてはどうでしょうか?」
「シロウに手紙!? だ、駄目ですよ! そんな個人的なもののためにアヤメ様の伝書鷹を使わせてもらうわけにはいきません!」
ツバキの提案を慌てて否定するナズナ。
トウリンによると、アヤメからシロウへ、もしくはその逆で、何か連絡ごとがある時、お互いが飼っている鷹を利用して手紙などを渡し合っているという。
そうすれば、闘宴会の護る門を通らずに、連絡をすることが出来る。最近は、もっぱら俺に関してのやり取りが多いらしいが、主にこの街の治安維持のための連絡をしているという。
そこに、ナズナが私的に手紙を送るというのは駄目だとナズナは言いたいらしい。なんともナズナらしく真面目で隙が無い断り文句だなと思うが、それならと思い、俺からナズナに提案した。
「ならよ、俺がシロウに届けようか?」
「む、ムソウさんが!? 駄目ですよ! そのような小間使いのようなこと、お願いできませんって!」
「いや、手紙を届けるくらいなら構わねえよ。それに、シロウから返事があるとなれば、俺も気兼ねなくここに遊びに来れるからな~」
と言って、トウリンたちの方に振り向く。皆は俺の意図が伝わったらしく、手を合わせて、口を開いた。
「そうですわね。そうしてくださると、私たちもまた、ツバキさんやリンネちゃんと会うこともできますし……」
「それにムソウさんのような上客がまた来て下さるなんて、こことしても嬉しいことですわ~」
「ナズナ様もシロウさんのことを、ムソウさんを介して聞くよりも詳しく分かることが出来ますから、心配事も減ると思いますよ!」
などと言いながら、ナズナに詰め寄る高天ヶ原の女たち。流石にナズナも多勢に無勢、目を見開いて、何も言えない状態となった。
そして、とどめとばかりにツバキがボソッと呟く。
「これは、武王會館に居た頃に、サネマサ様が仰っていたことなのですが、人は何時死ぬのか分からない。だからこそ、迷ったときには悔いの残らないようにしろ、とのことでした……」
ツバキはそう言って、ニコッと笑う。ナズナは皆に詰め寄られ、ガクッと俯いた。
「うぅ……わかりました。書いてみます……」
ナズナは、シロウに手紙を出すことを決めた。下を向くナズナに気取られないように、俺達は静かに喜び合う。これで、二人の距離も縮まると良いなという思いの他に、やはり揶揄われるよりも、揶揄う立場の方が楽しいなと思いながら、俺達は笑っていた。後で、ジゲンにもきちんと報告しておこっと。
シロウにも、ナズナにも、いい仲間が出来ているぞってな。
その後はしばらく、ナズナがシロウに出す手紙を書いているのを見守りながら酒を呑んでいた。他の妓女や禿にこういう表現の方が良いとか、色々指図されながら、ナズナはせっせと手紙を書いている。
書き始めたころは少し困惑した様子だったが、今では、どこか楽しそうに手紙を書くナズナを見ながら、手紙の提案をしたツバキを四天女達とよくやったと褒めていた。
そして、ナズナが手紙を書き終える。封をして大事そうに抱えたそれを、俺に渡してきた。
「では、ムソウさん。よろしくお願いします……」
「ああ。きっちり渡しておくよ……っと、そろそろ時間か……」
ふと、窓の外を見ると、日が沈み薄暗くなっていることに気付く。家ではたまに料理を頼んでいる。今日の所はもう帰ろうと思い、立ち上がった。
「もう、お帰りに? もう少しゆっくりして行ったら……」
「ありがたい申し出だが、家でも皆がツバキとリンネを待っている。早く帰ってやらねえとな」
俺の言葉に、ナズナはそうですね、と頷く。そして、他の妓女たちは、ツバキとリンネに分かれの挨拶をしていた。
「体に気を付けるんだよ」
「あと、良さそうな人居たら、紹介もしてね」
「偶にでも良いから遊びに来るんだよ」
「リンネちゃんも、今までありがとね」
「食べ過ぎには気を付けてね」
などと言う皆の言葉に、ツバキもリンネも笑って頷いていく。二か月余りという短い間だったが、二人もここに思い出というものを作られたみたいで何よりだ。
「皆さん、本当にお世話になりました。皆さんもお体にお気をつけてくださいね。私も、皆さんから教わったことをこれからも生かして、頑張っていきます」
ツバキは深々と頭を下げる。妓女たちは、俺の方を見てにやにやと笑っていた。ホント、一体何を教わって、何を生かすのか知らないが、ツバキが何か成長できると感じられたのなら良いことだなと思った。
リンネも横で、禿たちと抱き合ったりしている。ミサキの時は泣いていたのに、今回は笑顔だ。最後くらいは笑ってという心情の表れなのだろうか、リンネも成長したんだなと思った。
……まあ、明日からもここの前を通ってギルドに行くのだからな。手紙のこともあるし、案外早く再会できるんだけどな……。
少し無粋なことを考えてしまった。忘れよう……。
さて、ひとしきり、挨拶が済むと、ツバキも羽織を纏って、店を出る準備をした。そして、俺と共に部屋を出る。四天女、および高天ヶ原中の妓女たちが、一同に礼をして、俺達を見送るという光景はなかなかに壮観なものだった。
そして下へと降りていくと、コスケや男衆が見送ってくれる。泣きじゃくる男衆の前で、コスケは気丈だった。
コスケは、今日までお世話になったと言って、ツバキには紅玉が付けられた首飾りを、リンネには高級な菓子を渡していた。
「まあ、それ見ながらここのことを少しでも思い出してくれたら、嬉しいよ」
「コスケさん……ありがとうございます」
「……!」
コスケに頭を下げるツバキ、そしてコスケに飛びつくリンネ。コスケはリンネの頭をよしよしと撫でて、笑って見送ってくれた。
その後、高天ヶ原を出る俺達。ツバキとリンネは振り返り、大きな建物をしばらく見つめていた。そして、ペコっと頭を下げると俺の方に寄ってくる。
「さあ……帰りましょう」
「……ああ」
やはり、少しばかりツバキもリンネも寂しかったのか、目が少し潤んでいる。俺は獣の姿になったリンネを肩に乗せて、屋敷へと目指した。
だが、一つ懸念が出てくる。花街の門へと着くと、闘宴会の奴らと目が合った。俺の方は忌々し気に、ツバキの方はニタニタと下卑た笑みを浮かべている。
こいつらもまさか、俺の目の前でツバキに何かするとは思えない。だが、万が一の時は、後がどうなろうとぶっ飛ばしてやろうと、拳を固める。
しかし、ツバキは俺の拳を優しく包み込み、ニコッと笑った。
「大丈夫です、ムソウ様。そのままでいてください」
「あ? 良いのか?」
以前ここを通ったときは、体を触られ、嫌な思いをしたツバキ。だが、ツバキは不敵に微笑を浮かべながら、門に近づいていく。
門番の奴らはニヤニヤ顔のまま、ツバキに近づいていった。
「嬢ちゃん、ここから先は下街だ。見たところ冒険者では無いようだが?」
「ええ。私は冒険者ではありませんよ。私は騎士です」
「ほ~う……そんな派手な着物着た騎士が居るとは思えねえなあ~。証拠は無いのか?」
「ありますが、それよりもお見せしたいものがございます……」
そう言って、ツバキは懐に手を入れる。何をする気なのだろうと固唾をのんで、その光景を見ていた。闘宴会の奴らは何か期待するような目でツバキを見ている。
本当に、こいつらが何かしようものなら、ぶっ飛ばそうと、再度拳を固めた。
だが、ツバキが懐から何か取り出すと、それを見た闘宴会の者たちの表情が青くなる。
「そ、それは……!?」
「ええ。こちらはこないだ頂いたものですが……」
「な、なんで、お前のような小娘が持ってんだよ!?」
「さて……こちらを持っている者というのがどういう人間かというのはあなた方がよくご存じなのでは?
……そして、こちらを持っている者をないがしろにするということがどういうことかも、あなた方の方がよくご存じなのでは?」
ツバキの言葉に、更に顔色を悪そうにする闘宴会の者達。そして、ツバキは声を低くして、口を開く。
「……通ってもよろしいですね?」
「ど、どうぞ!」
珍しく腰を低くして、ツバキを門の向こう側に促す闘宴会の者達。呆気にとられながらも、俺はその隙に門を抜けて、ツバキについていった。
しばらく下街へと続く坂道を下っていったところで、ツバキに先ほどのことを聞いてみた。
「お前、何を見せたんだよ?」
「ええ、こちらです」
ツバキは微笑みながら、懐から何か取り出す。それは一枚の羽だった。妙に見覚えがあるその羽は、薄く輝いているようだった。
俺は、あ、と思い頭を抱える。その羽から何となくむかつく気配を感じたからだ。
「そいつは……ケリスのか?」
ツバキに聞くと、頷く。以前、コスケが言っていたように、こないだの宴会で高天ヶ原に居た人間すべてにお土産として、渡したものだ。ケリスと実際に会ってはいないツバキももちろん持っている。
そして、この羽はいわゆる通行許可証のようなものであることも、女装した俺にケリスが迫ってきたときに聞いていた。なるほど、ツバキはこれを使って、先ほどの門番を脅したというわけか。
役には立ったが、どうにも釈然としなかった俺は、ツバキに羽を捨てるように促した。だが、ツバキは首を横に振る。
「これが無いと、自由に花街に行けませんし……」
「まあ、そうだが……何だろう、凄く腹立つんだよな、その羽……」
ぼおっと光る羽を眺めながら俺は、そう感じていた。ただ、ツバキとこれから依頼をこなすのであれば、花街を通る際に、面倒ごとが起きないためにもどうしても必要になってくるものだ。渋々、羽を持つことを認めた。
「ちなみに、リンネも持っているのか?」
「キュウッ!」
リンネはコクっと頷く。すると、ツバキが懐からもう一枚の羽を取り出した。あれが、リンネのものらしい。俺は羽を指さして、リンネに命じる。
「一枚あれば良いから、あれは燃やせ」
「キュウッ!」
リンネは獣の姿で居れば、高天ヶ原で働いていた禿ということに誰も気づかない。燃やしたところで、何の問題もない。
リンネは俺の言葉に頷き、狐火を出す。ツバキが羽を中空へと投げると、狐火を当てた。そのままケリスの羽は焼かれていく。
「良し。偉いぞ、リンネ」
「キュウ~~~!」
リンネを撫でてやって、再度ツバキの方を向いた。
「一応それは、俺が預かっておこう」
「え……何故ですか?」
「別にお前が持つ必要は無いだろう。必要な時になったら渡すからよ、そんなもん何時までも持つものじゃない……お前を……汚したくない」
最後のは半分本音だ。ツバキがケリスの羽を持つということが何となくすごく、腹が立つ。あんな野郎の体の一部をツバキが持つということに関して、俺としては納得できない。
それに、何かは分からんが、この羽、凄く嫌な気配がする。こんなものを持たせるわけにはいかないと思った。ツバキに手を差し出すと、ツバキは心配そうな顔をする。
「でしたら、なおさらムソウ様に持たせるわけにはいきません。貴方を危険にさらすようなこと、できませんよ」
「いや、そこまでのことじゃねえよ。多分な。
……それに、それは俺も同じ考えだ。お前を危険にさらすわけにはいかない。悪いが、預からせてもらう」
俺はそう言って、ツバキの手から羽を奪い取った。ツバキは、一つため息をついて、口を開く。
「……わかりました。ですが、本当に危険なものだとしても、必ず私が、ムソウ様をお護り致します」
「……ああ。頼んだぜ」
久しぶりに、護ると言われて、少し照れ臭くなる。ツバキが俺を護り、俺がツバキを護れば良いだけの話だ。ツバキの強さを信じて、俺達は、下街へと向かった。
さて、下街へ着くと、まず、シロウの所に向かう。例のナズナからの手紙を渡すためだ。
もう二か月以上もこの街に住んでいるためか、道行く者達に声をかけられるようになっていた。
今日も歩いていると何人かに声をかけられた。主に屋敷の修繕の手伝いをしていた者たちが多い。
後はたまたちがよく買い物をしている店の者たちなどだ。いつも御贔屓にありがとうございますという言葉を聞きながら適当に返事をしていた。
すると、横でツバキが微笑む。
「人気者ですね……」
「そうか? まあ、悪い気はしないよな。ここに来る前と後では、住民の印象はガラッと変わってしまったよ」
「私もです。アヤメ様はもちろんのこと、ここに居る方々というのは噂通りではないのですね」
クレナに来る前は、アヤメはどんな問題児なのかとひやひやしたものだった。そして、ここの住民たちも荒くれ者が多いと聞いていたが、来てみれば、アヤメは普通に真人間だったし、住民たちも気持ちのいい者ばかりだった。
流言に惑わされるとは俺もまだまだとずいぶんと反省させられたな。
そうやって、道を歩いて行くとシロウの家にたどり着く。家の前には門番が居た。そいつは俺の姿を見ると、気だるそうにしていたのに、ビシッと背筋を伸ばして、挨拶してくる。
「あ、旦那! どうもっす!」
「そんなに固くなるなよ。シロウは居るか? 少し用事があるんだが……」
「シロウの旦那っすね? ちょっと待っててください!」
門番の男はそう言って、家の中へと入っていく。すると奥の方からのそっとシロウが姿を現した。
「おう、オッサン。何か用か? ……って、そこの女は……」
シロウは俺の横に居るツバキを見て、何か思い出そうとしている。ツバキは一歩前に出て、自己紹介をした。
「お久しぶりです。ムソウ様の共の、騎士団マシロ師団、師団員のツバキと申します。確か、以前お会いしましたよね?」
シロウは、はて、と顎に手を置いたが、すぐにハッとしてニカっと笑った。
「おお、そうだ! オッサンと初めて会った、スリの一件の時のだな! 確か、高天ヶ原に預けられているという話だったが……」
「はい。それも今日までで、これからは私もムソウ様のお屋敷に住むことになりましたので、よろしくお願いいたします」
ツバキが深く頭を下げると、シロウはそれに応じた。ツバキもリンネも、この街に住むことが正式に決まったようである。
シロウは顔を上げるツバキを見ながらニカっと笑って、俺に肩を回してきた。
「オッサンも隅に置けねえな~。こんな別嬪さんと一緒だなんて」
若干イラついたが、それを噛み殺して俺もにやつきながら懐に手を伸ばす。
「隅に置けねえのは誰だかな……ほれ、これ預かってきた」
「あ? 何だよ?」
「ナズナからお前への手紙だ」
そう言うと、目を見開き、俺の手から慌てて手紙をふんだくるシロウ。そして、慌てた様子で口を開く。
「な、ナズナが!? これを!? 何で!?」
「さあ? 俺は預かっただけだから、何のことかは知らないが、近況報告とかじゃねえのか?」
と言って、シロウの持つ手紙を横から覗こうとした。シロウは更に慌てて、俺から離れる。
「やめろって! ひ、人の手紙を覗き込むものじゃないぞ!」
「ああ、すまんすまん。ま、何が書いてあるか知らねえが、返事くらいは書いてやれよ。また、俺が届けてやるから、その時は言ってくれ」
「お、おう……」
シロウはそう言って、嬉しそうにしたり、恥ずかしそうにしたりしながら、手紙を大事そうに持っていた。後ろで屋敷の中から何人かの自警団の男たちと、この屋敷の女たちが、シロウにバレないようにクスクス笑っているのが見える。
俺と目が合うと、後は任せろと言わんばかりに自信に満ちた視線を投げかけた。俺はそれに応じ、頷く。
「じゃあ、俺達はもう帰るからな」
「お邪魔しました」
「お、おう! き、気をつけてな~!」
未だ慌てた様子のシロウを尻目に俺とツバキは屋敷を出ていく。後は家に帰るだけと思いながら下街を歩いて行くと、ツバキが笑いながら口を開く。
「それにしても、ナズナさんも、シロウさんも周りは気付いているのに、本人同士が気付かないなんて、面白いですね」
「まあ……なあ……」
ツバキの言葉にすぐには頷けない。何せ、俺もそうだったから。サヤに好きと言われるまでは、俺もサヤのことが好きだという自分の気持ちはわからなかった。
エイシンだけは気付いていたようだが、やはり素直になるというのは少々難しいのかも知れない。
ふと、横のツバキを見る。ツバキもサヤと同じく、自分の気持ちははっきりと言ってくる。どうやったら、こういう風になれるのだろうか、と不思議に思うくらいだ。
サネマサの言う、悔やむことが無いようにとのことらしいが、よく分からない。次に会ったときに、あいつと少し話してみよう……。




