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主人と従者と二回戦Ⅱ 王女戦う之巻

「前回までのあらすじ!」

「うむ!」

「ご主人、ピンチのおいらをほっぽって、よその女の手料理を──!」

「不可抗力だ!」

 控え室のベンチに座り、シアンは背を丸めて、うな垂れていた。

 昨夜の王の話。イグニス。今朝のミラウラ。そしてなによりマオのこと。

 謎と不安がタッグを組んで、その心を脅かしていた。

 ミラウラの用意した蛍光色の朝食も、気味が悪すぎて食べる気になれなかった。

 ふと、部屋に入ってきた硬い足音に、シアンは顔を上げ、即座に眼を逸らした。

 イリーズだった。背後にはウィリアミナが控えている。

「マオのことは聞いたわ。心配でしょうけど、どうか私たちに任せて、あなたは試合に専念してちょうだい」

「……わかっている」

 ウィリアミナの言葉に適当な相槌を打ちつつ、シアンはイリーズの方を一瞥した。

 無言でベンチに座る親衛隊隊長は、ひと晩で十歳も老け込んだように見えた。

 身だしなみこそ整えているが、顔に生気はなく、呼吸も整わない。必死に隠そうとしているが、試合も始まらぬうちから冷や汗にまみれた身体が小刻みに震えているのがわかる。

 まだ魔薬は抜けきっていない。立つだけでも苦しいはずだ。

 キツネビゲシの禁断症状を一晩耐えきったのは感嘆に値するが、言ってしまえば、それだけだった。体力も精神もズタズタだろう。

 シアンは席を発ち、イリーズの前に立った。

 そして、懐に隠していたものを差し出した。

「マオからは受け取らなかったようだが……使え」

 キツネビゲシの針だった──マオと二つに別けた、片割れである。

「いらん……」

 消え入りそうな声で固辞するその手を取り、シアンは強引に針を握らせた。

「バカに……!」

 捨てようとするイリーズの拳を包むように握る。

「今、この手にどれだけの力が入る? こんな手で剣が握れるのか?」

 シアンはほとんど力を込めていない。

 それでも、イリーズは振りほどけないでいる。

「冷静になれ。プライドのために負けるのか? スワルに勝ちたくないのか?」

 なかば脅迫と化しているのは、シアン自身も理解している。

 だが、こうでもしなければ、イリーズには万にひとつの勝機もない。

 起こってしまったことを変えることは出来ない。だからこそ今は、勝つことだけを考えて欲しい。

「……勝ちたい」

 絞り出すように呟くイリーズの眼から、涙がこぼれ落ちた。

「私は……勝ちたい……!」

 初めて見せる、親衛隊隊長の弱気な姿だった。

 それでも、勝利への意思に揺るぎはない。

 シアンは手を放した。

 イリーズは針を捨てなかった。

 手を首筋にやり、針先を軽く刺し、抜いた。

 ほどなくして呼吸が落ち着き、身体の震えが止まる。

「毒をもって毒を制する、か。気に入らんが……」

 再び口を開いたとき、そこにはもとのタカの眼をした親衛隊隊長がいた。

「イリ姐」

「ウィリアミナ、苦労をかける。シアンも、礼を言う。悔しいが貴様はいつも────」

 顔を上げた先に、シアンはいなかった。

 代わりに、手洗い場の奥から噎せ返る声と、激しい水音が響いてきた。

「一回くらい真面目にやれんのか、あいつは……」

 窓の外では、喚声が高まっていた。

 もうすぐ第一試合が始まろうとしている。

 なにより、この日、午前の第二回戦を終えれば、午後には決勝戦である。

 新しい王妃が決定する、記念すべき日なのだ。

 観客の興奮も、嫌が応にも高まろうというものだ。

「それでは今より、《次期王妃決定武術大会》、第二回戦を始めるッ!」

 ニギエラが叫び、軍楽隊のラッパがファンファーレを奏でる。

「なお、第二回戦の第一試合は本来、対戦者不在によりシャロン選手の不戦勝となるが、特別試合として我が妹、メガロニア王女、フルレラ・ヴァン・メガロとの対戦カードを用意させてもらった! 勝敗は大会に影響しないが、我が国の王女と、我が妃となるやもしれぬ女戦士として、二人にはメガロニアの威信に恥じぬ闘いを期待する!」

 観衆が沸いた直後、アリーナの中央で、稲妻が落ちたかのような閃光が走った。少々演出を加えた、転移魔法である。

 光が消えたとき、そこには純白の甲冑を身に纏った女戦士が佇んでいた。

 フルレラ・ヴァン・メガロ────

「フルレラ様-!」

「きゃー! 王女様-!」

 凄まじいフルレラコールが客席から湧き起こる。

 だが、親衛隊二人の反応は違った。

「え!?」

「違う!」

 揃って眼を皿のように見開く。

「ウィリ────!」

 イリーズが号令を発するまでもなく、ウィリアミナは控え室から飛び出し、闘技場の外へと走った。

「う……もう始まるのか。ウィリアミナは……?」

 入れ違いとなって、シアンが手洗い場から帰還した。

「緊急事態だ。貴様も手を貸してくれ」

「緊急? しかし、試合が────」

「出ろ! そして即刻終わらせろ! ガネスのときのように!」

「いや、しかし、もとはあんたが回復するための時間稼ぎに────」

「状況が変わったと言っている! さっさと行け! 胸を揉ますぞ!」

「わかった、わかった。それは勘弁だ…………どういう脅し方だ、野人(ヤフー)女め」

 最後の言葉は口の中で呟きながら、シアンは控え室を出た。

 入場門をくぐり、アリーナへ出る。

(フルレラ王女……お美しい。あー、鎧と剣がなければ……)

 拒絶反応で疲弊した精神に、諦めの悪い男心が湧く。

 しかし同時に、シアンは思っても見なかった事実に気づかされた。

 完全武装したフルレラを直視しても、怖気が走らないのだ。

 代わりに感じるのは、言いようのない胸の高鳴り。

 剣を握り、鎧を身に纏ってなお、直視していたくなる存在など、シアンにとって初めての経験である。

 否定できようもない。恋というものだった。

 しかし相手は一国の王女である。

(ああ……なんという運命のイタズラ………ッ!?)

 勝手に悲恋劇の主人公ぶっているその足下に、突如、銀色の光が突き刺さった。

 細剣(レイピア)──王女が持っていた一対のうちの片割れを投げて寄越したのだ。

 内心では胃が口から飛び出すほどに驚いたが、なんとか平静を取り繕い、それを引き抜く。

 これで闘えと言うことか。イリーズの言葉は気になったが、王女がそれを望むのなら、シアンとて(やぶさ)かではない。

 王女が剣を掲げた。

 シアンもアリーナの中央に歩み寄り、腕を上げて刃を重ねた。

 そして、瞬時に身体を捻った。

 銀光が胸前をかすめる。

 刺されば間違いなく致命傷となる一撃だった。

(王女!? この殺気は一体──ッ!?)

 ニギエラの言った、国家の威信に恥じぬ闘いのためか。

 否、今まで惚気で気付かなかったが、シアンを見るフルレラの眼は、完全に〝敵〟に向けるそれだった。

 動揺するシアンを、鋭い刺突の連撃が襲う。

 そのすべてが急所を狙っている。

 紙一重でかわしてゆくシアンだったが、そこに、思わぬ追撃が浴びせられた。

 剣でも拳でもなく、言葉で────

「シアン・ルーン…………フルレラ様をどこへやったの?」

 シアンの思考と腕が一瞬止まった。

 同時に、危険を察した足が、自然と後ろに跳ぶ。

 突き出された刃の(きっさき)が、その喉元を追いかけ、逃した。

「王女……? では、貴女は────?」

「私の名はマデリーン。メガロニア親衛隊員にして、フルレラ王女の影武者」

「親衛隊……!? 影武者!?」

 たった今かわしたはずの剣に貫かれたような衝撃が、シアンの心に走った。

「答えなさい、シアン・ルーン。五体を斬り刻んででも、吐いてもらいますわ」

「待ってくれ、なぜ私が王女を(かどわ)かさねばならん!?」

 マデリーンが再び肉迫する。

 真っ直ぐ突き出されてくる刃の腹に、シアンは剣を振り下ろした。

 イリーズの腕試しでも用いた、ライマットをアレンジした武器殺しの技である。

 しかし、狙い通りに相手の刃を斬り落としたと見えた瞬間、マデリーンの剣がまるでシアンの剣を滑るようにひるがえって、さらに突き返してきた。

(《レイオン》────!?)

 咄嗟に首を傾けて、眉間を狙ったそれを辛うじて避ける。

 本来のライマットの大振りで仕掛けていれば、確実に虚を突かれ、額を穿たれていた。

 レイオンは「剣の盾」とも渾名される、鉄壁の防御と反撃に重きを置く剣術である。攻撃後に隙の生じやすいライマットなどにとっては天敵といえる。

 マデリーンはその本領を、直線的な刺突の中に、巧妙に隠していたのだ。

 シアンは即座に、剣術をトリッキーなスウェッソンに切り替え、防御を崩しにかかる。

 だが、十合ほど切り結んでも、マデリーンの剣はまったく綻びを見せない。

 スウェッソンの特徴であるフェイントに、まったく反応してこないのだ。

 間違いない。王女の影武者というだけでなく、親衛隊の中でもトップクラスの実力者だ。

(とぼ)けないで。フルレラ様は今朝、貴方の部屋を訪ねたのを最後に姿を消したのよ。私に試合を託し、貴方の力になるという書き置きを残してね!」 

 しかもシアンの剣を防ぎながら、会話を続けるほどの余裕がある。

「王女が私を訪ねる? どういうことだ?」

 すると、それまで冷静であり続けたマデリーンが、初めて眼を円く見開いた。

「本当に知らない? そんな……しかも、気づいてなかったなんて……」

「どういう──!」

「貴方は毎日、あの御方の訪問を受けて、話をなさっていたのですよ!」



 火が迫っていた。

 縄で縛られた身体。(くつわ)を嵌められた口。

 浴びせられる罵声、嘲笑、そして狂ったように叫ばれる「魔族を殺せ」という呪詛…………

 助けてくれるものなどいない──ただひとつ、火炙りのすえに訪れる死のほかには………


「寝てンじゃないよ」

 声なき悲鳴を上げ、マオは眼を醒ました。

 赤熱した刃の焼きごてが、腹に押しつけられていた。

 肌が溶け、肉の灼ける匂いが石牢に立ち籠める。

 スワルが立ち去ってから、一体、何度、繰り返されただろう。

 裂傷に覆われたマオの身体には、さらに十を超える火傷が刻みつけられていた。

「しかし、本当に口硬いね。いっそ殺してやろうか」

「いいんじゃない? アタイ、何でコイツ(いじ)めてんのか忘れちまったし」

「冗談よ。そんなことしたら、アタシらまで公爵の旦那にぶっ殺されるでしょ」

「代わんなよ。オレがやる」

「殺すんじゃないよ」

「解ってるよ。この綺麗な顔がムカツクから、皮引っ()がしてやるだけ」

 あまりに残酷な会話を、マオはただ項垂れて聞くしかなかった。

「あはは、面白そうだ────待ちな、誰か来る」

 扉の開かれる重々しい音が響き、外の光が牢への階段を照らした。

 ランプを手に提げたローブ姿の小柄な影が一人、石段を降りてくる。

「誰だ!?」

 近衛隊の四人は檻から飛び出し、剣を抜いた。

 この石牢は、表向きには閉鎖されたことになっている。ここで魔族を尋問していることすら、公爵派の一部しか知らぬ極秘事項だ。

 その秘密の部屋の扉を、あろうことか開け放ったまま降りてくるような者が、味方であるはずがない。

 だが、降り立った人影がランプを目の高さに掲げるや、近衛隊員たちは一様に「あッ!」と驚嘆の声を上げ、後退った。

(ご主人じゃねぇ……スワルでも…………誰だ……?)

 マオからは、その人物の顔がよく見えない。

「剣を納めなさい。あなた方とて王室に仕える身。これ以上は反逆罪とみなします」

 凛と張り詰めた声に気圧されるように、近衛隊員たちは恐る恐る、剣を鞘に戻した。

(……! この声……!)

 マオの中に、一人の人物の姿が閃いた。

 同時に、四人の女戦士は膝を屈していた。

「も……申し訳ありません、フルレラ王女様」

 マオは驚愕し、混乱していた。

 声の主が王女だというのが、信じられなかった。

「マオ!」

 王女の方もマオを見つけ出した。隊員たちを跳び越えるように、鉄格子の中へと駆け込んでくる。

「──ッ! なんて酷いことを……ッ!」

 吊し上げられたその姿を目の当たりにして、息を呑む。

「マオ。私がわかる? 返事は出来る?」

 顔を近づけ、必死になって話しかけながら、フードを脱ぐ。

(ちけ)ぇ……お()さんのツラなんか、見たかねぇって……)

 マオは心の中で悪態をついた────視界の八割を占める、ミラウラの顔に向けて。

 次の瞬間、ガタン、と檻の扉が勢いよく閉じられた。

「……」

「…………」

「………………」

「ええー……」

「いや、タイトルコールはどうした?」

「『ご主人は恐怖症』裏話コーナー」

「なんか単語一個抜けたな」

「ちょっと色々明かされたせいで頭ついていかなくって……っていうか、マデリーンって誰?」

「私の部下だ」

「え、ここで新キャラ?」

「最初からいるわ!」

「第一章終盤ですでに出ている」

「ええーぇ」

「シアン・ルーン、ミラウラの設定は途中まで固まらなかったと言っていたな」

「言った」

「没案は?」

「公爵側のスパイ」

「まーたずいぶん極端でさねぇ」

「ただのメイドというのもあったが、これはキャラが薄すぎた。ちなみにミラウラという名前は『ミラー(鏡)』と『裏』を合わせたもので、暗に王女の影武者であることを匂わせるものだった。最初期案がそうだったからな」

「まさかそれが本物になってしまうとはな」

「ある意味すっげーキャラ名詐欺だぜ」




次回予告!

 惚れて惚れられこの子はあの子と、

 複雑怪奇な心を捨てて、

 シアンの剣が勝負をかける!

 その手に帰った従者の命は、

 風前の灯火、虫の息!

 それを救うはイリーズの、

 己を捨てた粋の(わざ)

 さらにニギエラ現れて、

 マオを預かると申し出りゃ、

 果たしてシアンはどう動く!?

 そして始まる第二試合、

 女の因縁が激突する!

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