表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/132

38 九兵衛と絵の狸

 九兵衛は腕のいい宮大工なのだが、かたや無類の酒好きでもあった。

 毎晩、かかさず酒を呑んだ。酔って昼まで寝ていることもたびたびで、とうぜんのごとく貧乏である。

 こんな男だから嫁をめとることもできず、三十の歳を数えてもわびしい長屋住まいをしていた。

 そんなある日。

 九兵衛に仕事がまいこんだ。近隣の寺からで、本堂の雨漏りを修繕してくれという。

 ときには身を入れて働かねば、銭が尽きて好きな酒が呑めなくなる。それどころか最近は、ためこんだ家賃を大家にしつこく催促されていた。


 あくる日。

 九兵衛はさっそく寺の修理に行った。そして屋根の修理のさなか、天井裏でホコリをかぶった細長い桐箱を見つけた。

 中身は掛け軸だった。

――酒代のタシになるかも。

 しめしめとそれを道具箱に忍ばせ、その日こっそり長屋に持ち帰ったのだった。


 掛け軸には、狸が一匹だけ描かれていた。徳利を片手に、うまそうに酒を口にしている。

 九兵衛、自分も晩酌をと……。壁にかけた掛け軸を前にちびりちびりと呑み始めた。

 と、そこへ。

「九兵衛、おるかー」

 大家が家賃の催促にやってきた。

「今日こそ払ってもらうからな」

「ちょっと待ってくれねえか。近ぢか、銭の入るアテがあるんだ。そいつでかならず払うんで」

「うん? あれはどうした」

 大家が掛け軸に目を向ける。

「そいつは前に、労賃としてもらったもんだ」

 九兵衛はとっさにごまかした。

「よし、三日間だけ待ってやる。だがな、約束を守らなかったら、その掛け軸で払ってもらうぞ」

「ああ、そんときは持っていくがいい」

 酒代にでもなればと持ち帰ったものだ。家賃のかわりになるのならもうけものである。


 その晩のこと。

 九兵衛がうつらうつらしていると……。なんと掛け軸から、狸が徳利を手にして出てきたではないか。

――奇妙なことがあるもんだな。

 九兵衛は酔った頭で、ぼんやり考えながら狸のすることを見ていた。

 狸がちゃぶ台まで行く。それから九兵衛の徳利をつかみ、中の酒を自分の徳利に移し始めた。

――夢か……。

 掛け軸にもどる狸を目で追いながら、そのまま九兵衛は眠りに落ちていった。


 翌日。

 朝酒を呑もうとした九兵衛。このときになって、ちゃぶ台の徳利が空であることに気がついた。

――たしか狸が!

 あわてて掛け軸を見た。

 昨晩と同じ、あぐらをかいた狸が徳利を手に酒を呑んでいる。

――まさか……。

 そんなことはあるまい。夢だと思い直し、九兵衛はそのまま仕事に出かけた。

 ところが、その日の晩。

 九兵衛が酒に酔って、とろとろとうたた寝を始めると、またしても掛け軸から狸が出てきた。そしてやはり、自分の徳利に酒を移している。

――俺の酒が……。

 起き上がろうとした九兵衛だったが、酔っているうえに夢うつつである。起き上がったときには、狸はすでに掛け軸の中で酒を呑んでいた。

 そして思ったとおり、ちゃぶ台の徳利はすっかり空になっていた。


 次の日の晩。

 九兵衛は水を入れた徳利を持ち帰ると、酒を呑むようにして水を飲み、それから酔ったふりをして狸寝入りを始めた。

 薄目を開けていると……。

 狸がそろりそろりと掛け軸から出てくる。

 徳利の中身が水だとは気づいてないようだ。ちゃぶ台に行き自分の徳利に水を移し始めた。

――アヤツめ!

 九兵衛は狸に飛びかかった。

 徳利をかかえた狸が、あわてふためいて掛け軸に向かって逃げる。

――逃がすもんか。

 狸のあとを追った九兵衛だったが、そのまま勢いあまって掛け軸にぶち当たってしまった。

 このとき。

 九兵衛はなぜか掛け軸の中にいた。掛け軸の絵となっていたのだった。


 その後。

 掛け軸は大家の手に渡り、今は大家の座敷の床の間に下がっている。

 さて、九兵衛。

 掛け軸の中で腕を枕に寝転がっていた。

 そばでは狸が徳利をかかえている。

 狸と酒盛り……。

 残念ながらそうはならなかった。

 徳利の中は水である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 少し間の抜けた狸さん、盃を交わすと楽しそうです。 狸寝入りに気付かない所も愛嬌たっぷりで可愛かったです。 掛け軸の中の九兵衛さんは、不貞寝でしょうか。 狸さん共々、もっとお酒を呑みたかった…
[一言] 楽しく拝読しました。 掛け軸の絵の中に入ってしまった九兵衛さん。 今度は自分がお酒を盗みに出てくるかもしれませんね。 絵に入り込めば、借金からも逃げられて楽ちんですものね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ