第12話 ムソウの過去―昔のことを語る―
今回は過去編!
俺はホリーの問いに答えるべく、昔の話を始める。ホリーは俺が迷い人というのは知らない。
俺も面倒ごとを避けるために明言はしていない。だからその辺りはやんわりとごまかすようにした。
さて、俺は、とある村の近くの山に2歳くらいの頃、捨てられた。もちろん記憶は定かではないが、飢饉によって村はどんどん貧しくなり、それを食い止めようと神に生贄にされる……という名目の食い扶持減らしだったみたいだった……。
そんな俺を拾ったのは付近の山賊や盗賊を巻き込んで結成された傭兵集団「闘鬼神」だった。
闘鬼神は盗みや殺しをしない代わりに領主から金子を受け取り、その要望に応え、村々を襲ったり、他国から敵が攻めてきた際には戦に参加する集団であった。国の中では、知らぬ者など居ないと呼ばれたほどの部隊だが、その実は、ほとんど、山賊のようなものだった。
また、戦がないときは領主からの依頼で他の山賊や、近隣の村を襲ったりもしていた。
何故、こんな物騒な集団が出来たかと言うと、俺達が居た国では、村々の経営において、その村を治める者がなにかしら不正を働くことが多くあり、国の領主の頭を悩ませる村が多くあるような国だった。
ゆえに、領主は闘鬼神に金を払い、そんな村々を襲わせるということをしていたという。
ひどい領主の話のように聞こえるが、実際は違う。襲われた村の住民は、領主が直接管理する地域に移住させられきちんとした税を払うために、働かされるか、村を管理していた者を討伐した後は、残った者の中から、新しい管理者を選ぶか、に分かれる。
実際、領主に頼み込んで闘鬼神に自分たちの村を襲わせる者も多くいた。
そして、その時もちょうど、俺の生まれた村を襲う途中だったという。
俺の村は元々、地主に納める税が他の所より高く、村人たちの手元に残る金子や食料は微々たるものだった。そこに訪れた日照りや冷害などの自然現象により、村全体が飢えていた。
その結果、働く者が生き残るように、まだ小さく、飯ばかりをねだる俺が捨てられたってわけだ。
まだ小さかった俺が、もう、顔も覚えていない親に、捨てられ、山の中で座り込んでいるとき、闘鬼神の頭領と手下の男が俺を見つけた。
「……お、頭領! こんなところにガキが居やがるぜ」
「フンッ! どうせ捨てられでもしたんだろう」
「かもしれないな……それじゃあ、そこの村を襲うのはやめるか……?」
「だなッ! 行っても何もないだろうからな。しかし、とんだ無駄足だったぜ」
「……で、お頭、このガキどうします?」
「ほっとけ、どうせすぐ死ぬだろう」
闘鬼神の頭領とその手下は行こうとする。その時、俺はそいつらに落ちていた木の棒を構えたという。
「……ほう? 俺たちに武器を構える馬鹿が、まだいたか」
頭領は足を止め、俺を見てきた。そんなもので、何になる、と言った感じに、俺を嘲笑う目で、ジッと見ていたという。
「頭領! 何やってんだ? 先に行くからな!」
そう言って、手下たちは山を下りていく。
残ったのは俺と闘鬼神の頭領だけだった。俺は大刀を背負っている、頭領に、ただの細い枯れ木を向けて、殺気を込めて、睨み続けていたという……。
「……おい、ガキ。武器を構えたということは、俺に殺されても文句は言わねえってことだよなあ」
「……」
頭領と俺はしばらく睨み合う。だが……
「……ぷっ……ククク! アハハハハハハハハ!」
その時、ふと、頭領は突然大声で笑った。
「……お前、面白いなあ……よしッ! お前を連れて行こう! なんか面白いことが起こりそうだからな!」
そう言って、俺はそいつにさらわれていった。俺は何も抵抗していなかったという。というか、頭領に、抱えられた瞬間、意識を失ったと聞いた。
そして、その日から、俺の傭兵暮らしが始まった。最初は何もできなかったが、5歳くらいになると水くみ、火おこし、武具の手入れなどをされるようになった。
「よう、ガキッ!そろそろお前に剣でも教えようか」
と、ひげ面のおっさん、頭領と共に俺を見つけた奴が陽気に言ってきた。
「……」
俺はそれを無視し、武具の手入れを続ける。正直、面倒くさかった。
……というか、この時は、まだ、こいつら、特に、このオッサンが嫌いだった。頭領よりも弱いくせに、何かにつけて、絡んでくるこのオッサンが、大嫌いだった。
「チッ! いくつになっても不愛想だな……」
おっさんはそう言うと、刀の素振りを始める。勝手にやってろ、と思いつつ、俺は気になって、遠くからそれを見ていた。
そして、おっさんの稽古を見ているうちに、武芸を覚えた。人に教わるより自分で見て、武芸も作ったほうが楽だと、必死に武術を覚えていった。
そして、10歳になった頃から、戦にも出るようになり、幼い身でありながらも、大人たちを殺していく様に、俺は「小鬼」、闘鬼神の奴らや敵からは「餓鬼」だのと呼ばれるようになっていった。
「ひっ!? こんなガキに……!」
「……」
そう……俺はそのころから、人を殺していた。刀を俺に向ける奴。矢を俺に向ける奴。
……戦に出れば、周りは敵だけだ。……なら、斬るだけだ。生きるために……そう、生きるために、俺は眼前の敵をただ、斬っていった……。
……そして12、3の頃だったな、確か。……あいつに出会ったのは。
その時は、領主からの頼みで村を一つ落とす仕事だった。まあ、いつものように眼前の敵を斬り、家を焼き、抵抗しなければ老若男女問わず、さらっていく、という内容だ。
俺は、村の長に仕えていた兵士たちを殺していき、残った老人や、女たちを、頭領たちの元へ、送る作業をしていた。
そして、村の長の屋敷へと行き、金品を漁っていた時、偶然見つけた隠し部屋で、後ろ手に手を縛られた一人の女が横たわっていたのに気づく。女は俺の2、3ほど年上みたいだった。
髪は長くつ艶やかでで、所々、汚れていたが肌もきれいだ。だが、女の体のあちこちには暴行を加えられたようなあざや、擦り傷があった。
俺は近づいて、女の様子を確かめてみた。どうやら生きているらしく、弱く呼吸をしている。
俺はその女を抱えて、皆の居る所へと向かった。
「ん? オイ、ガキぃ、その女は?」
「……」
ひげ面のおっさんが俺に言うが俺はそれを無視して、頭領の前まで行った。
「おお、ガキ! 戻ったか! ってその女は?」
「……」
「無口は相変わらず治らねえな。……まあいい、見せてみろ」
俺は抱えていた女を、地面に置く。
「ひでえな。大方、奉公に来たこいつをいじめてたり、時には犯したりしてたんだろうな」
頭領は女の体を見ながら、やれやれと肩をすくめる。こんなことをしでかす奴が治める村なら、滅んだ方がマシだなと、子供ながらにそう思っていた。
「んで、ガキ。お前はこの女をどうしたいんだ?」
「……」
頭領の言葉に、俺は黙って、女のあちこちについていた傷を指さした。
頭領は、少し驚いたように目を見開いた後、俺の目をまっすぐ見てくる。
「……治したいのか?」
俺は、頭領の言葉に頷いた。すると、頭領は再び、やれやれと言って、頭を掻く。
「……はあ。わかった」
頭領は一人頷き、その女を連れて行こうとするが、先ほどのおっさんや他の皆は突っかかる。
「待てって頭領。ガキだけでも手いっぱいなのにこれ以上面倒ごとを抱え込むのはごめんだぜ」
「そうだ! ただでさえ金がねえのに、これ以上食い扶持が増えたら困るぞ」
俺が居て、手いっぱい? ……ふざけんなよ。テメエが、こそこそ街の遊郭に繰り出しているのを知っているんだからなと、おっさんに呆れた。
そして、俺は、グダグダ言ってくる皆を黙らせようと、前に立った。
「……ん?なんだやろうっていうのか?」
おっさんが、手をパキパキと鳴らしながら、俺に近づいてくる。すると、頭領は、フッと笑い、俺達の間に立った。
「おお、そりゃいいな。よしッ! 勝った方の言うことを聞いてやる。それから、負けたほうには何らかの罰を与える。どうだ?」
「ヘッ、そりゃいい。こいつはいっぺん締めとこうと思っていたんだ」
頭領の言葉におっさんは頷き、刀を抜く。
俺は、おっさんが、刀を抜いたことを確認し、ここまできたら、下がるわけにはいかないと思い、俺も、刀を抜いた。
「オラアアアアアアアッッッ!!!」
その直後、おっさんは俺に向けて、上段に構えた刀を思いっきり、振り下ろしてきた。
遅い……。一応はこいつの素振りや稽古を盗み見して俺も剣術を磨いた。いわば俺の師匠なのだが……太刀筋が遅すぎる。こいつ、よくここまで生きてきたな。
俺は刀を斜め下に下げ、そこから、思いっきり切り上げた。
ガキンッ!
大きな音を立てて、おっさんの刀が宙を舞う。
唖然とするおっさんの首に刀を向ける。遠くのほうで刀が地面に落ちる音が聞こえた。
「な、な、な……」
おっさんは口をパクパクさせながら俺を見る。
この勝負、どちらかが「降参」と言わないかぎり死ぬまで続ける。頭領はそういう奴だからな。
……なるほど、おっさんは降参する気はないらしい。何も、言わないんだからな。俺は刀を引っ込めた。
それを見て、おっさんは安心したのか、ふう~と息を吐く。
俺はそれと同時に思いっきり、おっさんの顔面に拳を叩き込んだ。
「ハガアアアアッッッ!?」
おっさんは鼻血を吹きながら後ろへ飛び、仰向けにに倒れた。
俺は、おっさんに馬乗りになり、今度こそ、俺に舐めたことを言わないように、何度も、顔面を殴っていく。
「ヒィ! ……や、やめ……」
顔中を腫らしながら、俺の前に手を出しながら、懇願してくるおっさん。
俺は立ち上がり、刀を持ったまま、おっさんに近づき、顔をめがけて刺そうとする。
「ち、ま、待ってくれ~~~ッッッ!」
おっさんは慌てて言うが、俺は動きを止めない。刀をゆっくり上げ、そのまま振り下ろす。切っ先がおっさんの顔面に迫る。
「こ、降参だあああああ!」
グサッ
おっさんが降伏の言葉を叫んだことを聞いて、俺は刀を地面に刺した。
顔色を青くするおっさんの前で、俺は刀を鞘に収める。
ふと、周りを見ると、皆、唖然としている。
「……やりすぎだろう」
「……こえええ……!」
「……あいつ大丈夫か?」
などの声がする。いちいちうるせえな。俺がそいつらを睨むと皆黙った。
「ヨォーシッッッ! この勝負、ガキの勝ちだ!」
頭領がそう叫ぶ。どっちかが死んでいたかも知れないのに、気楽なもんだなと、俺は呆れていた。
「んじゃあ、さっそく……おい、そこの女たち。この女の体の傷を治療し、体を拭いてやれ」
と、近くにいた、この村の女に向けて言う。
「……は、はい!」
女たちは頭領に睨まれ、すぐさま、行動を始める。
「おい、ガキ。こいつらが妙な気を起こさねえように、お前が見張れ。そもそもこいつはお前が担当だ」
「……」
俺は頷き、女達についていく。逃げたりしようものなら、その場で斬ろうと思っていた。
「さて……と。それで、お前はこの不始末、どう責任をとるんだ?」
「あ? なんのことだ?」
その場を立ち去ろうとする、俺の背後で、頭領とおっさんは、そんなやり取りをしている。
「……ガキが持ち込み、俺が言い出したこととはいえ、お前はガキを本気で斬ろうとしたな。……俺がそれを見逃すとでも?」
「そ……れは……」
頭領が睨みつけながらそう言うと、おっさんは震え出した。頭領の殺意に気付いたのか?
「……俺たちの中で仲間殺しは打ち首の刑だが、どうしようかなあ……」
「……!な、何でもするから!頼む!今回だけは見逃してくれ!」
と、おっさんは叫ぶ。へえ……というか闘鬼神にそんな掟あったのか……。
そして、頭領はこういう時も容赦ないんだなと、思っていた。
「……そう言われても、仲間を殺そうとした奴の言葉なんて信用できねえよな?普通」
そう言いながら、他の奴らへ視線を投げる。おっさんも懇願するようにそいつらに目を向けたが、皆視線をそらし、「我関せず」の態度をとっている。
そして、頭領は背中に背負っていた大刀を掴み、おっさんを強く睨みつける。
「本当です! 誓います! もうあんな真似はしねえから! 頼む! おれを――」
突然、おっさんは言葉を止める。見ていられなかった俺がそいつの襟をもって引きずり出したからだ。
「……ほう。ガキが罰を与えてくれるか。手間が省けるな。それにこの件に関してはガキに任せるって言ったからな……」
頭領はどこか納得したように、刀から手を離し、また作業に入った。
◇◇◇
村の女たちが、俺が拾った女の傷に薬を塗ったり、包帯を巻いていたりしている。また、着物を脱がし、体のあちこちを拭いている。
俺は奴らが女に危害を加えないように、あるいは逃げ出さないように監視を続ける。だが、それは杞憂だったようだ。女たちの様子は真剣そのものだ。俺が連れてきた女を回復させようと、必死になっている。
俺がその光景を眺めていると、横から、俺に負けたおっさんの声が聞こえてくる。
「――おい、ガキ。俺をどうする気だ?」
チッ……うるせえ奴だ。さっきまで震えていたくせに。
俺はしばらく考え、はあ、とため息を吐き、刀と手ぬぐい、砥石などを渡す。おっさんは目を白黒させながら、それらを手に取った。
「なんだこれ。俺に手入れしろって言っているのか?」
「……」
俺は無言でうなずく
「ま、まさか、これが罰か?」
「……」
さらにうなずくと、おっさんは笑いながら声を上げた。
「ハハハ! お前正気かよ!!! お前を殺そうとした奴を生かすなんて正気とは思えねえ!!!……ククク、気に入った。今日から俺はお前についていく! お前の指示には何でも従うぞ!良いなあ!!!」
……何でそうなるんだ……俺は困ったが、何を言っても無駄だろうと諦め、おっさんが俺の下につくことを認めた。
おっさんは早速、俺の刀の手入れをし始めた。
いつもとは、立場が逆だなあと思っていると、女たちが俺に話しかける。
「……一応処置は終わりました。あとは目覚めるのを待つだけです」
女たちは、すやすやと眠っている女を、心配するような目で見ながら、そう言った。
「しかし、あの嬢ちゃんはなんであんなに傷だらけなんだ?」
おっさんが女たちに聞くと、女たちは口々に話し出す。
なんでも、あの女は貧しい家の出身で、この村の地主の屋敷に売られたらしい。
その地主というのも俺の予想通り、ひどい奴で、毎日のようにあの女をいたぶり、慰み者のような扱いをしていた。また、声を上げると殴ったり、酷い時には木の棒で叩いたりして黙らせていたという。
また地主の家の者たちも女に無理難題を押し付け、出来なかったら罵詈雑言、酷い時には暴行なども与えていたという。
俺が見つけた時も、何らかの「お仕置き」で縄に縛れていたんじゃないかという話だった。
「……で、その地主の家の者や、地主は? ここにはいねえのか」
「私達の中には居ません。地主やその家の者はこの子が斬っていたのを見ました」
と、俺のほうを向く。俺が斬った奴の中にいたのか。ならもう、この女に関しては大丈夫だな。
「う……うん?」
突然、女のほうから声が聞こえる。
その瞬間、女たちはハッとして、駆け寄っていく。
「あれ、皆どうしたの? というか、どうしたんだっけ?」
「気が付いた? ……サヤちゃん、私たちの村が襲われたのは覚えてる?」
「え、あれは襲われていたんだ……助けじゃなかったんだ」
「何を言ってるの?」
起き抜けに放たれた女の一言に、皆、キョトンとする。
「……夢……だったのかな? 今日も、地主様を怒らせちゃって、閉じ込められていたんだ。
でもおなかがすいちゃって……そのまま寝ちゃったの……。ふと気が付くとね、誰かが私を運んで外に出してくれたんだあ。私を抱えていた手……すっごく暖かかったんだ」
サヤと呼ばれた女は女たちにそう語る。起き抜けによく喋るなあ。あの様子なら、もう、心配ないだろうと、思っていると、女は更に続ける。
「……私ね、その人が私をここから出してくれる人なんだって思って、安心して、そのまま寝ちゃったの……」
サヤはにこりと笑う。その顔を見ながら、女達は目を見開き、サヤを抱きしめたり、よく頑張ったね、と言いながら、頭を撫でていた。
どうやら、女達と、サヤは仲が良いようだ。しかし、相手が地主ということもあり、サヤがひどいことをされていても、何も言えなかったのだろうな。
「で、私は今なんでここに……。ってこれは?」
サヤは自分に巻かれた包帯を見て、不思議そうな顔をする。
そして、辺りをキョロキョロと見て、ふと、俺と目が合い、ジッと見つめてきた。
サヤは俺をジッと見続けて、周囲の女たちに不思議そうな顔を向ける。
「……ねえ、あの子はだあれ?」
「あの人たちはこの村を襲った人たちの仲間よ。
そして、あの子が貴女を治すようにって頭領さんに頼んで、そして……」
女たちはサヤに説明を続ける。ここまでの経緯を話しているようだった。
俺とおっさんは、怪我の割には、起きしなに良く喋るし、身体の具合も良さそうで、安心していた。
「……思ったよりも元気そうだな」
おっさんの言葉に頷く。話によれば、昔からわんぱくなお転婆だったそうで、あの程度のけがは苦でもなく、一番つらいのは腹が減ることと、教えてくれた。
やれやれと思っていると、、どうやら、説明は終わったらしい。
そして、サヤは皆に頷き、スッと立ち上がって、俺達の居る場所まで歩み寄ってくる。
「……話は聞きました。傷を癒すようにしてくれたことには感謝します。しかし、私たちはこれからどうなるのでしょうか?」
と、聞いてきた。
「……」
俺はまた、黙っていた。
「……一応な、人買いか、あるいはこの辺りの領主の屋敷に奉公されるような手はずにはなってる。まあ、若しくはここに住み続けるか、だが」
「なぜ、領主様が?」
「この村の殲滅はもともと領主の依頼だ。なんでも街道を作るのにここが邪魔だったらしいが地主が首を縦に振らなかったのが原因と言ってたがな」
「そのためだけに、村を……」
女たちのすすり泣く声が聞こえる。もちろんそれも理由の一つではあるが、元々は先ほどの地主の高額の徴収に、我慢が出来なくなった村の住民たちの懇願だ。俺達が非難される謂れは無い……。
「では、私たちはこれから売られるということでよろしいのでしょうか?」
「まあ、そうだ――」
俺はおっさんの肩に手を置く。すると、おっさんは眉を顰めながら、こちらを見てきた。
「なんだよ、お前。まさか、本当に……?」
「……」
俺はサヤを見る。
「……どうしました?」
不思議そうな顔をする、サヤを促し、女たちについてくるようにさせて頭領の元へと向かった。村の連中を檻車に入れていた頭領は、俺達に気付き、顔を向ける。
「おう、目が覚めたか。って……」
頭領はジロっとおっさんを見た。
「……なんでこいつがまだ、ここにいるんだ?」
「……」
頭領の言葉に、そっぽを向いていると、おっさんはビシッと姿勢を正し、ニッと笑った。
「頭領! このガキ様の部下になることが俺への罰だと言いました。なので、もうあなたの側には行けません! 私はこの男と歩んでいきます!」
おっさんは淡々とそう言う。何、勝手なことを言ってんだと思っていると、頭領は、目を見開き、腹を抱えて笑い出した。
「……っぷ、ククク、アハハハハハハ! つくならもう少しまともな嘘をつけよ! ガキが喋るわけないだろう!
……まあいい、どうせお前が勝手にそう言ってるだけだろうがこいつの部下になってこき使われることを選んだんならそれでいい。さっきの件は不問……じゃねえな。俺もそれで納得するよ」
頭領が言うと、おっさんは、胸を撫で下ろす。そんなに心配だったか。見ると他の皆もどこかホッとしたような顔だ。なんだかんだで仲いいからな。……俺以外は……。
「さて、ガキ。お前、その女をどうするつもりだ?」
「……」
「また、だんまりか。大方、自分に似た境遇のこいつを見て、放っておけずにつれてきたけどどうすればいいのかわからないという感じだな。」
「……」
俺は小さく頷く。頭領のこういうところが、嫌いだ。何でもかんでも、見透かしたような目が、気に入らない。
「やっぱりか……今回だけだぜ。さて……」
頭領は立ち上がり、
「女ども! 今からお前たちはこのあたりの領主……つまり、タカナリの屋敷に連れていく。屋敷は広いからな、何人でも人員は欲しいらしい。
もちろん子供や抵抗しなかった男、老人たちも一緒だ。そこで家族と過ごしながら働くか、別々の場所で働くか、人買いに買われるか、それとも荒れ果てたこの村で住み続けるか、選ぶがいい!」
女たちや、村の衆に向けて言い放つ頭領。一瞬、女たちは固まった。
「こ、子供も一緒なのですか?」
「ん? タカナリは地主の面倒を片付けるだけで男に拘らず女子供もここで働かせる。働き手がいなかったら誰が私に税を払うのだ、と言っていたぞ」
頭領がそう言うと、女たちは笑顔になっていく。
「わかりました! 領主様の下で働かせてください!」
と言って、檻車に乗り込んでいった。檻車の中では、老若男女が手を叩き合ったり、肩を組んだりして喜んでいる。
俺が言うのも変だが、なんか違う気がする……。
村のほとんどの者が乗っていく中、俺が助けてやった女、サヤだけは残った。
「……それで、私は?」
「お前も行ってもいいが……ガキ! こいつをどうするか決めたのか」
「……」
俺は頭領をじっと見つめる。何と言えば良いのか分からなかった。
「……」
「はあ、わかったよ、連れて行けばいいんだろう! 女! お前は俺たちが連れていく。ちょうど炊事や洗濯などの人員も欲しいと思っていたからな! 養うから働けよ!」
頭領はそう言った。
サヤは一瞬目を見開き、
「……わかりました。あなたたちにお供します」
と言って、頷いた。
あまりにも早い返事に、頭領は首を傾げる。
「ほう……やけに素直じゃねえか。向うに行ってもいいんだぜ?」
「いえ、一応、貴方たちは私の恩人みたいですから。このご恩は一生をかけてお返しします」
「いや、俺たちというより、ガキなんだが……うん、まあ、いいや。よろしくな」
頭領は一人納得し、サヤに頷いた。
「ああ、本当についてくるんだなあ」
「いやまあ、かわいいからいいけどなあ」
「……はあ~あ」
ふと周りを見ると作業を終えた皆が集まって、口々に不満を言う
「なんだよ……俺のやったことに文句でもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃねえが、その男ばっかりの集団に女一人っていうのも……」
「お前それでも元盗賊かよ!」
「まあまあ。しかし寝床の分配はきちんと考えるべきですな。なんせ……」
と、皆俺を見る。俺は奴らに睨み返すと、皆は、また話し始める。
「……うん。この子の寝床はきちんと考えたほうがいいと思う」
「だな」
男たちが話していると、
「私は別に皆さんと一緒でも構いませんよ? そういうのは慣れてますから……」
と、サヤは言う。すると、皆は慌て始めた。
「い~や、サヤちゃん!それだけはダメ!」
「そうだ。ダメ絶対だ!」
「朝起きたら死んでたってことになりかねない!」
口々に皆がそう言うと、また俺を見てくる。今度は刀に手を伸ばす。
するとまた、視線を外しながら、グダグダと話し始めた。
痺れを切らした、頭領が、
「……あ~もう、めんどくさいなあ!わかった。じゃあ、サヤが寝る時は俺の部屋に来い!」
と言った。
すると、皆は更に慌て始める。
「頭領の部屋!? もっとダメだろ!」
「別の意味でいろいろ心配だ!」
と、抗議する。頭領は、皆を制しながら、淡々と口を開く。
「お前ら……俺が襲うわけねえだろ。同じ女だし。大体、俺の好みはもう少し大人で、そうだなあ、俺より強くて賢くて優しい女が好みだな」
「頭領より強い女なんて……ん?今なんて言いました?」
「ああ? 強くて賢くて優しい女が……」
「その前」
「俺の好みは……」
「その前!」
「同じ女だし……」
頭領の言葉に、皆は驚き、
「「「「「女!?」」」」」
と、一斉に叫んだ。サヤの方は目を丸くして、頭領を眺めている。
「……え、頭領女だったの? 確かに部屋も一人分かれてるし、風呂も別々に入るけど、頭領なんだからと納得してたが……」
「あれ? 言ってなかったか? ……そうだよ。俺は女だよ」
頭領の言葉に皆は、首をブンブンと横に振った。
「嘘だ! あんたみたいな女が居るか!」
「信じられるか! 男100人分は強いだろうが!」
「そんなこと言って油断したサヤちゃんを手籠めにする気だ!」
「証拠を見せろ!」
皆、すっかりサヤを心配するようになっている。
最初は、口数が増えるとかなんとか言っていたくせに、すごい、掌返しだ。
「証拠って……仕方ねえな」
皆の言葉に、やれやれと言った感じに、頭領は袴をたくし上げ、ぼそっと言う。
「……初めてなんだからな……」
そして、頭領の姿を見た皆は言葉を失い、サヤは顔を赤らめていた。
「……無いな」
「うん……無かったな」
「……無かった」
「……無いな」
「……無かったなあ」
……普通上だろう。まあいいか。それよりも頭領、可愛くは……なかったぞ。
さて、皆に、自身は女だと証明した頭領は、コホンと咳ばらいをつき、サヤの方に向き直った。
「……というわけで、お前はこれから俺の部屋で寝ろ。まあ、部屋といっても基本野宿だから、皆と離れた場所で俺と一緒に寝るだけだが……」
「はい、わかりました。あの……」
「ん? なんだ?」
「偶には、他の方と一緒に寝てもよろしいのですか? 例えば……」
サヤは俺を見る。……え、何でここにきて俺?
そう思っていると、頭領が腹を抱えて笑い出した。
「ハハハ! なんだ、サヤ、あいつと寝てえのか?」
頭領が笑いながらそう言うとサヤはコクンと頷いた。
他の皆は俺にほぼ殺意を込めた目で見る。おっさんに関しては、小さな声で、ガキのくせに……とかなんとか言ってる。
「……」
俺は思いっきり首を横に振る。何よりも、面倒くさいからだ。
「……なんだ、嫌なのか?」
「……」
頭領の言葉に頷く。
「いやあ、でも面白そうだしなあ。どうしようかなあ~」
頭領は面白そうにそう言った。俺はなおも、首を横に振っていると、それを見たサヤが口を開く。
「……頭領さん、無理に、とは言いませんよ」
「いや、あきらめちゃ駄目だぜ」
「では、もう一つ、お願いがあります」
「ん? なんだ」
サヤは頭領の耳元でこそこそと何かを言った。……なんでもう仲良さげにしてんだこの二人。同じ女だからか? 妙に納得する。
すると、頭領は微妙そうな顔をして、サヤに言った。
「……いやあ、そりゃ難しいぜ」
「では……」
と、またこそこそと話し出した。
……何だ?
「……なるほどな。ちょっとやってみるか」
頭領はサヤに頷き、俺のほうを見て、口を開いた。
「おい、ガキ! お前は週に一回は、こいつの相手をしてやれ」
「……!」
「嫌か? なら、ちゃんと言葉にしてそれを言うんだな。ただ首を振るだけじゃあ――」
「……断る!」
俺は頭領の言葉に、我慢できず、即答した。
頭領含め、闘鬼神の皆が目を見開いている前で、俺は更に続ける。
「なんで、俺がその女の相手を週一でしなきゃいけないんだ! その話はきっちり断らせてもらう。別にそんなことのためにテメエの怪我を治したわけじゃねえよ!」
俺はサヤを指差し、そう言った。サヤは、何か、クスクスと笑っているようだ。……何となく腹立つ。
すると、
「「「お前、しゃべれるのかよ!!!」」」
「しかも意外と饒舌だ」
皆と頭領が一斉に突っ込んだ。鬱陶しい反応をいちいちしてくる奴らを俺は睨みつける。
「……あ? なんだよ。俺と仲良くおしゃべりでもしたかったのか? なら、俺の気に障るようなことしてんじゃねえ、クズ共が!
特に俺のことガキって呼ぶ奴に、俺がわざわざ口聞いてやるとでも思ってんのか!?ボンクラども!」
俺は声を荒げ、ポカンとしている闘鬼神の奴らに言い放つ。
「……大体、頭が女だってことに気づけてなかったのか!? 馬鹿なのか!?
なんで、一番の新入りの俺が気付けて、それ以上につきあいの長いテメエらが気付けてねえんだよ。このおっさんみたくテメエらも仲間を信用できないってクチだったんじゃねえのか、あ?
そんな奴らと口なんぞ聞きたくもねえ! カスがッ!」
俺の言葉を聞き、しばらく皆は口を開けて俺を見続けた。そして……
「うっわ、すごく喋る上に口が悪い!」
「なんか、すげえ傷つくことをめちゃくちゃ言ってる……怖い!」
「しかも言っていることがいちいち的確過ぎてぐうの音も出ねえ……」
皆は思い思いに、俺にそう言う。……うるせえよ。斬ってやりてえ……。
「おい、お前!」
すると頭領が俺に向かって叫んだ。さっきからそういえば黙ってたな。
「……あ゛?」
俺は頭領を睨む。
「……俺のこと、カシラっていうのは良かったぞ!!!」
と言った。
なら、良いやと、俺は頭領に一礼する。
「……わからねえ。あの謎の一体感は本当にわからねえ……。」
皆、口々にそう言って頭を抱えた。頭領の嗜好くらい理解しとけ……まったく……。
「……へえ。君はそんな声だったのね」
突然、サヤが俺にニコニコとした顔で近づいてきた。
「ああ、お前か。さっきも言ったが、俺はお前と――」
「うん、もう寝ないよ~」
サヤはいたずらっぽく舌を出してそう言った。
「ほんとは君の声が聴きたかっただけだから。頭領さんもありがとう」
頭領は、おう、と手を振る。二人のやりとりに、ますます苛立ちを覚えた。
「……なんなんだ、お前は」
「フフッ、別に~。ところでさ、なんで君は私を助けたの? 私と寝る気がないなら助けることもなかったよね? なんで? 私と助けなかったら、君はわざわざこんな面倒なことをすることも無かったのにね」
「チッ……うるさいな! あっちに行けよ」
「あと、なんで私を連れて行ってくれるのかな? おいていった方が良いかもよ? ねえ、何でかな?」
なんで?なんで?と、サヤは俺に近づいてくる。くそっ、本当に鬱陶しい。
俺はたまらず、その場から逃げた。
「あ、行っちゃった」
サヤが呟くと、闘鬼神の面々が口を開く。
「……サヤちゃん、あんまりあいつをからかわないほうがいいぜ」
サヤを心配する目で眺める、皆に、サヤは首を傾げる。
「なんで?」
「いや、あいつは正直俺たちの中で頭領の次に強い。ということはこの中でも一番人を斬っている」
「ああ、そうだ、あいつはもうタダのガキじゃない。例えて言うなら鬼、……いや、鬼そのものだな……」
「……そうかなあ……そうは見えないけどなあ……」
サヤと皆がそう話していると、おっさんと頭領が近づいてくる。
「……あのガキは口こそ悪いが、仲間を見る目は俺たちよりはあるみたいだ。現に頭領が女なのを見抜いていたろ?」
「いや、そうだけどよ……」
「まあ、いろんなことにおいて、あいつもまだまだガキだってことだ。しばらくは様子を見ようぜ。
……それからサヤ。お前らのやり取りは見ていて確かに面白いが程ほどにな。あいつは親の愛情を知らねえ。逆に親からの悪意は知っている。親からの悪意、それに、他人からの悪意。それは人の人生に大きく影を落とす。もちろん、あいつの人生にもな。……それ以上は聞いてやるな」
頭領の言葉に、サヤは、しばらく考え込み、小さく頷いた。
「……はい。わかりました」
それから、俺が帰るとサヤはおとなしくしているようだった。
皆と頭領は作業を進め、俺たちはそこから撤収した。村の皆に別れを言うサヤ。元気でね、と言う仲良しの女どもに、サヤは強く頷き、手を振っていた。
そして、しばらくして野営地が決まる。
ここは温泉も近くにあり、野営には最適の場所だ。今日はここにするのか。
俺たちは荷物を下ろし、準備を始める。俺は主に武具や、馬の手入れだった。俺が武具を出していると、
「……ねえ」
と、サヤが話しかけてくる。
「私にもやることはない? 何もしてなかったら落ち着かなくて……」
なんで、俺に聞くんだと思ったが、他の奴らは、洗濯だったり、先に風呂に入ったりと、その場を離れている。俺は少し考え、荷物の中から、鍋を取り出して、
「……じゃあ、料理でも作っててくれ。干したものだが、肉と魚、あと塩とか味噌はそこに入ってる」
と言って、桐でできた箱を渡した。
「うん。わかった」
サヤはそう言って料理を作りに行った。なんだ、よく働くじゃないか。俺は安心して、仕事を続ける……。
◇◇◇
しばらくして夜になり、皆で火を囲んで料理を食べた。サヤの作ったものはとてもよくできていて、皆、特に頭領は喜んでいた。
そして、頭領とサヤは温泉に入りに行き、俺たちは火の番や地図を見たりと思い思いのことをしていた。
その後、二人が戻ってきて、俺たちが風呂に入る。だが、俺は一番下っ端なのでいつものように皆が入り終わったあと、それぞれの寝室(天幕で作った簡易的なもの。頭領のは馬車の荷台を使って、若干広くなってるもの)に入っていったのを確認し、最後に入る。
俺の体から赤いものが落ちていく。それは先の戦いで浴びた敵……というか、俺が斬った奴らの血だった。
「……落としたつもりだったが……まだ残っていたな」
ぽつんと俺が呟くと、
「……へえ、結構残るもんなんだね」
突然、後ろから声が聞こえた。見るとサヤが裸で立っている。
「な、な、何してんだおまえ!?」
俺が合わっていると、サヤは、クスっと微笑む。
「何、動揺してるの? 君は女の子の裸を見るのは初めて?」
「そんなんじゃねえって!」
「顔赤いよ?」
「のぼせてるだけだ!」
俺は風呂から出ていこうとその場を立つ。
「いいから、一緒に入ろ!」
サヤは俺に飛びついてくる。そして腕を俺の首に回し、抱き着いてくる。
「うわっ! なにすんだ!」
「ねえ、一緒に入ろうよ」
「うるせえよ! いいから離れろ!」
「一緒に入ろ?」
サヤの力が強くなり、苦しくなってくる
「離れろ、ほんとに! ぶっ殺――」
「一緒に入る?」
「クッ……わかった、わかったからおとなしくしてろ!」
何を言っても聞かない、サヤに観念すると、俺に絡みついていた腕がほどけていく。
「お邪魔しま~す」
サヤはいたずらっ子のように、悪い笑みを浮かべて、俺の隣に座った。
「……」
……本当にいらいらする。なんなんだ、こいつは。助けるんじゃなかったと、今更ながらに思っていた。
「……なんで、俺と寝たがってたんだ?今だって……」
「……男の人に喜んでもらう方法をこれしか知らないからよ」
サヤはそう言った。ああ、そうか。あの地主、そんな趣味があったな、確か。
「……君に喜んで欲しいの」
サヤはそう続ける。サヤが、変な誤解をしていることに気付いた。
「……俺を喜ばせたいなら、違う方法をとるんだな」
「嫌なの?」
「ああ。簡単に好きでもない人間に自分の裸を見せる女は好かんな」
俺がそう言うと、
「好きでもなくないのに……」
ぼそっと何か言った。
「なんか言ったか?」
「何でもない……ただ、君が嬉しくないんなら、もう、やらない」
「フンッ……その代わりにまた、飯を作ってくれ。あんたの飯は旨かった。それはほんとだ」
「……うん。わかった」
俺たちはその後も一緒に温泉に入っていた。サヤも俺も一言も喋らなかった。俺はサヤの方を見ようとしたが、目が合ったらどうしようとか、サヤが俺を見ていたらどうしようとか考えて、空だけをただ、見ていた。今日は満月だ。夜空が一段と明るい……。
……その様子をキセルを吹かしながら頭領は見ていた。見ながらフッと笑うと、静かに寝室へと戻っていった。
……色々あったがこうして、サヤは俺たちの仲間になった。




