匠の剣
「確かこの辺りなんだけど・・・ああ、あの煙が出ている建物ね」
二人は、鍛冶屋を訪ねてかなり郊外までやってきた。
移動時間の殆どは、乗合馬車に揺られていたわけだが、辺りには田畑が広がっており、中心部とは違ったのんびりとした空気に包まれている。
軒先まで近づくと、「プレギナスの工房」という看板が出ているのが見えた。
中からは、キンキンと金属を叩く音が聞こえてくる。
「こんにちは」
アイリスは声を掛けて工房の中を覗いた。
中では二人が刃物を鍛えていた。
「名匠だから、仕事を邪魔されるのは嫌がりそうだな」
「邪魔しない方が良さそうね。一段落するまで待っていましょう」
暫くの間、鉄を鍛える音を聞きながら待っていると、音が止まり、作業終わったようだった。
二人の内、若い方の職人が流れ出る汗を布で拭きながら、カントたちの方へとやってきた。
「待たせたね。何か用かい?」
頭に手拭いを巻いていて、見た目では分からなかったが、声で女だとわかった。
「こんにちは。私は、トルンスタントの娘のアイリスと言います」
「ほう。アイザックの娘か。確か以前にも来たことがあるな」
アイリスの話を聞いて工房の奥から、白髪の男が出てきた。
髪の色から、若くはないと思われるが、胸や腕はたくましい肉付きをしており、腕の太さは通常の男の3倍はあった。
「ええ、以前こちらに父とお邪魔したことがあります」
「そっちの坊主は?」
「アイリスの友人のカントです。今度騎士になるので、剣を探しています」
「プレギナスだ。よろしく」
男は手を差し出した。
カントもそれに応える。
「よろしくお願いします」
プレギナスの手を握ると、その力強さが伝わってくるようだった。
「なるほど。坊主は剣の経験はないようだな」
「握手だけでわかってしまうんですね」
「そうだな。俺は持ち主の性格や癖なども考えて剣を打つことにしてんだ。大体は見ればわかるってもんよ。俺の剣は高いぞ。ガハハ」
言うべきことははっきりと言う。
そういうタイプのようだ。
無口で職人気質という人柄ではないが、これもある意味職人向けの素直な性格と言えるだろう。
「因みに一振りで如何ほどなのですか?」
「騎士用の剣の大きさなら最低でも大金貨90枚からだな。あと、早くても1年待ちだ」
「大幅に予算オーバーだな。それほど待っているわけにもいかないし。予想はできていたことだけど」
「できれば完成したものを見せていただけませんか?良いものを見れば目利きもできるようになるかもしれませんから」
「それならいいぞ。誰にでも自信作だと胸を張れるものしか作らねえからな。ちょうど昨日完成したナイフがあるんだ。見ていくといい。ただし、触れんなよ」
「ええ、勿論です」
「ダリア。案内してやってくれ」
「はい、親方」
「紹介が遅れたな。これが、弟子のダリアだ」
「よろしく。こっちへついてきな」
二人は案内され、工房の奥に入っていくと、テーブルの上にトレイが乗っており、その上にナイフが置かれていた。
まだ、柄は取り付けられておらず、裸の刀身のままである。
部屋は薄暗かったが、青みがかった刃先は美しい光沢を放ち、その鋭さを自ら語ろうとしているようであった。
「俺でも店にあったものとの違いがわかる・・・と信じたい」
「丹念に磨かれているわね。仕上げまで申し分ないと思うわ」
「私もいつかこういう物を打てるようになりたいと思っているんだ」
ダリアの目は熱意に溢れていた。
「俺は、ダリアには才能があると思っている。こいつの作品に及第点をつけてはいるんだがな。まだ知名度がなく、しかも若いからなかなか売れんのだ」
後からやってきたプレギナスが会話に割って入ってきた。
「へえ、どんなものを打っているですか?」
「まだ人に見せられるほどの自信がないんだけどね。そこにあるやつだよ」
ダリアが指し示す先の台の上には、大小様々な剣が置いてあった。
それらがダリアの作品ということなのであろう。
鞘や柄の造りだけを見ると量産品と変わらないように見える。
その内の一本をダリアは持ち出し、テーブルの上に置いて、刀身を鞘から抜いてみせた。
「刀身の色がプレギナスさんのものとは随分違うわね」
ダリアの剣は、黄色がかった色をしており、プレギナスの剣とは違う雰囲気を放っていた。
それでも、出来栄えとしては申し分ないように思われた。
商店に並べばそこそこの値が付くように見える。
鞘や柄などの装飾が貧相なため、刀身との釣り合いが取れておらず、そういう意味では実用重視と言えるだろう。
騎士の剣には不相応かもしれない。
「材料となる鉱石の質や鍛え方でも随分と違いが出るからね。親方の作品に近づけたいとは思っているんだが、なかなか上手くいかなくてね」
ダリアは、恥ずかしそうにポリポリと後頭部をかいた。
「及第点を貰っているなら、我が道を行くのも手だと思いますけどね」
カントは、思い付きでそんなことを言ってみる。
「ほう、坊主は俺と同じ考えのようだな。こいつは必要な技術はある程度習得できているんだが、自分の「心」を打ち込むことができない。目の前に俺の作品があることが、ある意味足枷となっているのかもしれん」
師匠の教えどおり基礎を身に付けた後は、師を超えることを目指すのか、それとも独自の道を歩くのか、それを選ぶのは職人の価値観であり、生き方そのものである。
プレナギスも独自の意見があるようだが、敢えてそれをダリアに押し付けるようなことはしていなかった。
それだけ、ダリアの鍛冶職人としての成長を認めているということなのだろう。
「あんたなら、この剣買いたいと思うかい?」
ダリアはカントに聞いた。
「その辺りの店にあった剣よりもいい物だと思いますよ。ただ今回の予算は、大金貨5枚までなんです。とてもこの剣を購入できるだけの準備はないです」
「なるほど。随分と私の剣を評価してくれているんだね。今の私の知名度では、大金貨2枚でも売れないのが現実だよ」
ダリアは自嘲気味に笑って見せた。
「そう。それなら、この剣を大金貨2枚で譲っていただけるかしら?」
「本当かい?!」
ダリアの顔は、驚きと嬉しさに満ちた表情に変わった。
「私の感覚からすると、かなり安く買い叩き過ぎているような気もするけど、貴女の宣伝も兼ねてということで如何かしら?このカントが使い手なら、きっといい宣伝になるわ」
「そうなのかい?私にはこの子のことは何とも言えないけど、今は自分の剣が使ってもらえるだけでも嬉しいね。宣伝になるかはわからないけど、一応期待しておくよ」
「交渉成立ね」
アイリスは、袋から金貨を取り出した。
「騎士用の剣だから、鞘などはこちらで変えさせてもらうわ」
「ダリア。良かったじゃないか。店に置いてもらっているものも売れたという話を聞かんからな。多分、この坊主が買い手の第一号だろう」
「大切にしてやってくれ。アフターサービスもするからな!」
こうして、剣はダリアの手によって丁寧に布に包まれ、カントはそれを抱えて持ち替えることになった。
ダリアは、カントたちが帰るのをずっと見送っていた。
次回、久々にジェシカさんが登場します。




