第134話―シンムの里に到着する―
温泉街を出発して三日ほど経った。たまとジゲンとの旅は順調だ。景色が変っていく度にたまは馬車の中からそれを覗き、楽しんでいる。
そんなたまをジゲンは微笑まし気に眺め、俺は馬を歩かせる。魔物との遭遇はそこまで起きない。それでも遭遇した時は俺が前に出て闘うことになっている。ジゲンも戦えるということだが、たまを護って貰っているため、俺と並んで闘うことはない。闘いが済むと、たまはいつも俺を気遣ってくれる。ありがたいことだ。
闘いながら行く旅はやはり疲れるものである。しかし、いつも予定通り、宿がある街に夕方には到着することが出来ている。野宿をすることは無かった。この点においては、ジゲンの計画性の良さに脱帽だな。
相変わらずたまは、泊る宿で食べる料理に辛口なことを言っている。俺とジゲンは呆れながらも、温泉街を離れるときに感じた寂しさが無くなっているなと安心していた。
そして、俺達は今、トウショウの里の手前の街、サネマサの故郷というシンムの里まで来ることが出来た。
「ここか……」
「ほう……昔とほとんど変わっておらんのう。強いて言えば騎士団が出来たことくらいか……」
門をくぐると、ジゲンは懐かし気にそう呟いた。ジゲンは昔、ここに来たことがあるらしい。街の様子はトウショウの里の下街と同じ雰囲気だが、中央に大きな建物がある。
騎士団というものが珍しいクレナに生まれた時から居るたまは、やはり珍しいものの様で、その建物を指差しながら興奮している。
「うわあ~、すっごく大きい!ねえ、あれはなあに?」
「たぶん、騎士団の駐屯地だろうな。見慣れた旗が揺れている」
たまの言葉に、俺は建物についている、マシロの騎士団駐屯地でも見た、騎士団の紋章が描かれた旗を指差した。
そして、その紋章が描かれた鎧を着ている者と何人かすれ違う。騎士というのはクレナに来てから見たことが無かったので、懐かしい思いになってしまった。
クレナの騎士は、マシロのものと違って、甲冑に身を包んでいる。土地柄なのか何なのか分からないが、領地によって、身に着けている武具の特色があるようだ。
そうやって、街の中を進み、宿に到着すると、俺達は少し休憩をとった。
「……さて、と。俺はこれから、騎士団に顔を出してくる。例のスライムの討伐依頼について話しを聞きに行くつもりだが、二人はどうする?」
「私も行きたーい!」
たまは手をビシッと高く上げて、そう言ってきた。珍しいな、普段ならジゲンと共に、情報を集める俺を待っているものだったが……。
「ん? たまが面白いことは無いかもしれんが、大丈夫か?」
「うん! きしっていうの、見てみたい!」
ああ、なるほど。やはり、たまにとっては騎士団というのは珍しいものなのか。見てみたいというのは分かる気がする。俺はうずうずしている様子のたまの言葉に頷いた。
「そうか、分かった。では、爺さんも一緒に来るか?」
「いや……儂は少し用事がある。すまんが、2人だけで行ってくれんか?」
ジゲンの言葉を聞き、たまは俺にしがみつきながら、え~、と言った。こちらも珍しいな。ジゲンに用事とは。
そう言えば、旅に出る前に、俺にこの街に来るかどうか確認してきたな。それと関係があるのかも知れない。
「用事ってのは何だ? 良けりゃ手伝うが……」
「それは大丈夫じゃ。一人で済む。そうじゃの……夕刻には帰られると思うから、二人で街を楽しんでいてくれ」
そう言って、ジゲンはのそっと立ち上がり、自分の荷物の中から財布と古びた刀を手にして、部屋を出て行った。
「あ~……行っちゃった……」
残念そうにするたま。何の用事だろうかと気になったが、そこまで追求するのも悪いなと思い、落ち込むたまの頭を撫でる。
「まあ、あいつにも色々あるのだろう。……さて、俺達も行くか?」
「うん!」
機嫌を取り戻したたまと一緒に俺達も宿を出た。たまと二人で外を歩くのは初めてだ。何かあってはいけないと思い、俺はたまと手をつないで、シンムの里の騎士団を目指した。
さて、駐屯地の中は、やはり、マシロのものとよく似ていた。様々な受付があり、シンムの里の住民たちがそれぞれに並んでいる。唯一マシロと違うのは、その広間の中央に、見たことのある人物の彫像があるくらいだ。
「これ……サネマサか……?」
それはサネマサらしき者の石像だった。大きく二振りの刀を掲げている立派なものだ。だが、少し美化されている。実際よりも、若干美麗な顔をし、勇ましい顔をして前を見据えている。
「うわあ……サネマサ様ってかっこいい人なんだね~……」
横でたまが、うっとりしたように口を開いた。……いや、違うぞ?
本物はもう少し子供っぽく、危なっかっしい性格だったぞ。何も言わずに俺に斬りかかってくるような奴だからな。
ただまあ、何かと世話になったし、たまの幻想を潰すことも後ろめたいから、それを口にするのは辞めた。
しかし、この街のサネマサに対する思いとは相当なものらしい。普通ここは騎士団創設者のカイハクとかいう奴の彫像だろうと思いながら、俺はそれを見上げていた。すると、ここで後ろから声をかけられる。
「ん? そこの冒険者らしき男、何をしている」
振り向くと、そこには他の騎士達よりもきらびやかで立派な鎧兜を身に着け、大きな戟を手にした男が立っていた。
男の顔には真一文字に傷が入っている。その傷痕が威圧感を感じさせるが、その眼は優しく、穏やかなものだった。言うなれば、歴戦の武将といった雰囲気だな。
「ああ、すまない。少しここの師団長に用事があってな。俺は冒険者のムソウというものだ」
俺は男に腕輪をかざし、情報を映した。すると、男の表情に驚きの色が見え始める。
「ぼ、冒険者ムソウだと!? ち、ちょっと待ってくれ!」
男はそう言って、慌ててどこかへと走り去っていった。突然大声を上げるものだから何人かの者がこちらを見ているが、すぐに視線を外した。
「行っちゃったね……」
「ああ、何なんだろうな……」
残された俺達はポカンとしていた。しかし、あの男、俺の名前を確認するや、どこかに行きやがって。ま
た面倒ごとじゃないだろうな、と思いながら、しばらくそこに立ち尽くしていた。
そして、男は戻ってくると、俺とたまを部屋へと案内した。ひとまず座ってくれという男の指示に従い、俺とたまは長椅子に座る。
見ると、目の前には、魔石のような丸い石が置かれていた。
「急にすまなかった。私はエンライ。ここ騎士団、クレナ師団の師団長を勤めている」
俺達の正面に座った男は自らを差してそう言った。へえ、こいつがか。まあ、何となく雰囲気で、他の騎士とは違うことは明らかに分かっていたから、そこまで驚かず、エンライに頭を下げた。
「ああ、よろしく。……で、これは一体何の真似だ?」
そう言うと、エンライは慌てた様子で、口を開く。
「ま、まあ、そんな目で見ないでくれ。あまりの展開に少々焦ってしまった」
エンライは俺に深く頭を下げる。なかなか礼節を分かっている奴のようだ。流石騎士団の師団長。俺はエンライに頭を上げさせた。
「それはもう良いから、聞きたいことを聞いてくれ。こちらも用事があって来たのだからな」
「分かった。実はな……」
そう言って、エンライは話し始めた。
なんでも、俺がアヤメから受け取った依頼をこなして、伝令魔法を送ったのは良いが、王都レイン並びに、クレナの各地域の管理人や自警団、そして、目の前の騎士団師団長はそれが信じられなかったらしい。
たった数日の間に九つの超級依頼、更には噴滅龍と破山大猿の討伐など出来る訳が無いとアヤメに反論した。
それならば、自分の目で確かめてみやがれと、アヤメはそれぞれの者達に、俺が送った伝令魔法の映像を転送し、各々の判断に任せるとしたらしい。
「それで、私の所にも来たのだが、実際に本人が来たということでな。事実を確認したいというわけだ」
「なるほど。だが、それに応じない場合はどうなるんだ?」
「依頼が達成されたかどうか不明のままな以上、お前に報酬が払われることは無いだろうな……」
……なんとまあ、面倒な。なんで伝令魔法なんてものがあるのだと突っ込みたくなる。
だがまあ、確かに信じられないというのも理解は出来る。この世界において、超級以上の魔物というのはそれほどの存在だということは既に分かっていることだからな。
俺のことを何も知らない者達からすると、疑いたくなるのも分かる。
一つため息をついて、エンライの質問に答えることとした。報酬が払われないというのも辛いからな。
「わかった。アンタの質問に答えるよ。何から聞きたい?」
「助かる。早速だが……」
そう言って、エンライはいくつか、俺に質問してくる。俺は一つ一つ丁寧に答えていった。無論神人化についてもだ。信じられないと言われたときは実際に目の前でやってみせたりもした。
王都に俺の能力のことがばれる可能性が上がるのは仕方ないことだと割り切った。コウカンにも見せているし、この際、それはどうでも良いことだと思った。
俺が神人化すると、エンライは、あの時のコウカンのように目を見開き、ただただ何も言えないような状態になっている。
ちなみに、たまは俺達の話が詰まらなかったのか、疲れたのか、途中からすーすーと寝息を立てて寝始めていた。俺も疲れているよ……。
……しばらくして、エンライの質問攻めは終わった。エンライは驚いているような、怯えているような、安心したような様々な表情を浮かべ、ふう、と額の汗を拭っている。質問攻めは疲れるし、面倒だし、退屈だったが、その光景だけは、何とも面白かった。
「……お前のことは分かった。嘘をついてもいないみたいだし、アヤメ殿の報告に間違いはないようだな」
「じゃあ、これで俺に報酬は払われるのか?」
「ああ。私の方から方々へ説得を試みてみよう」
「分かった。感謝するよ、エンライ殿」
「礼を言うのはこちらだ。我々が不甲斐ないばかりに申し訳なかった」
エンライはそう言って、再度頭を下げる。ひとまず、報酬については何とかなりそうだと思い、俺も胸を撫でおろした。
そして、一応俺の能力についてはあまり広めないで欲しいということを伝えておいた。何故だ、と聞くエンライに平穏にゆっくり暮らしていきたいと言うと、コウカンのように勿体ないなあというような返事が返ってきた。
「それだけの力がありながら平穏な生活というのは難しいのではないか? 現に今も……」
「そうだとは思うが、ここに関しては、ここを訪れる冒険者が腑抜けなのが問題だろ。少しはサネマサにあやかれってんだ」
珍しくサネマサの名を立ててやった。サネマサ出身の領にも関わらず、こういう事態になっても動かない冒険者たちにはいい加減愛想が尽きるってものだ。
エンライも確かに、と頷いている。冒険者たちが仕事をしないため、クレナの各地には強力な魔物が多くはびこることになり、それだけ街への危険度が高まる。つまり、騎士団の苦労が増えるということだ。クレナの騎士団をまとめるというのは大変そうだな。
「だがまあ、ムソウ殿のお陰で眼前の脅威となっていた問題は片付いた。しばらくは肩の力を抜いて、仕事が出来そうだ」
「そうか……それは良かったよ。まあ、俺もしばらくはクレナに滞在するつもりだからな。その間は大丈夫だと言っておこう」
そう言うと、エンライは頷いた。この数日間で俺がこなした依頼は災害級2に超級9だ。そうは言ってもしばらくは大丈夫だろう。
流石に上級以下の依頼くらいは他の冒険者にも回さねえとな……。さて、そうやってエンライの用事が終わった。次は俺の番だ。
「それで、俺がここに来た用事なんだが……」
「ああ、スライムの殲滅依頼のことだったな。助かるよ」
エンライは立ち上がり、棚からいくつかの書類を持って机の上に置いた。この辺りの地図と、スライムの詳細のようなものらしい。エンライは地図の一点を差し、口を開く。
「依頼の紙にも書かれているとも思うが、被害が大きいのはこの辺りだ」
「被害?」
「ああ。スライムは何でも食う。家畜も作物も、……人も。とうに死者は二十を超え、範囲はなおも拡大している」
俺は初めてスライムを見た時のことを思い出した。この世界に来て初めて出会った人間、グレン。そいつの馬車を引いていた馬を飲み込んだかと思うと一瞬で骨にしてしまった時のことを。
そうか……死人まで出しているとはよほどだな……。そして、エンライが差した地点。そこはこの街からさほど離れていないところだ。
街に被害が及ぶ前にと、エンライに念を押され、俺は頷く。
「それで、なんで下級の魔物であるスライムの殲滅が超級依頼なんだ? 被害が大きいと言ってもオウガの群れやゴブリンの群れに比べると楽に思えるんだが……」
「単純に規模が桁違いだ。オウガの群れはせいぜい百から三百くらいだっただろう? ……まあ、それも多い方なのだが、スライムの場合は万を超える。奴らの繁殖力はすさまじいものだからな」
なるほど、それで依頼の難しさが跳ね上がっているというわけか。ただ、多くの被害を出しているにしろ、スライムはスライムだ。そこらの冒険者を集めてこちらも多勢でやるか? と聞くと、エンライは難しそうな顔をする。
「群れの中にはヒュージスライムやビッグスライムも居るからな……それはどうだろうか……」
「ああ、依頼書でその名前は見たな。なんだ、それは?」
「複数のスライムが合体した姿だ」
「合体? 寄せ集まって出来たってところか?」
「ああ。多くのスライムが集まって出来たものがビッグ、それよりも多くのスライムがヒュージ、更に多く集まり、キング、ロード、そして、最大級な個体のことをスタースライムと呼ぶ。
キングくらいから超級の魔物に分類されるから、今回の依頼は超級上位から災害級下位くらいだと考えて良いだろう。冒険者を集めただけではな……」
そういうことかと、エンライの説明に頷く。スライムと違い、こちらが冒険者を集めたとしても、寄せ集めは寄せ集めだ。倒せるわけがない。
ただ、合体する前に倒せるのなら、手勢は多いほうが良いと思うんだがな……。まあ、最悪、俺の奥義、「飛刃撃」一発で仕留められそうだ。今回も割と楽な仕事になりそうだな、と胸を撫でおろす。
……だが、ここで部屋の扉が、勢いよく開き、騎士の一人が血相を変えて入ってきた。
「エンライ様!」
「うわあ!」
入ってきた騎士が大きな声を出すものだから、俺の横で寝ていたたまが飛び起きた。二つの声に驚き、俺はキョロキョロと辺りを見ているたまを落ち着かせ、エンライは騎士の方を向く。
「何だ! 来客中だぞ!」
「し、失礼しました。で、ですが、何ぶん急を要することなので……」
エンライに咎められた騎士は焦った様子でそう言っている。ひとまず、俺は大丈夫だと、エンライに伝えると、ふう、とため息をついて、入ってきた騎士に口を開く。
「それで、何があったのだ?」
「は、はい! スライムの大軍勢が墓所に接近中とのこと! まっすぐこの街を目指して来ております!」
騎士の言葉を聞き、表情を変えたエンライ。そして、パッと俺の方を見る。俺は頷き、立ち上がった。
「エンライ殿は住民たちの避難誘導を! 俺は至急墓所へと向かい、奴らと交戦する! 誘導が済んだら外壁の守護を!」
「了解だ! ムソウ殿!」
おお、何となく慌てて指示したが、受け入れが速いようで安心した。俺はそのまま部屋を出ようとしたが、袖を引っ張られる感覚があり立ち止まる。見ると、たまが怯えた目で俺を見ていた。
「おじちゃん……」
「大丈夫だ。それよりも、お前はここに居ろ。すぐに戻ってくるからよ。それに爺さんだって大丈夫だろう。二人で笑って帰ってきてやるからな」
たまの頭を撫でると、黙って小さく頷いた。俺はたまを、伝令に来た騎士に預け、駐屯地を出る。
そして、エンライに聞いた墓所の場所を目指して走り出す。すると、俺の周りを何人かの者が避難していく住民とは逆の方向に走っているのに気が付いた。皆、ギルドの腕輪を付けている。
「スライムの軍勢だってよ! 小銭稼ぎにちょうどいい!」
「ああ! 俺達も行くぞ!」
「あ~! おいてかないでくださ~い!」
「先を越されるな! 行くぞお!」
皆、口々にそう言っている。先ほどエンライが言うにはこういう寄せ集めは厳しいとのことだったが、ここでこいつらを止めても士気が下がるだけだし、何よりもクレナを訪れた冒険者が冒険者らしいことをしていることが嬉しかったことと、俺自身も仲間が出来たような気がして楽しかったから、無理には止めなかった。
……理由は若干不純していると思うがな。まあ、冒険者って本質はこんなものなんだろうな、と思い、俺は墓所へと向かった。
◇◇◇
「……あ!? 何だ、これ!」
墓所へと着くと、冒険者の一人が驚きの声を上げる。俺もあっとして驚いた。目の前には信じられない光景が広がっている。
一面墓石とスライムの死骸が広がっていた。地面や、墓石に汚くスライムの体液などが飛散している。
そして、その死骸の山の中心に、一人の男が立っている。男は刀を払い、刃についていた液体を落とすと、ゆっくりと鞘にしまった。
一体何が起きたのだろうと、他の冒険者と共に、その男を見ていたが、ふと気づいた。そいつは、俺の知っている奴だった。
「爺さん!?」
「……む? ムソウ殿か? ……何故ここに? その者達は?」
キョトンとする俺達に、同様にジゲンもキョトンとしてこちらを見ていた。勇んできた割には何とも間抜けな光景である。ジゲンは眉を顰め、何ごとじゃと歩み寄っていた。
俺達の方に近づいてくるジゲンに、取りあえず、状況の確認を求める。
「爺さん、このスライムの死骸の山は一体……?」
「む? 突然襲ってきたもんでな。反撃していたらこうなった」
「いや、それにしたって多すぎねえか? 爺さん、こんなに戦えたのかよ……」
「ほっほっほ、歳を食ったと言ってもスライムくらいは相手に出来る……」
ジゲンは笑ってそう言った。いやまあ、そうは思うけどよ、と呆気にとられ、辺りの死骸を見渡す俺だったが、ふと、冒険者の中から声が聞こえてくる。
「おい、爺さん! 何してくれてんだよ! 俺達の稼ぎがふいになってしまったじゃねえか!」
声の主は、先ほど、小銭稼ぎにちょうどいいと言っていた若い男だ。ジゲンに先を越されたと考えているようで、怒っているみたいだ。街が無事なら良いじゃねえかと思うが、他の者も同様にジゲンを睨んでいるので、それは口にしなかった。
「……ふむ。余計なことをしてしまったようじゃが、儂にはさっぱりだ。ムソウ殿、今の状況を教えてくれないか?」
頭を掻きながら、申し訳ないという表情のジゲンに、謝る必要はないぞ、と思いながら、今の状況を説明する。すると、ジゲンはなるほどとうなずき、微笑んだ。
「……それなら大丈夫じゃろう」
「あ? 何がだよ!」
ジゲンの言葉に声を荒げる冒険者。ジゲンは表情を変えず、続ける。
「……恐らくこのスライム共は軍勢の斥候か何かでは無いか?
ムソウ殿の話によれば、スライムは万を超すという。流石にそこまで斬った覚えはないのう。
そして、斥候が来たということはもうそろそろ……」
と、ジゲンがそこまで言うと、バキバキバキッと幾つもの木が倒れる遠くの方で音が聞こえた。俺達が音のする方を見ると、墓所を越え、街の外に続く草原の先の、森の木が何本も倒れているのが見えた。
何だろうと思い、ジッと見ていると草むらから、夥しい数の半透明な物体が、こちらに向かって来るのが見えた。
「ス、スライムだあああ!!!」
俺の周りで何人かの冒険者が叫び声をあげる。あんなに居るのかよ、と言ってしまいたいほどの数だ。普通のスライムだけでなく、デビルスライムや、見たことない色をしたものもいる。下級のスライムと言えども、あそこまで増えるとやはり少し気が引き締まる。
先ほどまで余裕そうだった冒険者も緊張の面持ちだ。ジゲンに怒っていた男に関しては、汗をだらだらとかきだし、迫ってくるスライムをジッと見ていた。ジゲンはそれを見て、ほっほと笑っている。
「に、逃げ……」
隣で逃げ腰になっている女の冒険者が居る。……あ、やばいな。こちらの士気は確実に先ほどよりも下がっている。何せあちらは万を超す大軍勢。こちらは見まわしたくらいの感覚で四十くらいだ。兵力の上では圧倒的という言葉では片づけられないくらい不利だな。唯一、元気なのはジゲンだけである……まあ、それは関係ないが……。
さて……ここで、俺がやるべき行動は……。
俺は無間を抜いて、前へと進み出る。
「え……あなた……」
「お、おい……あんた……」
近くに居た冒険者が心配するように、声をかけるが無視して、進む。そして、墓所を抜けたあたりで、無間に気を送った。
「大斬波ァッッッ!!!」
特大の斬波が無間から射出され、スライムの軍勢の中を走る。斬波に襲われたスライム共は、死骸すら残さず、消し飛んでいく。斬波は軍勢の後方の方で炸裂し、大きな風穴と軍勢を二分するような道を残し、消えていった。
俺は無間を担ぎ、冒険者たちの方に振り返った。口を大きく開けて呆然としている冒険者たちに叫ぶ。
「見ろ! 相手はたかが下級の魔物であるスライムだ! てめえらにも何とかなる!
早く来ねえと俺が斬りつくすぞ! 俺の攻撃は見た通り、強力だからな! 素材は残らない! それでも良いならそこで大人しく突っ立ってろ!!!」
そう言うと、しばらくして冒険者たちから、うおおおお! という雄たけびが聞こえてくる。俺の初撃で息を吹き返したらしい。各々武器を抜いて、俺の方に走ってくる。
「おっさんの言うとおりだ! 数は多いが相手はスライム! 俺達にも出来る! 行くぞ!」
「おっさんに続け~!」
「アタシも!」
「俺もだ!」
さっきまで怖気づいていたのがウソみたいな迫力だ。単純な奴らめ……。ふと、ジゲンを見ると、にこやかな顔で、俺のことを眺めている。ホント、最初から最後までコイツは余裕しゃくしゃくだな、と苦笑いした。
「おっさん! 指示をくれないか? そうは言っても、流石にここまで多いと危険だ」
ふと、一人の冒険者が俺に近づいてそう言ってきた。見ると、先ほどジゲンに食って掛かっていた男だ。
ふむ、直情的かと思いきや、割と冷静だな、と思い、男の言葉に頷き、スライムの軍勢に向かう冒険者に指示を出した。
「各々、近接武器の者は散開し、囲まれないようにしながらスライムと闘っていけ!
遠距離武器、または魔法、気で闘う者は後方の敵を倒していけ!」
「「「了解!」」」
「とりあえず、奴らが合体して、ヒュージだのキングだのになるのを防ぎつつ闘うんだ!そうすりゃテメエらにも勝てる! 無理そうなら俺を呼べ! 素材は諦めろ!」
「「「……了解」」」
追加で伝えた指示はやはり嫌らしいな。まあ、その辺りは俺も善処しよう。
そして、俺の指示に頷く男が、スライムの軍勢の中に入って行くのを見届けた後、俺はジゲンの方に向かう。
「見事な采配じゃぞ、ムソウ殿」
ジゲンに近づくと、ジゲンは笑ってそう言った。この爺さんが認めるなら、大丈夫だと思い、素直に嬉しかった。
「ありがとう。たまは、騎士団の駐屯地で避難しているはずだ。爺さんはそこに向かってくれ」
「そうか……承知した、ムソウ殿」
俺の頼みにジゲンは頷いて、街の方へと向かった。ジゲンの背中を見送り、俺も軍勢へと向かおうとしたが、ふと、声をかけられる。
「あ、あの~……」
声のする方を見ると、先ほど俺の隣で逃げ腰になっていた、女の冒険者だった。
「なんだ?」
「わ、私はどうすればいいでしょうか……」
女はおどおどとそう言った。見ると、杖を手にし、ミサキと同じようなローブを身に纏っている。魔法使いか、と思い、首を傾げる。
「ん? 魔法使いは後方のスライムを攻撃してくれと言ったはずだが……?」
すると、何か、もじもじしながら女の冒険者は俯く。何を落ち込んでいるのだろう、と思うと、女の冒険者は口を開いた。
「私、補助魔法か回復魔法しか使えないんです……」
……ああ、そういうことか。攻撃する手段がないからどうすればいいのか分からないってことか。
何でここに来たんだよ、と聞くと、どうやら仲間と一緒に来たらしいが、仲間は前線に行ってしまい、自分はどうすればいいのか分からないという。
……ちなみに、その仲間というのは、先ほどの男の冒険者だという。あの様子なら、コイツが居なくても問題ないと思うから、わざわざ危険を冒させて、この女を前線に向かわせるわけにはいかないな……。
しかし、回復魔法とは珍しい。今の所、精霊人と、ミサキくらいしか使っている奴を見たことが無い気がする。それと合わせて、補助魔法も使えるというのか……。
それならば……
「では、お前は街に戻り、住民たちの様子を見ていてくれ。けが人などが居れば、騎士団と連携し、その手当を頼む。なに、お前の仲間には伝えておくから心配するな」
「は……はい! それでしたら、お引き受けします!」
女はパッと顔を上げて、ニコッと笑い、街の方に走って向かっていった。討伐には加わらないから、あの女には別に報酬を渡してやった方が良いかも知れないな……。
さて、と。俺もそろそろ行こうかと思い、皆が闘っている方向に行くと、俺の言った通り、気や魔法で後方のスライムを攻撃している集団と出会った。
十人にも満たないが、うまく散らばり、まんべんなく攻撃している。その場を仕切っているのは、褐色肌の女だった。女は気を使い、スライムを攻撃しながら、周りに指示を出している。決めたわけではないが、あの女がこの場を指揮しているらしく、俺はそいつに近づいた。
「おう、戦況は?」
「あ、おじさん。今のところは、上手くいってるわ。でも、こっちの消耗が心配ね……」
上手く攻撃できているみたいでもやはり多勢に無勢、疲労は大きいらしい。俺は異界の袋から、マシロの頃より、大量に余っていた気力回復薬と魔力回復薬を全て女に渡した。
「それで、疲労は問題ないだろう?」
そう言うと、女は目を丸くして、コクっと頷く。
「え、ええ。これならしばらくは持つと思うわ……」
「よし、それから、闇雲に攻撃するのではなく、もしも合体しそうな奴が居ればそいつらを優先的に狙って攻撃しろ」
今回の闘いは、相手が全て下級のスライムであるから出来ていることだ。強くなってしまっては、士気に関わるし、何より面倒そうだ。出来るだけそれは防ぎたい。
女に指示し、周りの奴らにも同じことを指示した後は、すぐに前線へと出た。
そして、無間を抜き、辺りのスライムを狩っていく。……むう、やはり素材は残らないか。このままだと、冒険者たちに白い目で見られるな。まあ、仕方ないと思い、スライムを斬っていった。
すると、先ほどの俺に指示を仰いだ男の冒険者と出会う。
「おう、おっさん! この辺りは順調だぜ!」
男は刀を振りながら俺にそう言ってくる。その言葉に安心し、俺は男に近づき、背中合わせで闘う。
「それは何よりだ。このまま行くぞ!……と、そういや、お前んとこの回復魔法しか使えないって言っていた女は街の住民たちの手当てに向かわせたが、駄目だったか?」
「レミナのことか? いや、問題ない。待ってろっつったのに、着いて来やがって……」
そう呟く、男。ぶっきらぼうな言い草だが、表情は柔らかい。あの女のことを信頼しているのだな、と思い、笑った。
そして、男と共に闘うが、俺がスライムを斬る度に、微妙そうな表情になる。
「何だ?」
「いや、おっさん……素材残してくれよ……」
「そうは言われても……この刀が強すぎるみたいだからな」
俺は無間を男に見せて、頭を掻く。すると、男はハッとして異界の袋から一振りの刀を取り出した。
「じゃあ、これでも使うか? 前、使っていた俺のお古だが……」
そう言って、その刀を俺に手渡す。俺は無間を背負い、その刀を受け取った。刃の幅は広く、間合いは少し短い。いわゆる柳葉刀というやつだ。そこまでの力は感じられない。試しに、前方へ斬波を放った。
少し小さめの斬波がスライムの軍勢へと放たれ、辺りの敵を倒していく。
だが、無間で放った時に比べて、スライムは消滅せず、死骸が残った。斬波は問題ないと思い、そばに居たスライムを斬る。倒すことには成功し、こちらも消滅はせず、死骸は残った。
「問題ないようだ。感謝する」
「気にすんなって。こちらこそ、それで頼む」
男の言葉に頷き、俺はスライムを斬ることを再開した。
万を超す軍勢と言われても具体的な数字は分からない。最初の一撃でだいぶ数は減らせたが、それでも終わりは見えなかった。俺の方は問題ないが、前線で闘う奴らにも疲労の色が見え始めている。俺はそいつらに活力剤を配りながら、スライムを倒していく。すると……
「ビッグスライム2、ヒュージスライム3、接近中です!!!」
と後方から聞こえて来た。後ろで遠距離攻撃をしていた奴らの方を向くと、遠くを指差している。その方向を見ると、明らかに他のものよりもデカいスライムが、奥から近づいてくるのが見えた。
建物で言うと、一方は小屋くらい、もう一方はそこらのギルドくらいの大きさだ。いかに言ってもデカすぎだろう。周囲の冒険者たちがその姿を見て、愕然としている様子が目に映った。何とかしないといけないと思ったが、ここらでは距離がありすぎる。
どうしたものかと、辺りを見渡すと、大きな斧を振り回しながらスライムを薙ぎ払いながら闘っている、禿の髭面の男が目に入る。俺はひとまずその場を刀をくれた男に任せ、斧の男の方に駆け寄っていく。
「おい、そこのおっさん!」
「おっさん!? アンタにおっさん呼ばわりされる謂れは無い! こう見えても俺はにじゅう――」
「うるせえ! それより、俺を斧に乗せてあそこまで吹っ飛ばすことできるか?」
ヒュージスライムとビッグスライムが居るあたりを指差しながらそう言うと、男はフンッと鼻息を噴いて胸を張る。
「そんなの、この“剛力のフゲン”に掛かれば造作もない」
「じゃあ、早速やってくれ!」
俺がそう言うと、男は頷き、斧を横向きにし、地面と水平になるように構えた。
そして、力を溜めている。俺は男の後方から、走り、斧に飛び乗った。それと同時に、男は斧を振り上げる。
「では、頼んだぞ!」
「任せろ!!!」
男が斧を振り切ると同時に俺は斧を蹴って高く舞い上がった。昔、ゴウキにやってもらった方法だ。前の世界ではあいつくらいしか出来る奴は居なかったが、この世界にはたくさんいるようだ。
俺はそのまま飛んでいき、まずは三体のデカいスライムの方へと飛ぶ。
そして、俺が近づくと同時に、そいつらは俺を飲み込もうと、大きく口を開ける。元がギルドくらいあるそいつらが、口を開けるとさらに大きく、高天ヶ原くらいの大きさになる。
「おっさん!」
「ムソウ殿!」
冒険者たちの声が聞こえる。俺はそうやって心配してくれる冒険者たちの声をかき消すように雄たけびを上げる。
「ウオオオオオオッッッ!!!」
―すべてをきるもの発動―
口を開けるデカいスライムの切れ目に、素早く柳葉刀を振るう。一撃、ニ撃、三撃……すると、口を開けたままピタッと止まるデカいスライム。
そして、俺が着地すると同時にそいつらはそれぞれ二つに分かれてそのままぐしゃっと半分になって死んだ。それを見届け、近くに居た二匹の、小屋くらいのスライムに斬波を放ち、そいつらも倒した。
「おっし! デカい奴は俺に任せて、お前らは眼前の敵に集中しろ! 後方の奴らは前の指示を破棄! 前線の冒険者たちを援護するように攻撃してくれ!」
他の冒険者たちにそう言うと、しばらく唖然としていた者達は、ハッとし、俺に頷き、指示通りに動き始める。後方からの支援攻撃が止んだことにより、辺りのスライムは活気づき、次々と合体し始めた。
だが、要は一定数のスライムが固まってくれたということになる。俺は合体を終えた途端そいつらを斬っていく。敵を一網打尽にするにはちょうどいいし、何より、先ほどに比べて楽だ。俺はその後もスライムを斬っていく。
途中、俺が斬ったデカいほうのスライムよりもさらに大きく、ちょっとした城くらいのスライムに合体した奴らも居た。あそこまで大きくなると、人間の言葉を介するらしく、俺に話しかけてきたりもした。
「プルプル……ボク……ワルイスライムジャ……ガバア~~~!」
とか、声なのか何なのか分からない音を立てながら大きく口を開け、辺りのスライムや、近くで闘っていた冒険者ごと俺を丸呑みしようとしてくるそいつの切れ目を思いっきり叩っ斬った。
そして、ここで破裂されても困ると、剛掌波でそいつを吹っ飛ばし、少し遠くで破裂するようにした。狙い通り、そのすごくデカいスライム……恐らくスタースライムは離れたところでどぱんっ! と大きな音を立てて破裂した。
「……ったく、思いっきり悪いスライムじゃねえか。さて、と、大丈夫だったか?」
俺と一緒に食われそうになり、腰を抜かしていた女の冒険者の手を取り立たせた。
「あ、はい。ありがとうございます……」
「あまり、俺の近くで闘うな。巻き添えを喰らうぞ」
女はわかりましたと言って、俺から離れ、手にした槍で戦闘を再開し始めた。
その後も俺は仲間の冒険者たちとは離れたところで、合体したスライムたちを斬っていく……。
……そして、しばらくすると、冒険者たちの表情に今度こそ、やばいという疲労の表情が浮かび上がってきた。
スライムの数はそこまで多くない。俺はもう良いだろうと思い、前線で闘っていた冒険者と共に、街の方へ引いていく。
そして、男に柳葉刀を返し、無間を抜いた。
「皆、ここまでお疲れさん。残りは俺が一掃する。これだけ素材があれば充分だろ?」
そう言うと、一様に頷く冒険者たち。なら、いいやと思い、無間を構える。千ほど残っていたスライムはデカいものから小さいものまで俺達の方に一斉に向かってきた。
俺はそいつらの切れ目を見据え、無間を向ける。
「奥義・飛刃撃」
無間から切れ目の数だけ刃が飛び出し、スライムたちを蹂躙していく。切れ目を斬られたスライムは消滅するもの、残るもの、と様々だ。
そして、全ての刃が無間に戻っていき、俺に、早く思いっきり振ってくれよ! とうずうずしたように無間に纏わりつく。頼むから死骸は残してくれ、と願いつつ、俺は無間を振った。
凄まじい刃の奔流が弱ったスライムを襲っていく。そして、俺の攻撃が止むと、草原だった辺りはそこだけ土がむき出しになり、スライムの死骸は残ってなどいなかった。
……はあ、やっぱりか。まあ、これだけあれば大丈夫だよな、と思いながら辺りを見る。
夥しい数のスライムの死骸だ。これの片付けもしないといけないが、まず、しないといけないのは……。
俺は皆の方に振り返って、無間を高く掲げた。
「今度こそ、本当にお疲れさん! この戦いは俺達の勝利だ!!!」
皆に向かってそう叫ぶと、疲れた表情ながらも、冒険者たちは歓声を上げ、仲間同士で手を叩きあい、喜びを分かち合っていた。隣同士で肩を組んでいたり、握手したりする奴もいる。
ふと、俺に寄ってくる奴らが居た。それは、俺に刀を貸してくれた男、俺を飛ばしたフガクという男、後方支援を指揮してくれていた褐色肌の女だった。三人は次々に俺に手を伸ばす。俺もそいつらに手を伸ばし、固く握手をした。
……しばらくして、回復魔法しか使えない女の冒険者と共に、エンライと騎士団たちが、俺達の方に来る。何時まで経ってもスライムが来ないということに異変を察し、女の冒険者に事情を聞いたエンライが援軍に来たという話だ。
「遅えよ」
そんなエンライ達にそう言うと、一瞬目を見開くエンライ。だが、すぐにフッと笑い、俺の肩に手を置いて、
「お前……いや、お前たちが速過ぎるのだ」
と、言った。その言葉に俺達は笑い合い、皆で一緒に、闘いの後処理を開始した。
死骸を集めながら、ふと、周りを見る。そこには俺と共に闘った多くの冒険者たちがせっせと作業をしていた。
……何だよ、クレナにもこういう奴らが少なからず居るじゃねえか、とホッとし、作業を進めた。
早く終わらせて、たまやジゲンに会いに行かねえとな……。




