イライザの追憶③
どうやってこの難題を解決するか考えながら教会へと帰る途中、建物からティシオンが出てきて教会の方へと歩いていく姿が見えた。
どうやらあの建物がティシオンの自宅らしい。
普段、あの娘がどんな生活をしているのか興味があったので、覗いてみることにした。
中には農作業から戻ったティシオンの兄二人がいて、私がティシオンの知り合いだと知ると、快く家へと招き入れてくれた。
ティシオンもそうだったが、この二人も顔色が悪い。
農作業をしているとは思えないほど体も細く、体調が芳しくないことは想像に難くない。
家の奥からはずっと呻き声が聞こえていた。
その声が気になって奥の方に視線を向けていると、兄の方があれは両親の声なのだと教えてくれた。
「病気に効く薬とかはないの?」
「そんなものありませんよ。呪いの病気なんですから。この村は貧乏な者ばかりで、医者も診てくれないんです」
「せめて痛みだけでもなんとかしたいけど、どうにもならないんっす」
「少し診せてくれるかしら」
母親の方を診ると黄疸が出ていた。
これがどれほど切迫した状態にあるかまではわからないが、少なくとも今のまま放置すればそれほど長くないことは明らかだ。
なるほど肝臓か。
確かに魔金属の反応は肝臓付近が強いような気がする。
きっとここに溜まってしまうような性質があるのだろう。
それが分かっても、私に治療する技術はない。
「鎮痛剤よ。飲みなさい」
私は、腰巾着から丸薬を取り出し、二人に飲ませた。
「痛みが…消えた。あ、ありがとうございます」
「いいのよ。今は休みなさい」
「凄い薬ですね!イライザさん、ありがとうございます」
たちまち二人は痛みから解放され、すやすやと眠りについた。
実のところ、これは薬と言うよりも非常食に近いもので鎮痛作用は全くない。
神器である私の固有魔法を密かに使用したことによる効果である。
人間には持たぬ術で癒したとなれば奇跡だと騒がれかねないので、よく効く薬だと言って誤魔化したのであった。
「痛みを抑えただけで、病気が治るわけではないのよ」
できれば治してあげたいところではあるが、汚染物質が既知のものではないため、何ともしようがない。
これから、治療の研究を始めたとしてもそれが完成する頃には世代が変わってしまっていることだろう。
「そういえば、この村ではモブ麦を作っているんでしょ?やはりパンにして食べているのかしら」
この村のもう一つの特産であるモブ麦の調査をしていないことを思い出し、私は兄弟に質問した。
「そうですね。大体粉にしてパンを焼いて食べてますよ。あとは、エールも作ってますね。よかったら飲んでみますか?」
グラスに注がれたやや赤みがかった液体――口に流し込むと独特の苦みと香ばしさが口内に広がった。
これは美味い。
何杯でもいけそうな気がする。
ただし、これもあの牛乳と同じくらいに汚染されていた。
いくら高濃度の汚染とはいっても、味に影響するほどの量からすればごく微量である。
この村の人間は、常時汚染したものを中心に食べていたことが原因だったのである。
しかも、このエールはさらに質が悪い。
汚染物質で肝臓が弱っているところに、アルコールで負担をかけることになり、さらに病気の悪化に拍車をかけてしまっているのだから。
そうは言っても、単にモブ麦やカルバ牛を食べるなと助言しても聞き入れることはないだろう。
これらは村の特産であり、生きるための糧でもあるのだ。
第一、この世界の科学技術は発達していない。
そんな中で、土壌汚染が……とか、肝機能が……とか言われても皆が理解できるとは限らない。
どうしたものかと悩みながらエールをちびちび飲んでいるとティシオンが帰ってきた。
床に伏せている両親の傍らで、飲んで騒いでいたのが気に入らなかったらしく、体が震えるほど怒っていた。
至極当然の反応だろう。
騒いでいたことに関しては私にも非がある。
早々に立ち去ろうと思い、立ち上がったところを酔っぱらった兄弟に引き留められた。
これは兄妹間での板挟みで面倒になりそうだ。
そんな嫌な予感が一瞬したのだが、両親の寝顔を見てきたティシオンは考えが変わったらしく、それ以上帰れとは言わなかった。
しかし、聞くことは聞いたし、このままこの家に留まる理由もない。
これまでに分かったことは、明日ティシオンに知恵付けしてやればよいだろう。
私は、ティシオンに翌朝教会に来るように伝えると、家を後にした。




