第128話―ジゲンとたまに報告する―
さて、温泉街を自警団に教えてもらった場所まで歩いていくと、そこは露店が立ち並ぶ場所だった。厳戒態勢が解けたのが昨夜から今朝方だったというのに、初めてここを訪れた時に比べて人は多いような気がする。
まあ、あの時は夕方だったからな。この街の住民たちも居るだろうし……。
そう思いながら、ジゲンを探すと、すぐに見つけることが出来た。何せ、客が居ないから、よく見える。ジゲンはむしろを敷いて、野菜や卵を並べていた。俺はそこに近づき声をかける。
「よう、爺さん」
「ん? ……おお、ムソウ殿か。どうされたのじゃ、こんなところで……」
俺は優しく笑っているジゲンに、取りあえず先ほど自警団の家に行って話した内容を聞かせた。
一つ一つ聞くごとに、ジゲンは頷いている。自警団の奴らが態度を変えたことに関しては、俺と同様、少し呆れながらも、ありがたいことじゃな、と微笑んでいる。
良かった、ジゲンはそこまで気にしていないみたいだ。
そして、たまをこの街からトウショウの里へと移すことについて話をすると、口を開く。
「……なるほどの。それで、ムソウ殿は儂にもついて来いと言いたいというわけじゃな?」
「察しが良いな。まあ、そんなところだ。俺も冒険者稼業に出ることがある。数日間旅をすることもしょっちゅうだ。今みたいにな。
その時に、たまの側に、あの子が信頼を置いている存在が欲しいのだが……」
そう言って、俺は頭を下げる。すると、ジゲンはフッと笑い、俺の肩に手を置いた。
「頭を上げられよ、ムソウ殿。そういうことなら儂もお主の元で世話になるとしよう」
俺の頼みに、ジゲンは即決した。ふむ……意外とあっさりと認めてくれたな。それも、やはり、たまがあの宿に未練が無いということをジゲンも、薄々と感じているのかも知れないな。
ひとまず、俺についてくると頷くジゲンに再度、頭を下げた。
「ありがとう、助かるよ」
「礼を言うのはこちらの方じゃ。儂ももう長くは無いからのう。あの子の面倒を見るのも限界の時が来てしまう。
そうなる前に、ムソウ殿があの子と儂を預かってくれると言うのなら、喜んで引き受けよう」
ジゲンはにこりと笑う。俺は、いずれは爺さんが天寿を全うするところを見届ける人間になるのかな、と思い、苦笑いした。
その後は、引っ越しに際しての注意点などを話した。一応は馬車を借りられるということだから、ジゲンにも、荷造りは急いでやれよ、と言おうとしたとき、あることに気付く。
「そういや、爺さんはどこに住んでんだ? 家無しというわけではないんだろ?」
「いやいや、ほとんど家無しみたいなものじゃ……。そうじゃの、ちと案内しようかの」
そう言ってジゲンはのそっと立ち上がる。そして、並べていた売り物をしまい、背中に背負うと、住処に戻る。俺はジゲンの後を追って、町中を歩いていった。
しばらく歩くと、街の外れに到着する。辺りを見ると、いくつかの小さな畑があり、そばには洞窟のようなものがある。入り口の所には何羽かの鶏が柵の中で餌のようなものを食べている。
「あそこで暮らしてんのか?」
「まあの。そして、ここらで出来た野菜やあの鶏の産む卵などを売って金を集めておる」
「なるほど……で、それで大丈夫だったのか?」
「いや、たまの面倒を見て、あの宿の運営、更には儂の生活だけで手一杯じゃったのう……」
ジゲンは頭を掻きながら苦笑いしている。まあ、確かにこの程度ならば、そんなものだろう。聞けばほとんど貯蓄も無いらしい。
俺は昨晩食った肉を思い出し、少し反省した。
さて、ジゲンは俺を洞窟の中に案内した。洞窟というか、ただの穴だな。まあ、一人で過ごすぶんには事足りるが、そこまで広くない。
中は大きめのむしろを敷いているだけだ。そして、その上には布団と卓が置かれている。隅には火を起こすような場所があり、あそこで料理をしているという。
ふと、部屋の隅に目をやると、長持のような大きな箱が置いてあった。
「ん? なんだ、これ」
「ああ、これはただの荷物入れじゃよ。着物やら、小道具……後は昔使っていたものなどが置いてある」
ジゲンはそう言って、箱を開けて中を見せてくれた。ジゲンの言うように、中には着物や、畑仕事などで使っているとみられる農具などが置いてある。
だが、その中にあったあるものを見て目を見開く。
「これは……刀か?」
「ん? ああ。昔使っていたものじゃ。ずっと使っていたからのう。捨てるに捨てれんし、古いものじゃから売れもせんからのう。
まあ、思い出の品ってことでここに置いてあるだけじゃよ……」
ああ、ジゲンは傭兵だったもんな。刀くらいは持っているか。俺はジゲンの刀というものに興味がわき、手に取ってみる。確かに古びているな。鞘や柄にはすすのようなものがついている。
だが、おもむろに抜いてみると、刃には汚れ一つ、刃こぼれ一つついていなかった。
「へえ……綺麗なままじゃねえか」
「ほっほっほ。数少ない儂の宝物の一つじゃからな……」
ジゲンは嬉しそうな表情を浮かべる。傭兵稼業をしていた時から、ずっとこの一本で、魔物や山賊と闘う時にはいつもこの刀で相手をしていたという。どんな刀なのだろうと思い、鑑定スキルを発動させた。……だが、
……
鑑定不可
何らかの要因で鑑定不可
……
と、頭の中に浮かび上がる。あれ、おかしいなと思いながら刀を見ていると、ジゲンが口を開く。
「ほう、ムソウ殿は鑑定スキルをお持ちか?」
「ん? ああ。だが、この刀の情報は頭に入って来ねえな……」
「ああ、隠蔽スキルを使わせてもらったからのう。儂がそれを解かん限り、その刀に鑑定スキルは使えんよ」
隠蔽スキル……レイカが使っていたやつだな。確か、自身の姿を隠したりするときに使うと聞いたが、こうやって、情報を隠すという時にも使えるというわけか。
そう言えば、ここの門番が、俺が噴滅龍を倒したのが信じられないと言っていた時に、どうにかして、腕輪の情報を改ざんしたとか言っていたが、このことか? なかなか、便利なスキルだなあと思うが、それをされると何となく腹立つ。
「ったく……。何でそんなことすんだよ」
「ほっほっ、武器の情報、それはすなわち己の強さの大きな要因の一つじゃ。おいそれとは見させんよ」
……なるほど。流石、元傭兵だ。思わず納得する。
確かに相手がどんな武器を持っているか知ることが出来れば、戦況を覆す事だって出来る。この世界では武器に何らかの力が宿っている以上、俺達の世界の武具よりもその情報は貴重なものとなるからな。
まあ、マシロの呪いの一件の時のカリヴのように、自らの力を示したいときにあっさりそれを話す馬鹿も時たま居るみたいだが。
俺はジゲンの言葉に納得し、刀を鞘に納めた。
「さて、と……確かにここに住むよりは俺の所に来てもらった方が良さそうだな……」
俺は改めてあの中を見渡した。住むには申し分ないみたいだが、やはり戸などが無い以上は、冬などは辛そうだ。というか、実際辛いらしい。
そんな時はたまの宿に泊まることもあったらしいが、それだと客に迷惑が掛かるからあまりしたくはない、とジゲンは言っていた。
「ふむ……。儂もムソウ殿の家に着いていくことは賛成じゃが、まずは……」
「そうだな。たまに伺いを聞いておかねえとな。……じゃあ、これから行こうか?」
俺の言葉にジゲンは頷き、二人でたまの宿の方へと向かった。
◇◇◇
さて、街を歩いていき、たまの宿へと戻った俺達は、戸を開ける。すると、たまは中の掃除をしていた。俺達が入ってくるや、寄ってきて出迎えてくれた。
「あ、おじちゃん、おじいちゃんも! おかえりなさ~い!」
走ってきて、そのまま俺を抱きしめるたまの頭を撫でてやった。よほど心配だったのか、すごく嬉しそうだな。
「ああ、ただいま。……たま、少し話があるんだが大丈夫か?」
たまはコクっと頷き、不安そうに俺の顔を見てきた。俺は自警団の奴らと話した内容を伝える。たまは俺の話をゆっくりと頷きながら聞いている。
湯の花一家の態度が突然変わったことに関しては、ジゲンと同じように、呆れながらも、そうだったんだ~と嬉しそうにしていた。
そして、たまに俺の家に来てもらうことになったと言うと、ぱあっと笑顔になる。
「おじちゃんのおうち!? 私、行っても良いの!?」
……なかなか、乗り気なようだな。アイツ等には確認したが、たまの気持ちを一応確認してみる。
「え~っと……この宿に未練はないのか?」
「うん……正直に言うとね、毎日お客さんも来ないのに掃除とかするの、結構辛かったんだあ~」
「そうか……だが、俺の家に来るということは、家族で過ごしたこの宿を捨てるということになるんだが、未練は無いか?」
「ほとんど覚えていないからなあ~……少し寂しいような気持ちはあるけど、皆が私のためにって考えてくれたんなら、おじちゃんの家に行くことだって辛くないし、むしろ楽しみだよ!」
……なるほど。たまはこの宿がどうなってもあまり気にしないようだ。
しかし、子供とは思えないくらいの達観した様子に驚いてしまう。俺だって、家族と過ごした家を燃やした時は、色々考えた挙句、ようやく決心がついたのに、いざその時になると、何も言えず泣いたくらいだからな。
それに比べ、たまは俺よりもだいぶ大人だな。周りの大人が不器用すぎるのか、たまが器用すぎるのか分からなくなってしまうな。
「分かった。そういうことならば、俺からはもう何も言わん。今やっているギルドからの依頼を終えたら、ジゲンと共に俺の家で働いてもらう。……良いな?」
「うん! よろしくおねがいします!」
たまはそう言って深々と俺に頭を下げた。ついでに横でジゲンも頭を下げる。
さて、こうしてたまとジゲンが俺の家に来ることが確定となった。細かい話は今晩自警団の奴らが来るから、と言うと、たまは、ごちそう用意しなきゃと、準備を始める。
ジゲンは、料理の材料を仕入れてくると言って、宿を出て行った。その際に、ジゲンに銀貨を少し渡しておいた。
「ついでに、旅で必要になりそうなものをそれで用意しておいてくれ」
「ほっほっほ。承知した、ムソウ殿」
ジゲンは金を受け取り、街へと向かって行く。
さて……俺は何しようか。たまは、手伝いはいい、と言うし、依頼に取り組もうにも、大鎌カマキリたちが居るとされる場所までは遠すぎる。
今日はもう昼過ぎだ、明日にしておこう。となると……ああ、何しようか。特にやることが思い浮かばない。
……こういう日は、散歩だな。そう言えばこの街の中はあまり歩いていないからな。それに他に人が居ない今ならゆっくり回れそうだし。
そう思い、俺は街の中を歩いていった。
◇◇◇
さて、たまの宿を出た後は、先ほどジゲンと出会った露店が立ち並ぶ通りを歩いている。通りを歩いているといろんなところから美味そうな臭いがして、たまらない。そう言えば昼飯まだだったな。ここで食っていくか。まだ、旅人のような姿は見えないが、街の住民たちでそこらの露店はにぎわっている。
クサツ達の話では、どの店も、たまと同じくらいかそれ以上の味らしいからな。湧き上がる期待を込めつつ、とりあえず目についた肉の串焼きと凍らせた果物のようなもの、それから蕎麦を買い(この世界にもあったのか……)、通りを抜けた先にあった、広場の長椅子に腰かけ、飯を食った。
うわ……本当だ……どれも美味い。露店のものとは思えない。多くの旅人がここに来るということだから、どの店も気合を入れているわけか。
更に大きな宿も出来ることだし、ここがまた盛り上がるのは時間の問題だろうな。……元々を知らないから分からねえけど。
さて、飯を食い終えた俺はしばらくぼーっとしてた。広場に来たのは良いが、することが無い。リンネも居ないことだし、遊ぶのは無理がある。俺もいい歳だからな……。
……そうやって、ただただ何も考えず、椅子に座ってそこらを見ているうちに、ふと、たまとジゲンを俺の家に連れて行くことについて、俺は思いを巡らせるようになった。
大きな屋敷を借りて、人手が欲しくてあの二人を連れて行く。何となく、サヤとエイシンと暮らし始めた時のことを思い出すな。となれば、二人は家族同然てわけだ。
……今度こそ、護っていきたい……
おもむろに無間を手に取ってみる。……む、ここの所、激しい戦い続きだったから、結構汚れているなあ。しかもマシロを発ってからは手入れというのはほとんどしていないし……。
今日はやることも無いし、いい機会だ。今のうちにやっておこう。
そう思い、異界の袋からむしろを取り出し、その上に無間と、手入れ道具を並べた。砥石は恐らく今後必要ないだろうと判断している。が、一応まだ残している。見たところ、今回も必要なさそうだがな……。
さて、まずは柄に巻いてあるさらしをほどく。ふと気づいた。無間がただの刀ではなくなったのには気づいていたが、このさらしも、よく持つな。布の劣化とか感じない。
時々手入れはしているが、ここまで持つものなのか? エンヤの血はどれだけ洗っても取れないが……。
どこか、アイツのこの世への執念のようなものを感じる……まあ、いいや。さらしをとると、やはり柄の所は固まった血で汚れている。俺は手ぬぐいを手にし、無間全体を磨き始める。
ゴシゴシゴシゴシ
う~ん、やはり刃の所にはよく見ると汚れはついているな。だが、錆の気配はない。剣術スキルはともかく、気功スキルの方は上達しているのは感じている。時々無意識に刃に気を纏わせたり斬波を纏わせたりして闘っているおかげか、血もすぐに払われるようにはなっている。それでも斬った数は多いので、汚れは多少なりともつくようだがな。
それがたまりにたまった結果が、これか。やはり手入れはまめにやっていこう……。
ゴシゴシゴシゴシ
……お、こんなところに少しだが、傷がついているみたいだ。何の時だろう。
最近あった大きな闘いと言えば、ショウブとナズナか? ……いや、あの時はそこまでの大きな攻撃は受けなかった。とすれば、ロウガンか、若しくはミサキか……。
EXスキルすべてをきるもので攻撃自体が斬れるわけだから、今後はあまり、無間の腹で防ぐ、ということはしない方が良いのかも知れないかな……。
ゴシゴシゴシゴシ
……よし! もう良いだろう。大体の汚れはとれた。
次は打ち粉だな。無間は一回分の手入れで買った打ち粉のほとんどが無くなる。
……お、前の世界で買ったやつは、今回で終わりか。次の手入れのためにそろそろ買いだめしておこう。
クレナは工房の多い領だ。トウショウの里に帰ったらいくらでもあるだろう。大丈夫だ……。
全体的に打ち粉をまぶし、紙で滑らせる。すると、無間に残っていた細かな汚れは剥がれ、無間はきれいになった。最後に新しい油を塗り、手入れを終える。……むう、油も残り少ないな。打ち粉と共に買っておこう……。
そして、さらしを少し洗って、また柄の所に巻いた。それを手に取り掲げてみる。……うん、太陽の光を強く反射させ、無間は輝いているように見える。綺麗になったな。
流石に景気づけの斬波はやめといた。周りには人が居るからな。確実に目立つ。ただでさえ目立つ無間を手入れしていて、人が集まっているというのに、そんなことをすると怖がれるからな。やめておこう。
さて、無間が終わったら、次は小手の手入れだ。一応汚れらしいものは見えないからこれも油で磨くだけだ。油入れにわずかに残っていた油を手ぬぐいにつけて小手を磨く。お、汚れていないかとも思ったのだが、拭いていくと小手の輝きが増すな。やってみるものだ。
……てことは今までよりも油を使う量が多くなるというわけか。安物の油を大量に買うわけにもいかねえし……仕方ないか……。
しばらく小手を磨き、全体的に綺麗になったところで小手の作業を終えた。全体的にガタはまだきていないみたいだが、オウガの皮がちょっと剥げてきているかな……。マシロから旅している間も、そして今も無間を振り回しているからな。
あまり力入れない方が良いのか? それとも乱暴な握りになっているのかな……。少し気に留めておこう。
そして、トウショウの里に帰ったら、ヴァルナにでも相談しよう。同じオウガのオウガロードの素材もあるからな。何とかなるのかも知れない。
そう言えば、神人化して戦う時などは、その度に綺麗になっていないのだろうか? もしくは、綺麗になって、この状態なのだろうか? 未だ謎の多いスキルである。
……いや、そんなことで悩むのもどうかとは思うがな……。
さて、小手と手入れ道具を異界の袋に収め、作業を終えた。その後は何をしようか、とか思わなくなった。何となく気が抜けてしまい、今日はもう宿で休もう……と思い、たまの宿に帰っていった。




