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主人と従者と王宮Ⅲ ご主人睨みを効かせる之巻

「今回のあらすじ!」

「うむ」

「ご主人がめっちゃ喋る!」

「だからそれをあらすじとは言わん!」


 届けられた書状に案内図が描かれていたおかげで、執政棟(しっせいとう)二階にある公爵の執務室の場所はすぐにわかった。

「う……ッ」

 だが、『ヴランティール』の銘板が掲げられた両開きの扉を見つけた瞬間、シアンは呻いていた。

 扉の両脇に、強面の女戦士が控えていた。

 衛兵なのだろうが、親衛隊とは明らかに印象の異なる、いかにも残忍そうな顔つきだ。

 イリーズの話に聞いた近衛兵というやつだろう。

「なんだいあんたらは? ここに何の用だい?」

 動くことも喋ることも出来ないでいるシアンの手からマオが書状を取り、女たちに渡した。

 内容に眼を通すと、女の片方が扉を開けて部屋へと消え、ほどなくして帰ってきた。

「大将がお逢いになるってよ。行きな、お嬢ちゃん」

「行きんしょう、お姉様」

 マオが戻ってきてシアンの手を取った。

 従者に手を引かれ、伏し目がちにうつむくことでシアンはなんとか精神の均衡を保ち続けた。

 女たちの舐めるような、好色じみた視線を悟ったところで、睨み返せるはずもなかった。

 幸運にも、執務室の中にまで衛兵はおらず、シアンはホッとひと息ついて顔を上げた。

 そこは、主従が泊まる客室にも劣らぬ広さを持つ部屋だった。

 しかし、その空間のほとんどをしめているのは調度品でも書棚でもない。

 屹立する甲冑、純金の戦精霊(ヴァルキリー)像、ガラスケースに納められた槍や刀剣といった、美術品の数々だった。

 そのすべてが、武力や戦争に関係するものばかりである。

(……仕事部屋というよりは、野心の具現化だな)

 部屋の主は、奥にしつらえられた巨大な執務机の向こうで、椅子に深々と身を沈めていた。

 金色の鎧──自らの威光を知らしめるのに、これほどのものはあるまい。

 その身体がどれほど巨大であるかは、座っていても分かる。背は間違いなくニギエラより高い。

 初老といえど頑健そのものの顔つきと、人にらみで人を射殺せそうな眼光。

 色褪せた白金色の髪と髭が、獅子の(たてがみ)のように四角い顔を取り囲んでいる。

「入ってきて、挨拶もなしか?」

 真一文字に結ばれていた大きな口が、野獣の唸り声のような低い声を発した。

「どうも、公爵閣下。わっちはアンジェラ、こっちは姉様のシャロンといいんす」

 客を招いたとも思えない尊大な物言いにも臆さず、マオは愛想よくお辞儀した。

「ふん、まったくひどい訛りだな」

 男は鼻で笑いながら、露骨に顔をしかめた。

「どこの出かは知らんが、おおかた辺境からの流れ者だろう。こんな下賤(げせん)が王妃になるかもしれんと思うと、我が国のことながら情けなくなる」

 その瞬間、シアンは頭がフッと熱くなるのを感じた。

 意識だけが一歩後ろに退き、自分を背中から見つめているような感覚に陥ってゆく。

 気がつけば、なにかを言おうとしたマオを制して前に出ていた。

「あんたがヴランティール公爵?」

 女の問いに、男は眉尻を吊り上げた、

「なんだその態度は? 貴様、仮にも一国の公爵に対する口の利き方も知らんのか?」

「私はこの国の市民でも兵士でもないし、外交官でもない。私にとってあんたはただの老人だ」

 最後のひと言が強烈に効いたらしい。口ひげの奥から歯ぎしりが聞こえてくるようだった。

「で、まだ名乗ってもらっていないのだが、あんたがヴランティール公爵なのか?」

「いかにも儂がヴランティールだ。これで満足か?」

「いや、口ではなんとでも言える」

「ほう、なにを気にしている?」

「私が知る限り、ヴランティール公爵というのは軍の大将とは名ばかりの臆病者だ。親衛隊隊長一人を倒すのに何十人という手駒をけしかけ、自らは奥に引っ込んでいるのだからな。この期に及んで影武者を用意し、本人は壁の裏などということも充分あり得よう」

 シアンの顔を見上げながら、マオは呆気に取られていた。

 女性を口説くときならいざ知らず、このような場面では初めて見る饒舌(じょうぜつ)な主人だった。

 自分に揚げ足を取られ続けている普段とは、まるで別人である。

「言葉に気をつけろ、小娘。貴様こそ戦士にあるまじき不埒な真似で勝ち残ったようだが、本来ならばとっくに不敬罪で牢送りだぞ」

「仮の話で脅しても無駄だ。不埒でもなんでも、私は勝ったのだからな」

 二人の会話の裏には、大会本戦に出場する選手に与えられた特権の存在があった。

 曰く、『大会期間中、出場資格のある者はいかなる罪によっても裁かれない。また優勝した者に過去の罪があれば、これらはすべて不問に処す』。

 それは、国祖シュバーツ王が女盗賊を正室に迎えたことに由来する伝統だった。

 どんな悪女でも強ければ王妃になれる。武勇を奉ずる国家ゆえの闇の側面である。

「貴様、成り上がり者の親衛隊隊長とは、ずいぶん仲がいいようだな」

「それが、なにか?」

 とくに仲がいいわけではないが、シアンは否定しなかった。

「解せんな。あのような半端物に肩入れして、なんの得がある?」

「私にはある。あんたにはない。それだけだ」

「ふん、ニギエラか? 貴様も我が甥の優男ぶりに惚れたか?」

「さてな。しかし少なくとも、あんたよりは数段、男として魅力的だ」

「男を知らぬ生娘の言いようよな。真の男とは強きことよ。ついでにこれも知らんようだから教えてやるが、あいつは儂には勝てんぞ」

「知っている。だからこそ私は彼らに味方したいと思う。野獣でもあるまいに、力だけで人がなびくと思わんことだ。そちらこそ、まるで女を知らぬ男の物言いだな」

 公爵の白いもみあげの根元に、青筋が浮き始めていた。

「随分と自分を高く買っているな。まるで貴様一人で儂に勝てるとでも──」

「勝てる」

 シアンは即答した。

 公爵の両眼がバッと血走ったように見えた。

「私の腕を危惧したからこそ、あんたは私をここに呼んだ。引き抜くつもりだったか、脅すつもりだったは知らんが、今手を引かねば恥をかくのはそちらだと言っておく」

 シアンが片足をわずかに後ろに引いた。

 臨戦態勢に入ったのだ。

 その瞬間、マオは主人が公爵を挑発し続けた意図を理解した。

 早くもここで決戦の火蓋を切り、首魁を倒すつもりなのだ。

 とはいえ、こちらから襲撃したのでは殺さぬにせよ暗殺も同然。

 雇い主であるフルレラ王女、ひいては王子派の謀略であるとの誹りは免れない。

 ゆえに、激昂した公爵に先に剣を抜かせ、私闘に持ち込むつもりだったのだ。

 だが、目論見はすんでの所で外れた。

「……女ながら面白い奴よ。ならば、貴様と闘える日を楽しみにさせてもらうぞ。その日があれば……だがな」

 女の目論見に気付いてか否か、公爵が冷静さを保ったのだ。

 シアンも深追いはしなかった。

「アンジェラ、帰るぞ」

 踵を返し、マオを連れて戸口へと向かう。

「最後に忠告しておくが、友は賢く選んだ方が身のためだぞ」

 扉へ向かう二人の背に、公爵の声が覆い被さる。

「心配ご無用。常にそうしている」

「若いな。賢いとは、利益と未来のあるものに付くことだ。いっときの感情に任せて小物とつるむことではない」

 シアンはノブに手をかけた。

「賢く選べというわりには、ご自身の友人は随分と臆病だな。隠れん坊したまま、客人に顔も見せられんとは」

 その瞬間、部屋の隅に置かれた像の裏から人影が飛び出した。

 天井近くまで跳躍し、(ウィップ)を振るう。

 だが姉妹が退出する方が早かった。

 唸る鞭先が扉を叩き、傷を走らせるに終わった。

 部屋を出るのに、シアンはマオの手引きを必要としなかった。

 相変わらず下品な眼を向けてくる近衛兵たちも意に介さない。

「可愛い妹だね。いくらで売ってくれる? ……う」

 卑しい問いを投げた瞬間、その衛兵は凍り付いたように動かなくなった。

 あるいはヘビに睨まれたカエルだろうか。

 振り向いたシアンの眼光である。

 怒気と殺気が鋭利な矛となって女の眼球を貫き、脳神経に突き刺さり、一切の動きを麻痺させていた。

「てめぇ、何を──!?」

 相方の異常を悟ったもう一方の衛兵が、剣の柄に手をかける。

 だが、刃が抜かれるよりも早く、その衛兵は顔面にキックを受けて床に転がった。

「……ご主人。女戦士、平気になったんでやすか?」

 執務室から充分に離れたところで、マオが小声で訊ねた。

「ん? あ、そういえば、なんともなかった。そうなのか……?」

 たった今、自分がなにをしたのか憶えていないような様子でシアンは答えた。

 事実、なぜ平気だったのかは自分でも分からなかった。


「くそッ、なによあいつ。むかつくッ!」

 スワル・ヴァン・ヴランティールの悪態と地団駄が、執務室の中に響いた。

 もしシャロンと名乗る女が対談の最中に公爵を襲うようであれば、逆に物陰から奇襲をかけて息の根を止める。それが彼女に与えられた役目だった。

 だが相手は思っていた以上の曲者(くせもの)だった。

 散々に公爵を罵倒し、あげくは自分の存在に気づいた上で、身を潜めていることを逆手にとって臆病者と呼んだ。

 怒りのあまり鞭を振るったが、それすらも相手は予期していた。

 完全に馬鹿にされた。スワルは奥歯を噛み締め、二度、三度と床を蹴った。

「スワル」

 少女は身を震わせて立ち竦んだ。

 野獣の唸りに似たその声が、彼女にとっては氷水を浴びせられたに等しい。

 恐る恐る振り向くスワル嬢の怯えきった瞳に、手を差し出した公爵の姿が映る。

「お父様……違うんです、これは……」

「渡せ」

 静かなその命令に、少女は逆らえなかった。

 長い鞭をまとめ上げ、執務机へと歩み寄る。

 一体、なにが父の勘に障ったというのだろう。

 勝手に飛び出したことか。

 扉に傷をつけたことか。

 それとも、言い訳をしようとしたことか。

 鞭を手渡した。

 公爵が椅子から立ち上がる。

 二メートルを超える巨体が少女を睥睨する。

 スワルは為す術なく己の運命を受け入れ、ただただ、その終わりを待った。

 シャロン──父の手が鞭を振り上げた瞬間、脳裏にその名が閃く。

(あの女の……! あの女のせいで……ッ!)

 鞭が空を切り、少女の悲鳴が室内を満たした。

 その光景を、別の戦士像の陰から伺い見る人影があった。

 予選でマオを襲った、覆面の女だった。

「へいへーい! 『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー第九回ー! いぇーい!」

「前回とえらくテンションが違うな」

「だってえー、今回のご主人、ちょぉー格好良かったんだもん! 殴る蹴るだけの男じゃねぇんだね!」

「私が暴力だけの男のように言うな!」

「え? それ以外になんか取り柄ありやしたっけ?」

「……………………」

「というわけで前回に引き続きネーミングの話ぃ。今回はおいらの名前の由来について聞いちゃうぜ!」

「中国語で猫をマオと発音する(地域により差違有り)」

「ですよねー! 猫にゃんにゃんですよ!」

「ありきたりな名前かもしれんがベストだったからな。女優のノラ・ミャオから取ってノーラとかミャオとかいう案もあったが、しっくり来なかった」

「ミャオがよかったー! その方が可愛いーぃ!」

「口にするときに呼びづらくて却下」

「ちくしょー日本語めー! あ、ちなみにニャンニャンを中国語で書くと『娘娘』になるですが、おいらオスですよね? こりゃぁ一体……?」

「悪い冗談だ」

「ひでぇ! だいたい種族名のネコムスコもぜってぇアレのパロディネームじゃねぇか! なんでぃネコムスコ族って! オスしかいねーのかよ!?」

「多分な」

「じゃぁあれあれ! おいらの偽名のアンジェラ! あれはどういう経緯で?」

「七〇年代功夫映画の女性スターとして活躍していた女優がいてな。今は引退されてるんだが」

「ふむふむ」

「アンジェラ・マオっていう」

「はい次いってみよー!」




次回予告!

 ボスとの決着後にして、

 空中回廊歩いてみれば、

 思わず見かけたイリーズの、

 素顔に迫るツーショット。

 そこにヒョッコリひとつの影は、

 いつぞや出会った赤毛の女。

 情報交換するうちに、

 スワル嬢に湧く疑惑。

 この一時の静けさは、

 嵐の前触れに他ならぬ。

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