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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第一章 はじまりの記録
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空間にて

「――――っ!?」



 扉の中へ入ったハクは視界に広がる光景に衝撃を受け、絶句した。

 美しい世界に感動して見とれてしまったのではない。確かに目を離すことはできないが、それとはまた異なる事情。


 いつの間にか立っている丘の上から見えた景色は――――炎の渦が円を描いて黒い塊を飲み込む非現実的な住宅街だった。

 しかし、光が弾け飛び、風に乗って生暖かい空気が頬を撫でるといつの間にかその光景は虚空へ消え去っていた。



「修羅場一歩手前ってところか。けど状況が全くわからないな。

 早くあいつと合流した方が最小限の被害で済むだろうが……さっきの黒は多分……」



 手を顎に添えてぶつぶつと呟き、思考と巡らせるシキブ。

 ハクは四方を見渡していたのだが、ふと記憶の一部を刺激するような奇妙な感覚を覚える。

 この景色を知っているような、見たことがあるような、そんな違和感。

 しかし、シキブがハクに呼びかけたことでそれはどこかへ飛んで行ってしまう。



「……よし。ハク、準備はいいか」


「……え? じゅ、準備って何ですか?」


「何って、戦闘準備に決まってるだろ。だから魔法を――。

 いや待て。


 ……まさか、お前……」



 ばっとハクの肩に手と体重を乗せシキブは口ごもる。彼の紫の瞳はぐらぐらと大きく揺れ動き、動揺と焦りで一杯だった。

 だが、ハクはそれ以外のことはわからない。


 準備? 戦闘? 魔法?

 生命を宿したように動く炎は? そしてそれに飲み込まれていった謎の黒い物体は一体何?


 シキブは眉をひそめるハクの状態をようやく理解した。脱力してぐったりと頭を垂れ、それから肩をわずかに震わせながら一言。



「…………聞いてないのか」


「……はい」


「……空間エリアのことも、これから俺たちが何をするのかも」


「…………はい」


「…………そうか」



 シキブはゆっくりとした動作でハクを解放し、嘆息する。俯いて表情は読めないが、自らの失態を責めつつ誰かに怒りを向けるオーラが身体からにじみ出ていた。

 落ち着きを取り戻したシキブ。今更後悔してもすでに遅い、と開き直ったのか、顔を上げ、ハクの白く純粋な目を観ながら言い放つ。



「手短に今必要なことだけ説明するぞ。


 今俺たちがいるのは空間エリアと呼ばれるさっきいた街中とは少し仕様が異なる場所だ。ここで、ザスピルで生を全うする者――住人レジデントが俺たちのように睡眠時のみ訪れる者――客人インヴィティをある理由からもてなしている。


 住人レジデントは魔法を使うことで、客人インヴィティの願望を具現化させている。だが、魔魂マナ・マスと呼ばれる欲の結晶から悪影響を受けて理性を失うと、住人レジデントが不適切な魔法をかけたり、客人インヴィティが暴走したりし、さらに他の人間に危害を加え、せっかくの夢を台無しにしてしまうことがある。

 そんなあってはならない事態を食い止め魔塊マナ・マスを回収することがヴィジョナリーの主な役割だ。


 今回のターゲットはおそらく客人インヴィティ

 それと、これも推測だが魔物の近くには無関係の客人インヴィティがいる。彼らを救い出し無事に処理して現実世界へ帰すことも大事な使命だ」



 ハクは一語一句聞き漏らさないよう集中し、シキブの言葉を頭に叩き込む。



「どうして客人インヴィティだと分かるんですか?」


住人レジデントなら大抵は俺たちじゃなく警察が駆り出されるからだ。

 住人レジデントにとって客人インヴィティは大事な招待客。魔法でその意思を捻じ曲げて不満を抱かせ、傷つけることは禁止されているのさ。だから客人インヴィティの暴走は同じく客人インヴィティであり魔法が使える俺たち(ヴィジョナリー)が対処する。

 この世界においてルールは絶対、一度たりとも許されることはない。ただただ使命を忠実に果たすことが求められ、感情は放棄を余儀なくされる。


 ちなみにさっきの炎は仲間の一人が作り出した魔法だな。ほら、あれだ」



 シキブの声に導かれるように再度自然現象が現れ、立ち並ぶ家々の上空を泳ぎ火の粉をまき散らす。

 二度も不思議な自然現象を目の当たりにしたハクは感心し、同時に不安を覚える。


 この力があれば、誰かを救うことができるのは間違いない。しかし、ミスターやシキブはこの力を危険視し警告してきた。

 もし、強大な魔法の使い方を誤り守るのではなく反対に誰かを傷つけてしまったら……。

 そう、ハクは恐れていた。未知の力を前にして。魔法を使役することで発生する責任を。あってはならない最悪の事態を想像してしまって。


 興奮と共に血の気がなくなり、ハクの顔は青白くなっていく。そんな後輩の気を察したのか、シキブは真剣な表情で言い放つ。



「安心しろ。ハクはああいったことはできない。絶対に」


「っ!?」


「あ、別に悪い意味じゃないぞ。事実俺だって自然を操ることはできないし。

 俺たちは自分の性質にあった魔法しか使用できないんだ。

 重要なのは気持ちさ。できると思えばなんだってできるし、できないと諦めれば何一つできやしない。

 人生なんてそんなもんだろ。な?」



 胸に刺さる言葉を笑顔で語るシキブ。

 だが、付き合いの長いハクにはそこに隠された優しさを感じ取っていた。彼なりに気を使ってくれたのだろう。

 ハクは心が軽くなり、気付けば笑っていた。



 まさにその時だった。枝がきしむ音が聞こえたのは。

 気になってハクは振り返ると、地面から灰と黒の塊が湧き上がり、獣の姿となって唸った。それは昨日校舎で気を失う前に見た影のようで、ハクは本能的に身の危険を感じ、たじろぐ。だが、敵は動きを止めることはなく今にも丸腰の獲物に襲い掛かかろうとしていた。



「――このっ!」



 大きく口を開く獣をシキブが一蹴し、吹き飛ばす。近くの木にぶつかり、獣はうめき声を上げた。

 危機を脱したのも束の間、続けざまに地面から殺気立った粒が現れ出て、見慣れた姿の個体を生み出す。

 気付けば二人は謎の獣たちに囲まれていた。



「あーくそっ、説明中だって言いうのに、待ったなしかよ」


「せ、先輩っ、この獣たちは一体……!?」


「こいつらは魔塊マナ・マスに引き寄せられた魔物。要は俺たちの敵さ」



 声が震えているハクとは違い、聞こえてきたシキブの声はどこか上機嫌で興奮を抑えたものだった。

 二人は背中合わせに立ち敵と対峙する。魔物たちは目を光らせ、今にも飛びかかろうと構えている。

 ハクはもちろん、シキブも武器らしき装備はしていない。その代わりにシキブが懐から取り出したのは、刃のない剣の柄。それを胸の高さで持つと不敵な笑みを浮かべて言い放つ。



「ハク、俺のそばを離れるなよ。


 ――我が綴りたるものは 正義の物語サーガ 緋蒼の鋭刃研ぎ澄まし 運命の糸を断ち切らん――!!」



 瞬間宙を漂うマナが赤と青の淡い光となって知覚し始めた。二色は合わさって紫になると柄へ吸い寄せられ、光の片刃を形作っていく。



「――薙ぎ払え」



 その一言と共に纏ったベールを振り払うように一刀すれば、閃光が放たれ、魔物を浄化し跡形もなく消し去った。

 そして現れ出る武器。なめらかな曲線を描く美しく刀は、シキブの瞳のような濃い紫で黒く残酷な光沢が表面を覆っていた。



「ハク、走るぞ!」


「へ? えぇ!?」



 シキブに従うがままハクは駆け出し丘を滑り降りていく。彼の隣に追いつくと、バランスを保ちつつハクは問いかける。



「急にどうしたんですかっ!」


「さっきから言ってるだろう、悠長にしてる暇はないって。

 俺たちの目的は魔塊マナ・マスの回収。それを達成すれば万事解決する」


「どういうことです?」


「魔物は魔塊マナ・マスを求めて現れ、莫大な力に引き寄せられて宿主もろとも飲み込もうとする不死の生き物。

 どれだけ倒しても際限なく出てくるから、はっきり言って相手にするのは時間の無駄なんだ。

 いくら魔法があってもそれを使う人間がくたばったら意味ないだろ」


「じゃあ、やっぱり……さっきのが先輩の魔法……!」



 ハクが目を輝かせると、シキブは得意顔を浮かべて返答する。



「そうだ! これが俺の魔法――思い描いた武器を具現化する力さ。

 といっても、俺の場合は剣と刀、できて槍を作るくらい。さっきみたいに魔法展開をきちんとすれば何があっても折れず、欠けず、壊れることのない最強の刃を創造できる」


「すごい……!」


「まあ、無から作るのは無理だからこうして柄を用意したり、道端に落ちてる枝を強化して剣に見せかけたりするくらいだけ。

 ヴィジョナリーに与えられた魔法は一人一種類。それも決して完全とは言えないものだ。

 まあ、不自由な世界に生きる俺たちにとってそれは大した問題じゃないんだけどな。いざとなれば別の武器を携帯しておけば済む話だし。


 ハクもミスターと契約して魔法を手にしてるはずだから、展開魔法を詠唱すればお前に合った力が使役できる」



 丘の上を滑り降りているからだろうか。それともシキブの話を聞いたからだろうか。

 ハクの胸は高鳴り、鼓動が自然と速くなっていく。



「それじゃあ、僕も今――」


「繰り返しになるが、魔法は個人で異なる。お前と俺の詠唱も違うフレーズだし、何を唱えれば発動するのか俺にもわからない。知っているのはミスターとお前だけ」


「で、でも、僕知りませんよ! どんな言葉で魔法が展開されるかなんて」


「大丈夫だ! 答えはすぐそこにある。

 ほら、ここにあるんだよ!」



 そういってシキブが軽く叩いたのは左胸部、いや心臓だった。

 まさか、と予感を察知し顔を歪めるハクにシキブは瞳を閉じて囁くように教える。



「己の胸に、心に問いかけろ。そうすれば自ずと答えは現れる……多分」


「…………」



 最後の一言を聞いてハクの心に不安の芽が生える。

 丘を無事滑り降り、住宅街へ急ぐシキブの後に続いている最中もそれを一掃することはなかった。





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