主人と従者と一回戦Ⅲ 従者ポロリする之巻
「前回までのあらすじ!」
「うむ」
「ご主人、ゴリラ女に勝利!」
「やめろぉ思い出させるなぁ!」
「今回のあらすじ! おいら、超健気!」
「自分で言うな!」
アリーナでは、鉄爪と鍋とが激しく火花を散らしていた。
しかし、素人目にもわかる一方的な闘いだった。
マオの劣勢である。
右を防げば左が来る。左を防げば右が来る。息も吐かせぬ鉄爪の速攻をしのぐので精一杯だ。十秒と経たずして息が乱れ始める。
「無理だ……ッ、やめろマオ!」
従者の限界が、シアンには手に取るように分かる。
夜のマオであれば、難なくかわしきって反撃に転じていただろう。
しかし所詮、契約も交わしていないただの魔族。主人との鍛錬で培われた反射力はあっても、肝心のスタミナがついてこない。
「ええい離さんか、お前ら!」
懸命に脚をジタバタさせて拘束を脱しようとするシアンだが、親衛隊員たちの腕力がそれに勝る。
「駄目! おチビちゃんに頼まれたの!」
「何を!?」
「絶対に試合を止めんということだ! 仮にも主人なら、意を汲んでやれ!」
「あいつ、何を考えて……!? ────!」
シアンの視線の先で、ついにマオが吹き飛んだ。
鉄爪の動きに気を取られるあまり、フェイントからの前蹴りを腹に受けたのだ。
「うぐ……あ……がッ」
地面を転がってダメージを殺しつつ体勢を立て直すも、膝をついて激しく噎せる。
腹への一撃だけで立つこともままならない。
最初から分かってはいたが、力の差は歴然だった。
だが、言い訳も後戻りも出来ない。
もとより、するつもりもない。
(こいつをご主人と闘わせるわけにゃいかねぇ……おいらが、ここで潰す!)
気力を奮わせて立ち上がろうとしたそのとき、イグニスが跳躍してきた。
獲物に狙いを定めたタカのように、爪を光らせて降下してくる。
「ンにゃぁぁぁ────ッ!」
マオが吼えた。
裂帛を籠め、身体の回転も使って鍋を鎖鉄球のように投げた。
狙いは正確無比。
イグニスも咄嗟に両手の籠手を合わせてこれを防いだが、それでも鉄塊の勢いは殺しきれず、体勢を大きくぐらつかせる。
「今だ! 発射ッ!」
その隙を見逃さず、マオは着ぐるみの頭に両手をかざした。
次の瞬間、試合を見ていた全員が度肝を抜かれた。
ユニコーンの頭から、猛然と角が射出されたのだ。
徹夜で作り上げた、マオ渾身の秘密兵器である。
イグニスにとっては予想外も甚だしい。反応する間もなく、顔面に直撃をくらっていた。
幸いにもマスクが盾となり、主人の顔に代わって粉々に砕け散った。
さしものイグニスも一瞬気を失ったらしい。衝撃に身をのけぞらせたまま、受け身も取らず後頭部から地面に墜落した。
男性客たちの中から、小さな歓声が上がる。
仰向けに転がったイグニスは、それまで隠してきた美貌を露わにしていた。その肢体と装束も相まって、髪を広げて横たわる姿は妖艶のひと言に尽きる。
それも束の間、イグニスは眼を開くや平然と跳ね起きた。
恐ろしく頑強な美女である。
だがマオは勝利を確信していた。戦力差を覆して勝ちをもぎ取りにゆく唯一の策が成ったのだ。
案の定、マスクが壊れたことに気付いた途端、それまで冷然とした態度を崩さなかったイグニスの眼に、激しい動揺の色が浮かんだ。
そして、この試合二度目の驚愕が会場を席巻した。
三角形をした獣の耳である。
それがイグニスの頭から飛び出したのだ。
さらに腰からは箒のようなフサフサの尻尾も生えたではないか。
「魔族だ──!」
その叫びが客席の間に広がってゆく。
「あれは……!」
イリーズとウィリアミナも言葉を失っていた。
「やはり、《一反木綿》か!」
「イッタンモメン!?」
シアンの叫んだ聞き慣れないその名を、二人は鸚鵡返しにする。
「あれ、なんか違う。《一杯飲め》だっけ? 《居座り御免》だっけ?」
「なんだ、その不貞不貞しい名前は……?」
《偽りの面》である。
「と……とにかく、やつの覆面は魔族のコリが作った、姿を人間に変える力を持った魔法具なんだ。実物を眼にしたのは私も初めてだが…………」
鐘が打ち鳴らされた。
大会に魔族の参加は許されていない。
つまり、マオの勝利である。
万人の意表を突いた逆転劇だった。誰もが小さな勝利者に喝采を送っていた。
だが、疲れでへたり込んだマオがいざ客席に手を振ろうとしたとき、それは起こった。
ザクッ、と……鉄の爪がユニコーンの頭部を刺し貫いた。
試合終了にもかかわらず、イグニスが仕掛けてきたのだ。
気が緩んでいたとはいえ、マオが反応できなかったのも無理はない。
イグニスはその場から一歩も動くことなく、また音も立てずに攻撃していた。
その鉄爪と籠手の間は一本の細い縄で繋がれていた
飛爪である。
マオと同じく、イグニスもまた武器のギミックを隠していたのだ。
縄が引かれ、爪が着ぐるみの頭を千々に引き裂いた。
まさかの三度目の衝撃が観客を襲った。
勝者の頭にもまた、獣の耳が生えているではないか。
マオが襤褸切れになったユニコーンの頭を被り直しても、もう遅い。
狼狽するその姿を尻目に、イグニスはポンッと音を立てて消えた。
空間転移──契約した主人のもとに戻ったのだ。
今、同じことが出来たなら、マオはどれほど安心できただろう。
パリン──突然、マオの傍で陶器が砕けた。
観客の誰かが、飲み物の入った瓶を投げつけてきたのだ。
それが始まりだった。落胆が憎悪を呼び、罵声と瓶の雨がマオを襲った。
勝者も敗者も魔族だった。そんな茶番劇を見せられたことに対する怒りがマオに集中したのだ。
「やめなさい! みんな落ち着いて!」
「皆、やめぬか! ええい、警備兵!」
フルレラとニギエラが必死に声を上げるも、一万人の暴徒に止まる気配はない。
そして、別の動乱が控え室でも起こっていた。
「待て────うッ!?」
イリーズとウィリアミナが、壁に叩きつけられた。
シアンの足に蹴り飛ばされたのだ。
明らかに動きが違った。今までの長々しい応酬はなんだったのかという、鮮やかな脱出と奇襲だった。
二人が再び顔を上げたとき、逃げた足はすでに、アリーナの土を踏んでいた。
「やめ……やめて……」
一方、マオは身体を丸めて震えていた。
あのイグニスに対して一歩も退かなかった気丈さからは考えられない怯えようである。
(いやだ……いやだ……! 助けて……!)
──縛られた身体。
──辺りを埋めつくす殺意。
──投げつけられる嘲笑と石。
──じりじりと迫り来る炎。
悪夢のような光景が脳裏に再生されていた。
そんなマオが、己の頭を直撃する軌道で飛んでくる瓶に気づくはずもない。
だが、それはマオに触れる直前、空中で砕け散った。
途端に、場内が水を打ったように静まりかえった。
「ご……主人……?」
マオの目の前に、長い黒髪が揺れる。
瓶を叩き割ったシアンが、四方の観客席をぐるりと見渡していた。
ただそれだけで、一万人の観客が気圧されていた。
殺気である。
(なんだ……何者なんだ、あいつは?)
歴戦の強者であるイリーズとウィリアミナですら、身体の震えを止めることが出来ない。
全身の毛穴が冷や汗を噴き、反対に口のなかはカラカラに乾いてしまっている。
ある種の達人が放つ気迫は、それを察するほどの力量を持つ者にこそ効果がある。
だがシアンから発せられる怒気と殺気は、武芸の素人である市民をも戦かせているではないか。
「竜……だとでもいうの……?」
隣で呟いた腹心を、イリーズは驚きの眼で見つめた。
ウィリアミナの言葉は、昨日の予選で自分が感じたことの再現だった。
もしかしたら、この場にいる全員がそうなのかもそしれない。
強大無比な竜と相対してしまったかのような、本能的な恐怖である。
まして親竜の目の前で仔竜に手を出そうなどと、一体誰が考えるだろう。それと同じである。
下手に刺激すれば……これ以上あの魔族を苛めば…………殺される。
静寂と戦慄のなか、シアンはゆっくりと従者を抱き起こした。
その小さな肩をかかえ、寄り添って入場門へと歩く。
第一試合の時とは異なる沈黙に送られて、勝者はアリーナから退場した。
「……ご主人」
沈黙の垂れ込める控え室に戻ったところで、ようやくマオは口を開いた。
「なんだ?」
「すっげぇ鼻血ぃー、うっひゃっひゃ──ぃにひいぃぃー!」
馬鹿笑いするマオの両頬が左右に引っ張られた。
「お前最初に言うことがそれかッ!」
シアン自身もまったく気付いていなかったのだが、その顔は窓枠に強打した際に噴き出た血でドロドロに汚れていた。
そんな二人に、イリーズとウィリアミナは安堵の溜息を吐く。
見慣れた主従に戻ったことで、ようやく緊張の糸がほぐれたのだ。
従者におちょくられる今のシアンを見ると、先程の気迫は何かの間違いだったのではないかと思えてくる。
だが事実、鼻血まみれのマヌケ面で、シアンは一万人の観衆を黙らせたのだ。
「ふぇーい『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー……」
「えらく疲れてるな」
「そりゃぁ大激戦くぐり抜けてきたばっかでやすからね」
「おい待て貴様ら、このコーナーでは現実が反映されるのか?」
「いいや」
「気分だぜ」
「…………」
「やめろ隊長、無言は怖い」
「分かった。分かりやした姐御、謝るって」
次回予告!
一撃決着第一試合
二人魔族の第二試合
午後から始まる第三、四の
試合に絡まる因果はなにか!?
賭けるは恋路と最強の
女の戦いが幕を開ける!
スワル許すまじ!
国家の威信をも賭け札にしたイリーズに
待ってましたとばかりに襲いかかる恐るべき罠と試練!
次回『ご主人は女傑恐怖症』第六章、
『主人と従者と親衛隊長』!
悪の一矢がイリーズを狙う……!




