杖と聖女
「なるほど。イライザの説明で聖典に書いてあった約束の意味が大方わかったよ。村人を救うためのルールを作ったというわけだな」
カントの問いにイライザは頷いた。
今カントたちがしている話は、聖職者からすれば異端者ともとられかねないものであるが、ここは祭り前日の酒場で非常に騒がしく、聞き耳を立てて聞いている者などいない。
この時期に、この地でのみ口にすることが許される美酒の味に夢中で子供の話に注意を向けようとはしなかったのである。
「神の仕業にしないと村人がいうことを聞かなかったのもよくわかるわ。私も半分ぐらいしかわからなかったもの」
アイリスの場合は子供だからわからなくても当然だろうが、この世界の住人にとっても話が先進的すぎて理解し難いのではないかと考えていた。
しっかり説明すれば話の分かる者もいるのだろうが、難しいことはわからないと話そのものを聞こうとしない人間はどこの世界にも一定の割合でいる。
この話は、呪いや奇跡といった言葉で一見欺いているようにも見受けられるが、健康対策の面からすれば無駄な説明を省いて目的を達成しているという評価もできる。
「実は、ティシオンにはすごく細かく指示したのよ。でも世代が二つ代わるころには忘れ去られるものも多かったわ」
イライザによれば、ティシオンは特別な能力もないただの少女だったようだ。
まともな教育を受けていない少女には重すぎる大役であったのかもしれない。
「それにこの世界全域でモブ麦もカルバ牛も口にできなくなってしまったのは大きな誤算だったわ」
この近辺だけ守られれば事足りるルールが、聖典に組み込まれてしまったために共通ルールとなってしまったのである。
カルバキア山脈が原産のカルバ牛は、今は野生種が細々と生息するのみとなっているらしい。
「ところで、杖は普段は見えないようにしないといけないっていう決まりは、イライザが出歩けるようにするためだろ?」
「よくわかったわね」
「実際に出歩いて遊んでいるお前を見ていると、それ以外想像できないんだが」
「実は、浄化のお仕事は一日で一年分が完了してしまうの。ずっと地面で待機してるなんて耐えられなくてね。何年も同じ姿で出歩いてると不自然だから、姿も何パターンかあって、今の姿はティシオンを真似たのよ」
「ほう……。伝承のとおり美人だったというわけか」
改めてイライザの姿を眺めると、そんな感想がカントの口から出た。
たまたま教会に来ていたというだけで後世で聖女に祭り上げられてしまったただの村娘ティシオン――彼女の行動がイライザを動かすきっかけとなったことは間違いないが、現代での扱いを本人が知ったらどう思うだろうかとカントは想像を膨らませる。
話に聞くティシオンはやせ細っていたらしいが、健康になってからは目の前のような姿になったということだろうか。
カントの視線は、どうしても胸部の大きな膨らみの方へと行ってしまう。
(あれは偽物……。偽物なんだ!)
カントは、先の戦闘でイライザの体は内部が空洞だと知っている。
外部からの質感は本物さながらだというから、中身がないことが余計に残念でならない。
重視すべきは、中身なのか、それとも質感なのか。
過去の真実がどんどん明らかになっていく今も、その答えは一向に出そうにない。
カントの考えを知ってか知らずか、アイリスもカントをジト目で睨みつけるのであった。




