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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第一章 はじまりの記録
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夢?

 道端に溜まった落ち葉と厳しい寒さを吹き飛ばす春一番の到来から早一週間。段々と眠りについていた生き物たちは活動を再開し、人間に知らしめるかのように地上へその後を残していた。

 だが、ただ今の時刻は午後七時過ぎ。すっかり陽は海へ沈み、顔を上げれば散りばめられた星々が小さく輝いているので、彼の視線はおのずと上へ向いている。


 頬を薄っすら色付かせ自転車を押して少し角度のある坂を歩いているのは学ラン姿の高校生・空木うつぎはく。全国的にも有名な学校法人弐路(にじ)学園の高等部に在籍し、来月には二年生へ進級する。

 進路実績や部活動、学校設備によって高い評価を得ている弐路学園ではあるが、彼自身の成績はそれほど自慢できるものではない。校内の成績は常に中の中か中の上。高難易度のために低くなっている平均点をいつも超えられるかが彼の勝負で、クラス内の順位、ましてや学年順位は高次元の話だった。


 先日返却された学年末試験でも予定が立て込んでいた関係で思うように勉強ができず、結果は一学期から右肩下がり。

 遠くはない受験に向けて早く準備すべきなのだろうが、色々と理由をつけては後回しにして娯楽に手を伸ばしていた。



「ただいま……」



 伯は誰もいない自宅に帰りを告げ戸締りをする。両親は共働きで帰りが遅く、夜はいつも一人だった。

 手を洗いすっかり冷えきった洗濯物を取り込むと丁寧にたたみたんすへ仕舞い込む。

 伯は用意された夕飯をとりながら、何気なくテレビのスイッチを入れた。特に目ぼしい番組もなくチャンネルを変えていると、最近話題となっているニュースが流れていた。



「不登校や暴力、引きこもり、いじめ、自殺の増加、かぁ……」



 比較的身近な話なので、伯はリモコンを置いて続きを聞いていた。

 そういえばクラスにも夏休み明けから不登校ぎみの人がいて、勉強についていけず出席点も足りないために留年になった人がいたな、と思い出す。気の合う友人と、欠席はもちろん一分の遅刻も許さない昔なじみの先輩のおかげもあって、伯はほぼ毎日登校していた。だが環境によってはその同級生と同じ道を歩んでいたかもしれない。


 決して気分が良いとは言えない重い問題を考えたためか、食べる気を失くしてしまった。箸をおき片付ける伯。それからシャワーを浴びて、二階の自室へ向かうと髪も乾かさずに質素なベッドへ寝ころんだ。



 やるべきことはたくさんあるのに疲れがのしかかって起き上がれない。

伯は先輩の誘いもあって生徒会に所属しているのだが、先日終えた卒業式の準備で連日こき使われていたことが積み重なって身体にきているようだった。


 生徒会メンバーとして学園に貢献すれば内申点がもらえ、将来役にたつかもしれない。とはいえ勉強だけに集中したい、というのが伯の気持ち。 しかし、弐路学園は文武両道を基本方針として掲げているためか高等部生は全員勉学以外の何かしらの活動をしなければならず、例外は認められていない。

その他にも学園ならではの活動で地域交流があり、そのたびに報告分を事細かに記載して提出することになっていた。今までのように単なる感想文で終わることを許さないこれも彼にとっては気分を落とす原因の一つである。


 伯は入学することを目的として生命を削る思いで入試対策をしていたので、入学後に立ちふさがる多くの困難は微塵も考えてもいなかった。

特に入学式で校長が語った大学受験の話は衝撃的で、戦いを終えた新入生達の気を緩めるどころかプレッシャーをかける言葉の連続に、入る学校を間違えたのではないか、と早々に疑問を持ち始めていたのだった。

 思い描いていた楽しくて余裕のある高校生活とは程遠い現実に伯は思わずため息をこぼす。



「あぁ、もう。やる気も出ないし、疲れているし……無理に起きていたってどうせ勉強はしないんだから。

 こういうときは寝る……寝て心身ともに回復してまた明日頑張る! 今寝たら早く目が覚めるだろうし、宿題と予習は朝やろ、う……」



 睡眠術にかかったように重い瞼が閉じられ、伯の意識は深く沈んでいく。

 早く、だが目覚めなければいい、と。柄にもないことを心のどこかで願いながら――――。




 ――――




 気付けば伯は一人学校の正門の前に立っていた。


 弐路市の中心部に位置する弐路学園。

その高等部の校舎は異国情緒漂うレンガ造りと等間隔に自然の光を多く入れる流行の窓ガラスに覆われた新しい施設で、内部には最新の機具や設備が惜しげもなく取り入れられている。


 いつもの癖で視線を壁に埋め込まれた時へ向ける。しかし、文字盤、長身はあるが肝心の短針はなく、時間を確認することはできなかった。



「誰もいないけど、登校時間だよなぁ……」



 荷物も持たずここにいたことを不審に思いつつ、伯は一先ず教室へ向かった。


 青空は太陽のない灰色が広がり、校舎以外の建物はうっすらと霧を帯びていた。

 教室へ到着し中へ入ると、使われた形跡はあるが人の影はなかった。視線を動かして黒板に一枚の紙が貼られているのを見つけると、早速内容を確認する。



「……諸事情によりしばらくの間授業はなし。部活動をはじめとするもろもろの活動も禁止とする。ただし、従来通り定期試験は実施するため、各自勉強をしておくこと。試験の範囲は実施日一か月前までに発表し、テストは校内で行う。

 質問がある場合のみ登校を許可。事前に各担当教師に連絡し、アポイントを取ること。

 体育祭や文化祭を代表とする行事は今後開催する予定はない。生徒は勉学のみに集中し、来るべき大学受験に備えること……以上。弐路学園高等部校長……。

 どうなってるんだ、これ……?」



 いつの間にこんなことになってしまったのか。日付をみると元日とだけ記され、その他の情報は一切記載されていなかった。


 仰天する一方で人気のない状況に納得する。だが、依然として自分が何のためにここへ来たのか、目的を思い出すことはできない。

 荷物もないのだからきっと忘れものを取りに来たのだろう。それっぽい訳をでっちあげて無理やり自身を納得させると、引き出しにあった筆箱をポケットに突っ込む。


 面倒な担任の教師に見つかる前に教師を去ろうと黒板側の扉へ向かうと背後よりがらがらと音がした。



「わぁあっ!? ――って、花代はなだ?」


「伯……何をしているの?」



 まるで幽霊でも見たように目を見張り、腰を抜かしそうになる伯。その視線の先には同じく驚いた表情を浮かべる顔なじみの姿があった。

 花代藍あい。伯とは小学生時代からの縁で現在は弐路学園高等部の同級生である。

 伯よりわずかに低い長身で黒髪に青い瞳。校内では黒縁の眼鏡をかけ、髪も結んでいるのだが今はどちらの特徴もなく、制服姿ですらない。

 口数も多くなく、表情に大きな変化も見られないことから少し近寄りがたい雰囲気を纏っていて、誰も滅多に花代に近づこうとしなかった。加えて今は灰色を基調としたシンプルなデザインの服に黒のパンツ、少しヒールのある靴とストレートの髪。一層彼女を大人びた印象の花代に伯も思わず謙遜する。



「そ、それはこっちの台詞。というか、驚かせないでよ」


「ごめん、まさか人がいるとは思わなかったから。

 私はあるものを取りに来たんだ。伯は?」


「僕もそんなところかな……多分」



 伯の曖昧な返事に、首をかしげる花代。

 その瞳を見つめていると隠された心の内を見透かされているようか気がして、伯は目を伏せ扉へ向き直る。

 これ以上ここに止まる必要はない。むしろ、早く脱出しなければと、伯は誰かに急かされる。



「……じゃあ、僕は帰るよ」


「うん……また明日ね」



 明日?

 学校はずっと休みだというのに、彼女は何を言うのか。


 ただの言葉の綾だろう。

 そう決め付ける伯は深く言及することなく足早に廊下を行く。



「…………! なくなってる」



 一人残った花代は何かを確かめるように机に触れては次へ移し、すべてを終えた後で瞼を閉じて呟いた。

 それから黒板に貼られた今後の学校生活についての連絡を発見すると、紙を引き剥がして空白に一言書き込み、ある形に折り始める。完成したそれに手をかざし横へ一振りすると、窓を開けて紙飛行機を空へ飛ばした。

 風に逆らい、ある人物の元へ飛んでいく折り紙を見届けた花代。

 3階にいることを知ってか知らずか、彼女は躊躇することなく窓枠に足をかけそのまま飛び降りていった。



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