主人と従者と大乱闘Ⅳ ご主人大暴れ之巻
「ででーん! ご主人は女傑恐怖症ウラバナコーナー第六回なんだぜー!」
「今回の質問はなんだ?」
「ズバリ、世界観でさ! この物語、ざっくり言うとハイファンタジーで、作者は自分の住んでるとことは別の世界を創作してやすよね」
「そうだな」
「で、ガルボ大陸っていうのがあって、その中にメガロニアがあるのは分かってるんでやすがね。そういう設定のバックボーンはあるのかなーって。呼んでくださってる人たちもそろそろ気になってきてるこってしょうし」
「なーんにもないぞ」
「ふぁっつ!?」
「作者も本来は凝り性だからな。世界ひとつの歴史から文化、国家間の情勢なんか考え出したら止まらない性分だ。しかし逆に言えば、考え出したらキリがない」
「キリがないということは……」
「いつまでたっても本編が書き出せない」
「たしかに」
「そういうわけで、『本編で使わない部分は絶対に考えない』という手段に打って出た」
「なんちゅー極端な! ということは、今まで書かれてきた設定っぽいものは……」
「ほぼ勢いの産物だ。設定に縛られないぶん柔軟に思いつけるからな」
「それで設定が破綻しないんでやすか?」
「作ったところは設定化してるんだ。例えば冒頭で広大な麦畑だか稲田だかが出てくるんだが、あれは情景を描いてる中で咄嗟に思いついた演出だった」
「んまぁ、そう言われりゃ見栄えだけのシーンでやしたね」
「だがそこから、『メガロニアは他国への軍事援助で栄える国家で、当然遠征も多いから兵糧を確保するために第一次産業にことのほか力を注いでいる』という設定が出来た」
「じゃ、まさかメガロニアの『傭兵国家』っていう渾名は……」
「書き始めてから出来た。そもそもは『武芸を信奉している』としか考えられてなかったからな」
「うひー、重要な設定がめっちゃ行き当たりばったり! 他にもそういうのあるんですかい?」
「あるけど今回はここまで」
「ちぇー。そんじゃまぁ、序盤の盛り上がりどころ、ご主人が大活躍する乱闘編最終節をどぞどぞー」
一方、イリーズは己の限界が迫っているのをひしひしと感じていた。
剣を持つ手が痺れている。
双剣流になったぶん、腕への負担が増したせいだ。
とくに長剣を握る右手はまるで肘から先が石になったかのように重く、強張っている──自分の身体とは思えないほどに。
本領とはいえ、イリーズ流の双剣術はもともと決闘用の奥の手であり、長期戦に向いた剣法ではない。
イチかバチか……それを承知で打った博打だったが、勝利の女神は微笑まなかったらしい。
「ぐぅ──ッ!」
踏み込んで来た相手の一刀を受けきれず、長剣が大きく横に弾かれる。それでも柄を手放さなかったのは執念の成せる技だ。
だが、そのおかげで身体がバランスを崩した。
敵群を翻弄し続けた脚も、疲労を隠せなくなっていた。
それを好機と見て、敵の包囲網が──さながら角砂糖に群がるアリのように──イリーズに向けて一気に雪崩れ込んでくる。
動かせるのは防御に劣る左の細剣のみ。
敗北────その言葉がイリーズの心を激しく揺り動かす。
(ここまで……!? 嫌だ……こんな……お終いなんて! ────ニギエラ様ッ!!)
少年のような屈託のない笑顔が走馬燈のように脳裏を駆け抜け、瞬く間に遠ざかってゆく。
そのとき、空から声が降った。
「隊長、伏せろ!」
一も二もなくイリーズは地面に這いつくばった。
直後、その頭上で大気が荒れ狂った。
「なにさコイツ────ぅあッ!」
「構わん、やっちま……えッ!?」
ごうごうと吹きすさぶ風音の中で、周囲の敵が次から次へと光に包まれてゆく。
何が起こっているのか。イリーズは顔を上げ、そして絶句した。
シアンが駒のように回転しながら縦横無尽に戦棍をふるっていた。
一見すると無茶苦茶な棒捌きである。しかしその実、相手の手に正確無比な一撃を加えることで瞬時に武器を叩き落としていた。
前に、後ろに、右に、また前に……
突く、薙ぎ払う、振り下ろす、すくい上げるかと見えて突く……
ひとつひとつの攻撃が連続していながら、次はどの方向にどのような一撃が行くか、相対していないイリーズですらまったく予測が出来ない。
回転しながら敵の位置も正確に把握しているのだろう。一瞬の隙を突いて背後を襲ったはずの選手すら、次の瞬間には失格に追いやられるありさまだ。
王都と王族を守護する精鋭メガロニア親衛隊として、数多の賊徒、刺客を屠ってきたイリーズですら、こうまで戦棍を扱える者を見たことがない。
(龍……!)
地上界最強の種族の名が浮かぶ。
イリーズは噂でしか聞いたことがないが、その羽ばたきひとつが暴風を呼び、近づくものはすべて、逆巻く嵐によって粉砕されるという。
(この男は……何者なんだ……?)
思えば出身も、流派も、この国へ来た目的すら知らない。
畏怖にも似た謎がイリーズの胸中を駆け巡る。
もしかしたら自分は、この国にとって、もっとも恐るべきものを呼び込んでしまったのではないか。
だが────
(……んなわけないか)
不安はすぐさま解消された。
「くっそぉ! いやらしい面してるくせに、やたら強いぞコイツ!」
敵の一人が忌々しげに叫ぶ。
殺到と飛び込んできたシアンがなぜ仮面を着けているのかなど、誰にも分からない。
だが、ひとつだけ皆が知っていることがある。
シアンの被っている蝶の面は、メガロニアを含むガルボ大陸中央部の文化で言う《夜の蝶》──貴族の仮面舞踏界に招かれる高級娼婦(または娼夫)達が着用する性愛の象徴である。
暴風が止まった。
敵も包囲網を広げたまま二の足を踏んでいる。
その兵力はシアンが飛び込んでくる前の半分に減っていた。
「隊長、無事か?」
四方の敵に眼を配りながら、シアンが訊ねる。
言葉の代わりに、イリーズは立ち上がることで返事をした。
そして、シアンと背中合わせになる。
この男には背中を預ける相手などいらないかもしれない。
だが、助けられたままというのはプライドが許さない。
細剣を捨て、長剣を左手に持ち直す。
「なんだ貴様。その卑猥なマスクは?」
「人の身だしなみにケチをつけるのがメガロニア流の礼か?」
「礼だと? 余計なことを。これで貴様も公爵からマークされたぞ」
「誰かが嬲り者にされているのは見過ごせない性質でな」
「誰が……嬲り者だッ!」
イリーズが吼え、飛び出した。
武器は一本しかないが、もう負ける気はしなかった。
イリーズが攻め込んで敵陣を切り崩してゆく。
その背後を守りながらシアンが戦棍をふるう。
たった一人の女(実は男)の乱入からものの三分足らずで、親衛隊隊長に送り込まれた刺客の群れは全滅を迎えようとしていた。
そのころ、二人から離れた場所では────
「きゃッ、ネズミ!」
一人の選手が、突如として手の甲に現れた害獣に驚き、武器を取り落とした。
あ、と思った瞬間には、その身体が光に包まれていた。
「はーい、六人目ー」
失格者が消えるのを眺めながら、マオは玩具の尻尾を掴んでクルクルと回す。
動くなと言われたが、主人のいない状況でじっとしているなど、マオには拷問に等しい。
とはいえ、真っ向から誰かと闘っても今の自分では一蹴されてしまうし、主人の活躍を見に行こうにも選手が密集しすぎていてこれも危険だ。
そこで思いついたのが、気配を消して忍び寄り、ネズミの玩具で驚かせて武器を落とさせるという、ろくでもない遊びであった。
シアンに教わった気配の消し方であれば、魔力も筋力も関係ない。
それにマオは気配を消すことにかけては、教師も驚くほどの巧者だった。
悪目立ちの見本のような格好ながら、いまだ誰にも気づかれていない。
悠々(ゆうゆう)と七人目の獲物を物色する。
眼に止まったのは、鞭をふるう少女だった。ツインテールにしたプラチナブロンドが特徴的だ。
煌びやかなスカートドレスの上から胸当を着けるという、なかなか奇抜な衣装である。
いかにもシアンが好きそうな幼顔だったが、不釣り合いに大きく膨らんだ胸を見てマオは「勝った」と思った。
鞭は一本ものの《ウィップ》ではなく《ナインテール》──複数の尾を持つ拷問用の鞭である。
威力は乏しいものの、打たれれば広範囲に蚯蚓腫れができる。
「うっわー、えげつない得物……」
自分のことを棚に上げるマオである。
標的は相手の剣士をいたぶるのに夢中だった。
武器を叩き落とさぬよう、顔や腿といった、防具のない部位を執拗に打ち据えている。
実にサディスティックなやり方だ。勝つことではなく、力の差を見せつけることが目的らしい。
剣士の方も、真っ赤に腫れた顔に怒りをみなぎらせて反撃するが、その剣は少女のスカートの裾すら捉えられない。
スルリと刃をかわされては、その身に鞭を浴びている。
剣士の腕が悪いわけではない。浪人か傭兵のようだが、太刀筋を見る限り相当な熟練者である。
どこの国に仕官しても好待遇で迎えられることは間違いない。
ただ、少女の敏捷さと反応力が、異常なまでに高いのだ。
奇怪な小娘だ。潰せるうちに潰しておこう。マオはそう判断した。
斜め背後から足音も立てずに素早く接近する。
(もらった────ッ!?)
少女の手にネズミを乗せようとした瞬間、嫌な予感が背筋を走った。
咄嗟に真横へ飛ぶ。
その傍らの空間を、空から舞い降りてきた鋭い光が引き裂いた。
小娘ではない、第三者のものだ。
目一杯距離を広げて、マオは襲撃者と対峙する。
キツネ色の長い髪をなびかせる女だった。
どういう趣味か、鼻から下を黒光りする覆面で覆い隠している。ただ、目元を見る限りではかなりの美人である。
マオは驚きを隠せなかった。
気配を消すことなら主人にも負けない自信がある。
それが捕捉された。相手は並みの手練れではない。
さらにマオは女の装束に度肝を抜かれた。
ビキニアーマーである。胸と股しか守っていないのだ。
防御を廃した特殊ルールでの決闘で使用されるものだが、それだけにマオは戦慄を抑えきれない。
女の珠のような肌には一片のかすり傷もなかった。
四方八方が敵だらけのこの激戦区を、軽装とも呼べぬ薄着で悠々と戦い抜いているのだ。
得物は鈎鉄甲──籠手と一体化した長い鉄の鈎爪である。
先が赤黒く染まっているのは、すでに何人かを斬り裂いた証拠だ。
女が姿勢を低くした。
獲物に飛び掛かろうとする水怪蛇のような体勢だ。
この女こそ危険だ────マオは必死に逃げる方法を探す。
だが、最高級の悪知恵がはじき出した答えは無情にも、退路無し。
(無理だ……ッ! やられるッ!)
女が動いた。
瞬き一つの間に両者の距離が詰まる。
しかし、鉄の爪がその射程に獲物を捉えた瞬間、二人の隙間に影が飛び込んできた。
マオの目の前に長い黒髪が舞う。
鉄爪と戦棍が交差し、バタフライマスクが天に飛んだ。
同時に、女も跳び退って距離を取った。
「お姉様ッ!」
「馬鹿! 動くなと言っただろう!」
従者を背に隠し、シアンは女に棍を構え直す。
ビリッ、と空気がはじけたかのような緊張が場に走る。
まさにその瞬間だった。
「そこまで!!」
王子の叫びがこだまし、鐘が打ち鳴らされた。
予選終了の合図である。選手が八人に絞り込まれたのだ。
大きな喚声と拍手が会場を満たした。
キツネ色の女がファイティングポーズを解き、身を翻して二人に背を向けた。
だが、シアンは構えを崩さない。
「面目ねぇです……」
その背中に、マオは小さな声で謝る。危機に陥ったのは主人の言いつけを破ったせいなのだから。
しょげかえりながらも、心底からホッとしていた。
「お姉様? おねーさまー?」
シアンは応えない。
その主従を遠くに見ながら、イリーズは盛大な溜息を吐いていた。
(……まさか、奴に借りを作るとはな)
ふと、尻餅をついて震えている一人の選手がいるのに気づいた。
その女は武器を持っていなかった。
にもかかわらず、失格にはなっていない。
シアンに戦棍を奪われた刺客の一人である。
(他人の武器を奪ったのか……!? どこまで掟破りなやつ!)
もう一語、深々と溜息を吐いて、今度は王室席を見上げた。
王子と王女が窓辺に立って、残った八人に拍手を送っていた。
(ニギエラ様……必ず、あなたに…………)
胸に手を当て、一礼する。
「あらあらぁ? 随分とボロボロねぇ、隊長さん?」
わざとらしいまでによく通る声に、イリーズは弾かれたように顔を巡らせた。
「……おま……あ、あなたは……」
マオの取り逃がした、ツインテールの少女だった。
「久しぶりに会ってみれば、あなた随分と腕が落ちたんでなくって? あ、それとも私が強くなりすぎたのかしら?」
唖然とするイリーズに見せつけるかのように、少女は肩に垂れた髪を、指で後ろへと跳ね上げた。
中指に嵌められた指輪を飾る大ぶりなダイヤモンドが、挑戦的な光を放つ。
「スワル…………スワル・ヴァン・ヴランティール……公女殿下……」
思わぬ人物の出現に驚くイリーズの背後で、ドサリ、と誰かが倒れた。
「お姉様ー!」
シアンである。
悪夢去ってまたいち悪夢!
母の思い出バニラの香りに、
過去を懐かしむ暇も無く、
派手なバトルはないけれど、
侍女に従者に訪問者、
次から次へと畳みかけられ、
あれよあれよで顔合わせ、
王子に公爵、副隊長!
王子から聞かされた意外な話に、
揺れ動く心もそこそこに、
ヒゲのジジイにイチャモンつけられ、
さすがのシアンも頭にくるか!?
次回『ご主人は女傑恐怖症』第四章、
『主人と従者と王宮』!
役者が揃う……
だが、誰がシナリオを書く……?




