角の生えた敵
カントは、街を見物しながらぶらぶらと歩きまわっていた。
本来、姫を探し出すという目的があったのだが、その目的は果たせそうにない。
(姫の顔も特徴も知らないのに、探せるはずがないだろ)
アイリスは、先走ってカントの前からいなくなってしまった。
カントに非はない。
結果、一人で街を歩く口実ができたというわけである。
街には大勢の人々が行き交い、ざわついた声にも活気が感じられる。
道には屋台も多数出ており、匂いに引き込まれてしまいそうな香しい食べ物を売る店も多数みられた。
この雰囲気を楽しみながら、買い食いでもできたならさぞかし楽しいことだろう。
生憎、カントは金銭を持ち合わせていない。
興味を引く品は、数えきれないくらいあるものの、それらを手に入れることは一切できないのである。
はたから見れば、普通の子供が物欲しそうにふらふら歩いているようにみえる。
中身は大人のはずだが、至って普通の子供の行動だった。
カントは、この人通りが多い状況をみて改めて考える。
(これだけ人が多いんだ。余程のことがない限り、危険に巻き込まれることはないだろうな)
人が多ければ、悪人たちも多数潜んでいるのは間違いない。
しかし、いくら悪人でも、堂々と人目が多い大通りで悪さをするほど馬鹿ではない。
アイザックや衛兵は、万が一を考えて捜索を行っているが、万が一とは滅多に起こることではない。
第一、悪人が身なりのよさそうな娘を襲おうとするだろうか。
カントが盗人なら、そんな娘は標的にしない。
カントが元いた世界であれば、女、子供は強盗や盗賊などの格好の餌食であったに違いない。
しかし、この世界では事情が異なる。
なぜなら、返り討ちに遭う確率が高いからである。
身なりが良いということは、貴族である可能性が高く、貴族とは魔力に秀でた血統である。
しかもアイリスのような魔力が強いのに制御ができないような者を襲ってしまった日には、間違いなく死を覚悟しなければならない。
これらを計算に入れると、よほどの自身が無い限り、貴族風の子女を相手に悪事を働くのはリスクが高すぎるという結論に至るのである。
また、相当の手練れであったとしても、大通りでドンパチするようなことはしないだろう。
(裏路地にでも行かない限り、大丈夫だろう。裏路地に行かない限り――え?)
ふとカントが裏路地に目をやると、フリルのたくさんついたライトブルーのワンピースを着た少女の後ろ姿が見えた。
周りにいる人々の身なりと比べても、違和感のある服装である。
(見つけてはいけないものを見つけてしまった気がする)
嫌な予感しかしない。
しかし、少女が危険な方向へと消えていってしまうのであるから、追わないわけにはいかなかった。
ドン!
カントが裏路地に入ろうとしたその時、進もうとしたその先から大きな爆発音がした。
案の定、少女は危険な状態となり、何らかの戦闘が始まったようである。
カントは、駆け足で現場へと向かった。
バリバリバリバリ
カントが裏路地に入った時、雷撃が少女から放たれ、さらに奥にいる人影に命中していた。
右手に持っているショートソードが避雷針となり、雷撃が直撃したようである。
その人影は、フードを被っていたため、顔が見えていなかったが、少女の放った雷撃で焼け落ち、顔が露わとなった。
その男の顔の色は、血が完全に引いたかのように青い色をしていた。
正確に言うと紫に近い色といったところだろうか。
しかし、それは大して重要な情報ではない。
男には、なんと頭部に角が2本生えており、口元には鋭い牙が見えていたのであった。
カントは、それが何か知っていた。
御伽噺などではよく出てくる有名な怪物――鬼である。
だが、実物を見るのは初めてであった。
フードこそ燃えてしまったものの、鬼は少女の魔法に動じることもなく、少女に近づき、首から下げていたペンダントを空いていた左手で引きちぎって奪い取った。
「これで、お前の魔法は封じられた」
「くっ」
少女は苦虫を噛んだかのような表情をした。
おそらくあのペンダントがあの娘の装置なのであろう。
装置が取られた今、少女はもう魔法を使うことができない。
ただのか弱き少女である。
「エリザベス、お前の往生際が悪いから、罪なき少年を巻き込んでしまうことになりそうだぞ」
カントの姿を見つけ、鬼はニヤリと笑いながら少女に話しかけた。
やはり、この少女がエリザベス姫ということで間違いないようである。
「この者は鬼です。しかも、上級魔術士ですら歯が立たないほど強い。早くこの場から逃げるのです!」
エリザベスはカントに向かって叫んだ。
上級魔術士ですら歯が立たない――その言葉がカントの頭に警鐘を鳴らす。
エリザベス姫の命が危険に曝らされているということである。
先ほどの音で、衛兵たちが駆けつけているかもしれないが、それでどうにかなるとも限らない。
ここでエリザベスの言うとおり、おめおめと退くわけにはいかないのである。
カントにはわずかながらに勝機があった。
カントの魔力量は上級魔術師をも凌ぐとアイザックから聞いていたからである。
(奴に全力の魔力をぶち込めばなんとかなる・・・かもしれない)
「・・・どうやら、お前も魔術師のようだな」
鬼は、カントの目を見て、カントがやる気であることを見抜いた。
「どうせ俺には勝てないと思うが、実力が未知数の奴と戦うのはできれば避けたいものだ。これならどうかな」
鬼は左手をエリザベスの首に回し、体ごと引き寄せた。
いわゆる人質というやつである。
(奴に全力の魔力をぶち込めば――あれ?この状況だと俺、何もできないんじゃないか?)
魔力の制御ができなくても、力で押し切れば何とかなるという前提で勝機が見えていたものの、エリザベス姫を盾にされては肝心の魔法を使うことすらできない。
鬼に致命傷を与えられる魔法であれば、姫にとっても致命傷であるからだ。
カントの計算は、早くも綻びを見せていた。




