第130話―宿に戻って飯を食う―
死霊軍の依頼を片づけた後はずっと飛び続けたが、温泉街に帰った時は日もどっぷりと暮れていて、地上は街の明かりだけが浮かんでいる。
上空は星と、月と……俺だ。暗くなって飛んだことないからあまり分からなかったが、俺って結構光っているんだな。……これは恥ずかしい。さっさと地上に降りよう。
俺は街の傍まで行き、地上に降りて、神人化を解き、街に入って行った。やはり門番には声をかけられたが、軽く流しておいた。
街を歩きながら周りを見ている。たまの所よりも大きな宿だが、やはり明かりがついている部屋は少ない。建物が大きいだけに凄く寂しく感じる。
それが何件も続き、少し離れた所で、他の宿よりもだいぶ小さいが、どこよりも明るい建物。たまの宿だ。……何か可笑しな気になり、笑ってしまう。
そして、宿の戸を開けた。
「ただいまー」
すると、奥の部屋から、たまが覗き込んでくる。
「あ、おかえりなさい! おじちゃん!」
「おう、すまねえな。遅くなっちまった」
たまの言葉に一つ返事をして、俺は宿へと上がった。たまは気にしないで、とニコッと笑うものだから、嬉しくなり、頭を撫でた。
……ふと、ジゲンの物ではないいくつかの草履が目に入る。湯の花一家の奴らのものかと思い、たまに聞いてみた。
「ん? なんだ、もう来ているのか?」
「うん! 今はおじいちゃんと一緒にご飯食べているよー!おじちゃんも早く!」
たまは俺の手を引っ張って、皆が飯を食っている部屋まで案内する。ふすまを開けると、豪勢な料理を前に、ジゲンとクサツ、ノボリ、ツクマがすでに楽しそうに酒を呑みながら飯を食っていた。
「おお、ムソウ殿、戻られたか!」
少々顔を赤くしたクサツが俺を迎える。ふむ、もうたまへの誤解は解けているみたいだな。安心した。一言返事をして、俺は空いていた席に座る。
すると、横からたまが俺に酒を注いでくれた。
「はい、おじちゃん!」
「ああ、ありがとう」
そして、酒を呑みながら、話がどこまで進んだかをジゲンに確認した。
自警団の奴らは来て早々、たまとジゲンに今までの乱暴な態度を謝罪したという。すでに俺から事情を聞いていた二人はすぐにクサツ達を許し、食事へと招いた。
そして、たまが俺の屋敷に来ることを確認した後はこうやって飯を食いながらいろいろ細かいことを決めていったらしい。
だが、俺が居ない間に勝手に決める訳にもいかない話もあったので、そこのところは、まだ決まっていないらしい。
「なるほど……で、何が聞きてえんだ?」
そう尋ねると、クサツが口を開く。
「ムソウ殿、出発はお主の依頼を待つということで、明々後日ということだったが、今日既に死霊軍の依頼を達成したから、一日短くなるのか?」
ああ、そのことか。本来なら、明日、大鎌カマキリたち、明後日夜、死霊軍の予定だったから、そういう話になっていたな。何で俺が死霊軍の依頼を達成したのをすでに知っているかは気にするまい。俺は質問に答える。
「死霊軍の依頼は確かに達成したが、出発は予定通りで大丈夫だ。急ぐことはない。たまもジゲンもゆっくり準備をしていてくれ。俺も休みたいしな……」
俺の言葉に皆頷く。というわけで、出発は予定通り、明々後日ということになった。さて、次の話については、馬車についてだ。
「何か希望はあるか?」
「希望って……特には無いが、荷物が入れて二人がゆっくり休めるくらいの広さは確保しておいてくれ」
「わかった。……それだと確か一台余っていたよな?」
クサツが二人に尋ねると、ノボリ達は頷いている。
「ええ、ただ少しガタはきていますからね。明日から直しておきますよ」
ニカっと笑う男たちに、たまがすり寄って、礼を言っている。たまの笑顔に二人のおっさんは悶絶しているようだ。馬車の件はこれで終わりだな。
「さて、まだ何かあるか?」
「ムソウ殿……」
他にも何か話すことはあるか、と聞くとジゲンが横で口を開く。
「一つ頼みたいことがあるんじゃが……」
「ん? 何だ?」
「儂らが今まで払えていなかったみかじめ料を立て替えて欲しいんじゃが……」
ジゲンがそう言うと、クサツがハッとし、ジゲンの顔を向く。
「いや、ジゲンさん、それは……」
「気にするでない。先ほどたまと決めたことじゃ……」
「うん。他の皆が払っているのに私だけ払わないのはダメだよ……。
おじちゃんの所で貰う給金を前借してって形で払おうと思って……それが出来たらこの街でやり残したこと無くなるなあ~って……おじちゃん、だめ?」
自警団の奴らを納得させながら、たまは俺の顔を覗き込んでくる。ああ、その話か……。特に気にしていなかったから俺としては問題ないし、俺の家に来た後も通常通り給金は支払うつもりだ。……と言うか……。
「そう言うことなら、大丈夫だ。街からたまとジゲンを連れて行く代わりに金は払おうとは思っていたからな」
「いや、ムソウ殿も……それだと我々が受け取るのに困ってしまう」
「まあ、そう言うなって。どちらにしろ、この街からは、噴滅龍討伐の報酬を貰うんだからな。結果的に見ると、俺は得しかしない。だから気にすることは何もない」
そう、俺はこの自警団からすでに報酬をもらう算段になっている。その中から払うんであれば、結果的にこいつらは損しないし、俺の方も金が溜まるということになるので、問題は無い。
それに今回の依頼をこなしていく旅で、きちんと報酬は確認していないが、恐らくすごいことになっているんじゃないか、という気がする。金については問題ない。皆にそう伝えると、唖然としながらも、納得している。
一応、噴滅龍の討伐の報酬については減らしても大丈夫だと言っておいた。旅人を呼び込んだりするのにも必要だろうと便宜を図ったつもりだったが、まあ、この街ならすぐに金を取り戻せるだろう……。
「おじちゃん、ありがとう」
「かたじけない……」
たまとジゲンは俺に頭を下げてくる。俺は二人に笑い、
「気にすんな。その代わり、家ではビシビシ働いてもらうからな」
と言っておいた。二人はにこりと笑い頷いている。無論、そこまでの無茶はさせないくらいに働かせるが。ともかく、これでたまがうちに来ることに関しての金銭面での問題は解決したな。
他に話すことはあるか、と皆に尋ねると、皆は首を横に振る。もう終わりらしい。というわけで、俺達は飯を食いながら、その後は楽しく過ごした。
◇◇◇
いつも以上に豪華な料理の数々に改めて目を見張る。刺身や、焼き魚はもちろん、たまお得意の飾り料理も豊富だ。相変わらず、その出来栄えを褒めるが、たまは、味はどう?と聞いてくる。
やはりこの子はそちらの方が気になるらしい。味はもちろん申し分ない。素直に美味しいと言うと、たまは喜んだ。飾りも綺麗に出来ているのに。
今回、一際目を引くのが中央の大皿に盛られた、様々な色をした魚の刺身で出来た、大きく翼を広げた鳳凰の飾り料理だ。赤や白の切り身を使い見事に胴体や羽根、それに纏わりつく炎を表現している。
「これもお前が作ったのか?」
「ちがうよー、これはおじいちゃん!」
俺と自警団の皆はパッとジゲンの方を見る。視線に気づいたジゲンは俺達と目線を合わせ、フフッと笑った。
「フフッ……じゃねえって! 爺さん、こんな特技あるんならどの宿にも余裕で働けるだろ! そうすれば、こんな苦労しなくて済んだんだぞ!」
声を荒げる、クサツ。するとジゲンはたまの頭を撫でながら口を開く。
「それじゃとたまに会える機会が減るじゃろう。それに以前、宿屋で働かせてもらうように頼んだら、じじいには無理じゃとその場で断られてしまったよ……」
「いや、それは……皆がジゲン殿の特技を知らなかったからではないのか? これほどの腕前なら即戦力だと思うが……」
クサツはそう言って頭を抱えている。やはりこれほどの腕前ならば、どこの宿でも働けるか。
だが、まあ、たまと会えなくなるというのも確かな話だ。ジゲンの気持ちも分かるし、頭を撫でられているたまの顔はすごくうれしそうだ。ジゲンが他の宿で働かなかったのは正しかったのかも知れない。
「まあ、ジゲン殿がそう言うのなら仕方ないが……」
湯の花一家の皆は渋々といった感じで納得している。
しかし、ジゲンは本当に何でも出来るんだな。畑で野菜を作ったり、料理もしたり。それから、今回の依頼でもジゲンの助言のお陰で無駄な戦闘をせずにこなすことが出来た。ホント、こいつ、昔は何してたんだろうか。
「なあ、爺さんはここに来る前は何してたんだ?」
疑問に思い、聞いてみるとジゲンはキョトンとする。
「む? 傭兵をやっていた、と昨日話したはずじゃが……」
「いや、こんな料理作ったり、野菜作ったりって、それだけだと説明にならん気がするんだが……」
そう言うと、自警団の奴らも俺の意見に同調してくる。
「うむ。ジゲン殿が昔、何をしていたか、というのは我々も興味があるな。
なぜこの宿を手伝うのかも不思議に思っていた。それもこのような料理まで作れるとなると、ますます気になる」
「そうは言われてものう……まあ、長年生きておれば皆も出来るようになる」
「傭兵やりながら料理人もしてたってところか? ジゲンさん、そりゃ無理あるぞ」
「そうかの? ……まあ、儂の場合はどちらも中途半端、本職の者達には敵うまいて……」
ジゲンは俺達の詰問をやんわりと流し続ける。その度に、皆一様に首を傾げる。聞けば聞くほど謎が深まっていくばかりだ。
すると、話しを聞いていたたまが、ジゲンの袖を引っ張った。
「じゃあ、おじいちゃんはどうして私を手伝ってくれるようになったの?」
「むう……たままで、儂のことが気になるか?」
「うん。皆も認めるすごい人がどうして今まで私を手伝ってくれたのか気になる」
たまはジゲンの顔をジッと見ている。なかなか本当のことを言わないジゲンもこれにはまいるようで、少し困ったような顔をしている。いいぞ、たま。もっとやってやれ。
……そして、しばらくすると、ジゲンはふう、とため息をつき、
「仕方ないのお。たまがそう言うのなら話してやろう……」
と言ってジゲンは昔のこと、それからこの宿を手伝うまでに至った経緯を話し始めた。
ジゲンの話によれば、昨日言っていたように、ジゲンは昔、クレナで傭兵をやっていたという。金を稼ぐために仲間たちと共に遮二無二闘っていたらしい。
ここクレナは、何に関しても腕がある者だけが認められるという風潮があったらしく、ジゲンも武術を極めるべく、仲間たちと競い合うように依頼に取り組んでいたという。
だが、ある魔物との闘いで大きな怪我をし、更に仲間を喪い、自分の力の無さに絶望。そのまま傭兵稼業を退いたという。
その後は闘い以外でも生きる術を身に着けるべく、昔から興味のあった料理を学び出したという。それは自分が作った料理を傭兵時代に仲間たちが笑いながら食べているのを見て嬉しかったからだとジゲンは語った。
その後、料理を学ぶ傍ら、自分と同じ失敗をさせないためにもと、手習い塾のようなものを始めたという。ジゲンはそこで色々なことを若い世代に託していったと嬉しそうに語った。
さて、そうやって過ごしていくうちに、とある事件が起きたという。かつての仲間だった者と些細なことで喧嘩をしたという。幸い、友人との関係は元通りとなったが、ジゲンは重症の傷を負った。それは本当にひどい傷で、回復薬や、魔法でも完治とまではいかなかったという。闘いはおろか、料理すらできない。そこでジゲンはその友人に連れられ、この街に湯治に来た。
そして、まだ若かった、たまの両親と知り合い、温泉と、二人の献身的な世話のお陰でジゲンの体は完全に回復し、料理どころか、闘いも出来るくらいまで回復していたという。
恐らくだが、ジゲンが闘えなくなったのは、多くの仲間を喪ったせいで完全に自信を無くし、精神的に弱くなったのではないか、と本人は語っている。
だが、たまの両親の世話を受けている間に、元々傭兵を始める時にあった、誰かを護りたいという気持ちを思い出し、闘いに身を投じることを再開し、その後もちょくちょくこの宿に来るようになった。
しかし、五年ほど前に、たまの両親が魔物に襲われて死んだということを知り、ジゲンは急いでここに来たという。
そして、たまが一人さみしくこの宿を切り盛りしている姿を見て、昔受けた2人への恩返しとして、たまを見守っていくと決意したという。
ジゲンは最後に、強くなっても護りたいものを護れないのでは意味がない。だから、常にたまと一緒に居たいと語り、話を締めくくった。
「へえ~、ジゲンさんはそうやってこの街に来たのかあ~。てことは、今でも闘えるには闘えるのか?」
話を聞き終えたツクマがそう言うと、ジゲンは頷く。
「昔のように、とはいかないが、闘えないということはない。じゃが、儂も歳じゃ。万が一のことがあれば、たまがまた一人になってしまう。それにお主らの不器用なやり方の所為でさらに不安になってしまってのお。極力、たまの元を離れないようにはしていたぞ」
ジゲンが笑いながらそう言うと、湯の花一家の奴らは、あ、という顔をして、俯いている。
たまの方は、ジゲンの過去を知り、嬉しそうにジゲンに抱き着いて、礼を言っていた。ジゲンはその頭を優しく撫でている。
……俺はずっと黙っていた。ジゲンの最後の言葉が心に突き刺さっている。
「ん? どうしたのじゃ? ムソウ殿」
ぼーっとしている俺を見て、ジゲンはそう言って、徳利を向けてきた。
「……あ、ああ。すまない」
俺が盃を出すと、ジゲンはニコッと笑って酒を注ぐ。
「ムソウ殿が話せと言うから話したのじゃぞ? そんな顔をされると、不安になってくるではないか」
「そうだな……すまない」
俺もジゲンに笑って見せて、酒を呑んだ。だが、ジゲンは納得していないのか、心配するような顔を俺に見せる。
「……ムソウ殿、何が引っかかっているのか、話してくれ。今なら何でも答えるぞ」
そう言うジゲンと、同じく心配そうな顔を見せる皆を見て、観念し一つため息をついて、俺は正直に打ち明けた。
ジゲンの最後の言葉、強くなっても護りたいものを護れないのでは意味がない。それは昔……いや、今の俺にも通じる言葉だった。
周囲から“死神”と恐れられていても、結局は、サヤもカンナも、闘鬼神も護れず、国さえも失ってしまった。
そして、今も一番護りたいものから離れ、一人で闘っている。俺に誰かを護る資格なんてあるのかな……。
俺の悩みに、予想通り、皆は頭を抱えるが、ジゲンはすぐに口を開けた。
「確認じゃが、ムソウ殿が初めて強くなろうと思ったのは何故じゃ?」
初めて強くなろうと思ったのは……なんでだっけ? 初めて刀を手にしたときは覚えている。闘鬼神の中に居て、闘えないのが悔しくて、エイシンの稽古を盗み見したのが、きっかけだ。
その後人を初めて殺した時のことも鮮明に覚えている。あの時はただただ死にたくないという気持ちでがむしゃらに闘っていた。
「初めて強くなろうと思ったのは……そうだなあ、自分の身を護りたかったからかな……」
「なるほど……まあ、そうじゃろうな。儂もそうじゃった。
……では、今は? 何故強くなろうとする?」
「今は……」
言いかけて、考え込む。そもそも、強くなろうと思ったことなんてないからなあ。だが、その中で何故自分が闘っているのか、というのは何度も考えたことがある。
そして、それはもう答えが出ている。
「強くなろうとは考えたことがない。ただ、それでも闘い続けているのは、護りたいものを護りたいからだ」
俺はジゲンをまっすぐ見ながらそう言った。昔も今もそれは変わらない。サヤと祝言を挙げ、カンナを授かってからは、家族を護るために、ハルマサ達と出会ってからは奴らを、大陸を統一した後は国を……結果はどうあれ、そう思いながら闘い続けていた。
今は、依頼をこなしながらいろんな奴らを護っているつもりだ。ひいてはそれが、今ではツバキやリンネを護っていることにつながっていると信じている。
ジゲンは俺の言葉を聞き、頷いている。
「……それじゃ。元々何かを護るのに資格なんぞ要らん。護りたいと思うものを護る、その思いだけで充分じゃろう。
最後にそれが果たされたかどうかで全てが決まる。それが闘いというものじゃと儂は思っておる。
……そして、ムソウ殿には今護りたいものが居ると言っていたな。何故、離れたんじゃ? ……いや、何故離れることが出来たんじゃ?」
護りたいもの……ツバキを何故、トウショウの里に置いてきたか、か。超級以上という危険な依頼だ。護りきれる自信が無かったから、取りあえず安全なアヤメとナズナの元へと保護させた。ついでにリンネにも任せて大丈夫だと安心したんだよな。
「そいつの側に頼れる奴らが居てな。何となく安心したんだ」
「そうか……ならばムソウ殿はそれでいいじゃろう」
ジゲンはにこりと笑って、酒を一口飲む。そして、盃をコトッと置き、俺をまっすぐ見てきた。
「儂と違ってムソウ殿には頼り、頼られる者達がまだ居る。その者達と共に護りたいものを護っていくのは決して間違いじゃない。
……ムソウ殿は強い。じゃが、時にはそんな者達が必要になってくる時もあるじゃろう。何でも一人でしようと思わず、仲間を信頼し、共に闘うことが大事なのじゃ。それで護られるものはたくさんある。
……そして、気づけば自分も護られているということに気付いたとき、人はさらに強くなるものじゃと儂は思っておるぞ」
ジゲンの言葉を聞き、ふと、前の世界のツバキの言葉を思い出した。アイツは常に、俺を護ると言っていた。最初は冗談かと思ったが、言葉通り、闘いの時だけじゃなく、アイツは色々な場面で俺を助けてくれた。
そうやって過ごすうちに、俺はツバキを信頼し、いつしか背中を任せるくらいまでになった。ツバキだけじゃない。タカナリにもハルマサにも、アキラにもトウヤにもナツメにも、俺は多くのことで助けてもらった。
そう、俺はいつしか、護りたいと思っていた奴らに護られていたということに気付いたんだ。
それは今だって同じだ。リンネは俺の代わりにツバキを護ってくれているし、そんなツバキも旅の間中、色々な場面で俺を補佐してくれた。アイツらを護っていたつもりだったが、いつの間にか、俺もアイツらに護られていたんだな……。
「フッ……そうだな。俺の考えが少しおかしかったみたいだ。感謝するよ、爺さん」
俺はジゲンの言葉に頷き、酒を呑んだ。忘れちゃいけない。リンネもツバキも、もはや、俺が護るだけの存在じゃない。
俺と共に闘い、背中を預けられる大事な仲間だ。ジゲンの言葉で目が覚めた気がした。
俺のことを心配してくれていた皆は俺が笑って酒を呑むと安心したのか、段々と表情を明るくする。すると、またしてもジゲンが俺に酒を注いでくれた。俺は礼を言って、酒を口に運ぶと、ジゲンがぽつりと呟く。
「しかし、大陸統一に、“死神斬鬼”か……長く生きていても儂の知らないことばかりじゃの……ムソウ殿の過去の方が気になるわい……」
俺はドキッとし、むせかえってしまう。しまった。つい口が滑ってしまった。俺が迷い人だということはまだ話していなかったんだった。
ジゲンや皆は何か期待するような目で俺を見ている。
「そんな目で見るな! また今度話してやるから」
そう言うと、皆は一様にガクッとする。だが、たまだけは話して欲しいという目でジトっと俺を見ていた。一つため息をつき、たまの頭を撫でながら、また今度だ、と言うと、約束だよ! と言ってきた。しぶしぶそれを認め、何とかこの場は収まった。
どうせ、トウショウの里にも一緒に帰るんだ。時間はたっぷりある。いずれ、たまとジゲンにも俺にとってかけがえのない奴らについて話してやろう……。
その後、飯を平らげた俺達は皆で一緒にたまの手伝いをして、食器を片づけ、のんびりと団らんしている。皆で茶を呑んだり、自警団の奴らは、たまと遊んだりと自由にしていた。すると、たまが、俺の横に来て、顔を覗き込む。
「おじちゃん、明日はどうするの?」
「明日か? ……ちょっと待てよ……」
俺は異界の袋から、地図と、依頼の書かれた紙を取り出した。すると、他の皆も集まってきた。そして、俺の地図を見ながら、目を丸くしている。
「おお、ムソウ殿はすごい地図をお持ちだなあ……」
クサツは、俺の地図を指でつつきながら、感嘆している。
「ああ、貰ったんだ。なかなか便利だぞ」
と言うと、皆は驚いたような表情を浮かべる。
「貰った!? この魔法地図をか!? 気前のいい人間が居たもんだなあ!」
声を荒げるツクマによると、この地図は魔法地図といわれ、案の定というか、なんというか、これもミサキとセインの作ったものの一つらしい。
よくは分からないが、土魔法と風魔法を組み込み、地図上のどこに自分が居るのか分かるようにしたという。
そして、空間魔法が一部使われており、本来なら棚一杯分の地図をこの紙一枚に収めることが出来たということで、価値は相当なものだという。
「そうか、それは知らなかったな。本当にポンとくれたようなものだったからな……」
「どんな人間だ? 貴族か?」
「いや、ただの爺さんだったぞ。貴族という風には見えなかったな……」
マシロでこの地図をくれた男は、とても金持ちというようには見えないが、恰幅のある優し気な老人だった。
というか、今考えてみても優しいのは確実だ。そんな大層なものをポンとくれるのだからな。でも、確かに言われたら不思議だな。何者だろうか……。
俺と自警団の奴らが首を傾げていると、ジゲンが口を開く。
「まあ、今考えてもそれはどうにもならんじゃろう。ただ、これだけのものを貰ったのじゃ。ムソウ殿は、次そのご老人に会った時は何か恩返しをしなければの」
「ああ、それはそうすると約束したからな。大丈夫だ」
貰いっぱなしだと元傭兵の名折れだからな。あの時、あのおっさんとそう約束したんだ。この借りはきっちり返すってな。その時までに、この地図をくれたあの男について考えるのは止めておこっと。自警団の奴らにもそう言って、納得させた。
さて、俺は地図を開き、明日の依頼の指定場所を指差す。
「明日は、ここで大鎌カマキリって魔物の集団、それから魔獣の大山付近を通るであろうムカデカラスの殲滅に行こうと思っている」
皆は、ほぼ同時に、う~んと頭を抱えた。やはり、単騎でこの依頼二つをこなすことは普通ではないのかな、と思っていると、
「噴滅龍、破山大猿だけでなく、魔物の集団とは……クレナは大丈夫なのか?」
と、クサツは嘆いている。ああ、俺が依頼に取り組むことでは無く、単純にクレナにこれほど多くの魔物がはびこっていることに関してに憂いているようだ。
「繁殖力の高い大鎌カマキリはまだしも、ムカデカラスとは……また面倒な……」
「そうだな……そう言えば、ムソウ殿は空を風魔法か何かで空を飛ぶことは可能か?」
一応、自警団の奴らには神人化のことは黙っている。というか、普段俺は自分の力については滅多に人に話さない。迷い人であり、EXスキル何てものを持つ以上、一般の奴らから神聖視されるからだ。余計な混乱を招かないためにも、黙っている。ジゲンにはばれてしまったが。なのでこういうときも、嘘をついてごまかす。
「ああ、飛べるぞ」
「そうか……いやな、最近ここらで空を飛ぶ人間の目撃情報が後を絶たなくてな。……あれはムソウ殿のことだったか……」
げっ……見られていたか……。確かに初日はそう言うこともあったが。まあ、魔法で飛んでいるということになっているから安心だな。実際は一切の魔法は使えないけど。
「あ、ああ。恐らくそれは俺だな。ともかく、空を飛べることは間違いないぞ」
「ふむ……では、ムカデカラスの方は大丈夫だな。あれと闘うときは大量の死骸を用意して、地上におびき寄せないといけないからな」
なるほど。死肉にありつくカラスの習性を利用するって訳か。そうやっておびき寄せたところを一網打尽。確かにそれなら、普通の奴らでも狩ることは出来るな。
「だが、問題は大量で強力な毒気だ。毒消し薬は少し多めに用意しておいた方が良いだろう」
クサツは最後にそう言ってきた。気遣いは嬉しいが、俺には状態異常完全耐性のEXスキルがある。問題ないだろう。
「忠告ありがとう。そのようにしておくよ」
だが、先も言ったようにEXスキルについては黙っておくとし、クサツにはとりあえず、礼を言った。
ふと、ツクマが目につく。何やら大鎌カマキリの資料をじっくりと見ているようだ。
「おい、どうかしたか?」
俺が呼びかけると、ハッとした様子で、口を開く。
「あ、いや、すまねえ。ここには素材については何も書いていないが、素材を回収するような依頼ではないのか?」
「書いてないのなら、そうだろうな。アヤメにも何も言われてないし。……それがどうかしたか?」
「そう言うことなら、アンタが良ければで良いんだが、何個か素材を譲ってほしくてな」
クツマは頭を掻きながらそう言った。聞けば、大鎌カマキリというのは、全身が鋼鉄のような外殻に覆われているらしい。同じ昆虫型の魔物であるオオイナゴよりも固く、そして、軽い材質だという。
なので、簡単な加工で、大鎌は武器にもなるし、農機具にも使えるという。だが、男が欲しがったのは大鎌ではなく、脚の方らしい。
「ひょっとしたら、たまちゃんと爺さんが乗る馬車の補強が出来るかもしれない」
クツマによると、これから用意するという馬車は長く使われていなかったらしく、至る所が腐ってきているという。新しい木材を使えばいいのだが、これからトウショウの村までの間に何かが起こってはいけないと言って、どうせなら木材ではなく、軽く、鋼のような耐久性を持った大鎌カマキリの脚を使った方が良いのでは、とのことだった。
俺とジゲンは顔を見合わせ、頷いた。
「分かった。そう言うことなら、分けてやろう。その代わり、良い馬車を頼むぞ」
「ありがとう、ムソウさん。じゃあ、ジゲンさんに、たまちゃん、馬車の方は俺達に任せてくれ!」
男は胸を強くたたく。ジゲンとたまは、ニコリと笑って頷いた。恐らく大丈夫だとは思うが、何が起こるか分からない以上は馬車も丈夫な方が良い。それに確定事項として、トウショウの村へ帰る途中にはスライムの群れの殲滅もある。用心に越したことはないだろう。
にしても、この湯の花一家の者達も、色々と多芸だなと感じる。ほとんど一日で馬車を作るっていうのだからな。俺も、コイツ等には期待しておこう。
さて、取りあえず、明日倒す奴らのことについては目途がたった。俺は助言してくれた自警団の奴らに頭を下げ、資料をしまう。すると、たまが俺の肩をポンポンと叩く。
「じゃあ、おじちゃん、明日も朝早く出て、夕方ごろに帰ってくるってことでいい?」
「ああ、いいぞ。美味い飯用意して待っててくれ」
たまにそう言うと、ニッコリと笑って頷いた。
その後、荷物を部屋に置き、皆で一緒に風呂に入った。自警団の奴らとたまは俺の体中にあった傷を見ながら驚いていたが、ジゲンの体についていた多くの傷痕にも目が行き、どちらが多くの傷痕を付けているか、数えだした。
結果は、数は俺の方が上とのことだったが、凄まじい度合いは、ジゲンの方が、上だったらしい。
どういうことだ、と思っていると、昨日は気づかなかったが、ジゲンの腹の方に、両肩口から、腰にかけて、×状の傷が入っているのに気付いた。俺にも一直線入っているが、ジゲンのそれは、俺のものよりも太いということと、二本ということで、ジゲンの方が上、とたまが言った。
正直、つけられた傷で勝敗を決めても嬉しくないと、二人で思いながらも、皆で笑っていた。
ちなみに、ジゲンのその傷は、例の友人との大ゲンカの時につけられたものだという。喧嘩でここまでやるのか、と呆れていたが、よくよく考えれば、俺もハルマサと大ゲンカした時、斬られはしなかったが、お互い殺す気だったな、と苦笑した。
そして、風呂から上がり、自警団の奴らと、ジゲンを見送った後は、取りあえずアヤメに伝令魔法を送り、今日もたまと一緒に寝た。
たまの寝顔はいつものような寂しそうなものではなく、どこか嬉しそうな表情だ。自警団の奴らの態度のことが分かって安心したのかな、と思いつつ、これからはコイツも俺にとって護るべき存在になるんだ、ということを実感しながら、たまの頭を撫でて、俺も布団をかぶった。
2020年6月~の大改稿祭りにおいて、名前が決まったこの街の自警団の面々。元ネタは温泉地です。




