第11話―今後のことを決めていく―
しばらくするとホリーの体にあった傷は全てなくなった。
おお、凄いな。複数人とは言え、ウィズがハクビをやったときよりも早く、強力だ。ホリーが言っていたように精霊人の魔法、すげえな。
その後ホリーは精霊人の男達に運ばれていった。傷は癒えても、その他身に溜まった疲労などは魔法では取れないようだ。男たちに続き、フィニアたちもついていく。あれなら、問題ないな。
俺は、とりあえず、ロイドと門番を埋め、ワイバーン達の解体に取り組んだ。作業は何人かの精霊人も手伝ってくれたのでよく進む。
「……ムソウ殿」
ふと、俺は声をかけられたので振り返る。
そこには長く、白い髭に白い髪をした老人が立っていた。
「儂はこの集落のまとめ人じゃが、お主大丈夫なのか?」
その老人は、いわば、精霊人の長老だった。この地を管理する者達とは別に、精霊人の中で、決まった、精霊人の長老らしい。長老は、何か、俺に心配しているようだ。
「何がだ?」
「何ってこのままだと、レインからお主への討伐軍が来るじゃろ」
……あ、忘れてた。門番が、最後余計なことしてたな。それに、侍女頭の女が逃げたって言ってたな。
あの魔法は、騎士たちが使う伝令魔法の一つで、奴が使ったのは、「異常者有り」を知らせるものらしい。
その一報を見て、侍女からの報告をすれば王都も動くか。
「……今からあの女を追って殺すか?」
「もう、間に合わんじゃろうな。それに、ワシはもう、お主の罪が重くなるのは嫌じゃ」
俺の提案に、長老は苦い顔をする。
「ありがとうよ。とりあえず、話し合ってみるよ」
「大丈夫なのか?」
「俺が冒険者登録したマシロのギルドにも精霊人がいた。お前達が思ってるほど、人間も悪いやつは居ねえよ」
「ふむ……マリーとリリーとエリーじゃな。あやつらがギルドで働くと聞いたとき、ワシ含め村の大人たちはどれだけ反対したか。じゃが、あやつらの親がワシらをなだめ、なんとか認めさせたが精霊人の多くはまだ、人間を信用してない。此度の一件でホリーにも迷惑かけたな」
長老はホリーが居る家の方を向きながら、どこか後悔しているようにそう言った。ついでに、精霊人と、人族の関係について聞いてみると、森を切り開いて、街をつくる人間と、森に住む精霊人は、やはりというか、昔から、いざこざが絶えなかったという。
普通の人族が数を増やし、森や山を切り開いて、発展する一方で、精霊人と、精霊族も数を減らしていったそうで、現在、大地には、ここと、あと数か所くらいにしか、精霊人は存在せず、精霊族に関しては、ここ数千年物間、姿を見た人間はいないとのこと。
それで、精霊人は、人間に対して、元々良い目で見ておらず、今回の一件で、この森に住む精霊人は、特に人間に対して、嫌悪感を抱いていたという。
ただ、ホリーやマリー達は別で、そこまで、人間を嫌っておらず、マリー達に関しては、自ら関わろうとしたほどだった。そろそろ、そういった、種族間のわだかまりを解いて、人族という大きな種族全体で、纏まった方が良いとのこと。
そう言って、マリー達は、この森を出て、マシロのギルドで働いているという。なかなか殊勝な心構えだなと思っていたが、一つ疑問に思ったことがあった。
「あいつらの親は?」
「壊蛇の災害で死んだ」
ああ、迷い人によって倒されたっていう天災級の大魔獣か。
「あの時も、ホリーは耐えていたな。目の前で親が死に、それでもあやつは泣かず、じっと耐えていたな」
「……そうか」
ホリーはすでに、その頃から、強い人間らしいな。
……俺とは、大違いだ。
「……さて、話し合うというのなら、ワシもムソウ殿に協力するとしよう」
長老は、ニッと笑って、俺の顔を見てくる。
「いいのか? 俺の問題だぞ」
「元はと言えば、ロイドがワシの留守を狙ってここに居着いたのが問題だ。それにこれは、精霊人の問題でもあるからな」
聞けば、ロイドがここに来た時、長老は世界中を回りながら、人族や魔物族が傷つけた大地を直すという作業をしていたらしい。
しかし、帰ってみれば、ロイドが、自分の家を壊し、そこに、あの屋敷を建てて、我が物顔でこの集落を支配していたという。
無論、文句はあったが、ワイバーンを連れたロイドに、何も言えず、自分はひっそりと、村の隅で暮らしていたそうだ。
村の者達が衰弱していき、ホリーが一人、矢面に立っていても、長老という立場上、何も言えず、黙っていた矢先、俺が現れ、ロイド達を殺したことで、こうやって前に姿を現すことが出来たらしい。
今回の一件は、精霊人の問題と言う長老の言葉に、俺は、安心して頷いた。
「わかった。じゃあ俺もできる限り暴れない」
「当然じゃ!」
そう言うと、長老は俺に背を向け歩き出す。
「……なあ、アンタは俺のこと恨んでるか?」
俺はその背中にそう言った。そうは言っても、俺はロイドと同じ、人族だからな。それに、余計な問題も増やしたという責任がある。実際の所はどうなのかと聞くと、長老は振り向き、フッと笑った。
「大恩人を恨む馬鹿者がこの世にいるか?」
長老は、大声でそう言って去っていった。
俺は何だか恥ずかしいような、照れ臭いような気がして、顔が熱くなった。
……いかんいかん。さあ、作業を再開するか、とワイアームに向かうと、手伝っていた精霊人達がこちらをみてニコニコしていた。
コイツ等……聞いていたな?
恥ずかしいところを見られてしまったな。
「おら! お前ら、手が止まってるぞ! 早く済ませねえと日がくれるぞ!」
「「「「「ハイッ!」」」」」」
俺の言葉に、近くに居た者達は、笑って、頷いた。さっきまで、脅したりして、どうなるかと思ったが、コイツ等も長老と同じ思いのようで、どこか、安心していた。
◇◇◇
「ふう、こんなもんか」
俺は解体されたワイアームの素材を並べる。
鱗はあるがさすが幼生だけにそんなに固くなかったな。皮はあまり変わらなかったが。翼……というか、翼膜も牙も爪も何かには使えそうだな。それに、肉も食えそうだ。実際、蛇なら食ったことがある。少し硬いが、淡白で美味しかったのを思い出す。
「これを売るとどれくらいの金額になるんですかね?」
隣にいた精霊人(俺に皿を投げた奴)はそう言ってきた。
「さあな。ただ、まだ売らない。異界の袋に入れて、レインからの使いに渡すつもりだ」
「なるほど。それでしたらムソウさんの罰もある程度は軽くなりそうですね」
減刑か。確かにそれも目的のひとつだが、重要なのはそこじゃない。
「もちろん、その目的もあるが、第一にこの森にこれだけのワイアームが居たことを伝えなくちゃ話がこじれてくる。最悪、嘘つき呼ばわりされて向こうが攻撃を仕掛ける可能性も考えなくてはな」
「そうですね。ロイドの金儲けにこの森だけでなくこのマシロ領全体が危なかったことを知らせるには証拠がないといけませんからね。ヒュドラも出たし」
精霊人は胴体だけになったヒュドラを指差す。
ちなみにヒュドラの胴体は手付かずだ。解体したらなにがなんだかわからなくなる。
「まあ、そういうことだ。さて、俺はホリーの様子を見てくる。そのあと酒場に行って飯を食うが……」
俺は目の前の精霊人を見る。
「な、何ですか?」
「……追い返すなよ」
俺がそう言うと、隣の精霊人と、酒場の主人は慌てて首を横に振った。
「しませんよ!じゃんっじゃんっ食べてください!」
「ははっ、冗談だ。じゃあな!」
俺は、何だか、安心したような精霊人の者達に手を振って、ホリーの元へと行った。
◇◇◇
ホリーの所へ行くと、ホリーはフィニア達、子供達と遊んでいた。
「調子はどうだ?」
「はい、もうすっかり」
ホリーは腕を上げなら、元気そうな顔をした。どこも、傷は残っていないし、跡も残っていない。治癒魔法というのは、回復薬と同じで、便利なものだな。
「私たちが治したんだから、当然!」
と、フィニアを始め子供達が胸を張る。
コイツらには感謝しかないからな。
あの場所で、あの状況でよく来てくれた。
本当に感謝してる。
俺はフィニアの前で膝をつき、
「本当にありがとう。皆のおかげだ」
と、感謝の気持ちを素直に言い、頭を下げた。
すると、フィニア達はキョトンとしたかと思うとなにやら慌て始める。
「べ、別に大したことじゃないから!」
「それでもホリーを助けてくれたこと感謝する。俺は敵を殺せても、味方を治すことはできないからな……本当にありがとう」
「だから、止めてって言ってるじゃない!」
フィニアは声を荒げた。え、何かまずいことを言ったのかと首を傾げていると、フィニアは、口を開く。
「……私たちはおじさんが居なかったら……あんな行動しなかった……私はホリーを……見捨てるところだった……。
でも、おじさんが皆を脅してまでホリーを助けるのを見た……だから私はホリーを助けることができた」
フィニアは俺を見て言った。他の子供達もフィニアの言葉に頷いた。子供ながらに、色々と考えていたんだな。
「……なるほど。お前らは俺が居たから出て来れたんだな。精霊人の大人よりも強そうな俺がいたから」
「そうよ」
「だから礼は要らないというのか?」
「……そうよ」
フィニアは淡々と告げる。
俺が居たから、俺だったから私たちは出れた。私たちの思いを叶える為に俺を利用した。だから憎まれることはあっても礼を言われる筋合いはない、そう言っているのだ。
フィニア達の言葉に、理解は出来るが、納得は出来ない。そういう話ではないと思っている。このあたりは、まだ、子供のようだな。
「だけどな――」
俺が言いかけると、ホリーがフィニアの肩を叩いた。
「……それでも、私は生きてるよ?」
ホリーは優しく、フィニア達に微笑む。
フィニアは目に涙を浮かべた。
「……でも!」
「……皆が私に石を投げてるとき、何も出来なかったことを悔やしがっているの?」
ホリーの問いにフィニアは小さく頷く。気丈に振舞っていても、例え、俺と年が近くても、大人たちには逆らえない、ということか。
フィニアは集落でホリーが村八分にあっているのを知っていた。
異を唱えるフィニア達の言葉も「子供」だからと相手にされなかった。
フィニアは自分にもっと力があれば、と考えるようになり、自分の非力を恨んだ。……ということらしい。
だが……
「悔しがることはないよ。だって私は、生きてるから。フィニアちゃん達やムソウさんのおかげで」
ホリーはフィニアの頭を撫でながら、そう言った。事実だから、何も言えない様子の、フィニア。すると、目に涙を浮かべ始めた。
「うっ……うぅ……」
そのままフィニアは泣き崩れた。
俺はフィニアに近付き肩に手を置いた。
フィニアは泣きながら、顔を上げて、俺を見る。
「……お前が、俺に納得しないならそれでも良い。
……ただ、もし、お前らがどうしても困ったことがあったら俺に言え。必ず助けてやる」
フィニアが、俺の感謝を受け入れないなら、俺の勝手にさせてもらう。俺の恩人を助けてくれた、フィニアが困っていたら、助ける。それだけで良い。
フィニアや、その場に居た子供たちは、涙を流しながら、ゆっくり、小さく頷いた。
「う、うん……」
……約束だからな。
「……さ、皆。私はもう大丈夫だから、お家にお帰り」
ホリーは子供達にそう言う。子供達は、泣き止み、わかったーとか言ってそれぞれの家に帰って行く。フィニアは俺に小さく手を振った。俺も手を上げるとフィニアも帰っていく……。
部屋には俺とホリーしか居なくなった。
「……だいぶ、元気になったじゃねえか」
「あの子達のおかげです。フフっ」
ホリーはニッコリと笑いながら、腕を上げて、軽く背伸びをする。
「……あんまり無茶するなよ。一つ間違えたら死んでたぞ」
「はい。……すみません。でも、結果としてあの子達の未来を救うことが出来ました。全てムソウさんのおかげですが……」
ホリーは俺を見ながら
「本当にありがとうございます」
と、頭を下げた。
「いや、良いって。お前の言葉があったから俺も動けたんだからな。それに、余計な問題事を引き起こすことにもなったし」
「討伐軍の話ですね。確かに心配ではありますが、ちゃんと説明すれば向こうもわかってくれるはずです。だから、一旦落ち着きましょう」
「ハハッ、まあ、そうだな。あんまり気を張ってても仕方ねえか」
俺は少し肩の力を抜くことにした。ホリーの言う通りだ。王都にはロイドみたいな奴はそう居ないだろ。戦争なんてことは起こらないと思うし、起こさせない。……絶対に。
「しかし、お前は他の精霊人と違って、人間をあまり敵視してないんだな」
「お姉さん達の影響ですね。たまに届く手紙には冒険者さんたちの活躍が書かれていたり、ギルドの他の皆さんのことも書いてあって、スゴく楽しそうなんです。それを見て、人間って皆が言うようなものじゃないんだな、と思うようになりました」
まあ、そうか。そう言えば、あいつらもそうだよなあ。マリーとエリーは、もちろん、リリーなんかはスゴく人懐っこいし。あいつらの姉妹ならそりゃ当然か。
「お、そういや、お前の手紙、俺も見たぞ」
「え、ああ……」
ホリーは一瞬驚いたが、何のことか理解すると一人納得していた。マリーが見せてくれたホリーからの手紙……。
あれには、ホリーの必死さみたいなものも感じ、俺もマリーたちのためにどうにかしようと思ったんだよな……
「マリーさんは、まだ会って間もない俺のこと信用して、見せてくれたみたいだったが良かったのか?」
「……姉さんが信頼したのなら大丈夫です。それに……そのおかげで、今こうしていられるのですから……」
そう言ってホリーは俺を見て微笑んだ。ホリーはずいぶんと姉妹たちのことを信頼しているみたいだな……。
「お前達はほんとに仲良いんだな」
「ええ。……特に妹のエリーたんが大好きなんです。両親に怒られた時も、姉さん達と喧嘩したときも妹はずっと私を慰めてくれましたからね」
ホリーは目を輝かせてそう言った。何か、面倒なことをしたなあと、思ってしまった。
「そ、そうか」
このまま、エリーの話を延々と聞かされるのかと覚悟したが、どうやら、安心しても良いらしい。ホリーはクスっと笑って、俺の顔を見てくる。
「まあ、姉妹のおかげで私はそこまで人間に悪い印象はもっていませんし。今回の一件でますます、人間が好きになりました」
「ん?」
「信じていればいつかきっと誰かが来てくれる。そんな希望があるということをムソウさんのおかげで知ることが出来たのです。私だけではありません。他の精霊人達もそう思ってるはずです。今回の一件から精霊人達の考えも良くなってくれると信じています」
ホリーは俺にそう言った。
厄介事をまた、持ち込んでしまったと考えていた俺は、スゴく気が楽になった気がした。
◇◇◇
「……さあ、元気になったことですし、ご飯でも食べに行きましょ!」
「ああ、そうだな」
そうして俺はホリーと共に酒場に向かう。歩けないなら、おぶさってやろうかと思ったが、ホリーは軽快に自分の足で歩いていく。嬉しそうに飛び跳ねている様子を見て、ホリーもまだまだ子供らしいところはあるんだなあと笑っていた。
さて、酒場は既に盛り上がっているみたいだ。皆、笑顔で思い思いに酒を飲み、ご馳走を食べている。
「あ、ムソウさんだ!」
「ホントだ! ホリーもいる!」
何人かの精霊人が俺たちに気付く。すると、他の精霊人がこちらを向いて
「「「村を救った英雄たちに乾杯!」」」
と、言って盃を上げて、赤ら顔に満面の笑みを浮かべる。
俺たちはキョトンとした。すると奥から酒場の主人と長老がやって来る。
「いやあ、ムソウさんが今晩、ここに来ると聞いて慌てて、用意しましたよ」
「なんだ、これは?」
「何ってムソウさんの祝勝会ですよ。ささっ、席は用意しております。どうぞこちらへ」
主人は俺の手を引っ張り奥へと連れていく。
「あ、ムソウさん!」
ホリーは目を泳がせてオロオロしていた。
「ホリーの席も用意しておる。さあ、ついていきなさい」
長老が笑顔でそう言うとホリーは俺についてきた。
俺たちが席に着くと、長老が乾杯の音頭をとる。さっきまでお前らもう呑んでいたよな?まあいいか。
「……ロイドによってもたらされた、不幸の連続は今日、終わった。死んでいった同胞達の無念もきっと晴れるじゃろう。じゃが……その間にホリーにも色々迷惑をかけた。この場を借りて謝罪したい」
そう言って、長老や、他の精霊人たちが頭を下げる。ホリーは一瞬目を見開いたが、すぐに慌てて、
「も、もう、大丈夫ですから!皆さん、頭を上げてください!」
と、しどろもどろになりながらそう返した。
「本当にすまなかったな。……さて、ロイドの死によりこれから、王都からムソウ殿へ討伐軍が来る可能性が高いと思うが今は、喜ぼう、歌おう、食べよう、呑もう!こんなときくらい皆で楽しもうではないか!」
「「「オーーー!」」」
「これからの未来に乾杯!!!」
長老がそう言うと、皆、盃を高く上げた。
ふう、ようやく飯が食えるな。思えば、朝から何も食ってないからな。腹ペコだ。
横を見ると、ホリーはまだ固まっている。
俺はホリーの頭を撫でた。ぴくッと体を震わせてホリーはこちらに顔を向ける。
「いつまで固まってんだ。病み上がりなんだから食っとけ」
そう言うと、
「……はい」
と、笑顔になって答えた。
そして、俺達も飯を食べ始める。そういや、昼から何も食べてないな……。酒もあることだし、心配事は忘れて、今は俺も腹を満たすかな……。そう思い、出された料理を食べていく。
だた、俺とホリーが飯を食べていると精霊人達がやって来ては話しかけてくる。皆、感謝や、昨日の謝罪など俺達に言ってくる。
正直、落ちつかない。そう思っているとフィニア達が俺達の前に来て精霊人達を引き離してくれた。ホリーをこまらせるなー!と言っていた。
……あれ、俺は?
まあいいか。助かった。これで落ち着いて、飯を食べ始めた。基本的には森の種族らしく青物が多かったが中には肉などもあった。
うん、美味い。野菜などは新鮮でシャキシャキしてるし、肉も脂が程よくのっていて、久しぶりに、良い食事という感じだ。
また、酒も美味い。「わいん」という、果実を発酵させて作ったものらしく、少し渋めだが果物の香りが心地良い。
俺は一杯、また一杯とわいんを口に運ぶ。
「……ムソウさん、お強いですね」
ホリーが俺を見ながら心配するような目で言った。
「ん? 誰かと比べたことないから強いかどうかは知らない」
「ワインをそんなに呑む人初めてみましたよ……」
俺の言葉にホリーはすこし困ったように言う。
「……なんだ?」
「いえ、ワインは酒精がすこし強いのでほどほどにした方が良いかと……」
「ん? そうなのか。じゃあ、もう三杯も飲んだらやめとくか」
ホリーの前で、何度も、盃を口に運ぶ。
うん、やっぱり旨い。それを見てホリーは、はあ、とため息をしたが、すぐにまた飯を食べ始めた。
それから宴会はどんどん盛り上がっていった。
かくし芸披露の催しもされ、精霊人達は自分の特技をそれぞれ行う。
ある者は躍りを、ある者は歌を、またある者は剣舞など様々だ。
すると、長老も前に出る。長老は呪文を唱えると、魔法で小さな虎のような生き物の形をしたものを創る。
それは辺りを飛び回り、ぱあっと消えた。精霊人たちからは歓声が上がる。
長老、やるじゃねえか。
俺はそれを見ながらわいんを飲み続けていた。
「いやあ、どれも素晴らしいものだな!」
少し陽気な気分になった俺が言うと、
「やっぱり酔ってきているみたいですね……」
と、ホリーは呆れたように言った。
「だから、言ったじゃないですか。ほどほどにした方がいいですよ、と」
「何を言う。俺はまだまだ全然いけるぞ! というか、酔ってすらねえよ」
「はぁ……酔ったら人が変わると言うのはムソウさんにも言えることなんですね。……また一つ勉強になりました」
ホリーはため息をつき、頭を抱える。いや、だから酔ってないって言ってるだろう。
「おや、ムソウ殿も大分出来上がってるようじゃな」
そのやり取りを見て、芸を終えた長老が近付き、俺の顔を覗き込んでそう言ってきた。
何だか、ムッとするなあ……。
「ああもう! なんだよ! まだ俺は酔ってねえぞ!」
「ほう! ならばムソウ殿も何かして見せてくれるな? お主の言葉に嘘がないなら何かできるじゃろう?」
長老の言葉に、俺は唖然とした。何を言っているのか、まるで分からない。
「……えっ!?」
「何を慌てておる。酔ってないと言うならお主も何かするがいい」
「それは良いですね!皆も喜びます。ムソウさん、もちろんやりますよね!?できなかったり断ったりしたら、もう、お酒は無しですよ?」
長老の提案に、ホリーもニッコリと笑った。その言葉に俺は
「……仕方ねえな。やってやるよ」
と、二人の言うことを承認した。
「そうか! ……皆の者! ムソウ殿も芸を披露するみたいだぞ!」
「スゴく面白いらしいですよ~!」
ホリーと長老は大きな声で皆に言うと
「おお!ほんとか!?」
「ムソウ様の芸か。楽しみだ」
などと言い、皆の輝いた目が俺に向けられる……。
余計なことを言いやがって……そんな目で見るなよ。
「はあ~、わかった。逃げられないもんな。んじゃあ、ちょっとこの薪を借りるぞ」
俺は調理場にあった薪を手に取る。
かくし芸って訳ではないが特技ならある。それをしようか。前の世界でも戦の後や、普通に生活するのによく街中でやって金稼ぎしてたからな。
「誰か短刀とか持っているか?」
俺は精霊人に聞いた。すると酒場の主人が狩りや調理の時に解体用に使うという短刀を持ってきた。
うん。きれいに手入れされているな。問題ない。
「では、行くぞ。瞬きするなよ」
俺は薪を上に投げた。そして、落ちてくる薪を短刀で切り付けていく。
シュッシュッ
切るというよりは削っていく感じかな。以前やった時よりも、よくできている気がする。剣術スキルのおかげかな……。意識して使ったことないけど……。
シュッシュッシュッ
精霊人たちは皆、空中でどんどん小さくなっていく薪に注目している。ホリーと長老なんかは目と口を大きく開けて唖然としているようだ……。
シュッシュッシュッ
その後もしばらくその作業は続く……。
……
「……さて、こんなものか」
俺は最後の一刀を木に入れると、薪だったものを高く上げ、そのまま手に取った。
そこには手を合わせた女性の木彫り像が出来上がっていた。
「うわっ、一瞬で木彫りの置物ができた!」
「しかもすごく精密だ! 顔の表情までわかる!」
「これだけのことをやるとは、さすがムソウ様だ!」
精霊人たちは手を叩いたりしながらそう言ってる。
これが俺の特技、空中早彫りだ!
どうだ! とばかりに長老とホリーにも見せる。
すると、
「……いや、最初は酒を止めさせるために、言ったのだがここまで見事なものをつくる、というかされるとなあ」
「ほんとです。……悔しいです」
二人は、何故かしょんぼりしている。
おいおい、せっかくやったんだ。もう少し喜んでくれよ……。
「でも、ムソウさん、本当に酔ってなかったんですね。酔っていたらここまで精密にできませんよ。疑ってすみません」
「いや、ちょっと失敗したなあ。やっぱり少し酔っているみたいだ。ホリーの言う通り、もうやめとくかな」
「ほんとですか? では、そうしてくださいね」
と、言ってホリーは俺の作った木彫りの像を見ていた。なんか子供が店先に置いてあるものをもの欲しそうに見ているような、そんな目だ……。
「欲しいのなら、やるぞ」
「……えっ!? いいのですか?」
ホリーは目を輝かせた。分かりやすいなあ、コイツ。
「ん? ああ。これまでのお礼だ。」
「ありがとうございます!」
親から何かをもらった時の子供のようにホリーはぴょんぴょんと跳ねている。
それを見て俺は笑った。
フィニアたちも笑っている。
ほかの精霊人や長老も笑った。
ホリーはそれに気づくと顔を赤くして座り込んだ。
ますます俺たちは笑う。
「さあ、皆の衆、まだまだ食うぞ!」
長老がそう言って、宴会はなおも続く。
◇◇◇
その後、宴会は終わり、俺はまた、ホリーの家に泊めてもらうことになった。何人かがうちに来てくれと言っていたが、慣れ親しんでいるホリーと一緒のほうが何かといいし、精霊人が妙に気を使っても困るからな、と俺は断った。
家に着くとホリーは先にお風呂に入った。
そう、実はこの集落にはお風呂に入浴するという文化があった。温めたお湯を小さめに(といっても人が一人入れくらい)くりぬいた木の中に入れる。俺の世界にあった、鉄製の大きな容器に水を入れて、薪をくべて温める形式の風呂と違い、下から火を当てて温めることはできないが、火炎鉱石という熱を含んだ石や、火の魔法を使い、保温ができるというのだ。木から成分が溶け出し、なかなか入り心地はよいという。
便利だな。俺もいつか自分で買ってみて、試してみよう。魔法は使えないが、火炎鉱石くらいは、扱えるだろう。
ホリーがお風呂に入っている間、俺は無間の手入れをしようと、手に取ったが、欠けや汚れは見当たらなかった。一応人や、鎧を切ったが、大丈夫そうだ。血糊も……ついてないな。
俺は無間を床に置き、横になった。
そして天井を見つめる。そしてこれからのことを考えた。
……さすがに明日、明後日は来ねえよな。王都からここまで結構な距離があるみたいだし。
魔法は届いているみたいだが、あの侍女が王都に行くのも早くて3日後と言っていたな……。なら、ここに討伐軍が来るとしたら、早くて四日ってところかな。
あ、そういえば、討伐軍ってことはマシロの冒険者もくるのかな。ハクビたちうまくやってるかな。ロウガンにも迷惑をかけないと言ったばかりなのにな。すべてが終わったら、謝っとこう。というか、俺、冒険者に戻れるのかな。
なったばかりなのに……。これで冒険者剥奪になったら、本当にどうしようか……。
……まあ、今考えても仕方ないことはもう考えないようにしよう。
さて、四日もあれば、いろいろ準備ができるな。みんなが言うように今のところは安心して待っておこう。明日からは少し忙しくなるな。
などと考えていると、
「あ、ムソウさん。もう入れますよ」
ホリーが出てきた。
「……おう」
「お着替えは置いてありますので、着物は別に置いておいてくださいね。明日洗っておきます」
ああ、確かにここに来てから着っぱなしだな。そろそろ洗っておくか。
「助かる」
俺はホリーにそう言って風呂場へと向かい着物を脱ぎ、風呂へと入った。風呂は屋外にあり、露天風呂となっていた。
浴槽に体を入れると風呂はちょうどいい湯加減で、ここ最近の疲れがじんわりと溶けていく。ヒノキにも似た木の香りが俺をさらに癒す。
酒も入っていて、あまり意識していなかったのだが、俺って疲れていたんだなあ。……まあ、そうか。この世界に来る直前も戦っていて、この世界に来てからも直後にワイバーン、スライム、ロウガン、オオイナゴ、ハクビ、そしてワイアームと戦いが続いたからな。
すごく戦いが続いている気がするがまだ、10日も経ってないんだよなあ。と星空を見上げる。……が木の枝が邪魔してよく見えない。
一応、村の広場とかは開けていて、日の光とかも入っていたが、もとが木の洞だもんな。仕方ないか。ふう、と手拭いで体中を洗う。
そして桶で体を洗い流し、俺は風呂から出た。
ホリーが用意してくれた着物に袖を通す。精霊人の男物で、色々な鳥や、鹿などの模様が入ったも、綺麗なものだった。
大きさはすこし小さいが、そこまで息苦しさは感じない。
よし、と俺は着替えを終え、家に入る。ホリーは明かりの前で本を読んでいた。
「出たぞー。って、何読んでんだ?」
「あ、ムソウさん。フフッよく似合ってます。これは薬の調合書ですよ。今ちょっと勉強してて……」
ホリーは、その本の中を開いて、俺に見せてきた。ホリーはスキル調合と調理を持ち、何か役立てられないかということで、集落にもあまりいない薬師だそうだ。森に生えている薬草や木の皮、虫、魔物の素材を使って薬を作るという。
そういえば俺も持ってたなこの二つのスキル。
「……なあ、しばらくの間、ここに滞在する予定だから時々でいいから教えてくれないか?」
俺はホリーに頼むと
「まあ、ムソウさんも調合スキルをお持ちなのですね。でも私よりも長老に聞いたほうがいいですよ。私の師匠が長老ですから」
と言った。
ああ、なるほど。だからホリーに石を投げていた時に姿が見えなかったのか。あの爺さん、突然俺の所に来ていたもんな。そういうことか。
皆から差別を受けていても、思うところはあったんだな。
少し長老を見直した。
「……じゃあ、明日、打ち合わせの時にでも聞いてみるよ」
「ええ、ぜひ!」
俺とホリーはそう話した。
「……ところで、ムソウさん?」
「うん?」
「ムソウさんは今、好きな人っていますか?」
……ん? 質問の意味が分からない。いや、意味は分かるがそれを聞く理由がわからない。今それか?
世界が変わっても女っていうのは人の情事というのが気になるものらしいな。
はあ、この手の話っていうのはなかなか苦手なんだが。
「今は、いない」
「今は?」
「……ああ。昔はいたな」
俺は窓の外を見ながら、ホリーに答えた。
「へえ~。それってどんな人だったんですか?」
「どんなって難しいな……」
「私たちの姉妹でいうと誰に近いですか?」
ホリーは俺に追及する。
こいつら姉妹のだれか?面倒見がいいマリーさんか、お調子者のリリーか、ちょっと子供っぽいエリーか、しっかり者のホリーか、かあ。
う~ん悩むなあ。だが、どれだと言われると
「リリーかな。あのいい意味でも悪い意味でもなれなれしい部分はそっくりだ」
と、答える。
「そ、そうです……か」
何故かホリーはガクッと頭を下げる。
「……ムソウさんもああいう男に媚びるようなのに惹かれるんですね……」
ホリーはとんでもない誤解をしているようだった。
「いや、違う!リリーは男全員にも媚びてそうだが、そいつは違った。ほかで目にするときはマリーさんやホリーに近い大人の女性としてふるまうが、俺にはなれなれしく、時々子供みてえな悪戯もしてきたからな」
「私が大人の女性!?……コホンッ。それは置いておきましょう。え~じゃあ、本当にどんな人なんですか?」
う~んなんか面倒なことになってきたぞ。
昔のことを話すのも苦手なんだが、仕方ないな……。
「……わかった。長くなるが話そうか」