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第8章 主人と従者と二回戦Ⅰ 従者繫がれる之巻

「前回までのあらすじ!」

「うむ!」

「ご主人、イグニスのボインに敗北!」

「語弊がある語弊が!!」


     Ⅷ 主人と従者と二回戦



 朝日の差し込む窓辺にたたずみ、シアンは王宮の景色をじっと見つめていた。

 眼が充血している。一睡も出来なかった。

 結局、マオは帰ってこなかった。探し出そうにも、シアンが起こした一件のせいで宮中が慌ただしくなり、下手に部屋を出ることが出来なかった。

 窓からそれとなく様子を探っていたが、行き交う警備兵や親衛隊の数が落ち着いたのは、つい今しがたのことだった。

 背後で、扉が開かれた。

「おはようございます、シアン様。朝食をお持ちいたしました」

 ミラウラである。その手には、蓋(クロッシュ)を被った皿をささげ持っている。

 昨日までと違って、その声はどこか覇気に欠ける。

 しかし、その理由を気にかけている余裕は、シアンにはない。

「あの……昨夜はとんだ失礼をいたしました」

 テーブルに皿を起き、ミラウラはシアンの背中に頭を下げた。

「いや、いいんだ。それよりも、フルレラ王女に伝えて欲しいことがある」

 顔を外に向けたまま、シアンは言った。

「はい、なんでしょう?」

「今日の特別試合を棄権させていただく、と」

 ミラウラの眼が皿のように円くなる。

「な……どうしてです!? 王女も楽しみになさっているというのに!」

「王女には申し訳ないと思っているが……」

 踵を返してミラウラに歩み寄ると、両手をテーブルについて、項垂れた。

「……マオが、帰らないんだ」

「マオが……!?」

 そういえば姿が見えない、とミラウラは室内を見渡す。そして襲い来る不安に、女中服の胸元をギュッと握り締めた。

「何かあったとしか思えない。これから、捜しにゆく」

 そう言うと、シアンは朝食の蓋も開けぬまま戸口に向かった。

「お待ちください」

 その足を、ミラウラの言葉が止めた。

「シアン様はどうか、王女との試合に出場なさってください」

 うつむき、シアンの顔を見ぬまま、ミラウラは絞り出すように言う。

「しかし……」

「特別試合とはいえ、棄権などなされば、大会そのものを放棄をしたと見なされかねません。シアン様には、なんとしてでも優勝していただかなくては────」

「隊長殿がいる」

「イリーズは勝てません!」

 突然の剣幕に、さしものシアンも驚いて思考を凍らせた。

「申し訳ありません。私としたことが、はしたないことを。でも……信じたくないけど、分かるんです。さっき様子を見てきましたから。イリーズ隊長にはもう、闘う力は残っていません」

 シアンには反論出来なかった。本心ではミラウラと同意見だった。

 キツネビゲシを打たれた時点で、イリーズの決勝進出は絶望的だった。

 彼女の勝利を信じたい。だがそれは確信ではなく、願望にすぎない。

 そして、この件に首を突っ込んだ以上、自分にはやり遂げる義務がある。

「だが、マオは────」

「私が捜します」

 瞠目するシアンと、ミラウラの眼差しが交錯する。

「きみが?」

「はい。王宮は私にとって我が家。内部は熟知してますし、どこへ行っても怪しまれません。マオがどこにいようと──よしんば公爵がマオをどこかに隠していようとも──私の眼はごまかせませんわ」

 自信に満ちたミラウラの言葉に、シアンは違和感を覚えた。

「ミラ、きみは……ッ」

 その唇に、人差し指が当てられた。

「なにも仰らないで。今は、私を信じてください」

 予想外の不意打ちに、シアンは沈黙した。

「シアン様にとって、マオは大切な存在。この身に変えても、必ず見つけ出します」

 そう言うとミラウラは頭を下げ、シアンの脇をすり抜けて扉を開けた。

「朝御飯、食べてくださいね。今朝のは私が作ったんですから」

 その言葉を残して、扉は閉じられた。

(ミラ……ありがとう)

 シアンは言われたとおりテーブルへと引き返して、皿に被せられた銀の蓋を上げた。

 そして、閉じた。

(今の……なに?)

 再び、蓋を持ち上げる──今度はゆっくりと。

 銀皿の上では、水色と橙色に彩られた謎の塊が、ふてぶてしくゴロ寝するドラネコのように横臥(おうが)していた。



 鞭が唸った。

「ああぅ……ッ!」

 身を苛む激痛に、マオはか細い悲鳴を上げた。

 砂と埃にまみれた狭い石牢。小さな灯火が、小さな魔族を照らし出している。

 マオは両手を縛られ、天井から吊されていた。

 無数の青痣と蚯蚓腫が、その一糸纏わぬ身体を覆っていた。

 たび重なる鞭の責めに耐えられなかった箇所は破れ裂け、流れ出た赤い血が白い肌を汚している。

「言え! お前と一緒にいる女は何者だ!? お前らの目的は!?」

 牢の闇から、スワル・ヴァン・ヴランティールが怒鳴る。

 その手には、予戦でも使用した拷問用鞭、ナイン・テールが握られている。

「へ……ッ、相変わらず、踏み込みが足んねぇぜ、このトーシロ――」

「――黙れぇ!」

 再び、鞭が肌を打つ。

 焼かれるような痛みに、マオは歯を食いしばって耐える。

 公爵の手の者たちによる責め苦が、一晩中続いていた。

 見た目は少年のようでも、所詮は魔族――それが、スワルや近衛隊員たちを、より残酷にさせていた。

 眠ることも、座ることも許されず、マオはただひたすらに痛めつけられた。

 陽光の入ってこない牢獄でも、拘魔縄に縛られていては、なす術もない。

 だが手も足も出ないのは、責める方も同じだった。

 心身を極限まで追い込まれているにもかかわらず、絶え絶えの息で減らず口を叩き続けるマオに対して、スワルは怒り、苛立ち、そして焦っていた。

 この一見貧弱な魔族の口は、もの言わぬ岩石巨人(ゴーレム)より硬いらしい。

 あるいは罵詈雑言以外に、言葉を知らないのではないか。

 そもそもスワルの父ヴランティール公爵の考えでは、シャロンという謎の女の正体さえ判れば、このネコムスコは用済み。すぐにでも殺す予定だった。

 そうすれば契約者の定めとして、ヒトであるシャロンも死に、スワルの優勝は決定的。加えて公爵は〝王女と親衛隊が契約者と結託していた〟という弾劾材料をもって、ニギエラ派をさらに圧することが出来る。

 だが、その目論みは瞬く間に頓挫した。

 魔力の流れを測る呪具を用いて、いくどとなく綿密に探ってみても、アンジェラと名乗った魔族からは、契約者であるという証明が得られなかったのだ。

 ただの野良魔族で、さらにはメスですらなかったときている。

 野良魔族がヒトに手を貸すはずもなく、殺したところで真の脅威が取り払えるわけでもない。

 おまけにこのネコムスコ、どれだけ痛めつけられてもシャロン達の情報をまったく喋ろうとしない。

 内心の焦りを怒りで隠した公爵は、小さな魔族をめったやたらに弄(もてあそ)ぶや、事後と責任を娘に投げ渡して公務に戻ってしまった。

 以降、スワルによる無軌道な拷問が夜を徹して続けられていた。

 そしてこのとおり、まるで成果の上がらぬまま朝を迎えてしまった。

 試合の時間は刻一刻と迫っている。

 これでは、また折檻を受けることになる。それは嫌だ。

「……くそッ! くそッ、くそッ、くっそぉッ! 喋れ! 喋れよウジ虫! ぶっ殺すぞ!」

 はしたない悪態を吐き散らしながら、ナイン・テールでマオを滅多打ちにする。

 小さな身体が揺れ、肌が裂け、血の雫が舞う。

 マオにはもはや、身をよじる力もなかった。

「お嬢様、そろそろ時間です。準備を――――ッ!」

 そばに控えていた近衛隊の一人が、荒ぶるスワルを制した瞬間、壁に叩きつけられた。

 鼻から血が噴き出す。公爵令嬢の、八つ当たりの平手打ちだった。

「締め上げとけ!」

 別の隊員に鞭を押しつけ、スワルは鉄格子の出口をくぐった。

 暗闇の中、足音が遠ざり。マオからは見えない階段を昇る。

 重い扉が開かれる音。

 外の光が束の間差し込み、再び閉じられた。

 あとには四人の近衛隊員と、吊されたままのマオが残された。

「……強情なチビだね。さっさと楽になっちまえばいいのにさ」

 鞭を与えられたはずの隊員はそう言うや、あっさりと拷問具を投げ捨てた。

 しかし、その顔に浮かんでいるのは憐憫や慈悲ではなく、嗜虐的な優越感である。

「悪く思うなよ。こっちも雇われの身なのさ」

 腰の剣を抜き、牢を照らす灯火にかざした。

 鉄の刀身が、ゆっくりと赤熱してゆく。

「喋るなら今だよ。アタシらは、あの世間知らずのお嬢様ほど甘くないからねぇ」

 マオの苦難は、まだ終わらない。

「『ご主人は女傑恐怖症』は裏話コーナーだ!」

「なんだ? またタイトルコールは隊長か」

「なんだではないわ! 今回も私は出番無しだぞ。せめてここで叫ばせろ!」

「あんたそんな性格だったか!? 出番無しなど、いままでいくらでもあったろうが!」

「はいはい、ご主人。オマケコーナーでのキャラ崩壊なんてよくあることでさ」

「身も蓋もないことを言うなと言うんだ!」

「にしても今回はやけに意味ありげなミラウラの小娘に、おいらの拷問と濃いシーンが並びやしたね」

「前にミラウラの設定は書き始めてから定まったという話をしたと思うが、このときにようやく答えが出せた感じだな」

「それよりシアン・ルーン。マオへの拷問が尋常ではなかったが、大丈夫なのか? ……その、いろいろと」

「問題ない」

「説得力がないぞ! マオは拘魔縄に繋がれていると貧弱なんだろう? 死にかねないぞ!?」

「大丈夫だ姐御。アクション小説のヒロインってのは死線を潜り抜けてこそだぜ」

「そんな発想でいいのか!? 死線の種類がかなり際どいんだが!?」

「そういやご主人、この話、明確な死者は今んとこ出てねぇけど、最終的に何人か死ぬの?」

「その辺は詳しくは言えないが、当初はかなりの数のキャラが死ぬ予定だった」

「マジかよ!」

「まぁ死にすぎても、読者にすれば『またかよ』ともなりかねないから変更していったんだが、実は最終盤まで死ぬ予定だったはずが死なせられなかったキャラが二人いるとだけは言っておこう」

「うわっ、なにそれ誰それ!? ヤキモキする!」




次回予告!

 イリーズ隊長ご機嫌いかがと

 冗談めかす余裕もない

 取るべき勝利かプライドか

 シアンの問いがイリーズを動かす!

 特別試合の幕が開けば

 何が起こったか親衛隊

 非常事態と走り出す!

 殺気漲るフルレラ王女

 剣の冴えとともに告げた真実とは!?

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