第141話―家に帰る―
その後、しばらく宴会を楽しんだ後、ふと外を見ると、月が中天に差し掛かっているのが見えた。結構な時間過ごしていたんだなと思い、ハッとする。
「……っと、少し居すぎたみたいだ。そろそろ帰るよ」
「……!」
あまり長く居ると、屋敷で待つジゲン達が心配する。今日はもう帰ろうと思い、立ち上がろうとすると、リンネがヒシっと袴を引っ張った。
そして、俺の顔を覗き込んでくる。ツバキも不満げな顔で俺を見ていた。
「もう、ですか? もう少しごゆっくりなされば……」
ツバキがそう言うと、リンネもコクコクっと何度も頷いている。二人はまだ俺と離れたくないらしい。
「寝所の用意もしたのにね~……」
……シュウメイの残念そうな声が聞こえるが、無視だ、無視。何考えてんだ、全く……。
俺はツバキとリンネに向き直り、二人の頬に手を当てる。
「最初も言ったろ? 家でも待ってくれている奴らが居るんだ。それに今日から、俺は正式にこの街の住民になったわけだしな。
また、すぐにでも会いに来るさ。今度は客としてな……」
そう言うと、二人は少し黙りこんだ後、顔を上げてニコッと笑った。
「分かりました。お待ちしておりますね。……そして、いつの日かご一緒に」
「……!」
ツバキの言葉にリンネも何度も頷いている。俺は、ああ、と頷くと、二人は俺を放してくれた。
その後、残った夕餉のおかずをたまとジゲンへの土産にしたいというと、そこまで口を付けていないいくつかをナズナが包んでくれた。残った酒もついでに貰った。後でジゲンと一緒に吞もう。
「では、ムソウさん。私達は下に降りるわけにはいきません。ここで……」
四天女は高天ヶ原では高嶺の花、おいそれと人目につくことは出来ない。それは、妓女の格好をしている今のナズナも同様だ。ナズナはそう言って、他の四天女やツバキたちと共に俺を見送る。
「じゃあ、ムソウさん。またお越しくださいね」
「明日とかでも良いのよ~」
「まだまだ聞きたいことあるんだからね~」
四天女は口々にそう言ってきた。俺は皆に頷き、部屋を出た。そして、下に降りると、未だビクついているコスケが無間を俺に渡してくる。
ナズナも居ないということで、前にあったことを謝ってきたが、気にしていないというと、明るい表情になった。
「ツバキとリンネが世話になってんだ。前のことは良いからよ、普通に接してくれると助かる」
「は、はい。そういうことでしたら、ありがたいです……」
コスケはそう言って、俺を高天ヶ原の外まで見送った。一応は貸し切りということになっているので、正面から出るのはまずいということで裏口から出してくれた。俺はコスケに礼を言って、高天ヶ原を後にする。
その際に、一応金を渡そうとしたのだが、コスケから貰えないと言われて返されてしまった。仕方なく、金をしまって、今日の礼を伝えた。
こうして終わると楽しかったな、と思いながら、下街の家へと向けて歩いていった。
さて、いつも通り花街の門ではひと悶着……起こると思っていたのだが、見張りの門番、なんと寝ていた。ありがたいのだが、仕事になってねえじゃねえか、と思いつつ、そっと門をくぐった。
あの門番、下手すりゃ後で貴族に斬られるな、なんて思いながら下街を進む。下街は花街と違い、どこも灯りはほとんどついていない。ついているのは酒場くらいなものだ。
後は皆、寝ているのか、街は静かである。足音さえもうるさく聞こえるのでそっと歩きながら屋敷を目指した。
そして、屋敷へと着くと、やはりまだ門はボロボロだな、と思いつつ中に入ったが……暗くてよく見えない。夜目に慣れてきてよく見てみると、庭には多くの木材や瓦が置かれている。この調子だと屋根の修復はまだかな、なんて思っていると、ふと、天幕が一つ置かれていた。
ここで作業するときの休憩場所かなと思いながら近づくと、背後から声が聞こえてくる。
「む? 戻ったか、ムソウ殿……」
俺は驚き、パッと後ろを向く。見ると屋敷の縁側で、ジゲンが酒を呑んでいた。
「何だ、爺さんか。驚かす――」
「しー……その中でたまが寝ておる」
驚く俺の言葉を遮り、ジゲンが小声でそう言った。俺はハッとして口を閉じ、天幕の中の気配を探った……うん、起きていないみたいだ。
少し、天幕から離れ、話しても大丈夫なところに座り、俺も酒を呑みながら、ジゲンに今日の話を聞いた。
家の修復はこう見えてもかなり進んでいるらしい。主に屋根の修復は最優先で行っており、もう雨漏りなどはしないという。後は瓦をのせかえるだけとのことだった。
しかし、中は意外とボロボロで、畳はまだ張り替えていないし、それよりもいたるところが少々腐っているらしく、明日からはその作業を進めていくことになるそうだ。そのため、中では寝られないので、今日は庭に天幕を張って寝ることにしたという。
たまは初めて天幕で寝ることになったと喜んでいたという。馬車で寝ればいいものを、とジゲンが言うと、おじいちゃんがつかって~! とのことだったらしい。
「……まあ、後は壁の修復や柱の補強くらいかの。それが済めば、障子や襖……それから風呂や厠などを新しくすれば終わりかの……」
「そうか。そのあたりは新しく買うとするよ。……それで、この分だとどのくらいで直るかな」
「そうじゃの……自警団にも他に仕事があるからのお。まあ、そこは普通に大工でも雇えば良いのじゃが、それでも早くて二か月といったところかの……」
おっと……意外とかかるな。それなら俺とジゲンとたまと三人でやるよりはジゲンの言うように大工でも雇うか、人足を募った方が良いか……。俺はジゲンの言葉に頷き、酒を呑んだ。
「そういえば、妓楼はどうじゃった?」
「ああ、なかなか楽しかったよ。ツバキもリンネも元気そうで安心したな……」
「それは良かったのう……しかし、こんな早い時間に帰るとはさすが、ムソウ殿じゃの」
「どういう意味だ、この野郎……」
そう言ってジゲンを睨むと、怒るでないと笑った。そのまま俺の盃に酒を注ぐ。俺とジゲンはそのまま月を見ながら酒を呑み始めた。
妓楼での土産の中に、酒の肴になりそうな干した魚があったのでそれを取り出し、つまみ始める。
「ふむ……異界の袋というのは便利なものじゃの」
「ああ。どういう原理か知らねえが、劣化しないみたいだからな」
「では、明日の夕餉は楽しみじゃの。もっとも、たまの作るものを越えていたらの話じゃがな」
ジゲンの言葉に思わず苦笑する。そういえば確かに、妓楼で食った飯は豪勢だったが、たまのものに比べると、味は普通だったな。
一応、明後日までは持ちそうだが、たまは不満を言うかも知れない。明日の作業が一段落したら買い物にでも行こうか。
「妓楼の奴らも俺一人にあんなに用意しなくてもよかったものを……」
「それだけお主をもてなしたかったのではないか? それか、また来てもらうためにわざと豪勢にしたのか……どちらにせよ、金がかからなかったのだから良しとしようではないか」
そう言って、ジゲンはつまみを手に取り、酒を呑んで、美味いのおなどと言っている。ものは考えようだな、と思いながら、俺も酒を呑んだ。まあ、今日に関しては前者だと俺は思いたいがな。
その後、俺とジゲンとたまが正式にここの住民になったことを伝えた。ジゲンはそうか、と頷き、俺に頭を下げた。気にするなと言って、ジゲンの頭を上げさせる。
まあ、どこかに拠点を作りたいとは前々から思っていたことだしな。帰る場所があるっていうのはやはり良いものだと思う。これからは、依頼から帰ると、たまやジゲンが俺を出迎えてくれるのかと思うと、嬉しくなるというものだ。
……その前に家を直さないといけないがな。
「それで、この街はどうだ? うまくやっていけそうか?」
一応、確認のために聞いてみた。まだ一日だが、念のためにな。住みづらいようなら、また別の場所を探さないといけないし、色々と手続きをしないといけないからな。そう思っていると、ジゲンは口を開く。
「うむ。ひとまずここ、下街は住みやすいのう。自警団の者達は良くしてくれるし、昨夜も思ったが、住んでいる者達も儂らに害は無さそうじゃからな。
……ちなみに、儂らが傭兵していた頃のクレナの住民たちに比べると可愛いもんじゃよ」
ジゲンはそう言って、ニコッと笑う。ふむ、それならいいやと思いながらも、昔のクレナは一体どんな感じだったのだろうと苦笑した。とりあえず、下街に住むことは何とかなるということなので、花街には近づくなとだけ念を押した。
しかし、ジゲンはしばらく考え込み、口を開く。
「ムソウ殿、ギルドに報酬と査定売却金を受け取る時に、儂もついて行ってはダメかの?」
ジゲンの言葉に眉を顰める。ギルドに行くということは花街に行くということ。あそこに入ったら出られなくなるぞ、と言うと、ジゲンはその辺りは何とかなる、と言った。
「どういうことだ?」
「それはの……」
ジゲンはその秘策とやらを俺に言ってくる。それを聞いて俺は目を丸くした。
「え、そんなこと出来るのか?」
「無論、もう少し大きな街じゃと出来んが、トウショウの里の警備は緩い。出来ると思うぞ」
そう言われて、俺も考え込む。ああ、確かに今日帰る時、門番は居眠りしていたからな。その辺りは何とかなりそうな気がする。それにそうでなくても、金さえ渡したら、すんなり通してくれるからな。最悪その手で行けばいいか。
「にしても、なんでついて来たいんだ? 妓楼で遊ぶってわけじゃないんだろ?」
「無論じゃ。実はの……」
ジゲンは花街に行きたい理由を語った。
それは俺が考えていた問題がどうにかなりそうなものだった。それだったらわざわざ色々やる必要もないし、俺が留守中のたまとジゲンの安全も自警団に頼らずとも確保できる。
更に言えば、トウショウの里の抱える問題の一つを片づけることが出来る。俺は頷きながら、幾つか質問をした。ジゲンはそれら全てに大丈夫じゃ、と答え、具体案を示してきた。
「なるほど……確かにそれだったらうまくいくかも知れないし、安上がりになるかも知れんな」
「もっとも、ムソウ殿がこれから受け取る莫大な金子のことを考えないとできないことじゃがな……して、どうする?」
「もちろん、了解だ。爺さんの案に乗るよ」
「ふむ、言ってみて正解じゃったの。ところでムソウ殿はこういった経験はあるのか?」
「う~ん……形は違うが、前の世界で、そういった立場になったことはあるぞ」
「そうか……まあ、儂も経験がないわけじゃないからの。その辺りは二人で協力して行おう」
「分かった……さて、それじゃあ明日に備えて寝るか」
ジゲンは頷き、俺達は立ち上がって、寝る準備をする。ジゲンはたまが言ったように馬車の荷台に入った。俺はたまが寝ている天幕の隣にもう一つ天幕を張り、中に入った。
ジゲンが示してくれた提案はなかなかいいものだと思う。その分、気苦労が増える可能性もあるが、ジゲンもたまも居るし、何とかなるだろう。
俺は布団をかぶり、そのまま、眠りについた。屋敷の目の前で、庭で天幕を張って寝るというのも変だな。早く屋敷を直そうと思いながら、早々に寝た。




