第170話―飯を食って面白い所へ行く―
上街を進み、門の前まで来た。いつものように手続きを済ませる。今日は、ショウブは居ないが、よく見るショウブ一家の者たちが対応した。
「お、今日は女装してねえんすね」
「もう、昨日のことは忘れてくれ……」
「いやあ、忘れられねえって、あんな美人」
男たちはケラケラと笑う。こいつらも大概だな。ほとんどケリスと変わらねえ。ショウブの苦労も分かる気がする。
何か嘲笑われている感覚がして、少しだけ怒りが湧いてくるうちに、あることを思い出し、ショウブ一家の一人の男を睨みつけた。
「そういや……てめえ、俺のこと姐さんと呼んだなあ……お前らは俺を怒らせるのがそんなに好きなのか?」
「い、いや……あれはもののはずみってやつっすよ」
無間を握りながら、昨日の一件のことを叱ると、慌て始めるショウブ一家の者たち。少しはそうやって反省でもしていてくれ。
「にしても、いちいちこの手続きするのも面倒だな。俺だったらもう、素通りで良いじゃねえか?」
門をくぐる為の手続きは、まず俺が腕輪をかざし、何故通るのか理由を言う。門に居る者達は俺の素性と、その理由を書類にまとめる。
そうすることで、誰が、何時、どんな目的でここを通ったのかわかるようになってしている。確かに大事なことだとは思うが、いい加減面倒には感じている。トウショウの里入り口の門番は、すでに俺だとわかるとすんなりと通してくれているのだがな。
少し、愚痴を言うと、門番たちは苦い顔をした。
「すまねえな。ここは下街と違って貴族たちも居る。あいつら、その辺りはきちんとしてくれって、お嬢に圧かけてくるんすよ。
お嬢の面目もあるし、こらえて欲しいっす」
門番たちによると、貴族たちは誰がどんな目的でこの街に居るのかということをはっきりさせておきたいみたいだ。問題があると、ここの治安を任されているショウブの所為にされる。そうなれば、上街の管理も闘宴会ということになりかねない。下手すりゃ、ショウブ一家自体が取り潰されることになる。
「それは、確かに面倒だな。わかった。お前らに従うよ」
「すまねえっす……っと、手続きのほうは終了っす。旦那、通って良いっすよ」
「おう」
花街に入る許可を得て、俺は門をくぐった。まあ、ショウブには世話になっているからな。迷惑をかけないためにも、多少の面倒なことには目を瞑ろう。
そう思いながら、花街へと向かう。
花街の中は相変わらず、そこかしこで、恋人同士でまぐわったり、路地裏で色々とやっている光景が目につく。昨日も思ったがなんか酷くなってきていないか?
ケリスの開く宴会もあるというのに。これは流石にあいつも怒りそうなものだと頭を抱えた。
闘宴会は何をしているのだろうと思い、よく見てみると、何と闘宴会の連中までもが、妓女や、連れの女と抱き合ったりしていた。ここまで来ると、ケリスや、先ほどのバークって奴も、これを黙認している可能性が高い。
花街はやはり、たまとか連れてくる感じではなさそうだな。風紀が悪すぎる……。
何か、この街に対してあきらめのような感情が芽生え、そいつらを横目に花街を進んでいく。ふと、高天ヶ原の前に来ると、「営業休止」の看板とその詳細が書かれたものが立っている。
それを見ながら客だろうか、豪奢な装備を身に着けた冒険者たちががっくりと俯いていた。相手は貴族、それも神人で大きな権力を持つ男だからな。どうしようもできないことを悟った冒険者たちはそのまま、高天ヶ原を離れていく。すると、
「あら、お兄さん、うちへ寄っていきなさいよ~」
「今ならお安くしておきますわ」
などと言いながら、女たちがその冒険者たちに寄っていく。他の妓楼の妓女たちらしい。高天ヶ原が休みになると、他の妓楼が盛り上がるというのは当たっているようだ。
高天ヶ原ではないにしろ、妓女は妓女。顔立ちは整っていて、色香をふりまいている。冒険者たちは元気を取り戻し、その女たちと腕を組んで、そばの店へと入っていった。
上手いこと騙されて搾り取られねえようにな、と思いながら、俺は花街の出口へと向かう。ここに居たら、俺もああいう目に遭いそうだからな。
そして、門の所までたどり着き、手続きを済ませる。と言っても、ここまで来ると、何も言わずただただ睨みつけている闘宴会の門番に腕輪をかざすだけ、という作業だがな。
闘宴会の持ち物確認が終わったら、殺意を向けられながら、俺は門をくぐり、下街へ続く坂道を下っていく。
アイツらこそ、俺の顔を見たらすんなりと通してくれればいいものを。まあ、夜が更けたら居眠りするような奴らだからな。本来は適当な奴らだ。
俺もいちいち相手をするのは疲れるから、現状はこのままで良いと思っている。何も言わず、下街を目指した。
さて、下街を歩いていると、腹が減ってきた。昼飯食ってないからな。恐らく俺の飯は、屋敷で用意されていない。どこかその辺で飯でも食おうと思い、そばにあった蕎麦屋に入った。……洒落じゃねえぞ。
そして、席に座り、注文を取る。最近寒くなってきたし、かけでいいやと思い、店員に伝えた後はぼーっと、辺りの光景を眺めていた。
通りには住民たちが晩飯の買い物をしていたり、大きな手押し車を押したりといった普通の光景が目に入る。ぼんやりとその光景を見ていると、何人かに声をかけられる。それは屋敷の修繕の手伝いをしていた、花街の浮浪者だった奴らだ。
「あ、ムソウ様、お久しぶりです」
「おう、元気にやってるか?」
「おかげさまで、新しい仕事も見つかりました」
「それは何よりだ」
と、他愛もない近況報告をしたのち、そいつは仕事の途中なので、と離れていく。そいつをはじめとした他の奴らも無事に新しい仕事についたり、家の仕事を引き継いだりと出来たようで、偶に見かける。
元気そうだが、家族や友人たちに、もう迷惑をかけるなという目をされているのを見て、少し面白かった。何はともあれ、俺のやったことは間違いではなかったと実感する。
そして、引き続きぼんやりとしていると、聞きなれた声が聞こえてきた。
「む? ムソウ殿か。こんなところで何を?」
声のした方を向くと、ジゲンが立っている。手提げの袋を持ち、帯刀した状態だ。買い物中のようで、刀は一応ということみたいだな。
「おう、ジゲン。依頼が終わったんで帰るところなんだが、腹が減ってな。ここで食おうとしているところだ」
「なるほどの……では儂も、一緒に頂こうとするかの」
構わないというと、ジゲンは荷物と刀を置いて、俺の横に座る。そして、店員にかけそばを頼んだ。ジゲンの持っていた袋の中は果物と甘味のようなものが入っている。
たまが喜びそうだと買ったらしい。本当に爺さんみたいだなと思いながら笑った。
「そう言えば、今日はツバキ殿たちには会わなかったのか?」
「ああ。宴会の準備でしばらく休むとよ」
ジゲンにケリスの宴会で高天ヶ原が休みだということを伝えると、なるほどと頷く。まあ、この時間に俺がここに居るのはいつもとは違うからな。不思議に思っていたらしい。
「しかし、ケリス卿一人の所為で、多くの者たちが迷惑するというのも嫌な話じゃの」
「そうでもないぜ。他の妓楼が盛り上がっているみたいだったからな」
「ホホ、そういうものか」
ジゲンは呆れ顔で笑っていた。迷惑がかかるとすれば、高天ヶ原だけだからな。
しかし、多少休んだところで、店自体は大丈夫だろう。宴会が終われば、また繁盛するさ、と俺は笑った。
しばらくすると、俺達の蕎麦が運ばれてくる。手を合わせてそれを食いながらも俺とジゲンの話は続いた。
「そういや、前にケリスの話になったとき、爺さん、明らかに動揺していたよな。やはり何か知ってんじゃねえのか?」
屋敷でケリスの話を初めてした時、ケリスの名が出た途端、ジゲンは器を落とした。本人は力が抜けただけ、と言って俺達も笑ったが、後で考えると、何か動揺したのではないかと思うようになっていた。本当の所はどうなのかと聞くと、ジゲンは微笑みながら口を開く。
「さての」
「また、とぼける気かよ。どれだけ秘密持ってんだ?」
「それも秘密じゃ」
ジゲンの言葉にあっそと頷く俺。人の詮索をするのも、されるのも嫌いな俺でも、ジゲンの秘密というのは何となく気になる。年寄りの話は面白いからな。いい教訓にもなるし、どうしても聞きたくなる瞬間というのがある。
だが、ジゲンは教えてくれない。いつか、暴いてやろうと思いながら、それまでは生きていてくれと念じつつ、蕎麦をすすった。
「そう言えば、ムソウ殿は、無間の刀精には何時会いに行くのかの?」
「ああ、ツバキが屋敷に来てしばらくしたら行くつもりだ」
本来、俺がクレナに来たのは無間の秘密を探るためだ。だが、来てからアヤメに頼まれた多くの依頼に続けて、屋敷の件、花街の浮浪者の件と忙しく、トウショウの祠には行けていない。
まあ、急ぐことでもないから別に良いと、先送りにしている。取りあえずはツバキと一緒に行きたいから、あいつが屋敷に来るまでは、俺だけで行くのは辞めておこうと思っている。そう言うと、ジゲンは微笑んだ。
「ムソウ殿は本当にツバキ殿に優しいのじゃのお」
「そんなんじゃねえって。ここまで一緒に来れたのはツバキとリンネと旅してきたからだ。その目的は三人で最後まで一緒に、見届けたいと思っているだけだよ」
ツバキとリンネと共に歩いたクレナへの道。その目的は無間の刀精に遭う為だ。ここまで一緒に来たのだし、結局は、ツバキはこれからも俺と共にいることになっている。
だから、その旅の目的を果たすのは、一緒に歩いてきたあいつらと共に迎えたいと、そう感じている。だから、トウショウの祠に行くのはその時で良い。
「なるほどの。三人の旅の終着は三人で、か。それはいい考えじゃの……」
「旅というよりは、何と言うか、人生の目的みたいになっているな。無間を知れば、俺がこの世界に来た理由ってのも分かる気がするし」
ことの発端はそうだからな。俺と共にこの世界に来た無間を知れば、俺も自分のことがよく分かる気がする。それが分かれば後はどうにでもなれという思いだ。
「人生の目的か。その歳でそれを知るのも、また良いものなのじゃろうな」
「ああ。爺さんはそういうのは無いのか?」
「儂の人生の目的か? そうじゃの……」
ジゲンはそう言って、刀を手にとり、ジッと眺めた。ぼさぼさの前髪から時折覗かれる、緑色の目はどこか、遠くを見るような目をしていた。
そして、刀から俺へと視線を変えると、口を開く。
「もう、この歳になると、たまの幸せな未来を護ることくらいじゃの。あとは、償いかの……」
「償い? 何の?」
「ホホ、内緒じゃ」
またかよ。一つ目はわかるが、二つ目は本当に分からない。何に対しての償いをしたいんだよ。
まあ、償いということは悪いことだ。しつこく聞いても話したくは無いだろうなとは思う。無理やりそう納得して、俺はそばをすすった。
「ちなみに無間の刀精と出会い、お主がここに来た理由が例えば、なんでもないただの気まぐれによるものだったならどうするのじゃ?」
興味を引くことを聞いてくるジゲン。俺が来た理由なんて、まあ、その可能性もあるよなと何度も考えてきた。タカナリや、ハルマサなど多くの仲間や友人、国を置いて、この世界に飛ばされた理由がそんな大した理由でもなかったら嫌だなとは思っていたが、実際そうだったら、どうだろうな……。
俺はしばらく考えてみたが、特に何も思い浮かばなかった。思い浮かんだことと言えば、あの夢のことだけだ。だが、魂の回廊のこと話しても、どうということではないと思い、俺は頭を掻きながら笑った。
「そうだな……その時はまた、考えるよ。一生、冒険者やって、お前たちを養っていくというのも面白いからな」
「そうか。……まあ、いずれ、儂もお主も、ダイアン殿やアザミ殿、そしてたまに養われる時が来るじゃろうからな……」
まあなとジゲンと共に笑った。とは言いつつ、一番長生きしそうなのはジゲンだがな。屋敷にある部屋で、年老いた俺が皆に看取られる。大人になったたまやリア、少し老けたアザミやダイアンが居るが、その中に、俺よりも年老いたこいつが居そうな気がしてならない。しかし、それも悪くないなと思いながら、笑っていた。
そして、死んで魂だけになったら、ゆっくりとあの女の願いを叶えるために今度は冥界で、何とかエンマに話をつけて、女と思い人を会わせてやればいい。
そういう人生も悪くないと、四十になって、改めてそう感じた。
◇◇◇
俺達が蕎麦をすすっていると、突然外から入って来た客が、声を上げる。
「あれ? オッサンじゃねえか!」
声の主はシロウだった。なんかこいつ久しぶりに見るなあ。最後に会ったのは何時だっけ?
多分、屋敷の修繕祝いの時だから、もう十日くらい会っていないというわけか。何で下街に住んでいるのに、見ないのだろうかと思っているが、お互い仕事している身だからな。そんな機会はないか。入って来たシロウに返事する俺とジゲン。
「おう、しばらくだな」
「お疲れさん、シロウ殿」
俺達が声をかけると、シロウはニカっと笑って席に着く。俺が髭を剃っているのを見ると、大層驚いていた顔をした。歳をとったことを報告すると、それでも四十には見えないと言われた。
しかしこんな時間に何してんだと聞くと、シロウは頭を掻きながら、
「いやあ、見回りしてたら腹減ってな。蕎麦でも食おうと思ってよ」
と言って、店員に注文するシロウ。店員はシロウの姿を見ると、代金は良いですと言って、蕎麦を作り始めた。やはりこの男は好かれているな、と笑った。
下街は意外と広い。それに住民同士の喧嘩や、俺がされたような、闘宴会による揉め事など、問題ごとも多い。隅から隅まで、見回るのは骨が折れるだろう。今日も、一つ喧嘩を止めてきたと言って、シロウは苦笑いする。大したものだなと俺もジゲンも素直にシロウを褒めた。
まもなく蕎麦が来て、シロウはすすり始める。食事を続けながら、俺達に口を開いた。
「で、二人は何やってんだ?」
「俺は仕事の帰りだ。ジゲンは買い物途中でな、お前と同じく腹が減ったからここに居るってわけさ」
「ムソウ殿と色々と話しながら食事をするのは楽しいぞ、シロウ殿」
そうなのか、という目で俺を見てくるシロウ。大したことじゃないと首を横に振るが、シロウは何か輝いた目で俺を見ている。この際に何か聞きたいことあるという目だ。
「確かにオッサンの話は面白そうだなあ。それじゃあ、一つ聞きたいことがあるんだが」
シロウの言葉に仕方ないなと頷いた。断る理由は無いからな。俺の方は蕎麦も食い終えたし、ちょうどいいと思っている。
「いいぞ。何が聞きてえんだ?」
そう言うと、シロウは横にかけている無間を指さす。
「オッサンの刀について聞きたい。どういった代物なんだ?」
シロウの問いに、少し戸惑う。多くの鍛冶職人が集まる街だ。そこで生まれ育ったシロウが気になるのも、今までの経験から分かる。
ただ、この刀を調べるためにここに来て、結局分からなかったからな。
「どうって、言われても実はよく分からないんだ」
「分からないって……じゃあ、どこで手に入れたんだよ?」
「育ての親がくれたのさ。こないだ話した、俺の親代わりだった奴だよ」
シロウにはエンヤのことは伝えてあるからな。改めて説明する気はない。俺がそう言うと、シロウは、そっか、と頷く。
「育ての親から貰ったものか。いいなあ……」
「ん? お前はジロウから何か貰っていないのか?」
「ああ。継いだのは技と、ジロウ一家くらいだな」
シロウはそばにおいてある自身の刀を持って、少しだけ寂し気な顔をする。
何でも、ジロウの技を正当に受け継いだら、刀を貰うという約束をしていたらしい。ただ、その前にジロウが行方不明になって、それは叶わなかったという話だ。
五年前ジロウが行方知れずになった後、シロウは己の弱さを克服するため、また、正当なジロウ一家の二代目として、力をつけるべく、修行に明け暮れたという。そして、最近になって、ジロウに教わっていた技を、全て習得したらしい。
ただ、刀が違えば威力など大幅に落ちる。シロウが今持っている刀はそこらにある刀とほぼ同じような性能らしい。ジロウの使う技を再現するというのは難しいと、悔し気に言った。
「どんな技が使えるんだ?」
「そうだな……。一振りで、複数の斬波を一度に出したり、相手に斬られたということを悟らせないほどの速さで居合切りしたりってところだな」
おおう、かなり凄いんじゃないのか、それ。シロウの努力というのは相当なものらしい。すげえじゃねえかと褒めると、シロウは首を横に振った。
何でも、今持っている刀でそれをやると、刀の方がすぐに折れたり、傷ついたりするという。ジロウの技は刀にも相当な負担がかかるということ。ゆえに、本当に技を受け継ぐということは、ジロウの刀が無いといけないとの話だった。
「はあ……せめて俺に刀を渡してから、行方不明になればよかったのに……」
と、ここには居ないジロウに対して、そう悪態着くシロウ。まあ、単純にその時は技を習得出来ていなかったわけだから、正当な後継者として見られていなかったのだろうな。ジロウも、帰ってきたら、シロウが成長していることにさぞや驚くだろうと、シロウを励ました。
すると、俺達の話をずっと聞いていたジゲンが、茶をすすり、口を開く。
「ふむ、そう言うことであれば、シロウ殿。この後、何か用事はあるか?」
「何だよ、爺さん。今日は特に用事は無いが……」
「では、儂に付き合ってもらおうかの……」
そう言ってニコッと笑うジゲン。何だろうとシロウと顔を見合わせるが、さっぱりだ。この爺さん、また、何か隠しているな?
気になり、俺もついて行って良いかと聞くと、構わんよ、と頷くジゲン。
偶に、こいつはすごく興味が惹き、面白いことをするからな。何をするかは知らないが、俺もシロウも何となく楽しみにしながら、飯を食っていた。
その後、シロウが蕎麦を平らげて、店を出る。ジゲンがついてこいと言うので、俺達は黙ってジゲンの後をついていった。
街を歩いていると、シロウは道行く住民たちに頭を下げられたり、話しかけられたりしている。その一つ一つに丁寧に対応していくシロウ。
「お、シロウの旦那、今日は自警団の奴ら、連れてねえんだな。嫌われてんのか?」
「なわけねえだろ。アイツらに仕事押し付けて、今日はこの爺さんたちの介護だ」
「ハハハッ! そいつは良いや。ただ、そこのおっさんに介護なんていらねえだろ。花街のごろつきを追い返すんだからな」
「違いないな! アンタも変に絡んだら、このオッサンに斬られんぞ」
「おっかねえな……まあ、いいや。ほれ、これもっていきなよ」
と、話しかけてきたおっさんは酒の入った徳利をシロウに渡す。シロウはそれを笑顔で受け取った。話の内容は少し気に入らないが、シロウは本当に街の奴らに好かれているんだということを実感する。
シロウのあの、住民たちとも同じ目線で話すというところが良いんだろうな。住民たちも、自警団の長だからといって無理にへりくだることなく、気軽にシロウに話しかけたりしているようだ。いい形だなと横で感心している。
ふと、道を進んでいくと、道の端でしゃがんで俯いている子供が居た。何してんだろうと近づくと泣いているようだ。
どうしたものかと悩んでいると、シロウはそっと近づき、子供の肩を叩いた。
「どうした? そんなところで泣いて」
「……お父さんと……はぐれちゃったの……」
嗚咽交じりに子供はそう言った。どうやら迷子らしい。ついでだと思い、どんな人間か聞いて、探そうと思っていると、シロウは子供の頭を撫でて、優しく口を開く。
「そうか、寂しいよなそれは……よし、お兄ちゃんに任せなさい!」
シロウはそう言って、子供を抱える。すると、そばにあった店の屋根の上に上った。そして、子供に、耳をふさぐように言うと、子供は不思議な顔をしながらも、耳をふさいだ。大きく息を吸う、シロウ。そして、
「この子供の親はどこだ~~~~!!!!」
と、大きな声で叫ぶ。道行く者たちはビクッと立ち止まり、何事かとシロウを見上げた。シロウは子供を高く掲げて、人々にその姿を見せている。子供は突然の出来事にただただ驚いているのか、目を丸くして固まっていた。……すると
「あ! 俺です! 俺がその子の親です!」
群衆の中から手を高く上げながら、若い男が出てくる。その男を見て、子供はぱあっと顔を輝かせた。
「とーちゃん!」
それを見たシロウはニヤッと笑い、屋根から道へ降りる。そして、子供を道に下すと、子供は男の方へ駆けていった。
「とーちゃん! どこに行ってたの!」
「こっちの台詞だ! 待ってろって言ったのに、その場を離れやがって、かどわかされたのかと思って心配したんだぞ!」
「だって! とーちゃん、帰るの遅いからしんぱいしたんだもん!」
怒る男に子供がそう言うと、男はため息をついた。なるほど、待ち合わせをしていたが男の帰りが遅く、心配して探しているうちに子供の方が迷子になったというわけか。どっちもどっちだな……。
そう思っていると、親の方がまったく、と言いながら子供の頭を撫でる。そして、シロウに近づいていった。
「ありがとうございます、シロウさん。なんとお礼を言っていいやら……」
「気にすんなって。街を護るのが俺の仕事だ。住民たちを護るのは当然だ」
そう言って、ニカっと笑うシロウ。そして、しゃがんで子供の頭を撫でた。
「良かったなあ~、親父さんに会えて。でもな、親父さんが待ってろつったら、待っておくのは子供の役目だ。
これからはきちんと、親父さんや、おふくろさんの言うことは聞いておけよ」
「うん! ありがとう、おにいちゃん!」
子供はシロウの言葉に笑顔で頷き、懐から飴を出した。シロウはニカっと笑うと、それを受け取り、口の中に放る。
流石、シロウだな。言葉の説得力が違う、とその光景を見ながら俺は笑っていた。
その後、手を振ってその場を離れる親子に、シロウも手を振り返していた。周りからはシロウを褒め、称える声がちらほらと聞こえてくる。自他共に、ここを護っていると認められているのは本当にすごいことだとまたしても感心した。
俺とジゲンはそんなシロウに近づいていく。シロウはこちらを振り向き、手を合わせて頭を下げた。
「悪い、二人とも。時間食っちまった。どうしても見過ごせなくてな」
「気にすんなって。そこまで急ぐ用事じゃないんだからよ」
そう言って、謝るシロウを許していると、ジゲンが頷きながら口を開く。
「ふむ……シロウ殿は、本当にジロウの跡をきちんと継いでおるようじゃの。街の者たちからは慕われ、問題事あれば、どんな小さなものでも解決しておる。
とても良いことじゃと思うぞ」
「そう言ってくれると、ありがたい。まあ、それもこれも、親父の真似なんだがな」
「それで良いじゃろう。ジロウの真似をすること……それは並大抵のことではない。こなしているシロウ殿は充分立派じゃ。……ただ、一つだけ足りないとすれば、自信かの……」
ジゲンの言葉にシロウは静かに頷く。シロウの行動は確かに、俺から見ても簡単に出来ることではない。それをやり切っているシロウは本当に素晴らしいものだと、会って日が浅い俺も常々思っている。
しかし、シロウはそれさえも、ジロウの真似と、どこかジロウを持ち上げ、謙遜する態度をとっている。やはり、心のどこかで、ジロウに対する、偉大な父親を持つ子供としての劣等感は感じているようだ。
そんなシロウの肩を、ジゲンは優しく、ポンっと叩く。
「これから行くのは、お主に自信を付けさせてくれるかも知れないところじゃ。楽しみにしておれ……」
そう言って、ニコッと笑い、ジゲンは再び歩き出した。シロウは不思議そうな顔をしたが、決意を固めたような表情になりジゲンの後を追った。俺もそれについていく。
そして、着いたのは下街の通りから少し外れた所にある、小さく、ボロい武器屋だった。シロウが横で、
「こんなところに武器屋……初めて知った……」
と、呟いている。ということはそこまで有名じゃないということだな。何でそれをジゲンが知ってんだよと思いながらも、ここで何が起きるのだろうかと期待している俺とシロウ。
そして、ジゲンに促されるまま、店の中に入った。
中に置かれている武具は、店構えと同じく、ぼろく、ところどころ錆びているようだった。営業してんのか? ここ。
何にも手入れされていないじゃねえか。蜘蛛の巣も張っているし、ほこりもかぶっている。
奥にいる店の主人は昼間から酒を呑みながら俺達のことをジッと見ていた。俺よりも少し、年上くらいだろうか。酒を持つ手は細く痩せていて、小刻みに震えながら、グイっと酒を呑んでいる。
ほとんど、病気だなと俺は呆れていた。そんな主人にジゲンは歩み寄っていく。
「……なんでえ、客か?」
「客じゃ。欲しいものがあるのじゃが……」
「けッ! てめえの目は節穴か? それとも耄碌してんのか? ここで何欲しいってんだ!」
ジゲンの言葉に、やさぐれたように声を荒げる主人。流石、ここまで店の状態がひどいと、自分から自分の店をけなすようになるようだ。俺もああいう歳の取り方はしたくないなと頭を抱えていると、ジゲンはニコッと笑う。
「ここにしかないものなのじゃが……」
「ん? 何のことだよ、言ってみろ」
「……カイケン殿の、「零の刀」はまだあるかの?」
ジゲンがそう言うと、主人の目がカッと開かれた。そして、身を乗り出し、ジゲンを慌てた様子でじろじろと見る。
「お、お前……何で、それを知ってんだ?」
「昔、世話になったのじゃ。カイケン殿にのう。そして、ここ、カイケン殿の作品だけが並ぶこの店には何度も来ておったからな」
「し、信じられねえ……あの頃を知る者は……いや……しかし……」
主人は、頭を抱えて、一人考え事を始める。訳の分からなかった俺とシロウはジゲンに話を聞いた。
カイケンというのは、昔、この街に居た、腕利きの鍛冶職人だったという。彼の作る武具は強力なものばかりで、その頃のジゲンや、サネマサもよく利用していたらしい。
どんなものを作っていたかと言うと、ショウブが持っている鉄扇「風神」、ナズナが持つ「千手・千眼」の二振り、そして、ジロウが持っている「帝釈天」という刀など、俺の知る限りの人間だとこんな感じだ。
どれも強力なものばかりだが、カイケンが作った武具は扱いづらく、当時使いこなせていたのはサネマサやジロウが所属していた「牙の旅団」の者達くらいだということで、そこまで有名ではなかったらしい。
知る人ぞ知る名工という感じの、その男は、あまり店にも自身の武具を卸すことは無く、この街でも、今俺達が居る、カイケンの友人がやっていたこの店にしか置かなかったとのことだ。
ああ、だから繁盛していないんだと思い、店の中を見渡した。しかし、よくこの店のこと知ってんなと、ジゲンに言うと、何度か来たことがあるとのことだ。まあ、ジゲンもサネマサの知り合いらしいし、どこかで聞いたのかもしれないな。
そして、ジゲンはなおも、何か思い詰めている様子の主人に口を開いた。
「それで……あるかの?」
ジゲンの問いかけにハッとした店の主人は、酒を置き、真剣な目つきで、ジゲンを見た。先ほどのように、酔いどれた者がする体の震えは止まり、強いまなざしでジゲンを見ている。急に態度が変わったものだから、俺もシロウも若干驚く。
「……まあ、ここと、カイケンを爺さんが知っているということは理解した。だが、あの刀を欲する理由は何だ? その歳になってまだ自分を試したいとでも?」
「……いや、儂ではない……彼に、の」
ジゲンはそう言って、シロウを差す。主人がシロウに視線をやると、シロウはごくっと唾を呑み込み、二人の方に歩み寄った。すると、ジゲンは主人にシロウを紹介する。
「こちらは、“刀鬼”ジロウの養子であり愛弟子、シロウ殿じゃ。今はこの街でジロウ一家の二代目頭領をしている」
ジゲンの言葉に、シロウが礼をすると、主人はハッとし、口を開く。
「お前が、ジロウの子?」
「え、オッサン、親父を知っているのか!?」
「この街に住んで、知らぬものなど居ないだろうよ……まあ、良い。
なるほど……確かにそれは面白そうだな……」
主人はニヤッと笑って、ジゲンを見る。ジゲンは頷き、
「どうじゃ? 試す価値はあると思うんじゃが……」
と言った。主人は頷き、店の奥へと消える。しばらくすると、刀を二本持ってきた。一本はそばに立てかけ、もう一本を台の上に置いて、シロウの前に見せる。
何のことはなく、普通の刀のようだった。特にこれと言って、力は感じない。黒い鞘に黒い柄の、ありふれた刀のようだ。
シロウと俺が不思議そうにその刀を眺めていると、店の主人は口を開く。
「こいつが、爺さんの所望した「零の刀」だ。まあ、とっとと抜いてくれ」
「いや、抜いてくれと言われても……」
何やら楽しそうな様子のジゲンと店の主人。それとは対照的にシロウは困っているようだ。俺も訳が分からないと、ジゲンに説明を求める。
ジゲンによると、この零の刀はカイケンが作った武具の中で、最高の作品であり、最低の作品であるという。意味が分からないなと思っていると、店の主人が口を開く。
「この刀には、十二星天、ミサキの産み出した「賢者の石」と、技を吸収して強くなる魔物の核が素材として使われている。
こいつは今はそこらにある普通の刀だが、抜いた奴の力によって姿を変えるという刀だ。つまり、持ち主が強ければ、この刀も強くなるし、弱ければ、弱い刀となるというわけさ」
何でも、刀自体が、持ち主の精神力だったり、スキルの力だったり、または魔力だったり、総合的な実力を判断するという。
そして、魔物の核がそれに反応し、賢者の石の効果によって、刀の性質自体が変わるものらしい。
面白い刀だなと頷くと、シロウがポツリと呟く。
「つまり、俺が強かったら、この刀も強くなるということか?」
その言葉に、ジゲンは頷く。
「うむ。ジロウの技をすべて継ぎ、ジロウの人柄さえも継いだシロウ殿なら心配ないと思うがの……」
ジゲンの言葉にシロウは目を見開き、深呼吸した。なるほど、これで良い刀が出来ればシロウには、本当に強い力があるという証明になる。刀が強くなるということは、シロウはそれほどの人間だということの証明になるからな。それはこいつの自信につながると、ジゲンは考えているようだ。
そして、シロウはゆっくりと、刀を手に取り、目を瞑って瞑想した。
……おお、背中越しでもわかるくらい、シロウが強い闘気を放っている。これなら大丈夫だろうと俺も安心して、シロウを見守った。
しばらくすると、シロウは目をカッと開き、零の刀を抜いた。すると刃は強く輝きだし、シロウの手の中で、形を変えていく。
刃には龍の紋が浮かび上がり、鍔や柄、鞘にまでも金の装飾が施されていく。そして、輝きが収まった瞬間、シロウの刀から凄まじい力を感じるようになった。刃自体はそこまで変わってはいないように見えるが、零の刀は間違いなく、強い刀へと変化したということが分かった。
「……おお」
シロウは己の刀を見上げ、目を見開き感嘆の声を上げる。店の主人とジゲンはにこやかに頷いていた。
「……うむ、流石じゃの、シロウ殿」
「ああ。久しぶりにどえらい刀が生まれたようだ……」
どうやら、ジゲンの目論見は当たったらしい。シロウは、自分の自信につながる刀を手に入れることが出来たようだ。早速とばかりにジゲンと店の主人はその刀を、鑑定スキルで調べ出した。ついでに俺も視てみる。
……
魔刀・天翔龍
零の刀。
持ち主の成長に応じ、この刀も成長する。技によって刀自体が気を調整し、どのようなものにも対応できることが可能。適正魔法属性は火、土、光
……
……ほう、悪くないんじゃないか? 今の刀ではジロウから継いだ技も上手く使えないと言っていたが、これなら何とかなるのではないかと思う。それにしても、魔刀か。
つまり、シロウの今の力はそれほどというわけだ。そして、シロウの成長に応じて、こいつも強くなるということで、シロウらしい刀だなとも思った。
刀を視ていた、ジゲンも店の主人も納得したような顔だ。主人の方は、鑑定スキルで視えたことを、さらさらッと書類に書き、シロウに渡した。
「ほれ、これがお前の刀の詳細だ」
シロウはそれを受け取り、驚いた表情になる。無理もないか。自信を無くしていた自分の力で魔刀が出来たのだからな。信じられないという目をして、零の刀を見る。
「ま、魔刀か……これは高いんだろうな……」
などと、心配しているらしい。ここは良いものを見れた礼として、俺が金を出そうかな、なんて思っていると、店の主人が口を開く。
「金は要らねえよ。元々この刀は、冒険者や傭兵が自分の力を知りたいからと言って作られたものだからな。零の刀自体の価値は、文字通り、零だ」
「い、いや……でも、賢者の石まで使われているのでは……?」
「良いって別に。元々売れ残りの商品だからな。それに、久々にいいもの見れたからな!それでチャラだ!」
そう言って、ニカっと笑う店の主人。見かけによらず、懐のデカい奴だ。そんな主人にシロウは深々と頭を下げる。
「感謝する」
主人は照れ臭そうに、おうよ、と頷いた。
さて、これでジゲンの目的は果たされたな。思いもよらない刀が出来て、シロウも満足のようだ。刀を収め、腰に差すと、俺に見せびらかしに来る。似合ってるか? と陽気に聞いてくるシロウに、良く似合っていると伝えた。
ジゲンも、満足げだ。だが、仮に弱い刀が出来たとしたらと考えていたようで、どこかほっとしているような表情だ。そんなジゲンにも、シロウは頭を下げた。
「ありがとよ、爺さん。良い刀を手に入れられたぜ」
「ふむ、その刀は元々のお主の力によって生まれた刀じゃ。シロウ殿にはそれだけの力があるということ。これからも、よろしく頼むぞ」
「おう、任せとけ!」
そう言って、ニカっと笑うシロウ。あの刀を差して、これからもこの下街を護っていくんだな、としみじみ俺は思っていた。




