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主人と従者と二回戦Ⅴ ご主人腹パンされる之巻

「前回までのあらすじ!」

「うむ!」

「姐御敗北!」

「イリーズには悪いが、闘いやすい方が決勝に上がってくれて私としては安心している!」

「わぁ身も蓋もねぇ! というかご主人優勝する気だったの!?」

「いや、イリーズと当たったら本気で闘わないと殺すって脅されたし、それ以外とだったら優勝して大会をぶち壊さないとあいつが可哀相だ」

「意外と優しい!」

「〝意外と〟は余計だ!」

 喉の鞭と背中の重みが消え去り、イリーズは地面に倒れ伏した。

「フフ……フフフ……アハハハハ……ッ!」

 スワルが笑っていた。

 だが、降した恋敵を蔑むこともなく、その声は足音と共に、会場を包む万雷のような拍手と歓声をも無視し、真っ直ぐ退場口へと去っていった。

 そして、別の足音が二つ、スワルと入れ違いに走ってくる。

「隊長!」

「イリーズ!」

 シアンとフルレラだった。

 地下牢を脱したのち、すぐさま闘技場へと取って返して試合を見守っていたのだ。

 しかし王女に名を呼ばれたはずの親衛隊長は、その無事を喜ぶどころか、顔を向けようとさえしなかった。

「いり……」

 その顔を覗き込んだ王女は、息を詰まらせた。

 イリーズは、泣いていた。

 声も上げず、身じろぎもせず、ただ止めることの出来ない涙をアリーナの砂に吸わせていた。

 その悔しさは、他人には計り知れまい。

 恋のために剣を取り、愛するがゆえに隊長にまで昇りつめた、その人生における最大の(しるべ)が、いま失われたのだ。

「イリーズ……よく頑張りました。お兄様もきっと、貴女の努力を認めてくださいます。行きましょう。立てる限りは、自分の脚で退場しないと」

 フルレラが優しく促すも、イリーズは動こうとしない。

 その身を苛む無力感が、聴力すら奪ってしまったのだろうか。

「立ちなさい。あなたはまだ、メガロニア親衛隊の隊長です。隊長は毅然としていなければ」

 その言葉にようやく心が動いたのか、イリーズはゆっくりと立ち上がった。

 ぐらりと倒れかかった身体を、フルレラが慌てて支える。

 魔薬は抜けきっていない。触れられるだけでも肌は苦痛を訴える。

 だが、イリーズは王女を振りほどこうとはしなかった。

 その痛みは、無様な自分への罰だった。

「まだ諦めてはいけません、イリーズ。私たちにはシアン様がいます」

 フルレラが耳元でそっと囁く。

 イリーズは力なく頷いた。

 この《メガロニア次期王妃決定武術大会》において女ではないシアンが優勝を飾った上で、公爵令嬢を魔薬使用で断罪すれば、優勝者および準優勝者が消滅。三位決定戦もイグニス失踪により行えないため、イリーズの繰り上がり優勝が決定するのだ。

 あるいは大会そのものが無効となり、仕切り直されてもいい。

 国家と己の行く末を他人──それも部外者──に託すなど、イリーズのプライドが許さない。

 だが、大義と夢のため、今は背後のシアン・ルーンにすべてを賭けるしかなかった。

 二人が退場してゆくのを束の間見送ると、シアンは置き去りにされていたイリーズの長剣を拾い上げた。

 運がなかった──今大会のイリーズを評する言葉は、それしかない。

 本来なら優勝してしかるべき腕前を持ちながら、なまじ公爵の野望など重なったがために、王子派の先鋒として敵の謀略を一身に浴びねばならなくなったのだ。

 それでもなお親衛隊隊長として、一人の戦士として立派に闘い抜いた。

 なにより、メガロニアとは縁もゆかりもないマオを、己の身も顧みずに助けてくれた。

 その恩に報いるためにも、もう一度、彼女に剣を取らせたい。

 イリーズとは出逢ったばかりだが、剣を忘れてしまう彼女を見るのは、あまりにも寂しかった。

 細剣をも拾ったところで、ふと地面にしゃがみ込んだ。

 キラキラと光る礫が散乱していた。

 砕けたダイヤの破片である。

 スワルの指輪が破壊されたとき、すでにシアンたちは闘技場に舞い戻っていた。

 あの直後のスワルの豹変には、気になるところところがあった。

 観客の奇異の視線も意に介さず、地面に這いつくばり、周辺の砂地に眼をこらす。

 だが、眼を皿のようにして探しても、目当てのものは見つからない。

(まさに、砂山から針を探す……か)

 あまり長居しても怪しまれる。シアンは諦めて控え室へと戻った。

「どういうことなのです、伯父上?」

 門をくぐるや控え室から聞こえた声に、シアンは二つの意味で眉根を顰めた。

 まず、その声がニギエラ王子のものであること。

 そして、それが「伯父上」と呼んだことである。

 シアンは気配を消して、剣を壁に立て掛け、部屋を覗いた。

 案の定、漆黒の鎧と、黄金の鎧が対峙していた。

 二つの巨体が甲冑を着て並んでいるせいで、控え室が随分と狭く見える。

 ニギエラの背後では、ベンチに座ったフルレラが、子供を守る母親のように、力ないイリーズを抱きしめていた。

 公爵は背後に二人の近衛隊員を侍らせている。いずれもシアンより背の高い、屈強な女丈夫である。

「しれたこと。その女は負けたのだ。ならば、犯した罪で罰せられるのは当然のこと」

 ヴランティールが言った。

「イリーズが何をしたというのです!?」

「知れたこと。魔薬の所持、使用、その上での武術大会への参加。メガロニアの武を冒涜する、許し難い行為だ」

「イリーズが自分で打ったのではありません! 彼女は、()められたのです!」

 フルレラが反論する。

 真実だった。だが、シアンはそれが握り潰されると分かって、歯噛みした。

「ほう、ならば証拠があるのだな? 例えば、そやつに薬を投与した犯人など、な」

 フルレラもニギエラも、絶句していた。

 犯人どころか、打たれた針すら、今は手元にない。

 黙り込む甥たちに、ヴランティールは追い打ちをかけた。

「そやつの容疑は、それだけではないぞ。昨夜、ラルフ王の寝室に侵入者があった。王居への無断の侵入は重罪。幸いにして王に怪我はなく、我が近衛隊の初動捜査の甲斐あって、逃げた犯人の手掛かりも掴んだ。見せてやれ」

 公爵が命ずると、背後の近衛隊の一人が前へと出て、王子たちにそれを見せた。

 薄い油紙に挟んで保存された、長い黒髪だった。

 シアンは愕然とした。

 自分の毛髪だ。イグニスの鉄爪がかすめた時に、切れたものに間違いない。

「王の身辺に、これほどの長い黒髪の者はおらん────そやつを除いてな」

 イリーズもシアンも髪は同じ、黒の直毛。

「そんなはずがありませんッ! イリーズは昨夜、ずっと自分の部屋で魔薬の症状と闘っていたのですよ!」

 フルレラが言った。

「証言出来るのは誰だ? この女の部下どもの他にはおるまい。薬を投与し直せば、苦しみは消える。それを親衛隊が隠しているのではないか?」

「伯父様! 親衛隊は、お父様直属の精鋭。それを侮辱するなど、いくら伯父様でも許されることではありませんわ!」

「解らん奴らだ。権威や名に眼が眩んで、身内の腐敗に気がつかんとはな。まあ、それは、これからすぐに調べればわかることだ。連れてゆけ」

 公爵の号令で、二人の近衛隊が前に出る。

「イリーズは無実です。この逮捕は不当だ……!」

 ニギエラが腰の剣に手をかけた。

「儂は公務で動いている。それを邪魔立てするならば……」

 王子の気迫に二の足を踏む近衛隊員らの背後で、公爵もまた、柄を握る。

 その場にいた全員に緊張が走った。

 だが、イリーズがそれを破った。

「おやめください……ニギエラ様」

 満身創痍の身体で、ゆっくりとフルレラの腕から抜け出し、立ち上がる。

 だが、数歩も歩かぬうちに足がもつれ、ニギエラに抱きかかえられた。

「出頭いたします、公爵閣下」

「イリーズ!?」

 ニギエラもフルレラも、眼を剥いて驚いた。

「いかん! そなた、なぜそんな────」

「疑いは、いずれ晴れます。一介の親衛隊のために、あなた様が(とが)を受けるようなことがあってはなりません。どうか次期王として……軽率な行動は慎まれますよう……」

 その言葉に、ニギエラは息を呑んだ。

「殊勝なことだ。連行せよ」

 王子の手から奪い取るように、近衛隊がイリーズの両脇を抱えた。

「……必ず、助ける」

 離れぎわに、ニギエラがイリーズの耳元で囁く。

 イリーズは、ただ黙ってうつむくだけだった。

 公爵たちが部屋から出てくるのにあわせて、シアンは気配を消すのを止めた。

 シアンに気づくと、ヴランティールは挑発的な笑みを見せた。

「小娘、気をつけることだな。負ければ、貴様も咎人だぞ」

 シアンは公爵の言葉を無視した。

「イリーズは丁重に扱え。決勝戦までは、まだ間がある」

 事実上の脅迫である──下手な真似をすれば、選手特権を利用して暴れてやる、という。

 地下牢で近衛隊員らが半死半生の目に合ったのは、すでにヴランティールも知るところであった。

 だが、公爵は冷静だった。

 イリーズを抱えた近衛隊に、眼で「行け」と合図をする。

「貴様の使い魔がなにをされたか気になるか? オスだったのは少々興ざめだったが、鳴き声は悪くはなかった」

 シアンの頭に熱いものが溢れた。

 衝動のまま、公爵の髭面に拳を放っていた。

「────ッ!?」

 驚いたのはシアンの方だった。

 怒りの鉄拳を頬に受けながら、ヴランティールは身じろぎもしなかったのだ。

 逆に、大きな拳を腹に受け、シアンは呻き声を上げて、後ろへと吹っ飛んでいた。

 速く、重い一撃だった。咄嗟に後ろへ跳んで衝撃を和らげたものの、遅れていれば内臓までやられていたかもしれない。

 狼狽するシアンを鼻で笑い、ヴランティールは踵を返した。

 廊下の奥へ消えてゆくその背中を、シアンは追うことが出来なかった。

「シャロン!」

「シア……シャロン様ッ! 大丈夫ですか!?」

 王子たちの声すら、耳に入らなかった。


 王居棟────

 ベッドの上で眠れぬ時を過ごしていたラルフ王は、扉をノックする音で眼を開けた。

 生粋の戦士であるメガロニア人はノックをしない。祖王シュヴァーツが刺客による奇襲への心構えを養うため、ノック厳禁令を発布したのがその始まりである。

 今では法が改正され罰則こそ課されないが、祖王への敬意とともにこの習慣は深く根付いている。

 ただ一つの例外は、相手が他国の者の場合である。

「シアン・ルーン殿か?」

 王が問うと、扉がおずおずと開かれた。

「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー!」

「そろそろネタがなくなって来たんじゃないか?」

「あんまり裏もありやせんしね、この話」

「いや、貴様ら前回も名前ネタやってたろうが。今回も続きをやればいい」

「といっても、あと誰が残っている?」

「しらばっくれるな! 我が愛しのニギエラ様と、敬愛すべきフルレラ様がいるだろうが!」

「ああ、その二人なぁ……ちょっと言えない」

「はぁ!?」

「キャラクターコンセプトとかが、諸事情あってな……」

「言えないほどのものか!? 気になるぞ!」

「元ネタがエッチだったりとかですかい!?」

「やめろぉ貴様、眼をキラキラさせて訊くな! おい不埒なことじゃないだろうな!」

「ああ、それは大丈夫だ。下ネタとかじゃない。詰め寄るな、頼む……」

「そ、そうか……では、そうだな……国父シュバーツ様と、現王ラルフ様はどうなのだ?」

「ああ、それはな……この物語の裏話をしたとき『コナン・ザ・グレート』の名を出したと思うんだが」

「……アーノルド・〝シュワルツェ〟ネガー?」

「うむ」

「ブルース・リーだけじゃなかったんでやすね……」

「ならばラルフとは誰だ? こちらも人名のようだが?」

「『蛮人コナン』には映画のほかにも、九〇年代に作られた『コナン・ザ・アドベンチャー』というTVドラマ版があってな……」

「そこでコナンを演じてたのが?」

「ラルフ・メラー」

「まんまだったぜ」

「シュワルツェネガー同様、ボディビル出身の俳優でな。コナン以前にはジャン=クロード・ヴァンダム主演の『サイボーグ』や『ユニバーサル・ソルジャー』にも出ている」

「コナンの建国した国にブルース・リーが来たということか、この話は……」

「やべぇな、誰得なんだぜ?」




次回予告!


 決勝戦来たる!

 忌まわしき過去を振り払い、

 懐かしき思い出に肩を抱かれ、

 怒りと憎しみを胸底に沈めてシアンはアリーナに立つ!

 そして最後の鐘がなるとき、本当の闘いが幕を開ける!

 ニギエラが、マオが、イリーズ達が、雌雄を決さんと動き出す!


 次回『ご主人は女傑恐怖症』第九章!

 『主人と従者と決勝戦』!


 なぜシアンは女傑恐怖症となり、そして今、それを克服しつつあるのか?

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