93 母と子
晋太郎は美智子が三十歳の時に生まれた子だった。
その後。
離婚して美智子が一人で育てたせいか、ずいぶん甘えて育ってしまった。
この日。
塾が休みなので、晋太郎は友達と海釣りに行くという。
釣道具を自転車の荷台に乗せて出かける晋太郎の後ろ姿に、
「晋ちゃん、危ないところには行かないのよ」
美智子は声をかけて見送った。
夕方。
五時を過ぎても、晋太郎は帰ってこなかった。
――まさか……。
海に落ちて溺れたのではないだろうか。
――行かせなきゃよかった。
釣りに行かせたことを、美智子は後悔し始めていた。
日が暮れた。
それでも晋太郎は帰ってこなかった。
美智子がたまらず警察に連絡しようとした、そのときだった。
「ただいまー」
玄関から晋太郎の声がする。
美智子は玄関に走った。
「晋ちゃん、こんなに遅くまで行ってるなんて。今、警察に電話をしようとしてたのよ」
「ごめん。今日はいっぱい釣れたんで、なかなかやめられなかったんだ」
「お母さん、どんなに心配したか」
「いつも言ってるじゃないか、そんなに心配しなくてもだいじょうぶだって」
「おまえにもしものことがあったと思ったら……」
「ほんと、おおげさなんだから」
慎太郎が屈託のない顔で笑ってみせる。
美智子は慎太郎の手を取った。
「さあ、お風呂に入っておいで。その間に、母さんが魚をさばいておくから」
「いつもありがとう」
翌朝。
晋太郎は昨日の釣りの疲れのせいか、熱を出して寝ていた。
「ねえ、母さん。今日は休むって、塾に連絡しておいて欲しいんだけど」
「わかったよ、ゆっくり休んだらいい」
美智子は電話をするために立ち上がった。
「すまないね」
「だけど塾の講師も大変だね。晋ちゃん、もうじき還暦だというのに」




