イライザの追憶④
夜の闇に包まれた村の教会。
明日は満月だそうで、夜とは言ってもかなり明るい。
私が何か良い方法がないかと考え込んでいると、教会の扉が開く声がした。
ティシオンとの約束は明日なので、今は来ないはずだ。
「誰?」
入口の方に目をやると、そこには見知らぬ若い金髪の女が立っていた。
健康そうな見た目から、この村の者ではないことだけは明らかだ。
このタイミングでやってくる人種がどのようなものか、私はこの女の正体を薄々感じとっていた。
「私は貴女が想像しているとおりの者よ」
女は、そう言って教会の扉を閉めた。
それと同時に現れる光輪と二対の翼。
光の輪は頭上で神々しく輝き、背中の翼は雪よりも白い。
天使が顕現した瞬間であった。
「近くにいたら神器の発動を感知したものだから。念のため確認するけど、貴女自身が神器ということでいいのかな。ねえ、イライザさん?」
もうそこまでわかってしまっているのか。
「貴女の目的は私の回収かしら」
神器とは、天使にとって貴族たる証であり、易々と手に入る代物ではない。
そんな喉から手が出るほど欲しい代物が、辺境の世界を単独で歩き廻っていると知れば、それを手に入れようとするのは当然の成り行きだ。
おそらく必要なことは既に調べられており、あとは回収を残すのみとなったため、姿を現したのだと思った。
「違うわよ。私は既に貴族だから、新たに神器を得る必要はないかな」
彼女は私の考えをあっさりと否定した。
拍子抜けである。
「とは言っても先祖がこの世界の目立つ場所にある岩に突き刺して回収できないようにしてしまったから、使えなくて困ってるけどね」
女は自嘲ぎみな笑みを浮かべる。
「もしかして、あのアダマンタイト製の斧のことからしら」
「そう、それそれ」
この世界を放浪していた時に、聖堂の敷地に放置されている神器を見たことがあった。
あれだけ目立つのに神器が放置されるはずもなく、何か理由があるだろうとは思っていたが、そのとおりだったようだ。
調査をしようものなら、こういう人たちに自分の存在を知らせるようなものなので、気になったが深入りするようなことはしなかったが正解だったようだ。
「じゃあ貴女が私の前に現れたのは?」
「天使以外の何者かが神器を使っていたら放置できないでしょ」
言われてみればそうだった。
病人を目の前にして、思わず固有魔法を使ってしまったが失念していた。
「まあ、貴女は人間じゃないし、あの程度だったら何の問題もないかな。私はこの村の病について少し前から調査してるの。貴女も少しは何か気がついたことがあればと思ったんだけどどう?」
「北の山の中腹に魔金属サビシロスナが発生。河川下流に拡散し、土壌と地下水を汚染。そこで育った動植物のうち、モブ麦とカルバ牛には汚染物質の濃縮作用があり、これらは村の特産で村人の全員が常食としていた。これらの食物や地下水の摂取により肝臓に蓄積し、肝機能が次第に低下。長期間を経て肝不全により死亡――といったところかしら。サビシロスナ自体は無害なはずだから、いずれかの過程で有害化したということになるわね」
「たった一日でよくそこまでわかったわね。魔金属の種類まで」
流石に魔金属の種類まで特定できているとは思っていなかったようで驚いていた。
「それで対処方法はあるのかしら?」
一番気になるのはそこである。
私よりも長く調べているのだから、それなりのことは考えているはずである。
「魔金属の分解は全く期待できないから、体に取り込まないことが重要ね。まず食べ物は、ほかのものを食べれば大丈夫かな。水は飲まないわけにはいかないけど、満月だけは飲用を避けるだけならできそうよ」
彼女によると月の周期よって地表面の汚染濃度が変化し、特に満月の日には地下水の汚染濃度が高くなるのだそうだ。
逆に満月近く以外の日ならそれほど気にしなくても良いらしい。
こういうことは一日の調査でわからない。
彼女の少し前から調査していたと言ったが、一体いつから調べていたのだろうか。
「思ったよりも複雑なのよね」
様々な偶然が重なった結果発症した病。
想像していたよりも全容解明までの道のりは険しそうである。
「でも、ここまでわかっていれば解決の方法はいくつもあるわ」
確かにそのとおりだ。
いくつもの要因が重なった結果なのだから、その連鎖を一点でも断ち切れば最後まで辿りつくことはない。
この天使が言うように「いつか」解決できる方法ならいくつもあると思っている。
食物や飲用水の変更もその一つであり、誰でも思いつくことだ。
ただ、これらは既に発症してしまっている人々にとっては何ら意味をなさない。
「今にも死にそうな人が助からない方法は、意味がないと思ってるのよ」
私が必要としているのは、ティシオンの両親を助けられるような方法であった。
「サビシロスナだけ回収するような魔法があれば、土壌からも人体からも集められて簡単なのにね。貴女、神器なんだから何かすごいことできないの?」
「そんな都合のいいものがあればもうやってるわよ」
「それもそうよねえ……」
そんな遠い目をされてもこちらが困ってしまう。
「他の魔金属だったらこんなことにならないのに不思議なのよね。なんであんなに体に溜まりやすくて毒性が強いのか分かればいいんだけど」
「それを調べるのが貴女の任務……ん?!」
今までどうやってあの魔金属をどう体内から取り出すのかを考えてきた。
よくよく考えればそんなことをしなくてもいいことに、この娘の言葉で気がついたのだった。




