第126話―宿に帰る―
さて、しばらく飛び続け、温泉街に帰るころには夕方になっていた。例によって町から離れたところに降り立ち、神人化を解いて、門の方に向かった。
すると、門番たちが何人か集まっているのが見える。何だろうと思い、近づいていくと、俺と目が合った一人の門番が近づいてくる。昨日、今朝と世話になった奴だ。男は俺の前まで来ると、口を開いた。
「あ、あんた、冒険者のムソウだよな!?」
「ん? 今朝も会ったろ。その通りだが、どうかしたか?」
そう言うと、男は大きく息を吸って、現状を説明しだす。
何でも、先ほどギルドの方から早馬で、噴滅龍及び、その他の危険な魔物の討伐が終わったというから厳戒態勢を解いても良いという指令が届いたらしい。
門番たちは唖然として、届かれた書状を読んだという。そこに書かれていた、噴滅龍を討伐した冒険者の名前はムソウ……昨日、今朝と会ったあの冒険者だ、と思ったんだが、コイツらは未だに俺が噴滅龍討伐に失敗し、仲間を喪ったかわいそうな奴としか思っていなかったらしく、ギルドの使いの言葉を信じなかった。
更には俺が虚偽の報告をしたんじゃないかと疑ったらしい。
困ったギルドの使いは伝令魔法での報告を受けたから間違いないはずだ、と言って引かなくて、ああでもない、こうでもない、と門番たちと言い争い始めたという。
結局、どうしたらいいのかわからず、取りあえず俺が戻ってくるのを待つということで話がまとまり、皆俺を待っていたというわけだ。
俺は呆れて口を開く。
「お前ら……あれだけ腕輪を見ても信じられなかったのか?」
「信じられるか! 単騎で災害級の魔物討伐だなんて、そう簡単に信じられるわけねえだろ!」
「だからこその伝令魔法だろ。ギルドの使いから話は聞いてなかったのか?」
「だから……どうにかして、改ざんでも……」
俺が色々と問い詰めていくと、男は段々と黙っていくが、疑いの目は辞めない。面倒だなと思いながら、俺はため息をついた。
「はあ……分かったよ。決定的な証拠出すから、アイツら連れて来い」
門の所で俺達の方を見ている、他の門番とギルドの使いの奴らを指差し、そう言うと、わかったと言って、門の方に向かった。
その後、疑り深いような顔をしている門番たちと申し訳なさそうな顔をしている、ギルドの使いの奴らが俺の所に来た。
使いの奴らは、俺に、お手数かけているようで申し訳ない、と言ってきた。よく見るとショウブ一家の奴らだな。俺はそいつらに気にすんなと声をかけ、少し広めの場所に出る。
「……この辺りなら大丈夫だな。良いか? よく見とけよ」
俺はそう言って、異界の袋から噴滅龍、レッドワイバーン、それから今日倒した破山大猿、後は、殲滅した魔物のうち、何体かの死骸を並べる。噴滅龍を置くのは大変だ。そこらの地面が溶けていくからな。
早いとこ信じて欲しいものだ、と皆の方を見ると、目を見開いて、俺の作業を見ていた。
「お……おい……」
「……噴滅龍だ」
「あれは……破山大猿か……?」
「え、本当にやったのか……?」
「今朝出て行ったよな……?」
などと隣同士で話しているのが聞こえる。すると、先ほどの男が俺に声をかけてくる。
「あ、あんた……これ……」
男は震える指で俺が出した魔物の死骸を指差す。
「ああ、なるべく傷が大きく残らないようにするのは骨が折れたぜ……っと、やはり噴滅龍のレッドワイバーンはそろそろしまった方が良いな。地面がやばい」
俺はそう言って、魔物の死骸を異界の袋へ収める。全てを収納すると、未だに目を大きく開けている皆に振り向く。
「まだ何かあるか?」
そう言うと、皆は顔を見合わせ、頷いている。そして、男が口を開いた。
「え~と……取りあえずはアンタの言うことを信用する」
「昨日もそう言っていたような……」
「いや! 今回はもう、全部信用する! お疲れだ! ムソウ殿!」
そう言って、男は満面の笑みで俺の肩を叩いてくる。これも、昨日も聞いた言葉だが、ようやく信じてもらえたか。
……その後、厳戒態勢を今度こそきっちり解除するという報せを温泉街に広めるため、何人かの門番が動く。
そして、ギルドの使いは胸を撫で下ろし、次の街へと向かうため馬を走らせる。温泉街だからゆっくりしていけばと言ったのだが、嬉しい知らせなんで! と言って、走っていく。大変だな、アイツらも……。
さて、俺はというと、それからしばらくして、門番たちが疑って悪かったというものだから、それを許し、街の中へと入っていく。余計な時間食ったなと思い、たまの待つ宿へと走っていった。
そして、宿に着き、戸を開けると、昨日とは違い、たまとジゲンの二人が俺を出迎えてくれた。
「おう、ただいま」
「あ、おじちゃん! お帰り!」
「ああ、ムソウ殿。今日は少し遅かったのお」
「すまない、ちょっと色々あってな……」
そう言いながら頭を掻く。とりあえず、門で起こったことを話すと、二人とも俺に労いの声をかけた。
「それはお疲れじゃったな。……そう言えば、干してあった着物はすっかり渇いていたから部屋に入れておいたぞ」
「おお、そうか。ありがとう」
「気にするな。しかし、上質なものを使っている様じゃの」
「ああ、マシロに居た時に信頼できる奴に作ってもらったものだからな」
「ほう、そうじゃったか……」
「あ、おじちゃん、今日もお風呂場に洗濯桶と板を置いてあるから、好きに使ってね」
「そうか。助かるよ、たま」
そう言って、たまの頭を撫でると、たまは嬉しそうに笑った。
その後、俺は部屋に上がり、アヤメへ伝令魔法を飛ばすために準備をする。さっきの使いには破山大猿の死骸を見せておいたんだが、一応な。
さて、昨日のように伝令魔法の魔道具を取り出し、頭を付けて、今日あった出来事を思い出していく。リザードマンの群れ殲滅、その際にうっかり山を浄化しちゃったこと、その後魔物同士の闘いに巻き込まれたこと、それに乗じ、オーク、ゴブリン、そして、破山大猿、それについてきた剛力大猿を殲滅したこと、最後に雷獣の討伐だ。
そして、頭を離し、鳥の口が開くのを確認し、伝言を預ける。
「ご覧の通り、魔獣の大山を浄化してしまった。ついうっかりしてな。何かレインから聞かれたらうまくごまかしてくれ。あまり王都に目を付けられたくないからな。
それから、ついでに雷獣の討伐をしておいた。傷はそこまでついていないから楽しみにしてろ。天宝館とコモンとヴァルナにも大猿の素材は無事だからなとしっかり伝えておけ。報告は以上だ……」
俺が言い終わると魔道具は輝き鳥の形をして飛び立っていった。……そういや、救援魔法ってどうなるんだろうか。違う魔道具でもあるのかな。必要があれば、今度もらっとこ。
その後は昨日と同じく着物を洗いに風呂場へと向かった。脱衣所にはすでにたまが言っていたように洗濯桶が置かれている。
その中に着ていた着物を入れて、洗い始める。今日はそこまで返り血を浴びていない。そこまで水は赤くならない。……少しはなるな。仕方ないから今日も神人化して洗濯を行う。
……この姿は誰にも見られたくないな、やはり。そう思いながらも作業を続けていると、突然後ろから声が聞こえた。
「む? ムソウ殿、入っていたのか……」
パッと振り返ると、そこにはジゲンが居た。げっ! これから風呂に入る所だったのか……。そう思い、唖然としていると、ジゲンは口を開く。
「先に入っても良いかの? もう夕餉の準備は出来たし、今のうちに入っておきたいんじゃが……」
そう言ってジゲンは風呂に向かって行く。あれ? と思い、俺はジゲンに聞いた。
「じ、爺さん、今、俺の姿はお前の目にはどう映っている?」
「ん? 羽が生えていて、少し髪が伸びていて、顔には変な模様が浮かんでおるのう。まるで神人の様じゃな」
そう言ってジゲンは笑っている。どうやらボケてはいないらしい。だが、この姿を見られて、ましてやこの姿で洗濯をしているところを見られてそんな反応になるのは初めてだ。俺が驚いていると、ジゲンはフッと笑い、口を開いた。
「何を思っておるのかわからんが、儂もいい歳じゃ。大抵のことでは驚かんぞ。最後に驚いたのは昨夜じゃったがな。
一人で噴滅龍を倒せる冒険者が居ることには驚いたが、あれに比べればお主の変化などにはそうそう驚かん。
むしろ、あの魔物を倒せるのならそれくらいはするじゃろうとしか思わないのう……」
ジゲンの言葉を聞き、いや、それにしても、と頭を抱えるが、本人がそう言っているなら仕方ないと思い、ジゲンに頷く。
「そうか。ただ、出来れば……」
「ほっほっほ。無論、他言はせんよ。まあ、こんなこと話したところで、誰も信じやせんと思うがのう……」
ジゲンは笑ってそう言った。なら安心だと思い、俺は洗濯を続ける。そして、着物の水気を払った後、ジゲンと共に風呂に入った。
「あ~~~……気持ちいいなあ~~~♨」
「ほっほっほ、まったく、気持ちよさそうに入るのう」
「まあなあ~、今日も疲れたからな……」
「確か、今日は破山大猿だったか……どうじゃった?」
「おう、聞いてくれよ。それがな……」
そう言って、俺は今日あったことをジゲンに話した。魔物どもの争いに結果的には巻き込まれる形になったわけだからな。それで良かったには良かったんだが、一気に三種族の魔物の相手をすることになり、さすがに疲れたからな。半分愚痴を言うようにジゲンに話している。するとジゲンは、フッと笑い、頷いている。
「ふむ……住んでいる環境が突然変わったじゃからのう。魔物たちも慌てだしたんじゃろう。
もしくはリザードマンの群れが殲滅されたことを嗅ぎつけ、一気に山の覇権をとろうとしたのか……どちらにせよ、山が綺麗になったのは良いことじゃな」
「そうなのか? 何か、アイツらの住処を奪ったみたいで申し訳ない感じがしていたんだがな……」
「いや、あの山は、元々、どこにでもある普通の山じゃった。そこに破山大猿が棲みつき、山中の生物を殺しつくし、更にはその死骸によって山は汚染され、ああなったのじゃ。
お主のやったことはむしろ昔の状態に戻しただけ、ということになるの」
え、そうだったのか。てっきり昔からあの状態かと思っていた。グリドリの森と似たようなものか、と思い、納得する。
「詳しいんだな、あんた」
「伊達に長生きはしておらんぞ? 昔はお主のように魔物を討伐していたこともあるからの」
そう言って、ジゲンは俺に笑う。よく見るとジゲンの体には古い傷痕が無数についている。今は想像できないが、昔はそういうことをしていたというのも頷けた。
「へえ、そうなのか。冒険者だったりしたのか?」
「儂らの頃にはまだギルド自体無かったからの。皆で競うように自由に魔物を狩ったりしておったな……」
ジゲンは懐かしそうに昔のことを語り始めた。話によれば、ギルドというものがまだなかった時代、この世界では腕に覚えのある奴らがこぞって魔物の討伐をしていたらしい。互いにどれだけの魔物を狩ったのか、自慢しあったりして楽しくしていたという。
また、クレナ領には夜盗や山賊なども出ていて、領主からの依頼でそれらも退治していたりしていたという。
「まるで傭兵みたいだな」
「そうじゃの……まるでというか、傭兵じゃった。依頼主から金を貰い、友人と共に闘うのは楽しかったのう……」
ジゲンは嬉しそうにそう呟いて微笑んでいる。俺も傭兵だったからその気持ちは十分理解できた。仲間と共に闘うのは確かに楽しい。
昔も今もそれは変わらない。闘うことで幸せを実感できているというのはおかしな話だがな。
俺は何だか、傭兵稼業を送り、引退し余生を過ごしているジゲンを、まるで人生の先輩であるかのように思い始めていた。
……その後、二人でのぼせるまで語り合った。お互いの体に着いた傷について話して、感心しあったり、笑ったり……。
そして、そろそろ飯の支度が出来たころかな、と思い、風呂から上がった。
今朝、朝飯を食べたところに行くと、たまが、卓の上に夕飯を用意している。俺達がそこに行くと、たまはニッコリと笑った。
「あ、おじちゃん! おじいちゃん! おふろはどうだった?」
「ああ、気持ち良かったよ」
「ほんと!? まあ、どこのお風呂も一緒なんだけどね~!」
「これこれ、お客さんの前でそういうことを言うでない」
などと言いながら、俺達は笑った。実は何気に言ったたまの一言が俺にとっては衝撃だった。
まあ、確かに温泉地の温泉なんてそんなものだよな、とは思っていたが……。
ただ、ここは他には無いたまの可愛らしく、丁寧な接客がある。それで充分だ。何より、飯も美味いしな。風呂が同じでも、それだけで、他とは違う特色があると感じた。
さて、ボケっと突っ立っているわけにはいかないと、俺とジゲンはたまの手伝いを始める。三人で夕餉の支度をして、俺達は席に着いた。
すると、たまは俺とジゲンの前に置かれた盃に酒をトクトクトクっと注いでいく。そして、自分の器に茶を入れると、それを両手で持った。
「じゃあ、おじちゃん、おじいちゃん! 今日もお疲れ様!」
そう言って、たまは自分の器を差し出す。俺達は頷き、自らの盃を当てた。
「ああ、ありがとう」
「では、いただくとしようかの、たま」
その後、今日も三人で飯を食い始めた。
今日の飯には肉がある。それもかなり大きい。話によると、恐らく疲れて帰ってくるであろう俺の為にジゲンが朝から市場まで行って買ってきてくれたという。
「これだけ大きいと流石に疲れたわい……」
「それはすまなかったな」
ジゲンの言葉に俺が笑うと、ジゲンは気にするでない、と言って笑った。俺は早速肉にかぶりつく。……美味い。ジゲンの言うように今日は流石に疲れていたからな。
さらには昼飯も食い損ねたわけだし。大きな赤肉をしっかり噛みしめる度に、疲れはとれていき、明日の力が沸いてくるようだ。
俺が肉に喜んでいると、たまが皿を俺の前に出した。
「これも食べて! 私がつくったんだよ!」
たまが、笑顔でそういうものだから皿に目をやる。それは生野菜や煮物、魚の刺身などで、綺麗に龍が描かれている飾り料理だった。龍の鱗には胡瓜のようなものが使われており、見事な切れ目で鱗を描いている。腹のあたりは刺身だな。髭の部分には大根、そして、龍の周りには、カブのようなもので花を咲かせている様だった。
「え……これをお前が作ったのか?」
「そだよ~! すっごくがんばったんだから!」
いや、にしたって……。家事全般は得意と昨日言っていたが、これほど……いや、これはもはや、家事という言葉で括っていいものかと悩む。
そして、どれを食って良いのかも悩む。これだけ綺麗だと食うのがもったいない気がする。
だが、輝くような目で俺を見つめるたまの期待に応えてやるためにも、取りあえず、腹のあたりの刺身をとって、食った。
「どう!?」
「あ、ああ。美味いよ、たま」
「ほんと!? やったあ!」
俺が褒めると、たまは嬉しそうな顔をする。正直、味はよくわからない……。だが、たまはもっとたべて! とねだってくる。この子にとっては見栄えがどうかというよりも味が第一らしい。
じゃあ、何でこんな大掛かりなことを、と思ったが、何も考えず、俺はたまの作った飾り料理を口に運んでいった。
その後も食事は続き、俺達はお互いにいろいろと話をする。たまにどこで飾り料理なんて習ったんだ、と聞くと、ジゲンが教えてくれたと言った。とりあえずこの宿に他には無い魅力を、と仕込んだらしい。
「爺さん、意外と芸達者なんだな」
「うむ……じゃが、儂もたまの上達があまりにも早くて驚いたものじゃ」
「おじいちゃんの教え方がうまいもん!」
たまが目を輝かせてそう言うと、ジゲンはにこやかにたまの頭を撫でた。なんか、孫と祖父みたいな二人だな、と常々思う。
ふと、たまの頭を撫でていたジゲンの手が止まる。
そして、一瞬だけ曇った表情になった。俺は、不思議に思ったが、ジゲンは再びにこりと笑って口を開く。
「ムソウ殿、悪いがたまを連れて奥の部屋に行ってくれないか?」
ジゲンがそう言うと、たまはハッとし、ジゲンを見つめる。
「おじいちゃん……」
「大丈夫じゃよ。さ、ムソウ殿と……」
ジゲンが優しくそう言うと、たまはコクっと頷き、何が何だかわからない俺の手を引き、奥の部屋へと連れて行った。
「なんだ? どうしたんだ?」
「……」
たまらず、何が起こっているのかたまに聞いてみたが、たまは俯いたまま、口を開かなかった。すると、
ドンッドンッ!
宿の戸を叩く音が聞こえる。それを聞き、ジゲンは入り口の方へと向かい、戸を開けた。そこには人相の悪い二人の男を連れた、身なりのいい男が立っている。
「ああ、旦那さん、こんな夜更けにどうされました?」
ジゲンが身なりのいい男に尋ねると、そいつはニタっと笑って口を開く。
「ジゲンさん、聞いたかい? 厳戒態勢が解かれるってよ」
「ほう……。それはまた、良い話ですな。これで昔のようにこの街にも人が集まりますな」
「その通りだ。だが、ここはそうもいかんでしょ? 宿を切り盛りするのはまだ年端もいかない小娘一人、従業員は老い先短いアンタ一人だ。せいぜい一日一組が限界だろう」
「そうですなあ……まあ、何とかやっていきますよ」
ジゲンがそう言うと、人相の悪い男たちが口を開いた。
「何とか、じゃあ駄目なんだよ。聞いたぞ? 今月分のショバ代がまだ支払われていないそうじゃねえか!」
「やっぱ小娘に爺い二人じゃ大した稼ぎも出来んみてえだな!」
段々と声を荒げる男たち。たまが横でビクッと震えている。俺はそっとたまの頭を撫でて落ち着かせた。
こちらを見てくるたまに俺は笑って見せると、たまは俺の手をギュッと握る。
そして、しばらくすると身なりのいい男が、ギャンギャン騒ぐ男たちを制し、口を開く。
「ジゲンさん、後余命いくばくかも無いアンタが、小娘一人護ったってしょうがないでしょう。そこでどうだ? 例の件考えてくれたか?」
男はそう言って、ジゲンの肩をポンポンと叩く。ジゲンは少し考え込んだ様子で黙り込んだ。そして、しばらくして口を開く。
「……私の一存ではどうも……たまの判断に委ねます」
ジゲンがそう言うと、またも後ろの男たちが口を荒げる。
「ほう、じゃあ、そうさせてもらおう……おい! たま! 居るんだろうが! 出て来い!」
「やはり爺さんじゃ、話になんねえからよ!」
男たちは大声でたまを呼び始めた。声がするたびに俺の手を握るたまの手に力がこもり、震え出す。俺はそっとたまを抱き寄せた。
そして、どうしたものか、と考え込む。すると、ジゲンが二人を制するように手をあげた。
「申し訳ございません。たまは今出ておりまして……」
「出て行った? かくまってるだけじゃねえのか!?」
「あ、いえ、そのようなことは……今日は珍しくお客様がいらして、それで急いで夕飯の支度をと買い物に行っております」
そう言って、ジゲンは俺の草履を指差した。それを見て、二人の男は目を見開く。
「へえ……珍しいじゃねえか。こんなところを選ぶなんざ、酔狂な奴が居たもんだな」
「ええ、なんでもお金がなく、一番安そうなここを選んだそうです。その男は、泉質はどこも同じだろう。それよりも飯だ飯! と言って今は客間の方でゆっくりされております。あまりお騒ぎになられないようにお願いします……」
ジゲンがそう言うと、身なりのいい男が頷きながら口を開いた。
「ふむ……。分かった。客が居るならこちらも騒ぐわけにはいかんな。この宿はどうでもいいが、街の質が下がるようなことは避けたいからなあ。
今日の所は引き下がろう。ただし、また近々また来るから、その時までにたまにどうするか、確認しておけよ」
「はい……」
「せいぜい荷造りでもしてな!」
「あと、たまったショバ代も用意しておけ!」
そう言い残して、男たちは去っていった。ジゲンは男たちの背中が見えなくなるのを確認すると、戸を閉め、一つため息をつく。すると、横に居たたまがパッと飛び出して、ジゲンに抱き着いた。
「……おじいちゃん」
「ああ、たま。儂は大丈夫じゃ。何の問題もない」
ジゲンはそう言って、たまの頭を優しく撫でた。そして、ジゲンは俺の方に視線を向ける。
「ああ、ムソウ殿、すまなかったな……」
「いや……」
俺は頭を下げるジゲンを制した。そして、少し悩んだが、思い立って聞いてみた。
「すまんが、何があったのか聞かせてくれ」
そう言うと、ジゲンとたまはハッとして目を見合わせ頷く。
あ、どうやら話してくれるらしい。また面倒ごとだろうな……どうせ。まあ、いいや。取りあえず二人の話を聞いてみよう……。
一先ず俺達は飯を食うのを再開させた。話は食事の後で、とジゲンが言うものだから、従うことにした。
そして、全てを平らげ、食器を片づけた後、ジゲンは茶を入れ、俺の前に出してきた。
「……では、話すとする」
「ああ」
ジゲンは茶をすすりながら、事の顛末を教えてくれた。
話によると、先ほどの男たちはこの辺りを仕切っている自警団の者だという。奴らは、トウショウの里の花街の奴らみたく、街を護る代わりに、この街の宿屋や、商店から金銭を受け取っているという。
だが、たまの宿はそうはいかなかった。そこまで大きくないので、客の出入りもそんなに無い。自警団に金を払う余裕などなかった。たまの親がまだ生きていた頃は何とかなっていたらしいが、亡くなってからは、状況が一変し、たま一人では金子を払うことが難しくなってきた。
ジゲンは昔、たまの両親に世話になったから、と言って、その頃からたまの手伝いを始めたらしい。二人で何とか宿を切り盛りし、それからも金の方は何とかなっていたという。
しかし、噴滅龍への厳戒態勢の所為で、元々少なかった客の出入りはさらに悪化。最終的には一人も来なくなった。
そして、自警団にみかじめ料を払うことが出来なくなったという。もちろん自警団は怒り、先ほどのように取り立てに来るようになる。
これまではジゲンが何とかごまかしていたが、それも、後どれだけ続くか、とジゲンは言う。
何でも、自警団の奴らは、この街に大きな宿を新しく建てると言っているらしい。その方が金儲けには効率が良いと考えているようだ。
噴滅龍の影響で客が寄り付かなくなった分、新しい目玉で儲けようということらしい。そして、その宿を建てるにはたまの宿は邪魔らしく、さらに厳戒態勢が解けた今、本格的にここを立ち退くように、と先ほど来たという。
俺は話を聞きながら、何とも嫌な話だな、と顔をしかめる。だが、ジゲンは首を横に振った。
「自警団の言っていることも理解できるからの。なるべく穏便には済ませたいんじゃが……」
「どういうことだ? やってることはただの地上げにしか聞こえないし、先ほどもそうにしか見えなかったが……」
「そうとも言えん。ここの自警団がこの街に門や高い塀などを築き、街を護っているのは事実、更に街の中でも治安を護っているのも事実じゃ。
儂らには自警団に金子を納める義務があることはわかっておるんじゃがの……」
「え、あれでか? トウショウの里に居た奴らといい勝負だぞ」
と、ジゲンの言葉に驚いていると、たまが首を横に振る。
「ううん……。さっきのおじちゃんたちもね、前はすごく優しかったの……」
そう言って、たまは自警団のことについて語り出した。
なんでも、以前は他の宿がいっぱいになっていたりしたときは、旅人たちをたまの宿に案内したりと、何かと便宜を図ってくれていたという。
しかし、噴滅龍が現れ、街に人が来なくなり、たまが金を払えなくなった途端、急に態度を変えて街から出るように促したりしてくるようになっていったらしい。
う~ん、どういうことだろうか……。確かにその態度の変わりようは俺も違和感を覚えるなあ。いかに人が来なくなって金が払えなくなったとは言えなあ。
ひょっとして、呪いか?……いや、やる意味が無いか。そして、そういう状況ならば、ますます手出しがしづらい。一応はこの街の為にはなることをしているみたいだからな。
ここで、俺が手を出せば、ますますたまたちの居場所が無くなるってことか……。
まあ、どちらにせよ、この問題、どうにかしたかったら、自警団の奴らから話を聞くってのも一つの手だな……。
「なあ、爺さん、たま」
「ん? 何じゃ?」
「明日、俺がその自警団の所に行って話付けて来ようか?」
たまとジゲンは顔を見合わせる。態度の急変ぶりがおかしいと感じる以上は、何か向こうにも事情があると考えるべきだ。それが分からないとこの問題は解決できない。
……ああ、そうだ。俺はこの問題を解決したいと考えている。この宿……たまとジゲンには世話になったからな。何とかしてやりたい……。
「ムソウ殿、よろしいのか? 依頼の方は大丈夫か?」
「今のところは問題ないだろう。残りのものは超級のもののみだ。こうしている間にも他の冒険者たちが解決しているかもしれないからな」
……まあ、その線は薄いが。どちらにせよ、明日一日空いたところで特に問題は無い。それに次の依頼の指定場所までは遠いからな。明日はゆっくりこの街で過ごすというのも一つの手だ、と考えている。
「何にせよ、また明日もああいう取り立てが来たら宿でゆっくりというわけにもいかんからな。とりあえずお前らの代理として行ってみるよ」
「おじちゃん……大丈夫?」
「心配すんな。一応、俺は噴滅龍討伐の冒険者ムソウだ。向こうも下手なことは考えんだろ」
たまとジゲンはお互いの顔を見合わせ。そして、俺の方に向きなおり、頷く。
「分かった。ひとまずはお主に任せるとする」
「無理しちゃだめだよ……」
「任せろ」
心配そうなたまとジゲンの言葉に頷き、そう言って、俺はまた誰かの面倒ごとに首を突っ込んでやることになった。




