主人と従者と王宮Ⅳ 隊長見られる之巻
「今回までのあらすじ!」
「今回はちゃんとあらすじしろよ」
「前回は間違えて《今回のあらすじ》って言っちゃいました! 終わり!」
「阿呆か!」
メガロニア王宮は闘技場を中心にして、五つの棟と庭園がそれを囲むという特異な形をしている。
棟から棟への移動には通常、外の歩道が使われるのだが、棟の二階部分には空中回廊が渡されており、関係者らの労力軽減と移動時間短縮に一役買っている。
執政棟から迎賓棟に伸びる、その回廊の途中で────
「あ。ご主人、あれ」
外に眼をやったマオが立ち止まって声を上げた。
シアンも縁に寄って、従者の視線を追う。
メガロニアの精神的支柱といえる闘技場と、その周囲をぐるりと回る歩道がよく見渡せる。
等間隔に整然と植えられた樹々が、青い空からの息吹を受けて一斉に葉を振るわせている。
マオの指すものは、執政棟の壁面により沿うように植えられた一本のそばにあった。
否。あったというよりは、いた。
「隊長、か」
イリーズだけではなかった。
歩道から身を隠すように寄り添って彼女と立ち話に興じている黒い甲冑姿──ニギエラ王子である。
(あんな顔も出来るのだな……)
シアンはイリーズの横顔を見てそう思った。
ニギエラの表情は言うまでもないが、猛禽の眼をした親衛隊隊長もまた、それまでからは想像もつかない柔和な笑みを浮かべて王子を見つめていた。
内容までは聞こえてこないが、二人とも談笑に夢中になっているようだ。手練れの剣士ともあろう者達が、揃いも揃って盗み見られていることにまるで気付いていない。
「あ、へぇ……ふーん…………」
マオが、ニヤケ顔で相槌を打った。聞こえているのだ。
「おいら、隊長さんのこと、ちょっと好きになりやしたよ」
「ほう? お前のことを褒めているのか?」
「んなわけがねぇでやしょうに。隊長の意気込みってやつでさぁ」
「なんだそれは?」
「あの様子見て、わかりやせんか? わかんねぇでしょうねぇー、ご主人に女心は」
「女心だと? バカにするな。私を誰だと思って────」
「女好きの見栄っ張り。そのくせ、逃げられてばっかのエセ色男」
シアンは沈黙した。反論の余地が見当たらない。
そのとき、回廊の奥から足音と呼び声がした。
「あなた達。こんな所にいたのね」
声の方に眼を向けるや、シアンはギョッとして後退った。
シアン達の向かう迎賓棟からやってきたのは、昨夜ミラウラと共に王女に付き添っていた、赤毛の親衛隊員だった。
今日は剣に加えて、親衛隊の正装であろう鎧も着込んでいる。
シアンにとっては昨夜よりも格段に女傑度が高い。
「失礼しちゃうわ。人を見て驚かないでよ」
「気にしんでくんなまし。姉様はちょっとした対人恐怖症なんでありんす」
すかさずフォローしながらも、マオはシアンのほうを顧みて、不思議そうに首を捻った。
主人の持病は治っていない。
ならば、さきほどの出来事は一体なんだったのだろうか。
衛兵達をものともしなかった、主人のあの気迫は…………
「惜しいわ。そこいらの女の子よりも、ずっと可愛いのに。シアン・ルーン?」
「余計なお世話だ。あんた、たしかウィルヘルムとか言ったか?」
「ウィリアミナよ。これでも親衛隊副隊長。人呼んで〝イリーズの腰巾着〟。どうぞ、よろしくね」
ウィンクしながらそう言うと、ウィリアミナは手を差し出して歩み寄った。
腰巾着を自認しながらまったく卑屈な様子はない。
そう呼ばれることを光栄と思うくらい、イリーズに対して絶対的な信頼と尊敬を抱いているのだろう。
そういう洒脱さには、シアンも好感を抱く。
だが、近づかれたぶん、身体は自然と退く。
「あらぁ、握手も駄目ぇ?」
心の底から残念そうなウィリアミナの手を、マオが代わりに握る。
「それで、なにか用か?」
「ええ、まずは二人揃って予選突破おめでとう。それからイリ姐を助けてくれて、ありがとね。あなたの棒術、最っ高だったわよ。警備の任務忘れて見入っちゃった」
「……どうも」
この女、副隊長として大丈夫なのだろうか、とシアンは少し不安になる。
「実は今度のことで、あなた達にお願いがあるの」
ウィリアミナの表情に真剣味が混じり、それまでの気さくな印象が翳った。
「それは、個人的なものか?」
「ええ。でも、フルレラ様も望んでることよ。あなた達に伝えるよう、仰せつかってきたの」
「そうか。王女の望みとあらば、私の使命も同然だな」
シアンは色男を気取った。
窓枠に手を突いて外を眺め、気障に構える。
何のことはない、会話の相手を直視出来ないことを誤魔化しているだけだ。
「しかし、なぜ昨日のうちに言わなかった?」
「イリ姐がいたからよ。ここであたしから聞いたってことも、本人には言わないでちょうだい。あの人、すっごくプライド高いから」
「なるほど。公爵どうこうよりも、隊長の問題のようだな」
「そうよ。単刀直入に言うとね、この大会でイリ姐を優勝させて欲しいの。もし明日からの本戦で当たっても、無理に闘わずに勝たせてあげて。お願い」
「隊長を王妃にするのが本来の目的か。なんのためだ。派閥か?」
「バカですかい、ご主人。そいじゃ公爵と変わんねぇでしょうが」
「バカって…………」
従者に罵られ、シアンは悄然として黙り込んだ。
「イリーズの姐御は、王子さんが好きなんでさね」
「あら、よくわかったわね」
「まぁ、わざわざ出場したってのと、あの顔つき見りゃ、バカでもわからぁね」
外の二人を眼で指しながら、マオは揚々と答えた。
「私はバカ未満か……」
その後ろではシアンがすっかり落ち込んでいる。
「イリ姐はね、もとは領内の農村の生まれなの。それが王子様に惚れた一念だけで、親衛隊隊長にまで昇りつめた。それって凄いことよ」
「泣かせるねぇ。応援したくなっちまう」
「なるほど。公爵が隊長を成り上がり者と呼んだのは、そういうことか」
「公爵に会ったの?」
「今しがたな。手を組むか、あるいは引けと言われた」
「で、どうしたの?」
「どちらも丁重に断った」
「どこが丁重に、でさ。殺し合いの一歩手前でやしたぜ」
「そうなの? あんな怪物といきなりやり合おうとするなんて、あなた本当に底知れないわね……」
さすがの親衛隊副隊長も面食らったようだ。
「ところで、あいつの娘を見た? こう、髪を二つに束ねた子供っぽい感じの」
拳を頭に付けて、ウィリアミナはツインテールを真似る。
シアンは先だって鞭で襲ってきた少女を思い出して「ああ」と頷いた。
一瞬しか見なかったが、たしかに、そんな容姿だった。
「名前はスワル。気をつけて。あいつ、おかしいのよ。性格はもとからキレてる感じだけど、ちょっと前とは、動きがまるで別人なの」
「あ、おいら予戦でそいつ見やした。確かに、なんか気味の悪ぃ動きしてやした」
「気味悪い?」
シアンが訊ねる。
「うーん、なんつったらいいか。動きはトーシローなのに、やたら速いって感じで」
「そうね。あの子、半年前まで親衛隊にいたの。親の権力で入ったようなもんよ。結局はついてこられなくって、早々に辞めちゃったわ。厳しい言い方だけど、もともと素質がなかったのよ」
「素質は努力次第で覆せる」
思わずシアンは口に出していた。
「そうね。気に障る言い方だったらごめんなさい。でも、あたしが言ってるのは〝努力出来る〟っていう意味も含めた素質よ。性格も軍人向きじゃなかったしね」
「いや……こっちこそ角を立ててしまったようで、すまない」
シアンは静かに深呼吸した。
公爵との一件がまだ響いているのか、どうも感情的になってしまっている。
「だが、それが半年で予戦を突破するレベルか」
「きなくさいでしょ? こちらでも最近の彼女の動向を調べてる最中よ」
「そうか。用心するとしよう」
「それと、もう一人……奇妙なのがいるわね」
「覆面の女?」
マオが訊ねた。
「ええ。名前はイグニス。何者か知らないけど、大会前夜に公爵と接触してるのが確認されてるの。予選の間も、ずっとお嬢様の援護に回ってたわ」
マオは納得した。
令嬢の護衛を務めていたと考えれば、あのタイミングのいい襲撃にも納得がゆく。
「そういうことだから。じゃ、あたしは行くわね。なにかわかったら、また知らせるから」
「知らせるなら、ミラウラに伝えておいてくれた方が助かる」
「なによそれ。あたしじゃ駄目だっての?」
まったく、その通りだ──という言葉をグッと呑み込み、シアンはウィリアミナの不満を無視した。
「……まぁ、いいわ。お望み通りにしてあげる。それじゃぁね」
手を振りながら回れ右をして、赤毛の腰巾着は来た道を戻っていった。
「いい人でさね」
「そうだな…………」
だが御免被る、とシアンは強く思った。
気がつけば空は真っ赤に染まっていた。
太陽は今まさに西の山々の彼方へと沈みつつある。
木の下にはもう、イリーズとニギエラの姿はなかった。
「ぅぇーぃ! 『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー第九回ー!」
「なんかもう、このノリに慣れてきた自分が怖い」
「慣れてきたご主人のために、今回は意外なスペシャルゲスト!」
「は?」
「にゃんと! メガロニア親衛隊隊長イリーズさんでさ! ぱんぱかぱーん!」
「イリーズだ。よろしく頼む」
「はぁ!? やめろ私は降りさせてもらう!」
「だめー」
「だいたい、このコーナー会話だけだというのに、三人もいたら誰が喋ってるかさっぱり分からんだろうが!」
「そこは作者の腕の見せ所でさ」
「身を蓋もない!」
「えっと……で、呼ばれたはいいんだが、私はなにをすればいいんだ?」
「今回のテーマはズバリ、イリーズ隊長の名前の由来!」
「私の?」
「というわけで、このネタについて隊長自身から語っていただこうと思いやす!」
「そ、そうか……うむ。イリーズという名前は祖母が付けてくれたのだ。私の村はイル=アイゼリアといって、およそ二〇〇年前に同じ名前の人が拓いたのが起源となっている。村の教会にはイル=アイゼリア様の彫像があったりしてな。村の開祖であり、ちょっとした豊作の神様として親しまれているんだ。毎年豊作の祭りの際には広場に置かれて、その周りに篝火を炊いて皆で踊ったりするのだ。ああ、つまり私の名はこの人にあやかったというわけだ。私以外にもイル=アイゼリア様にあやかった名前の者は多く、ライザ、イルイ、ゼリア、イーライと男女問わず──」
「のー! のー! そう言う話じゃねぇー!」
「なに違うのか?」
「途中からすっかり聞き込んじまったけど、ここは楽屋ネタの場所だから! 元ネタとかを話す場所だから!」
「な、なに!? そういうことは先に言え! 要らぬ身の上話をさせるな!」
「ってぇー! 姐御の話長すぎて時間切れじゃねぇか! 続きは……次回!」
(……今のイリーズの過去話、作者が即興で創り上げたというのは黙っておくか)
次回予告!
ついに始まる本当の闘い!
決勝トーナメントの幕が開く!
初戦の相手はお前かと、
己のくじに命運託す!
されど最強たるならば、
誰が来ようと勝つのが道理!
いざ! 己が腕をメガロニアの天に示さん、雄々しき女達よ!(二人例外)
次回『ご主人は女傑恐怖症』第五章、
『主人と従者と一回戦』!
格闘漫画とかでトーナメントの抽選する回ってテンション上がらない!?




