合わない者たち
タイタニア公爵の娘、ジェシカ・デューク・ド・タイタニアは、しきりにアイリスのことを気にしていた。
「ナターシャ、アイリスさんの様子はどうかしら」
「はい、様々な者からアプローチをかけられているようですが、今は様子見といった感じで静観しているようです。こちらに敵対する勢力となりそうな兆候はありません」
ナターシャと呼ばれた側近は、集まった情報をもとにジェシカに説明する。
ジェシカとアイリスは、新入生の共に主席候補とされている。
新入生の中では、派閥ができるのであればどちらに付くかということを考えている者が多いようである。
このため、ジェシカもアイリスのことを気にしなければならない立場になっていた。
「それは良かったわ。一度、御挨拶に伺わないといけないわね」
アイリスとは少し前に、トルンスタント領の道中で会ったきりであった。
同じ寮に入っているというのに、この学年に来てからは未だに言葉を一度も交わしていない。
「生憎、今日は出かけているようです」
「そう。それは残念ね」
そう言って、紅茶を一口飲む。
「連れの男がいまして、今朝、出かけたようです」
「それは・・・、黒髪の平民かしら?」
ジェシカは、ティーカップをテーブルに置き、ナターシャと視線を合わせる。
アイリスの話よりも興味を持っているようにも見えた。
「ええ、よくご存じで」
ナターシャは、さっと目線を下げ俯いた。
「まさかとは思ったけど、この学園の新入生だったのね。あまり再会はしたくなかったけれど、それが分かった以上、益々早いうちに行かなければならなくなりましたわね」
「それでは明日にでも参りましょうか」
※ ※ ※ ※
日は、かなり低いところまで落ち、学園寮へと戻る途中の二人の影も長く伸びていた。
「思ったよりもいい剣が手に入ってよかったよ。アイリス、ありがとな」
「いいのよ。私が満足できるかという問題に過ぎないから。装飾の手配はまた別の機会にでもしましょう」
「そうだな。とりあえず、この前もらった王様からもらったペンダントを鞘に巻き付けて置こう。これで紋章の問題も一応クリアだな」
「適当すぎるでしょ。無いよりはましだけど」
アイリスはクスリと笑った。
いい買い物をしたという共通認識が、二人の会話を和やかにしていたのであった。
※ ※ ※ ※
寮に戻り、自室へと向かう途中、カントたちは、二人の女生徒に出くわした。
一人は以前出会った公爵令嬢である。
「あら、アイリスさん。ごきげんよう。一度、挨拶に伺わなければと話をしていたところなのよ」
ジェシカは、二人の姿を見かけると、声をかけてきた。
「ジェシカさん。こんばんは。同じ寮にいるのに、なかなか会わないものね」
とはいうものの、まだこの寮に来て数日である。
偶然顔を見なかったとしても、おかしな話ではない。
「そうね。これからは、お互い切磋琢磨しましょう」
そういってジェシカは微笑んだ。
次に、ジェシカの視線は、カントへと移る。
カントとジェシカは、目を合わせることになったが、ただそれだけで会話は発生しなかった。
カントは以前根付いた感情のこともあり、敢えて自分から声を掛ける気にはならなかった。
「その包の中身は剣かしら?」
ジェシカの視線は、カントの手元へと移り、カントが抱いているものに興味が湧いたようである。
「ああ、そのとおりだ。よくわかったな」
カントは布を少し解いて剣を二人に見せた。
「随分と安物ですわね」
剣を見るなり、ナターシャはそう言い放った。
ジェシカも目を細めて、黙って剣を眺めていた。
確かに、外観が安っぽく見えることは否めない。
購入費用も、騎士の剣の相場と比較して、かなり安い方である。
しかし、刀身は決して安物と言えるような代物ではない。
名匠プレギナスも一定の価値を認めるダリアの業物である。
量産品とは異なり、この一本をこの世に生み出すために、ダリアがどれほどの熱意を込めて打ったのかは計り知れないものがある。
ただ、今はそれが鞘に収まっている状態であり、肝心な部分が見えていない。
それが、お互いの認識を乖離させる要因にもなっていた。
また、これはアイリスがカントのために、家の金ではなく、自分の金を持ち出して購入してくれた祝いの品でもある。
つまるところ、品質だけの問題でもないということである。
そういった意味で、カントはこの剣がただの剣ではないことを重々承知していた。
「確かに高級品ではないかもしれないが、俺はこれが最高の物だと思っている」
カントは、思っていたことを素直に口にした。
それが偽らざる気持ちであった。
「そう。それが「最高」だなんて平民は大変ですこと」
だが、ナターシャはそれを即座に否定するような言葉を放つ。
平民を見下す態度が滲み出ているようであった。
アイリスは、ナターシャに言い返すことなく、拳を握りしめたまま黙っていた。
カントは、黙って唇を噛むアイリスの様子をずっと気にしながら、ナターシャの言葉を聞いていた。
剣が馬鹿にされることよりも、それによってアイリスが傷ついていないかということが気になって仕方がなかったのである。
「さて、ナターシャもそれくらいにしなさい。そろそろ行きましょうか」
その場の空気を少しは読んだのか、ジェシカはナターシャを窘めた。
「はい。ジェシカ様」
ナターシャも、ジェシカの言葉には逆らわない。
「ごめんなさい。それじゃあね」
二人は、すれ違い去っていこうとした。
しかし、カントはそれでは気が収まらなかった。
自分が馬鹿にされていることよりも、アイリスの気持ちが踏みにじられていることが我慢ならなった。
大したこともなかったというように、軽くこの場を流して立ち去ろうとする二人を呼び止めようとした。
「もう、いいから」
しかし、アイリスはカントの腕を掴み、小声でそれを引き留めた。
たとえ気に食わないとしても、相手は公爵令嬢である。
まだ、授業も始まっていないというのに揉め事を起こして、これからの生活を乱すことは賢くないという判断をした結果であった。
だが、一度生まれた感情と、起こった事実を消し去ることはできない。
カントたちと、ジェシカ一派の間に確執が生まれた瞬間であった。
※ ※ ※ ※
「ねえ、あの剣を見て貴女はどう思ったのかしら」
ジェシカは、二人きりになった後、ナターシャに声を掛けた。
「貧相な剣だと思いました。ジェシカ様の側近であれば、あのような剣を持つことは許されません」
「・・・そう。半分以上隠れていたけれど、見覚えのある紋章が鞘についていたわ。おそらく王家の紋章ね。貴女にこの意味がわかるかしら」
「騎士の剣ということでしょうか?」
「そうよ。あのカントという者は、近いうちに騎士になる。私の見間違いかもしれないから、他の者に言いふらす必要はないけれど」
ナターシャは黙って頷いた。
「益々捨て置けないわね」
ジェシカは、聞こえない小さな声でそう呟いたのであった。
次回、王女エリザベスの警護にまつわる話を予定しています。




