第100話 ムソウの過去―少し疲れてくる―
皆が怯え、ツバキから馬鹿呼ばわりされた俺達の勝利から数日後、安備に待機させていたタツイエ隊の本隊が村に合流する。その間に、アキラに頼み、タカナリの元に奪った「狂神剤」を届けさせた。タカナリの元にはナツメが居る。解析をと頼んでおいたのだが、無駄に終わったみたいだ。いや、無駄というのも間違いではあるが。
あの薬には未知の薬物や毒物が数種類使われており、中には麻薬なんてものもあった。成分の解析にはまだ至っていないが、途轍もなくやばいもの、というよく分からない結論となった。
そのため、捕らえたサクモ達に尋問をする。最初はなかなか口を割らなかったが、俺が尋問に参加すると、慌てた様子で喋り出す。
だが、出てきた回答は、メッキから授かったが、詳しいことはわからない、と言うことだった。
代わりに敵の残存兵力については分かった。現在、残りの王の十本指はサクモを入れてやはり七人とのこと。そのうち、メッキ、サクモはわかっているが後は、現在タカナリやハルマサたちがそれぞれ闘っているということらしい。ちなみに残りの三人のうち、一人はメッキと共に領主の居る街で待ち構えているという。
そいつはメッキの右腕と呼ばれる男で、名はシドウという。いわゆる敵方の軍師で長年メッキに仕え、忠誠を誓っている。シドウは「夜」の中でもメッキに次ぐ強さを誇っており、メッキと共に王城を死守するため俺達を待ち構えているという話だ。
それで、こいつらの言う本国の兵力についてだが、残った十本指にはそれぞれ五千、本拠地には二万の軍勢が居るとの話だ。むう……予想よりだいぶ多いな。軍備強化でもしたか? ケンゴの五百は何だったのだろうか……。
俺はまだしも、流石に他の奴らはきついかも知れないな……。タカナリ達……もとい、エイキとゴウキがそれぞれ倒していくにしても、残る十本指は二人、それだけで一万、合計三万の兵力が敵方にはいるという話になる。俺達の兵力は全て合わせて一万ってところだな。
さらに言えば、遊撃隊である俺達の兵力は他と比べて少ない。こちらは反乱軍の数にならないのが現状だ。
「これだと、取りあえず俺達は進軍し、本拠地で他と合流する形になるのか?」
「いや……タカナリ殿や、ハルマサ殿が順調に進軍するのも難しいみたいだ。こちらから、若しくは本国から増援を待った方が良いのかも知れない」
俺の問いかけにタツイエは苦々しくそう言った。まあ、そうするのが良いとは思うが、それだと安備も手薄になるし、俺達の兵力も落ちるからな……。
まあ、最悪、俺は一人でもなんとかなる、と言うと、横からツバキとアキラが、それはダメと口を挟む。
「ザンキを一人に出来るか! 敵の主な狙いはザンキだろ? 一人になったところに大軍が来てみろ! いくらザンキでも……」
「ザンキ……死んだら……士気下がる……私達……負ける」
アキラとツバキは口調を荒げてそう言った。俺は素直に、心配してくれる二人が嬉しくて、笑う。そうだな、この考えは無しだ。
さて、どうするか、と考えていたが、やはり答えは出ず、取りあえず散歩でもしようと、俺は今、ツバキとアキラを連れて、村を歩いている。
村人たちとすれ違うと、皆は俺達に礼をする。ちなみに、村人たちの被害はほとんどなかった。タツイエやアキラたちが村に入るやすぐさま、住民たちを安全な場所へ集めていたという。アキラは村人から時々、干し柿などを貰っては、ありがとう! と言って喜んでいた。
その後、俺達は村長宅へ向かう。村長は、俺達を見ると喜び、家に入れ茶を出してくれた。
「で、その後どうだ?」
茶をすすっている村長に闘いが終わってからのことを聞いてみた。
「ええ……ザンキ様のおかげで村は元通りです。サクモの脅威もなくなり安心して過ごせておりますよ」
村長はそう言って茶菓子などを食っている。口調……変わってねえか? そこまで下手に出られるとなんだかむず痒いがまあ、良いだろう。
村長によると、闘いの終わった後は反乱軍の奴らと共に、ボロボロになっていた民家などの修復作業をしているという。その際に俺の作った書状が大変役に立ったらしい。
何でも、サクモの屋敷での俺の行動というのは、反乱軍の全体に染みわたっており、村の頼みを断るということは、俺に逆らうこととして、反乱軍の兵士たちは、村の依頼を一生懸命こなしてくれているという。狙いが少しずれちまった感があるが、まあ、良いや。
ちなみに、俺のことについては村の中にまで浸透していて、何人かの住民は本気で、俺が悪人を食うバケモノか何かだと思っているらしく、今日もすごく怯えた目で俺を見てくる奴らが居た。
そう言えば、と思い、俺は村長に聞いてみる。
「玄李から見た俺ってどんなだ?」
「まさしく恐怖の象徴です。ザンキの前に立てる者は死人くらい、という説もあるくらいですから」
即答か……。安備で聞いていたものとほとんど変わらず項垂れる。聞けば、実際に、わらべ歌でも歌われているらしい。
「そんなふうに見られていたのは知っていたが、実際に玄李の奴から話を聞くと、やはり傷つく……」
「まあ、そう仰らずに。今ではこれほどまでに心強い方は居ませんし、反乱軍にザンキ様が居るということで、玄李に反乱の思想を持つものは増えてきているようです」
落ち込む俺に慰めるように言った村長の言葉に驚く。前にも聞いたように、戦争に備えて解放し、各地に配置した「夜」の統治は本当に酷いものらしく、税収を上げるばかりか、強制的に徴兵を行い、可否問わず若い男たちは兵士に、女たちは慰み者に、という具合に扱っているそうだ。
そうなるとやはり国自体に疑惑を抱く者達が現れ、玄李各地で決起の時を今かと待っているという。
そんな時に俺達の進軍だ。反乱軍が国に入ったあたりから、その機運は高まり、更には敵国の恐怖の象徴になっていた俺がその反乱軍にいるということで、寝返る者も多く、今や、玄李の住民たちも領主に対しての不満は爆発しそうだという。
俺は少し考え込み、村長に聞いてみる。
「では、仮に俺達反乱軍が、例えば義勇軍なり、それか傭兵制度をこの国でも使ったらどうなる?」
「そりゃ、反乱軍に参加する者が増えますな。国に不信感を抱く者の多くは今や、何らかのきっかけを待っているだけですからな」
なるほど。そのきっかけになれたら良いわけだな。間に何らかの調停を結ぶ必要も出てくるが、これはいい案だなと思った。なにせ、それが出来れば無駄な戦いをせずに済むし、なおかつ俺達の兵力増強にもなるな。
「ありがとう。良いことを聞いた……ツバキ、アキラ、早速タツイエ殿のところに行って相談してみよう」
俺達は村長に頭を下げて、その場を後にした。帰り際に村長が、悪い子を喰らうというのは本当ですか? と聞いてきたので、食ってやろうか? と睨んだら、滅相もございませんと言って、大げさに頭を下げたのはまた、別の話である……。
さて、タツイエの所に戻ると、タツイエは何か書類を眺めて考え事をしていた。何だろうな。俺の話はひとまず置いておいて、タツイエに声をかける。
「よう、タツイエ殿。何見てんだ?」
「ん? ああ。タカナリ殿やエイキ殿たちの戦況だ」
「ほう……頭抱えていたってことは苦戦でもしてんのか?」
「いや、どちらも戦には勝ったみたいだが……」
「良いことじゃねえか。それで何に悩んでいるんだ」
「いや……まあ、取りあえず見てくれ……」
そう言ってタツイエは俺達に持っていた書類を渡してくる。
書類上には興那、玲邦側の奴らも無事に敵を倒すことが出来たということが書かれている。さして大きな被害もなく、あっさりと勝利を収めることが出来たというのだが、その理由が、敵方から投降する者が多かったことが挙げられている。特に興那の方はすごく多い。ゴウキの武勇を見て観念した敵がこぞって降伏してきたという話だ。その数は二千を超えている。
普通はそのまま指揮下に置くが、玲邦のエイキがそこに待ったをかけた。相手は残忍と言われた「夜」の兵士だ。いくら降伏してきたとは言え、それは危険だという考えらしい。かと言って、野に放つのも危ないし、敵との兵力差を考えると、手放すのは惜しい。さて、どうしたものか、と俺達の方にも報せが届いたというわけだ。
「兵力のことを考えると、そいつらを指揮下に置くのは構わんが、土壇場で裏切られそうでな……」
「まあな。というか、土壇場で裏切って、現在は反乱軍にいる状況だからな……」
正直、信用は出来ない。だが、放って置くのもな……。いっそ斬れば、とも思ったが、タカナリやハルマサはそれを反対しそうだ。玄李の奴らが安備やその他の国にやったようなことの真似をするみたいで嫌だからな。士気にかかわるし、俺もそれは嫌だと思った。
「まあ、兵力差については俺に考えがあるがな……」
「ん? 何かいい案でも浮かんだのか?」
俺が呟くと、タツイエは身を乗り出して、聞いてくる。とりあえず、先ほど村長から聞いた話をしてみた。タツイエはなるほど、と頷き、俺達の方に向き直る。
「そうか……玄李内でもそういいた動きはやはりあるみたいだな」
「ああ。ここで言うところの元「夜」の兵士たちよりはどちらかというと俺達の寄りの考えを持っている。信用は出来ると思うが……」
「……そうだな。アキラ殿、悪いが全軍にこのことを報告したいのだが、また鷹を借りることは出来るか?」
「おう、任せとけ! すぐに準備する!」
アキラはそう言って、俺達の元からいったん離れていく。さて、これで義勇軍についての準備は何とかなりそうだが、問題は降伏してきた奴らだな。どうしたものか、と頭を巡らせる。
……が、何となく、対処法は思いついている。ただ、それは面倒だな、とも思っている。口にしたくないのだが、タツイエは困ったようにちらちらとこちらを見ている。
ああ、同じことを思っていたか……。ふと、ツバキが袖を引っ張る。そして、何かを納得したような、困っているような顔で俺を見ていた。
「……ザンキ……仕方ない……あきらめよう」
「えぇ……お前もそう考えているのか?」
「……むしろ……それしか……思い浮かばない」
う~ん……。まあ、ツバキが言うなら何とかなるか。最悪の場合、全責任は俺がとることにしよう。
俺は一つため息をつき、タツイエに口を開く。
「なあ、タツイエ殿……」
「おっ!? 何かまたいい案が思い浮かんだか!?」
「あ?」
タツイエは目を輝かせて俺の方を見た。この野郎、待ってましたとばかりな態度取りやがって……。反射的に睨むと、タツイエは流石にやり過ぎたとばかりに頭を下げる。
俺は頭を抱え、タツイエに考えを話した。
「その……降伏してきた奴ら、全員ひとまず俺が面倒みるよ」
俺がそう言うと、タツイエは、そうか……と言って、サラサラサラと筆をとり、紙に何かを書いている。チラッと見ると、俺が今言ったことと同じ内容だった。
そう、俺達の考えは、取りあえず降伏してきた夜の奴らを、玄李の奴らにとって、恐怖の象徴たる俺が預かるということ。俺が相手なら、奴らもそう簡単には裏切らないだろうし、仮に裏切っても何とかなるだろうという考えだ。
これにツバキが難色を示すのは当然だ。なにせ、俺への危険度は大きくなるだけだからな。
まあ、念には念をということでいろいろと考えてはいるが、やはり不安にはなるよな……。
タツイエは書状を書きながら、色々と俺に聞いてくる。そこはお前がやれよと思うが、まあ、答えてやろう。
「兵の交換はどうする? こちらから送る人員は?」
「必要ねえだろ。こちらの兵力が少ねえからな。不穏分子だけの隊にしたかったら交換でも何でもやっとけ」
「む……そうだな。では送られてくる者達についてだが、一応護送という形にするか?」
「二千も居るんだろ? タカナリの所がそれだけで手薄になっちまうからな、自分の足で来いって伝えとけ」
「良いのか? それで、脱走や、それこそ裏切りでもされたら……」
「良いんだよ。忠誠心を試す絶好の機会だし、元々こいつらの数は兵力で考えてないだろう。……万が一裏切られて、寝返ったとしても、その分は俺が活躍してやるから気にすんなとタカナリやエイキって奴に伝えとけ。まあ、敵方も一回裏切った奴をまた、味方として迎え入れるとは思えねえけどな」
「確かに……ではそのように伝えておく」
タツイエはそう言って、書状を書き上げ、俺に深く頭を下げながら、アキラに渡しに行った。
その場に残った俺は頭を抱えながら宙を見る。はあ……どうしたもんかな……。
俺が落ち込んでいるとツバキが、ジッと俺を見てくる。がんばれ! とでも言いたげな目だ。俺はフッと笑い、ツバキの頭を撫でながら取りあえず、奴等が来たら、どうするかを考えていた。
◇◇◇
数日後、興那、玲邦から元・「夜」の奴らが村に来た。タカナリとハルマサ、更には会ったこともないエイキ、ゴウキからの「すまない」という書状と共に。なかなか気が利く奴らみたいだな。なんとなく安心し、会うのがますます楽しみになってくる。
こちらに合流してきた奴らは思ったよりも少ないように感じた。やはり途中で抜けたり、玄李側に戻った奴らが居たみたいだな。今残っているのは五百ってところか? まあ、それでも多い方か……。
取りあえず、俺はそいつらの前に立ち、顔を見渡していく。……うん、やはり人相は悪いな。だが、皆一様におびえたような目で俺のことを見ていた。
「あー……取りあえず、これからてめえらの世話をすることになった、ザンキだ。よろしく」
俺がそう言うと、皆はピシッと姿勢を直し、よろしくお願いします! と礼をした。人相の割に、礼儀正しいみたいで少々驚きつつも、そいつらの処遇について説明していく。
まず、基本的には俺の指示は絶対守ること、戦において敵の兵士以外の一般の者達に対しては何もしないことを約束させる。次に、玄李を墜とした後のことについて説明した。一応は元・囚人ということもあるから、また牢屋にぶち込むことにはなるが、今後の働き次第では、それも免除すると伝えておいた。
すると、皆の顔はいくらか明るくなる。この辺はタカナリが何とかするらしいから、俺も頭を抱える必要が無いので嬉しい。
最後に裏切った場合についても説明する。
「裏切ったり、寝返ったりした場合や、先の約束を破った場合はこれまでの関係に戻るだけだ。敵であるてめえらをぶっ殺す……わかったな?」
―死神の鬼迫―
俺の言葉に、皆は大きく頷いている。うん、わかってくれたみたいで何よりだ。とりあえず、「夜」の奴らのことはこれで何とか解決した。
さて、ここ最近の近況だが、村長から聞いた話をタカナリに伝えると、即座に行動に移した。制圧していった地域だけではあるが、その中から反乱軍に加わったり、タカナリ達に庇護を求める村々が現れたりしていく。これにより、俺達の兵力は大きく増える。さらに、俺達の進軍先でも、反乱の機運は高まり、玄李のあちこちで、暴動などが発生しているという。
タカナリ、ハルマサらはひとまず、その暴動などに参加し、玄李の兵力を崩しつつ、反乱分子を吸収しているという。
一方の俺達は、暴動の処理に手薄になった進路上の村や町を解放していっている。現状、前の村はタツイエ隊の本拠地とし、俺とツバキ、アキラ、それから合流した「夜」の裏切り者たちで別働隊を組み、進軍しつつ、村や町の解放に専念していった。
そうやって闘い続け、二か月ほど経った現在、俺達は敵の本拠地、玄李の領主が居る街の手前の集落にまで、進むことが出来た。タツイエは後方で待機し、俺達の援護を行う形になっている。この間にハルマサ達、タカナリ達は残る王の十本指の二人を倒し、俺達と共に、王都を囲うように進軍している。
ようやく、ここまで来たんだな、と改めて実感し、俺達は合図があるまで一時、その集落で休息をとることになった。一応、部隊長となっている俺は、集落の者達が用意してくれた屋敷の一室に座り、今はのんびりと外の景色を見ながら、物思いに更けている。
……すべてを失ったあの日から八年。本当に長かったな。これでようやく、皆の仇を討てる。
ようやく、皆を弔うことが出来る。その後は、また傭兵になって、タカナリ達を護っていくんだ……。
などと、思いながら茶をすすっていると、ツバキとアキラが俺の部屋に来た。
「ん? ……何か用か?」
「いや、用ってことでもないけど……」
「……ザンキ……大丈夫?」
ツバキは心配するような顔で俺を見ている。何が? と聞くと、アキラとツバキは、ここ最近の俺が疲れているんじゃないかと話し始める。
「ザンキってよ、部隊長って柄じゃないだろ? それでも疲れてそうだし……」
「それに……ここ最近……闘いすぎ……大丈夫?」
アキラとツバキは俺の顔をジッと見ながらそう言った。まあ、確かに「夜」の裏切り者たちを引き受けた時も覚悟はしていたが、実はそこまで疲れてはいない。
なんだかんだ、あいつらと二か月も一緒に闘っていたら、段々と仲間意識のようなものも出てきた。何度か、助けてもらってると感じることもある。
それに、闘い続けていることも別に苦ではなかった。元々、そういう生き方だったから、特に問題はない。二人の問いに、笑って、大丈夫だと言うが、二人はまだ、心配そうな顔を辞めない。
「もし、あれだったらよ……女、呼ぼうか?」
「……それとも……私達がしようか……?」
突然出てきた言葉に思わず茶を噴き出してしまい、むせる俺。
「ゲホッ……ゲホッ……な、何言ってんだ? 急に……」
「いや……だってさ……」
アキラは体をもじもじとさせながら、そう言っている。……こら、ツバキ、顔を赤くしながら、襟に手をかけるのは辞めなさい……。
俺のことを心配してくれているのはありがたいが、なんだかな……。俺はため息をつき、口を開く。
「そういう、気づかいはいいって。俺は好きでもない女とは寝ないし、そういうこともしたくない」
「……ザンキ……私のこと……キライ……?」
「いや、そうじゃねえって……。俺が愛しているのは今も昔もサヤだけだ。他の女と寝ようなんて思わねえんだよ」
「……私とは……寝てたのに」
「それは意味が違ってくると思うんだが……」
ああ言えばこう言ってくるツバキにいろいろ言い返していると、アキラが不思議そうな顔をして、口を開く。
「なあ、時々ザンキや頭領たちから話は聞くが、ザンキの嫁さんの、サヤさんってのはどんな女だったんだ?」
アキラは首を傾げながら、俺にそう言ってきた。ああ、そう言えば、アキラとナツメはサヤと関りが無いんだっけな。
タカナリもハルマサもトウヤも、それから以外にもツバキもサヤのことを知っているから、忘れてたな。
「いや、どんなって言われてもな……」
サヤのことは話したいことが多すぎて、何から話せばいいのかわからなくなり、首を傾げていると、ツバキが懐をゴソゴソとして、何かを取り出す。
「……これが……サヤ」
ツバキが取り出したものは一枚の紙きれだった。見ると、それはサヤの似せ絵だった。
「ん!? よく描けてんな、ツバキ」
それは、本当にサヤによく似ていた。というか、サヤそのものだ。こちらを見ながら微笑を浮かべている。
……ああ、やっぱり可愛いな、などと、つい思ってしまった。そうやって絵を眺めていると、ツバキはまたも懐から何枚か紙切れを出してくる。
「……こっちが……笑ったとき……・こっちが……怒った時……こっちが……」
と言いながら、ツバキは何枚もサヤの色々な表情を出してきた。確かに怒ったときのサヤや、泣いているサヤの絵が次々と出てくる。
「何枚描いてんだよ!」
「……ザンキに……元気になって欲しくて……たくさん……描いた」
ツバキは何やら褒められたくてうずうずしているような表情で俺を見ながらそう言った。いや、これで元気には……と、思いながら何枚かを手に取って、じっくりと眺める。
……どれも似てるな。で、どれもやはり可愛いな……。
などと、思っていると、ついにやけてしまう。すると、アキラがニヤニヤしながら、
「お! 元気になったみたいだ。やったな! ツバキ!」
と、ツバキを褒めていた。
「な、何言ってんだ! 俺は元から元気だ!」
「本当か~? ま、それは置いといて……へ~、これがザンキの嫁さんか……。綺麗な人だなあ~……」
アキラはそう言って、笑った顔のサヤの絵を手に取り、そう言った。おお……普段はナツメにしかぞっこんのアキラにも、サヤの可愛さが分かってくれたか。やはり自分の家族を褒められるというのは嬉しいものだな。つい、調子に乗ってしまう。
「俺がよくサヤの頭を撫でたり、抱き締めたりするとそうやって笑っていたな」
「え、ザンキってそういう奴だったのか!? 意外だ……」
何を言ってるんだ? サヤはつい抱き締めたくなるほどの可愛い女だったぞ、と思い、俺はそこらにあるサヤの絵を手に取り、アキラに説明していく。
「こうやって、泣いているときとかは大概、店に桃大福がなかった時だ。後で俺が作ってやると、そんな表情になって、俺は思わず頭を撫でていた」
「へ、へえ……そうなのか……」
「怒っているときなんかは、俺が何かやらかした時だ。そんな時は最終的にサヤをとりあえず褒めてやると、ニコッと笑って、俺のことを許してくれる。
可愛い奴だろ? だから、抱き締めたり、頭を撫でたりしてやったな」
「そ、そうか……」
「この……驚いているときのサヤは、カンナが初めて何かをした時によくやっていたな。歩いたり、言葉を喋ったり……サヤはそんなとき、俺の横で嬉しそうに小躍りしていてな。俺はそんな二人を見るのが好きで、いつもいつも頭を撫でていた」
「ああ……それは……良かったな……」
何やら目を点にしながら話を聞いているアキラに俺はさらに続ける。
「……サヤは、俺が頭を撫でると、いつもいつもそうやってニッコリと笑って喜んでいた。息子のカンナもだ。何かやるとよく俺は褒めていた。
……その度にカンナもニコッと笑って……それはとても可愛らしくてな。……で、ある時、カンナは言ったんだ。「父上の手は温かい」って。その言葉が嬉しくてな。
……サヤに夫婦になろうって言ったときや、カンナが生まれてきた時もサヤはそう言ってくれた。俺の手は誰よりもきれいな手だって。サヤと同じようなことをカンナが言ってくれて、やはり家族ってのは良いなって実感したのさ。
……それまで俺は、自分の手は血でまみれて汚れていると思ったいた。そんな俺が家族を持つなんて許されないと思っていたのにな。
……サヤとカンナが俺を変えてくれたんだ。そして、こいつらを護っていく為に刀を振っていこうって思った」
俺はそう言って、茶をすする。アキラとツバキは先ほどまでとは違って、少し微笑みながら俺の話をゆっくりと聞いていた。
「……しかし、あの日全てを失い、俺はまた、ただの人斬りになっていった。家族を持つ以前の俺に戻っていった。
他の誰も信じられず、ただただ、敵を斬り、俺の手はまた血まみれになっていったような気がした。
……けど、タカナリと再会し、ハルマサが俺を戻し……そして、お前らと過ごしていくうちに、まだ、やり直せるって思ったんだ。今度こそ、この手で俺の護りたいものを護っていくって決心した。
……そして、これからも俺は笑って生きていくんだ、って誓ったんだ。……お前らと過ごす毎日は楽しい。だから、今も辛くないし、幸せだ……」
俺は最後にそう言って、二人に目を向けた。アキラもツバキもそうか、と頷きながら、笑って俺を見ている。
「……ザンキ」
「ん? なんだ、ツバキ」
「……これからも……護っていくから」
「ハハッ! それは嬉しいことだな。頼りにしてるぜ、ツバキ」
俺はそう言って、ツバキの頭を撫でる。ツバキは嬉しそうにして、俺の手に触れた。
「……ん……やっぱり……温かい」
「あ、ずるいぞ! ザンキ! 俺も俺も!」
「仕方ねえなあ……今日はありがとよ、アキラ」
ツバキがうっとりしているのを見たアキラが、珍しくねだってきたので、俺を元気づけようとしてくれたことに感謝をしながら、アキラの頭も撫でてやる。すると、嬉しそうにして、俺の手に触れた。
「本当だな……前はそう感じなかったが、今は、なんと言うか……安心するというか……すごく温かい気持ちになれる!」
と、アキラも喜んでいた。何と言うか、撫でているこちらも嬉しくなってしまうな。俺はサヤの絵を見ながら、やはり、家族っていいものだな、と改めて思っていた。
その後、二人は俺の部屋から出ていく。去り際に、アキラが、その絵で変なことするなよ、とか言ってきたので、しねえよ! と言うと、アキラは楽しそうな顔をして、去っていった。俺はまた、一人になり、部屋から外の様子を眺めている。確かに、少し疲れていたのかな……だいぶ楽になった気がする……。
さて、次はいよいよ最終決戦ってやつだ。最後まで皆を護りきり、長年の借りを返してもらう!




