はじまる一歩
住宅街の修復を見届け、空間を後にした一行は入手した魔塊をミスターへ預けるため中央へ向かおうとしていた。
たわいもない話で交流を深めるハクとツグサに続いて暗い路地を歩くシキブ。その表情は依然として暗く、一人自分の世界にこもったようにふさぎこんでいた。
大通りにでて噴水広場へ折れようとするハクたちだが、人の群れに遮られ前へ進めない。
何事か、と背伸びをすれば深緑色の制服で統一された人々が堂々と道の真ん中を行進している。
「うわー警官でいっぱいだ!」
「あれがザスピルの警察……それにしてもこの行列は一体……?」
「あー多分パレードの一団だ。終戦記念のな」
ハクの疑問に背後よりシキブが答える。
「終戦? この世界でも戦争なんてあったんですか?」
「みたいだぞ。俺も詳しくは知らないが。
このパレードは17年前に勃発したそれを終結に導いた一人の英雄を讃え、平和を唱えるものらしい」
「へー。だから街中お祭り騒ぎなんだ」
空を見上げるツグサにつられてハクも周囲を見渡す。シキブと横切った時は気づかなかったが、屋根にはフラッグが装飾され魔法の力で風船が一定上空で浮遊していた。列の先頭が広場へ到達すると歓声とともに人々は迎え入れ、紙吹雪や紙テープが舞い散る。
非現実的なお祝いムードに感化され、ハクたちにも自然と笑みがこぼれる。争いという悲惨な出来事が過去に起こったとしてもこの場いるはみな幸せそうだった。
だが、そんな楽しげな雰囲気に水を差すような焦りに満ちた叫びがどこからか小さく響き渡る。
「――だ、誰かっ、その子どもを止めてくれっ!」
「?」
「なんだ?」
「えーなにー?」
声の発信源を探して四方を確認する三人。だが地上にそれらしき姿は見当たらない。シキブもツグサも発見には至っていなかった。
そのときハクは一瞬空が暗くなったことに気付く。視線を斜め上空へ向けると、再度太陽が隠れた。しっかりと原因を探って目を凝らせば、建物から建物へ飛び越えた人の影が光を遮ったのだと理解する。そしてその人はまだ屋根の上にとどまっている。
すると運の悪いことに人影は着地に失敗してバランスを崩し、宙へ投げ出されてしまった。
間一髪三階のベランダの手すりを掴むことはできたが、じたばたして今にも落下してしまいそうである。
「先輩、上です! どうして魔法を使おうとしないんでしょうか?」
「まさかの上か。
俺たちは関係ないが、住人の魔法は所有してる空間内じゃないと自由に使えない規則なんだ。
あの状態じゃ助けに向かってる最中に落っこしちまうな」
「そーんな時は、僕の出番だね!」
ツグサが任せろと言うようにウインクすると、右手をポケットに入れ袋に包まれた棒キャンディーを取り出して掲げる。
「――我が綴りたるものは 黄昏の時――以下略!」
「略って――おわぁぁっ!」
早口で詠唱したツグサは地面に向かって右手を扇ぐ。すると足元に風が起こり、魔法の力で三人を空高く吹き上げた。
途中でシキブが落ちそうな人を救出し、三人は屋根の上に降り立つ。
「へへ、ハッ君びっくりしたでしょ」
「し、心臓が飛び出るかと思った……。
今のもツグサの魔法?」
「そうだよ! 風で体を吹き上げたんだ。
ハッ君のは――ちょっと地味な魔法だったよね」
「うっ……」
腰を抜かしさらに心が傷ついき顔を引きつらせるハク。彼を一瞥してため息をこぼすシキブは、両手をついて荒く呼吸を繰り返すふくよかな体型の住人に声をかける。
「大丈夫ですか?」
「ああ。た、助かった。けど……」
住人が顔を向ける先には無邪気に笑い、不安定な屋根の上で飛び跳ねる一人の少年がいた。べーっと舌を出して挑発すると、少年は軽やかに屋根を飛び越えていく。
「なるほど。あいつを捕まえればいいのか。
であれば、俺が手を貸しましょう」
「そりゃありがたいが、無理強いしたら規則に反しちまう。
――いや、この感じ……まさかあんたは……!」
シキブの雰囲気からヴィジョナリーだと察する住人。
表情を一転させ、希望の光を瞳に浮かべる。
「ご察しの通り。だから俺に任せて下さ――」
「その必要はないわ」
シキブの言葉を遮るように第三者の声が背後より聞こえ、二つの影がハクたちの前に姿を現す。
一つは目元まで覆い隠すローブを全身に纏った人間で、首を動かしてシキブの方へ横顔を向けると不敵な笑みを浮かべる。
そしてもう一つは灰色の毛を持つ巨大な狼で、ローブ姿の人の指示を受けると颯爽と屋根へ駆けて行った。
美しい毛をなびかせる獣は屋根枠を器用に渡り、子どもの襟をくわえて捕えるとたちまち主の元へ戻ってくる。
左足に赤いアンクレットを身に着けた狼は子どもを丁寧に解放するとローブ姿の主へ寄り添い、褒美に頭をなでられ嬉しそうに尾を左右に振る。
「よくやったわね、グリジオ。
さあ、おじ様。この子はこの通り無事捕まえたわ。早く戻って仕事の続きをしないと。
今度は簡単に客人が扉の外へ出ないよう空間の構成を変えておくことね」
「ああ! 助かった、ありがとうよ、お嬢ちゃん。それにわんこも」
「グルゥッ」
「ふふっ、どういたしまして」
兄ちゃんもな、とシキブにも礼を述べ、男性は暴れる子どもを小脇に抱えると近くの建物の煙突へ姿を消した。
住人の姿を見届けたハクは、突如現れた謎の人物へ視線を移す。この人と狼は何者なのだろうか。
口調と声の高さからローブ姿のその人の性別は女。今日初めてこの世界へ召喚されたハクに知り合いなどいるはずがないのだが、相手の声は確かに聞き覚えのあるものだった。
「えっ、ハク?」
「へ?」
「やっぱりハクじゃない!」
仰天の声をあげた相手は被ったローブを取って素顔を露わにする。
「ア、アカネ!? なんでここに」
「それはこっちの台詞よ」
ローブの内側に入れていた髪を外に出しながら返事をした彼女はハクの同級生である緋月茜。腰のあたりまで伸びる栗色の髪は癖毛で、目を覆うほどの前髪の下から特徴的な赤い瞳をのぞかせている。
大豪邸が立ち並ぶ弐路市西区に住宅を構えるご令嬢で、各試験でいつも学年総合一位の成績を収めた優等生。
気の強い態度や発言から少し近寄りがたいと周囲から謙遜されているのだが、彼女が事あるごとに生徒会へ顔を出してはシキブと仲良く喧嘩しているため、制裁に入るハクは比較的交流があると言ってよい。異なるクラスであるので校内で接触する機会は滅多にないのだが、すれ違えば挨拶する程度の関係を築いていた。
ハクがヴィジョナリーとしてザスピルにいることに疑問を抱くアカネだったが、何かを察すると仏頂面のシキブに近づく。
「もしかして……シキブ!」
「なんだよ」
「どういうつもり、ハクをこっちの世界に呼び込んで! 感傷的で砂糖みたいに甘いハクにヴィジョナリーの任務が務まるとでも思っているのっ?」
「そんなことは百も承知さ。 ってか、俺がハクを巻き込んだ前提か」
「そんなことあなた以外に考えられないからに決まってるじゃない。
どうせハクを囮にして手柄を横取りするつもりなんでしょうけど、そうはさせないわ」
「人のことなんだと思ってやがる。
言っておくが俺じゃない。手引きしたのは多分ハナダだ」
「ハナダですって? 何を言っているの。ハクと彼女に接点なんてあるはず――」
「お前知らないのか。二人は同じクラスだぞ。まあもうすぐ学年が上がってクラス替えがあるだろうけど」
「嘘でしょ」
「仮にも同じ学年なんだから仲間の居場所くらい把握しとけっての。それより、嘘ってなんだよ。無駄口叩く意味なんて今ないだろ!
……お前はそうやってすぐ自分の見解を真実だと思い込み、他人に押し付ける。自分の考え全部が正しいとでも思ってんのか?」
「はあ? 何よそれ。勝手なこと言わないでくれる? あなたが私の何を知ってるって言うのよ。
あなたこそ人を手中に収めて意のままに動かせる、と言わんばかりの高慢な物言いやめてくれない? はっきり言って不愉快よ」
「ちょっと二人共、こんなところで喧嘩はやめて下さ――」
「黙ってろ」
「黙ってて」
「ぅぅっ……」
「ほーんとキブ兄もアーちゃんも―――すっごく仲良しだよね!!」
微笑ましいくらいの穏やかさで二人の口論を見守るツグサ。どうやら二人の喧嘩はザスピルでも健在らしい。
苦笑いを浮かべるハクの元へアカネの狼がやってくる。一瞬生命の危機を覚え身震いするが、相手は友好的な態度でハクの隣に腰を下ろす。
「えっと……はじめまして、僕は空木伯といいます。君は……?」
「グル」
狼は身に着けたアンクルをハクに示し、刻まれた文字を読ませようとするがところどころ擦れていて断片的にかわからない。
「Gと……それにH? えーっと……」
「彼の名はグリジオ。アカネが魔法で呼び出した使い魔の一人」
「へ? わっ、ハ、ハナダっ! いつの間に!?」
気付けばハナダが腰に手を当てハクの隣に立っていた。
「ついさっきかな。
ちなみに使い魔は契約した主の呼びかけに応じて召喚され、力を貸し与える魔法生物の一種。アカネは彼の他に四種類の使い魔と契りを結んでいるよ」
「へぇ。本当にみんな違う魔法なんだ。
だったらハナダはどんな魔法を――」
「ハナダは外見を変える卑怯な魔法よ。それに何度私が騙されたことか」
そこでアカネが口を挟む。口論は一先ず決着したようだ。
ハナダの姿を見てツグサは歓声を上げて抱き着く。不機嫌なシキブは苛立ちを隠さずにハナダとアカネを傍観する。
「ってそうじゃない! ハナダ、あなたどういうつもりでハクを――」
「ハクのこと? しばらく誰かとペアを組んで任務にあたってもらうつもり。防御系の魔法があれば客人のこと気遣いする必要もなくなってアカネも思う存分暴れ回れるでしょう?」
「それはそうだけど……任務は――」
「あ、次の案件? ならいくつか預かっているからそのまま現場へ向かえるよ。時間も限られていることだし、早速出発しないと」
ハナダが依頼の記されたカード取り出しながら話す。会話が一方的であるのは気のせいだろうか。
アカネが顔を真っ赤に染めて俯き、肩を震わせる。
「あなたねぇ……人の話を最後まで聞きなさ――」
「えー、僕どれにしようかなー?」
「ハナダ、近場の依頼はどれだ?」
ツグサ、シキブが続いてアカネの言葉を遮る。いや、確実に邪魔をしている。少なくともハクにはそう感じられた。
グリジオが人知れずため息をつく。
「これだね。はい、シキブ先輩」
「よし。
ハナダは今日何個回収した?」
「十弱、だね。
この辺りは空間の扉が近いから、数を稼ぐならお勧めだよ」
「なら、それも俺がやる。
ハク、せっかくだから他の魔法も把握しとけ。特徴や弱点を知っとけば戦闘もかなり有利に運べるからな。ただし自分の魔法を知ることも忘れるなよ。
ハナダ、これ頼む」
シキブは回収したばかりの万年筆をハナダに手渡すと帽子を被り直し、一足先に任務へ向かって行ってしまう。
迷っていたツグサもカードを数枚選ぶと、別れを告げて三階建ての屋根上から飛び降りる。
「ああ、もう! 仕事すればいいんでしょ! ただし、明日学校であったら覚悟しておきなさいよ。
残りは全部私がやるわ。あなたなんかに負けないんだから!」
そしてアカネもグリジオの背にまたがり現場へと向かって去って行った。
ハクが視線を向けると、ハナダは薄っすら笑みをこぼして散った仲間の後姿を見つめている。
「さて、と。私たちは一旦中央へ戻ろうか」
「あれっ、魔塊の回収にはいかないのか?」
「その前に先輩に渡された魔塊を預けようと思って。
いくら万年筆に入れて封印しているとはいえ、強い魔力は魔物を引き寄せてしまう。大量所持は正直危険。でも、彼らなら心配無用だよ。
それにハクの魔法をミスターに見てもらおうと思ってさ。それとも実践の方が良かった?」
実践と聞いてハクは首を左右に振って全力で否定する。
正直もう一度魔法を展開させる自信はなく、可能ならば練習したいと思っていた。
「中央でお願いします……」
せっかくだから、とハナダの提案で屋上を渡って目的地まで行くこととなった。
ハクは道すがら立ち止まっては辺りを見渡し、外壁に覆われた街並みを一見する。あれほど人の注目を浴びていたパレードの一団はどこにもなく、街は夢を叶えるための世界へ戻っていた。
見上げれば光放つ星が青空を駆け下りる。
ハナダに問いかければ、物質世界からザスピルへ訪れる客人の魂が願望にあった空間へ送られているのだそうだ。
契約を交わし、魔法がつかえるヴィジョナリーとなった以上、ハクもこの世界の構成員の一人となった。足手まといにだけはならないように、決意を固め、待っていてくれるハナダと共に先を急いだ。
――こうして迷える若者の、自分を変える物語は動き出した。
偶然という運命に導かれ、彼は勇気の道を行く。
他人のためではない、ただ己の満足を得るために。
その果てに待ち受けるのは、絶望の喜びか、幸福の悲しみか。
神ですら知る余地はない。




