第135話―スライム殲滅の後処理を行う―
さて、俺達はスライムの死骸の除去作業を行っているが、とにかく数が多い。冒険者たちにも疲労の色が見える。
そこで、「取った素材はそいつのもの」と、俺が大声で言うと、周りの冒険者たちは目の色を変えて、我先にとスライムの死骸を異界の袋の中に詰め始める。小遣い稼ぎにと来た奴らにとっては金の山だからな。実に扱いやすい……。
「アンタは良いのか? おっさん」
冒険者たちの作業を見ていると、俺に刀を貸してくれた男が、レミナといったか……?女の魔法使いを連れて俺の傍まで来ていた。俺は肩を揉みながら、男の言葉に頷く。
「別に良いよ。少し疲れた……」
「まあ、一番闘っていたもんな」
「それより、お前らの方こそいいのか? 金がなくなるぞ」
「おっと、そうだった! レミナ、行くぞ!」
パッと駆けだす男に、は、はい! と返事をして後を追うレミナを見送り、俺は墓所の方へと戻る。そこでは、エンライが騎士団を指揮し、後片付けを行っていた。
「よう、エンライ殿」
「おお、ムソウ殿。スライムの素材は良いのか?」
「ああ。それよりも、街の状況は結局どうだ?」
「うむ。ムソウ殿や冒険者たちがここでスライムを食い止めてくれたおかげで街への被害は無い。本当に感謝する」
エンライの言葉にそうか、と頷き安心する。ならばたまにも影響はないみたいだ。そして、ジゲンにも……。
そういや、俺達がここへ来たときにジゲンが居たが、何してたんだろうか。用事と言っていたが……。墓所だし、墓参りか?
しかし、ジゲンめ。あれだけ闘えるのなら早めに言って欲しいものだ。自分はもう年寄りだからと言う割に凄い活躍だったじゃねえか。後で少し文句を言ってやる。
そう思いながらも、俺も冒険者や騎士団に混じり、戦場の後始末を始めた。
しばらくして、戦場に残っていたスライムの死骸は全て片付いた。ちなみに俺が倒したビッグスライム、ヒュージスライム、そして、特に大きかったスライム、スタースライムの素材は、誰も手を付けていなかった。皆、今回の一番の功労者として、俺に取ってくれていたらしい。ありがたくそれを受け取り、後片付けは終わった。
その後、皆と共に街に戻る。街では住民たちが俺達を迎えてくれた。その中にはたまとジゲンも居る。
「あ、おじちゃん! お帰りなさい!」
たまは俺の方に駆けよって抱きしめてくれた。
「言ったろ? 無事に帰ってやるって。いい子にしてたか?」
たまの頭を撫でながら聞くと、うん! と笑顔で頷いた。
「ほっほっほ、あの采配具合じゃとすぐに済むものかと思っていたが、少々時間が掛かったようじゃの」
にこやかな笑みを浮かべてジゲンが寄ってきた。初めてこの爺さんにムッとする。
「……爺さん、あれだけ闘えるんならよ、これまでの旅だって俺だけに任せなくてもよかったんじゃないか?」
「爺さんはたまを頼む、と毎回言っていたのは誰じゃったかの?」
ぐっ……何も言えねえ……そう指示したのは俺だからな。それに魔物と遭遇するたびに闘いへの衝動が収まらなかったというのもあるし……。
「……そう言われちゃ、敵わないな。今回もたまを護ってくれていたみたいだし」
「ほっほっほ、護られたのは儂ら全員じゃ。ムソウ殿、お疲れ様」
「ああ」
取りあえず、力のことを黙っていたジゲンのことを許した俺は、その後、エンライに招かれ、数人の冒険者たちと共に、騎士団の駐屯地へと向かわされた。
他の奴らは、と思ったが、四十ほど居た冒険者たちはそれぞれ、いくつかの集団での参加だったらしい。駐屯地に来たのはその代表者らしく、刀を貸してくれた男、名前はツルギ、斧で俺を飛ばした男、フガク、遠距離攻撃を指揮していた褐色肌の女、フジミなども居た。
そして、俺達の前でエンライは口を開く。
「ご苦労だった、冒険者諸君。貴君らのお陰で街の平和は保たれた」
エンライが笑ってそう言うと、俺達は頷く。
「さて、スライムの殲滅についての報酬だが、今回の依頼、依頼元は我々なのだが、元はそこに居る冒険者ムソウ殿がクレナ領主アヤメ殿に任され、受理されたものである。達成したことによる報酬は、全額ムソウ殿にわたるようになるが……」
「ちょっと待て、エンライ殿」
エンライの言葉を遮り、俺は口を開いた。確かに今回の闘いは、俺に任されたもの、すなわち正式にギルドで受注したものであり、他の者達は成り行きで共に闘うことになったに過ぎない。報酬がそうなるのは当然だと思う。
だが、それでは納得いかない。
「報酬に関しては、この場に居る者達と等分だ。こいつらも苦労してスライムたちと闘ったんだ。ギルドで正式な手続きを踏んでいなくても、こいつらも報酬をもらう権利はあるはずだ」
急な街への襲来でその辺りがおろそかになってしまったという反省点はあるが、こいつらが居たからこそ、迅速に対処できたというのもあるし、見逃しも無く、街への被害を止められたわけだ。
俺一人に報酬が行くというのはおかしいと、抗議すると、エンライはまあ、待てというように手を向ける。仕方なく、俺は黙った。
「もちろん、今回に関しては急なことだ。だが、こうなった時のための救済措置というものもきちんと存在する」
あるのか……。早く言ってくれよ。怒り損じゃねえか、と思っていると、エンライは説明してくれた。
今回のように街に魔物の軍勢が攻め寄せた時は、依頼を受注している、していないを問わず、参加した冒険者たちにも報酬は払われる。
領、及び騎士団からの感謝料と言う形で。ただ、誰かが正式な受注を受けた場合には、そいつの権限で報酬をどうするか、決められるという。
その際に、受注した者からの許可が必要になるが、今回の場合、すでに俺が他の奴らにも回せということを決めたので、それはもういいという話になった。
「つまり、報酬はこいつらにも払われるということだな?」
エンライに確認すると、頷く。
「ああ、そういうことだ。ただ、受け取る割合についてはムソウ殿か、若しくは君たち全員で話し合うかして決めてくれ。
それぞれの額をこの書状に書いておく。これをギルドに持っていくことで、報酬は受け取れるはずだ」
エンライはそう言って、俺達に紙を見せた。なるほど、ここで渡すというわけにはいかないからな。ギルドに帰って、それぞれが直接受け取った方が確実か。俺はエンライに頷くと、皆の方を見る。
「……だってよ、どうする?」
皆は俺の顔を見てくる。そして、う~んと悩み始めるが、最初に口を開いたのはフジミだった。
「いや……私達は素材の売却分だけあれば良いんだよね。
そういえば、一番の功労者であるおじさんに刀を渡したのアンタだったよね? アンタが多く貰っても良いと私は思うわよ?」
と、フジミはツルギを指差す。ツルギは手を振って、それを断った。
「いやいや、後方部隊を指揮していたアンタこそ、おっさんに次ぐ功労者だって。俺は刀を渡しただけ。
それに、おっさんをヒュージスライムの方に飛ばした、そこの斧のおっさんが居たから、おっさんがあいつらを倒すことが出来たんだ。斧のおっさんも多く貰うべきだ」
ツルギはフガクを見てそう言った。フガクは何やら顎に手を置いて、口を開く。
「おっさん、おっさん言わないでくれ。俺はこう見えてもまだ二十代だ。
それに俺がやったことなど、ムソウ殿を飛ばしただけ、後は皆と同じだ。俺が多く貰う必要はない。……ただ、アンタは……」
とフガクも隣の奴を指差し、そいつの活躍を口にして、報酬の貰い分を多めにと譲ったりしている。
そして、それは連鎖的に繋がっていき、集まった奴らは全員が全員を褒め合うようになり、話し合いはなかなか進まない。どうしたものか、と頭を抱えていると、ツルギが口を開いた。
「でも、結局のところ、おっさんが一番の功労者だろ? おっさんが決めて良いって……」
ツルギがそう言うと、皆は一斉にこちらを向いた。いや、そんなこと言われてもな。俺が皆の取り分を決めるのは嫌だな。
皆の頑張りを順位付けするみたいだからな。だったら、仕方ないと思い、俺は提案する。
「じゃあ、ここは皆で等分し、余ったものは俺に回すってことで良いか?」
もう、こうなったら、これしかないと思って言ってみたが、皆の表情は晴れない。納得できないみたいだ。俺の権限で全てを決めても良いんじゃねえのかと思いながらも、先ほどまで小銭稼ぎだという理由で着いてきた冒険者たちが、それぞれの取り分の分け合いをしている様子は何とも面白かった。
だが、これでは本当に埒が明かない。……しかし、ふと、気になることがあったので、エンライの方を向いた。
「なあ、エンライ殿」
「ん? 何だ」
「今回の報酬の総額ってどれくらいになるんだ? 素材売却は抜きとして」
報酬の額が分からないと、少ないだの多いだの現段階で言われてもよく分からないからな。ひとまず確認だ。そう思っていると、エンライはギクッとした様子になった。
「ほ、報酬だな……少々待たれよ……」
エンライは焦った様子で、そろばんを弾く。時折、特別報酬だの、完全達成だのと色々言いながら、計算している。
ずいぶんと長いこと掛かっているなと思っていると、そろばんを弾き終えたエンライは目を見開き、硬直している。そして、長い溜息を吐いた。
「いちおう……おわったんだが……」
「ああ、では説明してくれ」
エンライの様子が少しおかしいなと思いながらも俺達は説明を求める。すると、一つ咳ばらいをしてエンライは口を開いた。
「まず、基本的な依頼挑戦に関する報酬は銀貨100枚、ただしこれは討伐数によって変動する。正確な数字は分からないが、ざっと見た感じだと今回居たスライムは……二万体ほど、合計……銀貨2000000枚ほど、つまり……金貨2000枚ほどになる。
次に、群れの殲滅完全達成として、追加で金貨100枚、そして、街から感謝として特別報酬として……金貨30枚が渡される。つまり……合計金貨2150枚が報酬となる」
……ほう、金貨2150枚か。まあ、妥当だな。万を超える軍勢とは言え、所詮は下級のスライムだ。多いとも少ないとも思えない。
一応、合体した奴らの分も入っているとは言え、そんなもんなんだろうなと思った。
「なるほど、ありがとう。……というわけで等分すると、ここに居るのは俺合わせて九人だから、お前らそれぞれに238枚となって、俺に余りを――」
「待て待て待て待て!!!」
何だよ……。良い感じに全員に報酬が行きわたりそうなのに俺の言葉を遮りやがって。声を上げたのはツルギだ。慌てたような形相でこちらを見ている。よく見ると、他の皆も同様に汗をかきながら俺を何やら困った顔をしている。
「金貨二千枚越え!? 聞いたことねえって! そんな額!」
「王都公認手形が二枚分!? どうしろってんだ!」
「割ったとしても二百枚!? 一生遊んで暮らせるわ!」
「受け取れねえって! おっさん!」
皆は口々にそう言っている。よくよく話を聞くと、金貨1000枚越えの報酬は、災害級上位の依頼の報酬でも見たことが無いという。
少し小銭稼ぎに来たという割に破格の値段だったので、皆は、そんなに貰っても困ると言いたいらしい。
そんなこと言われても……。あれ? てことは、災害級の依頼をこなした俺にはもっと多くの報酬が手渡されるのか? ……一応確認しておくか。
俺は何か色々言っている冒険者たちを一先ず落ち着かせ、エンライの元へと近づく。そして、小声で……
「なあ、エンライ殿」
「む? どうされた、ムソウ殿。やはり、報酬の額が問題だったか?」
「いや、違う。妥当な数字だと思う。それよりも、俺って噴滅龍とか倒しているわけだし、これ以上の額の報酬を受け取るのか?」
「……」
俺の問いかけにエンライはハッとし、黙って頷いた。……そうか、なら俺は別にここで報酬を受け取らなくても別にいいというわけだな。俺はエンライに礼を言って、冒険者たちの所に戻る。
「よし、決めた。報酬は何があろうとも等分だ。それぞれ、四から五人くらいの部隊を率いているのだろう?
そいつらにも回るようにすると、一人当たり、金貨40枚から50枚ほどになる。そして、俺には200枚越えだ。それだと文句は無いな?」
「いや、それにしたって……」
ツルギ達はまだ何か言っているようだ。俺は一つため息をついた。
「お前たちが、俺のことを気遣ってくれるのは嬉しい。だが、俺達は共に闘った同志だ。ならば、報酬は等分で俺は満足している。
それにここはクレナ領。報酬で貰った金で良い装備を揃えるといい。また強くなったお前たちと俺も闘ってみたいと思う」
まあ、等分の報酬と言うのは若干嘘だ。他の冒険者一人一人よりは俺の方が圧倒的に多いうえに、俺は他の依頼の報酬もある。俺だけ、この中で大金持ちになるのは変わりない。
それに、クレナで作られる装備は良いものだ。良いものということはそれなりに高額だ。金貨50枚ほどで足りるかどうかも怪しい。正直、これで完璧だと思っている。
そう思っていると、俺の言葉を聞いた、ツルギ達はハッとして、俺の方を見た。
「おっさん……分かった、報酬はありがたく受け取る。そして、装備を一新させてもっと強くなって、おっさんとタメ張れるように精進するからな!」
「アタシも……すぐに追いついて、追い越してあげる!」
「俺もだ。今度はムソウ殿を飛ばすだけ、という活躍だけでは足りないくらいの武功を上げてやる」
「俺達もだ!」
「おう、おっさん! 報酬を分けたこと、後悔するなよ!」
ツルギの言葉に続いて、皆はそう言って、俺の手を握る。俺は笑い、皆の言葉に頷いた。
そうやって、俺達の報酬の分配は何とか解決し、エンライはそれを承諾、書状を一人一人に手渡した。ちなみに、活躍する機会は無かったが、一応街の住民たちの治療を頼んでおいた、レミナの居るツルギ達には俺から礼として、金貨10枚が渡るようにしておいた。ツルギは、少し得をしたという顔で、ニカっと笑った。
その後、駐屯地を後にする。外では、他の冒険者たちと、たまとジゲンが俺達を待っていた。
俺はツルギ達、闘いに参加した全ての冒険者たちと、また再会することを誓い、皆と別れた。あいつらだけでも他の領と同じように真面目に依頼に取り組んでくれるといいなと思いながら、俺はジゲンとたまと一緒に宿へと戻った。
◇◇◇
宿へと戻ると早速、着物の洗濯を終えて、風呂に入った。体中スライムの体液でべとべとだったからな。気持ち悪くてかなわない。桶でお湯をすくい、体の汚れを落とすと、俺は湯船に浸かる。
「あ~……気持ちいいなあ~……♨」
温かいお湯が俺の疲れをとっていくのを感じる。今日は久しぶりに指揮官の立場になったりと、忙しかったからな。
それに、他の冒険者にバレないよう神人化せずそのままで闘ったりと、結構疲れた。闘っているときはそんなこと感じないのだが、終わってみると一気に疲れが出てくる。……不思議なものだな。
「ふう……ムソウ殿もまだ若いじゃろうに……」
「あれだけ闘うアンタにそう言われると、違和感しかない……」
一緒に入っているジゲンの呟きに思わず反応する。今回のことは許したが、俺は忘れない。夥しい数のスライムの死骸の真ん中で刀を払い、そのまま鞘に納めていたこの爺さんの姿を……。
ふと、思い出したことがあったのでジゲンに尋ねてみた。
「そういや、あんなところで何をしていたんだ?」
「む? 墓所でやることといえば墓参りくらいじゃろ?」
「用事ってのはそれだったか」
「まあの……」
ふむ、やはり墓参りをしていたのか。そりゃそうだ。墓所で行うことといえば、墓参りか、こないだ達成した死霊軍を呼び出すことくらいだ。
なるほど、と思い、ジゲンに聞いてみる。
「ほう……誰の墓参りだったんだ? 嫁さんとかか?」
「いや……儂に伴侶なぞおらんよ。まあ、なんというか、昔の仲間だ」
ああ、傭兵時代の仲間たちのことか。まあ、ジゲンも歳だからな。そういう存在も居るか、と納得した。
「そうか……だが、こんなことになってしまって、また、明日やり直すか?」
墓参りの途中にスライムが現れたわけだからな。仕切り直しとするか、と尋ねると、ジゲンは笑って首を横に振る。
「いや……あ奴らに儂の闘いというものをまた見せることが出来てよかったわい。良い手向けになったじゃろう……」
ジゲンはそう言って、ニコッと笑った。流石、元傭兵仲間たち。それなら死んだ奴らも浮かばれるだろうな。
何と言うか、俺も家族のついでに闘鬼神の奴らへの墓参りはたびたびやっていたが、あいつらには花や酒など似合わない。俺がエンヤの持っていた無間で敵を倒す事こそが手向けになるんじゃないかと幾度も思っていたからなあ。ジゲンの気持ちはよくわかった。
「そうか。まあ、アンタが良いなら、それでいいが……」
ジゲンに頷き、俺達は風呂から上がる。そのまま部屋へと向かい、涼んでいると、たまも戻ってきたので、お互いに髪を乾かしながら、飯を待った。
「おじちゃん、髪長いね~。切らないの?」
ふと、俺の髪を乾かしながらたまが口を開く。ああ、そういや、ここの所散髪してなかったから、結構伸びたんだっけな……。
「いや、流石に背中まで伸びたら切るぞ。闘いの邪魔になるからな」
「もっと切れば~?」
俺の言葉にたまは不満げにそう言ったが、俺は首を横に振る。
「いや、もっと切ったこともあったんだが、死んだ妻に、似合わない! と一蹴されてな。それからは大体肩までと決めてある」
昔、ボサボサでみっともないと言うサヤとエイシンに無理やり切らされたことがある。そこらの男と同じくらいにまで短くなり、頭がすーすーとして落ち着かないなと思っていると、俺の姿を見た二人は眉間に皺を寄せて、ぶつぶつと呟いていた。
「似合わないね……」
「ああ。前の方がマシだ……」
じゃあ、なんで切ったんだよと思い、それからは大体肩くらいまでと決めた。
「髭も剃れば?」
たまは、髪については納得したが、俺の顔を見て、そう言った。ちなみに髭は一週間に一度は整えている。あまり伸びると偶に口の中に入ってくるからな。飯食うときに邪魔だ。だが、全ては剃らない。
「髭もな、全部剃ったことはあるんだが、その時に当時の仲間たちから、女の人みたい!と、はしゃがれてな。恥ずかしいから辞めた」
自分で言うのもなんだが、人から見れば、俺は割と目鼻が整っているらしい。一度、何かの用事でタカナリに会いに行くことになった時に、大陸王になったわけだし、謁見には髭くらい剃っていこうと思って剃り、眉も少し整えて行くと、ハルマサやタカナリ、ツバキまでもが、
「お前……それだと女みたいだな」
と、指差して笑ってきた。ツバキは無表情のままだったが、口に手を当てて、少し震えるくらいだった。そのままナツメとアキラに化粧させられ、女装までされるに至り、それ以来、髭は剃らないと固く誓った。
もちろん、そんな俺の姿を見て、腹を抱えて大爆笑したアキラ、ナツメ、ゴウキとその他の国の重鎮の奴らには折檻してやったが……。
たまに髭を剃らない理由を説明すると、わかった~と言って、髪を乾かすのを再開した。すると、ジゲンが、
「髭を剃り、髪を切れば女に見えるほどなのか……何とももったいないのう」
と、残念そうに口にする。
「アンタも大概だろ。顔もよく見えないし、その髪切れば?」
ジゲンの髪も俺と同じくらい長い。俺と同じように後ろで束ねているくらいだ。それでも、前髪はだらんと下がっており、目元が隠れていて、よく見えない。
まあ、俺と同じで、ジゲンも前が見えているらしいから、そこは問題じゃないが、他の人から見ると、少し陰気な爺さんという印象だ。人当たりが良いだけに勿体ないと思う。……まあ、俺も人のことは言えないが。
「儂はこれで良いんじゃよ。長年こうだと慣れてしまって、むしろ短いほうが落ち着かない……」
ジゲンは地図を開き、トウショウの里まではどれくらいかと確認しながら、そう言った。なら、良いやと思い、お互いに相手の髪形についてはもう何も言わないと決めた上で話を終えた。
そして、髪を乾かし終えた俺はジゲンと共に地図を見ながら、残りの予定を立て始める。
「さて、トウショウの里まではここらだと馬車でゆっくり向かうと半日以上はかかる。そこで、どうする? 明日には出るか?」
地図を差しながらジゲンは口を開く。間に街もないし、最後の最後で野宿というのは嫌だな……。
ならば、早朝に出ないといけない、となれば、明日出発というのは無理だな。それに、今日は突然のスライムの大群襲来の所為で、あまりこの街を回ることが出来なかった。そう思い、ジゲンの言葉に首を横に振る。
「いや。今日はドタバタしてこの街でゆっくりできなかったからな。明日は観光したいんだが、良いか?」
「構わんが、何するつもりじゃ?」
まあ、何をするのかといわれても特には浮かばない。美味い物が食えれば、それでいいからな。……おっと、忘れる所だった。
「サネマサの生家とやらに行ってみたい。それに美味いものも……あとは、買い物だな」
「わ~、私もついていっていい?」
俺がやりたいことを言うと、たまが目を輝かせて俺の方を見てきた。サネマサの生家についてはたまから聞いたことだったからな、やはり楽しみらしい。
それに美味いものという言葉にも反応したんだろう。たまの舌は美味いものしか受け付けないからな……。
「ああ、もちろんだ、たま。一緒に回ろう。……ジゲンはどうする?」
「たまが行くのなら、儂も同行しよう。一日中宿で休んでいても仕方ないからな」
そりゃまあ、そうだ。一日中ゴロゴロするのも、結構厳しいものがあるからな。それにジゲンはこの街に明るいみたいだ。居てくれた方が色々と楽しそうだな、と思い、ジゲンもついてくることになった。
「分かった。それで、この街を出るのは明後日の早朝だ。それだと魔物と遭遇することも考えて夕刻から夜にはトウショウの里に着くか?」
「うむ、問題ないじゃろう」
トウショウの里に着いて、すぐにギルドへは行かなくても良い。次の日にゆっくり行けばいいはずだ。大量の素材もあるしな。
その辺りも時間が掛かりそうだと思い、取りあえず、夕刻までには俺が借りた家、若しくはシロウの家にでも行ければ良いなと思っている。ジゲンもそれなら問題ないというので、俺はジゲンの言葉に頷いた。
「そうか。では、明日はこの街で存分に楽しもう!」
ジゲンとたまは頷き、ひとまず明日はここで観光を楽しむと決まった。たまは楽しそうにはしゃいでいる。よほど楽しみらしい。
そんなたまを見てると、俺も楽しみになってくる。何があるかとかはどうでも良い。あいつが生まれ、育った家を見てみたいと単純にそう思っただけだからな。俺には負けたが、“武神”と呼ばれる男が生まれた家。がぜん、興味が湧いてくる。
そうやってたまと一緒に明日のことを楽しみにしていると、飯が部屋に来た。俺達はそれを食べながら、明日何をするかとかいろいろ話し、その後、三人で寝た。
たまは、興奮しているのかなかなか寝付けないようだ。仕方なく、俺がおとぎ話を聞かせてやると、しばらくして静かになった。たまが、熟睡したことを確認すると、部屋の明かりを消し、俺とジゲンも布団をかぶった。
今日は一段と疲れた。だが、クレナ領でもなかなか骨のある冒険者たちにも出会えて、充実した一日だった。今までクレナの冒険者たちについて思っていた不満が少し解けたような気がして、ふっと安心した気持ちになり、俺もゆっくりと眠りについた。




