主人と従者と二回戦Ⅲ ご主人ビンタされる之巻
「前回までのあらすじ!」
「うむ!」
「ご主人! 親衛隊隊長にドーピング推奨!」
「人聞きの悪い言い方をするな!!」
「今回のあらすじ! ご主人、おいらをお姫様抱っこ!」
「それは……間違ってない……!」
「そのまま結婚式場へゴー!」
「それは絶対にない!!」
「お分かりになりませんこと? ミラウラと名乗った彼女こそが、フルレラ王女なのです!」
「な──ッ!?」
荷馬車に轢かれたような衝撃が、シアンを打ちのめした。
脳裏に浮かぶフルレラ王女とミラウラの容姿が、重なったのだ。
なぜ今まで気付かなかったのか。
その差異は、髪型とそばかす、そしてほんのわずかな髪色の違いのみ。
過去、貴賓席に見えた王女の化粧が濃いと感じたのは間違いではなかった。その公人の嗜みによって、肝心のそばかすが目立たなくなっていたのだ。
それに予選後、シアンの部屋から飛び出したミラウラに驚くニギエラ王子の様子は、一介の親衛隊員に対するものにしては、あまりに大げさだった。
なにより、シアン自身が一国の王女というものに夢を見すぎていたのもあるだろうが、フルレラの言動はあまりにもあけすけで、とうてい貴女と思えるものではなかった。
ならばミラウラは今朝、王女でありながら、親衛隊にも告げず、たった一人でマオを探す決意をしたのか。
自分を、決勝戦に行かせるために。
「シアン・ルーン殿、なにかお聞きではありませんこと!?」
突き込んでくる刃のようだったマデリーンの口調がようやく和らいだ。
が、剣の筋自体は相変わらず鋭い。
シアンは応えなかった。
心臓への狙い澄まされた一撃を、大きく後ろへ跳んでかわす。
そして、剣を上段に構えなおした。
明らかに一撃必殺を狙うルマット──レイオンに対しては不利であるはずの剣型だ。
「マデリーン。私は王女を探す。悪いがこの試合、ここで終わらせてもらう」
その言葉に、マデリーンはムッと顔をしかめる。
ルマットで攻め、先と同じ轍を踏み、負けることで幕を引こうというのか。
いや、それにしてはシアン・ルーンの態度は自信に溢れすぎている。
「御挨拶ですわね。私を甘く見ないでくださいまし」
王女の身が気がかりな今、早期決着という提案はありがたい。
しかし、あくまで勝って終わるつもりというなら、親衛隊としての意地も少しは張ってみせたくもなる。
シアンが動いた──セオリー通りの上段切り。
マデリーンの腕も迎撃に走る。
シアンの剣を受け流しつつ、鋒をひるがえして胸に突きを────
と、思った瞬間、マデリーンの世界は一回転していた。
背中がアリーナの地面に叩きつけられた。
「う……!?」
息が詰まる。
同時に、手から剣が消えた。
咄嗟に立ち上がったその眼前に鋒が突きつけられた。
シアンが左手に握った、己の剣である。
そのとき初めて、マデリーンは自分の身に何が起こったのかを悟った。
剣と剣が斬り結ばれた瞬間、シアンの左手が自分の右腕を掴んで引っ張り、ひねったのだ。
いかなる力の作用か、それだけで自分は転んでしまったのだ。それも、一回転するほどの勢いで。
そして虚を突かれたところで、剣を奪われてしまった。
ルマットの一撃を〝撒き餌〟として使う剣士は多々いるが、このような戦法が存在するとは思わなかった。
完全な敗北である。
「さすがの腕前。感服いたしました」
マデリーンはその場で静かに跪いた。
シアンも両手の剣を下げ、恭しく礼をした。
鐘が鳴り、観衆が沸き返る。
王女を投げ飛ばすという無礼も、闘技場の中では興奮のスパイスとなる。
だが、惜しみない拍手と歓声は、その数秒後、ピタリと止むことになる。
「ではマデリーン。私は先に」
「お焦りなさいませぬように。シアン殿は宮中をよくご存じないはず」
「しかし……!」
「私が同行いたします。まずはこのまま、私をエスコートする形でともに選手用の控え室へ」
ドクンとシアンの胸が躍った。悲しいまでに単純かつ不謹慎な性分である。
そのときだった。
ポンッ────破裂音とともに、ローブを纏った小さな身体がシアンの頭上に現れた。
「マオッ!?」
咄嗟に剣を捨てて、落ちてきた従者を抱き止める。
そして、フードの中を覗き込むや、表情を凍らせた。
「ご主人……」
余喘のような絶え絶えの息で、マオはかろうじて主人を呼んだ。
その顔は痣と血にまみれ、生気を失っていた。
シアンは従者の脈を捜して、首筋に手を伸ばした。
指が、胸元のヌルリとした液体に触れた。
ローブをはだけてみれば、首から下は裂傷と火傷に染め上げられている。
拷問の跡だというのは一目瞭然だった。
「マオッ! おい死ぬな! マオッ!!」
従者を抱えたまま、シアンは絶叫していた。
「落ち着いてください! まずは────ッ!」
「医者ッ! 医者はいないかッ!? 誰でもいい!」
マデリーンが諭すが、まったく耳に入っていない。
眼が焦点を結んでいない。アリーナのど真ん中であるのも忘れて、錯乱状態に陥っている。
「助けてくれ! 頼む、誰か──ッ!」
パンッ──頬への一撃がシアンの叫びを止めた。
マデリーンの平手打ちである。
「ごめんなさい。でも、まず控え室へ。その子を光から逃がさないと……」
「……すまないッ」
己の不明を恥ながら、シアンは入場門へと走った。
「こちらだ!」
門をくぐるや、暗い廊下の奥からイリーズが呼んだ。
シアンが駆け寄るや、手に持ったキツネビゲシの針をマオの胸に刺した。
「隊長、それは……!」
シアンの手の中で、マオの身体がビクン、と跳ねた。
早くも呼吸が落ち着きはじめ、顔には赤みが戻ってくる。
さすがは魔界の強壮薬である。
「ご主人、王女が……ミラウラで……助けてくれて…………」
「ああ……ああ、わかっている。だから喋るな」
まだ針は抜けない。それほどまでにマオの傷は深刻だった。
「針は貴様達に返す。このまま刺しておいてやれ」
「しかし、それではあんたが……」
イリーズの禁断症状は終わってはいない。毒を軽く摂取して症状を一時的に緩和しても、しばらく経てば苦痛がぶり返してくる。
「私もたった今、刺したところだ。十五分くらいは保つ。その間に、勝つ」
「舐めているのは誰かしら?」
その声に、二人は揃って入場門に顔を向けた。
スワル・ヴァン・ヴランティールが壁にもたれ、腕を組んでいた。
「馬鹿みたい。魔族なんかのために、せっかく拾った勝ち札を捨てるなんて。王子様へのあんたの愛って、その程度なんだ」
大袈裟な手振りで、髪を後ろへ払う。
「……お前か? 私の従者を傷付けたのは……」
射殺すようなシアンの眼がスワルを睨む。
「そうよ。それが?」
鼻で嗤って、スワルは答えた。
シアンは自分の意識が、サァッとどこかへ落ち込んでゆくのを感じた。
代わりに、抑えがたい衝動が、頭の中に滑り込んでくる。
一昨日、ヴランティール公爵との会話の最中に感じたものと同じだった。
「やめろ。私の相手だ」
だが、シアンの殺気を感じ取ったイリーズが割って入った。
「貴様はフルレラ様を捜せ」
その言葉で、シアンはハッと我に返った。
「……すまない。勝てよ」
そう言い残して、マオを抱えたまま出口へと走った。
マオを太陽の下に出したくはなかったが、無防備な今の状態で残してゆくことも出来ない。まずは、部屋で安静にさせるべきだろう。
「シャロン!」
闘技場を飛び出すや、またもシアンは呼び止められた。
同時に、馬蹄音といななきが耳に飛び込んでくる。
驚いて眼を向けた先にいたのは、あまりにも意外な人物だった。
「王子!?」
漆黒の鎧を纏った巨体────ニギエラ・ヴァン・メガロである。
しかも、その身があるのは、カラスのような黒の毛並みを持った立派なユニコーンの背ではないか。
「ここでなにしてる!?」
と言ったのはシャロンである。
「マデリーンが出てきたから、おかしいと思って、飛び出してきたんだ! 事情は理解しているつもりだ!」
ぞんざいなシアンの口調にも眉一つ動かさず、ニギエラは答える。
「今、部下に調べさせた。執政棟の西の端だ。草むらに隠れて、今は使われてない地下牢の入り口がある。妹はそこに!」
「なに! なぜ、それを知って自分で行かない?」
「きみの従者を殺そうと、公爵の近衛隊が動き出している。裏でウィリアミナたちが頑張っているが、僕が行って止めなきゃならない。その子をこちらへ。王居で保護する」
シアンの脳裏に一瞬、昨夜のラルフ王の言葉がよぎった。
────ニギエラには、重大な秘密がある。
「ご主人……王子さんは大丈夫……」
主人の迷いを察してか、マオが声を発した。
「おいらを掴まえたのは、公爵……だから……」
「わかった。マオ、王子と行ってくれ」
「合点」
従者の後押しもあって、シアンはニギエラを信じた。
なにより、王子の一人称と二人称が変わっていた。こちらが本来のニギエラなのだろう。純朴な青年の素顔は、演技とは思えない。
「シャロン、ウマは乗れるかい?」
「あ? ああ」
「なら、こいつを使ってくれ」
そう言うなり、ユニコーンから飛び降りた。
「人を選ぶやつだが、きみことならきっと気に入ってくれる」
ふるんふるん、と息巻く愛馬の鼻を撫でる。
「待て、あんたはどうする? 急ぐんじゃないのか?」
「大丈夫! 王居はそこだから!」
そう言って爽やかな笑顔でニギエラが背後を指す。
たしかに、王居棟が目と鼻の先あった。
「ウマだって、隣の衛隊舎にいけば借りられるしね!」
「そ、そうか……」
「ご主人、ほんと周り見てねぇでさぁ」
「う、うるさいな……半死人は黙って寝てろ……ッ!」
照れ隠しか八つ当たりか、シアンはなかば放り投げるようにマオをニギエラの腕に委ねた。
「私の従者を頼む」
「こちらこそ、妹を頼むよ」
揃って頷き合う。
シアンの身体がフッと宙に舞い、黒きのユニコーンの背に音もなく収まった。
「よいウマだな! ハッ!」
手綱を繰り、華麗に馬首を巡らせてシアンは駆けだした。
「そっちじゃない! あっち!」
マオとニギエラの声が、見事にハミングした。
喚声が高まっていた。
イリーズとスワル、二人の選手がアリーナの中央へと辿り着いたのだ。
「さっきの貴様の言葉を返そう」
先に剣を掲げたのは、イリーズの方だった。
「薬で自分を偽る貴様に、ニギエラ様への愛を語る資格などない」
「資格? 勝てばいいんでしょ? それだけよ」
スワルが輪にした鞭を刃に当てる。
即座に、イリーズが剣を横に薙いだ。
しかも、掲げていた長剣ではない。
右の腰に提げていた細剣による奇襲だった。
これはスワルにとっても予想外だった。身を引くのが一瞬遅れ、ドレスの腹部がスッパリと裂けた。
だが、血は出なかった。
イリーズが斬ったのは惜しくも、皮一枚ならぬ革一枚。
「よくも、あたしの服ッ!」
スワルの鞭が唸る。
横薙ぎに振られたそれを、イリーズは姿勢を低くしてかいくぐった。
頭上で、何も打っていないはずの鞭がパチンと音を鳴らす。音速を超えた鞭先が、空気を叩いた音だ。
だが、鞭を振るう人間自体が音速を超えるわけではない。腕を振ってから鞭先が相手に届くまでには、若干の間が存在する。
イリーズは相手のわずかな予備動作から、鞭の軌道を見切ったのだ。
イリーズもまた少量ながらキツネビゲシを投与した身である。その感覚は、平素よりも格段に冴え渡っていた。
「なら、そんなものを着て闘うな!」
イリーズの太刀筋が再び、スワルを捉えた。
だが斬ったと確信するや、相手の身体はまた鋒の彼方へと逃げていた。
ハエ叩きから逃げるギンバエのようだ、とイリーズは思った。
「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー!」
「やっとマオが救出されたな」
「つーか半分自力で脱出してたけどな。それよか、おいらが戻ってきたときのご主人の慌てっぷりときたらぁ。にっししし……ねぇ、ご主人?」
「…………」
「頭抱えてるぞ。そうとう恥ずかしいんだな」
「マデリーンに格好良く勝った直後だったのにねー。ところで、マデリーンの使った《レイオン》と合わせて、今までかなりの数の剣型が出てきてんだけど」
「私の操る《ボルト》と《スウェッソン》、それから《ルマット》と《レイオン》の四種だな」
「こいつらにはなんか設定あんの?」
「…………」
「鬱ぎ込んでるぞ」
「だいぶ恥ずかしがってらね」
「その設定は世界観的な話でも?」
「おっけー」
「なら私からも答えられる」
「じゃぁ今回は姐御にお願いしまー」
「ガルボ大陸の剣術界には様々な流派と型があるが、その中の代表的な四種と考えてくれていい。
私が最初に使った際にも少し述べられたが、基礎中の基礎として多くの国で普及しているのが《ボルト》で、理にかなったシンプルな動きが特徴だが、実戦性の高い堅実さと、人によって多種多様な伸びしろを持つ奥の深さがある。
変わって《スウェッソン》は剣舞から発展したもので、剣先を相手に読ませない不規則な動きから虚を突くのが特徴だ。当然、細剣に向いた剣型で、修得には柔軟性と素早さが必要になる。《ボルト》の堅実さと《スウェッソン》の奇襲性。私はこの二重戦法でもってメガロニア親衛隊の前隊長を────」
「あ、姐御の話はどうでもいい」
「傷付くぞおい! ええい、それでだな。《ルマット》は攻撃型の剣型だ。『やられる前にやる』の先手必勝が旨で、リーチと重量のある大型剣を用いてこそ真価を発揮する。剣士に要るのは筋力と胆力。当然というべきか熟練者の大半は男で、女の使い手は珍しいな。
最後に《レイオン》だが、これは今まで出てきた剣型のなかでも一番特異だ。斬撃をほとんど用いず、急所への刺突──それも相手の攻撃をかわしてから文字通り隙を突く、という戦法が基本となる。相手の動きを上手く捌かねばならないため、優れた反射力と集中力がなければ修得自体難しいが、反面、筋力に劣る者でも扱え、熟達すれば決闘など一対一の闘いでは恐るべき威力を発揮する」
「じゃぁマデリーンって人は……」
「もちろん、ただの王女の影武者ではない。私の右腕ウィリアミナに対して、マデリーンは左腕だ」
「うひょー、ご主人トンデモねぇのに惚れちまったい!」
次回予告!
王妃になるのは私よと
飛び散る女の恋火花!
悪魔に力に支えられ
イリーズの剣が冴え渡れども
なお悪魔と化し果てた
スワルの力は侮りがたし!
片や怒れるシアンの拳が
地下の牢獄、地獄と変えて
『ご主人は女傑恐怖症』!
ついに次回、ギャグが消える!




