イライザの追憶②
翌日の早朝、井戸の水を桶にすくってみた。
見た目はただの水だ。
私は、水に手を浸し、魔力を込めてみた。
木……、土……、水……、火……。
「火行魔力への応答が若干大、と」
考えたとおり、この村の地下水は魔金属に汚染されているようだ。
私はそれほど魔法をうまく扱えるわけではないが、それでも水に魔力を流した時の反応の違いが分かるのだから、かなり濃度が高いとみて良いだろう。
以前、とある世界でも似た症状が出た地方があったので、もしかしてと思ったわけである。
「となると、原因は上流にありそうね」
川の上流へと一飛びすると、その場所は割と簡単に見つかった。
水の汚染が感知できるのであれば、それよりも高濃度の汚染を感知するのは容易い。
その場所は、村から約二十キロメートル北にある山の中腹にあった。
それよりも高度が上がると魔金属の反応がないのでこの場所が根源とみて間違いない。
これくらいの濃度があれば、魔金属の種類も確定できるだろう。
「なにこれ。サビシロスナじゃない。確か人畜無害なはずなのに……」
土に魔力を込めると、想定外の応答が返ってきた。
魔金属にはかなりの種類があり、名前がつけられているものは少ないけれども、そのほとんどは無害で、健康被害を及ぼす種類は極めて珍しい。
私が考えていた魔金属は、黒水銀と呼ばれるものだった。
神獣レベルの竜が放つ吐息に含まれる魔金属である。
吐息を浴びるとたとえ即死を免れたとしても、治療しなければこの物質が原因となり慢性疾患で命を落とす。
しかし、検出した魔金属はそれではなかった。
こんな辺境の世界に神獣の痕跡があるのだろうかと疑問には思っていたが、全く想定していなかった結果だ。
「まさか他の原因が?いや、何らかの形で有毒になったと考える方が自然かしら」
単純に魔金属の有無ならわかるが、疾病がどのようなメカニズムで発症に至るのかまですぐにわかるほど、私は高い能力を備えているわけではない。
根源と思われるものが見つかったが、解決方法までは辿り着けなかった。
「こうなれば、村の方で対策するほかないわね。だってサビシロスナは――」
魔金属が生成する原因ははっきりしている。
それは強力な魔術の行使である。
だから、強力な術者が存在すれば意図的にも、非意図的にも発生し得るのだ。
ただ一つ気がかりなのは、サビシロスナは天術で生成できるものであるということだ。
つまり、今回の原因を作ったのは十中八九天使で、諸悪の根源はこちら側にあったということである。
おそらく、かつてここで強力な悪魔を討伐でもしたのだろう。
気まぐれで助けてやってもいいと思って始めた調査だったが、責任をもって解決しなければならない案件だと思い直したのだった。
※ ※ ※ ※
「結構可愛い顔してるのね」
柵の向こうにから、円らな瞳をした草食動物がこちらを見つめていた。
この村の住民は、殆どがモブ麦の耕作か、カルバ牛の酪農をしていると聞いたので、私は実際に農家を訪ねてみることにしたのである。
「そうだろう。そうだろう。こいつはいい乳も出すんだぜ」
男は頷きながら自慢げに答えた。
あまりにも男の顔色が悪いので、どうしてもそちらの方が気になってしまう。
「あら、この子、女の子だったのね。立派な角があるから男の子だと思ってたんだけど」
愛くるしい眼差しとは裏腹に、頭には牡鹿のような立派な角がある。
「この大陸ではこういう種はそれほど珍しくないぞ。この辺りではこのカルバ牛だけだがな」
「でも、これほど濃厚な味わいの乳が出るのはこの種くらいじゃないかしら」
「ははっ!嬢ちゃん違いがわかってるなあ。この村のよりも舌が肥えてるようだ。よし、気に入った!!土産にチーズとソーセージを持って行くといい」
男はやけに上機嫌だった。
カルバ牛の乳が美味しいのは決して御世辞ではない。
村人は、この特産物を享受して生活しているのだ。
ただし、この牛乳の汚染状況は最悪だった。
周囲の水の数十倍まで濃縮が進行している。
汚染された水を飲み、その水で育った牛たち。
牛自身は何ともないが、生物濃縮が進んで人の健康に害を及ぼす濃度になっていたのであった。




