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16 死なせてたまるか

 博士は市場に行って、フグをまるっと一匹ごと買って帰った。

 メスで腹をさいて肝を取り出す。

――これで死ねるわい。

 博士は肝をそのまま口に入れた。フグの猛毒を食って自らの命を断とうというのだ。

 たちまち猛烈な腹痛におそわれる。

 博士はそのまま気を失った。

 十分後。

 博士は我に返った。

 先ほどまでの痛みはウソのように消えており、気分もいたって爽快である。

――死ねなかったか……。

 博士はガックリと肩を落とした。


 次はヘビの毒を血管に注射してみた。

 博士はすぐに気を失った。

「死なせてたまるか」

 どこからか声がする。

「だれだ?」

「神だ」

「神?」

「そうだ、オマエら人間の命をあずかるな」

「で、ワシになんの用だ?」

「オマエにはずっと生きてもらう」

「ワシは死にたいんだ。たのむ、このまま死なせてくれ!」

 博士は声に向かって叫んだ。

「死なせてたまるか。人の死をあやつろうなんて、オマエはとんでもないことをしたのでな」

「ワシが人間の死を?」

「よく思い出すがいい。オマエは不死の薬を飲んだであろうが」

 神の言うとおりだった。

 百年前。

 博士は若い頃より不死の薬を研究し、開発した薬を自らの身をもって試したのである。

 薬の効果は完璧だった。

 一度飲んだだけで、今こうして百三十歳を超え、なおも生き続けているのだから。

 だが、こうも生きれば十分である。

――そろそろあの世に行くとするか。

 最近は死ぬことばかりを考えていた。生きることにいいかげん飽き飽きしていたのだ。

 博士は我に返った。

 身体のどこにも異常はない。

 蛇の毒をもってしても効き目がなかったのだ。


 博士は青酸カリを手に入れた。

 その毒性はフグやヘビに比べれば、はるかに強力なはずである。

――これであの世に行けるぞ。

 博士は一ビンを一気に飲み干した。

 猛烈な苦しみにおそわれ、たちまちのうちに博士は気を失った。

「死なせてたまるか」

 神の声がする。

「邪魔をしないでくれ!」

 博士は夢うつつに叫んでいた。

「ダメだ」

「なんで死なせてくれん?」

「許せんのだよ。わしらを冒とくしたことがな」

「冒とくだと?」

「人の死を決めるのは、わしら神の役目と決まっておる。オマエはその領域を侵したのだよ」

 博士は我に返った。

 元の健康体に戻っている。

 青酸カリも不死の薬にはかなわなかったのだ。


――毒で死なんのなら……。

 博士は駅に行くと、ホームから走りくる電車に向かって飛び込んだ。

「ふん、甘いわ」

 神の声がする。

 博士は自分の部屋で我に返った。

 五体満足である。

――ぜったい死んでやる。

 博士は高層ビルの屋上から飛び降りた。

「死んで花実が咲くものか」

 神の声がする。

 博士は自分の部屋で我に返った。

 やはりかすり傷ひとつない。

――みておれ、神さまよ。こうなりゃ意地でも死んでやるからな。

 博士は百本のダイナマイトを体に巻いて、それにライターで火をつけた。

「死ぬぞー」

「そうは問屋がおろさぬわ」

 神の声がする。


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