11、ベアー
「ゴアアアアアアアアアア!」
「うりゃあああああ!」
かなりやばいモノを見てしまった。
何がやばいって?
クシナよクシナ。
あいつゴリラだわ。
「そんな軽いパンチ当たらないって!」
俺の眼前。
そこで繰り広げられている光景に開いたクチバシが塞がらない。
身を低くしてパンチを躱したクシナは、クマの懐に潜り込み、がら空きになった腹に向かって正拳突きをお見舞いする。
クシナの2倍はあろうか体格の持ち主であるクマが、胃液を撒き散らしながら一歩後退した。
「ウグルォ!?」
「もう一発!」
続いて畳み掛けるは、クシナ必殺『デコピン』だ。
たかがデコピンって思うでしょ?
違うのよ。
あれがやばい。
「せいやッ!」
「グギャアアアアアアアアアアア!?」
クマが爆散した。
あちこちにかつてクマだったであろうものが、ビチャビチャ音を立てながら飛び散っていく。
ボトッと俺の目の前にクマの生首が落ちてきた。
こんなん泣くわ。
流石は«攻撃力上昇(大):一点集中Lv8»
攻撃が命中する面積が小さいほど威力が上がるスキルだ。
やばすぎ。
「うしッ! さあさあまだまだ!」
「もうお前一人でいいんじゃねぇか?」
「何言ってるの、私は多対一が苦手なの! 手伝ってよ!」
「分かってるって」
俺もすかさず火炎放射で応戦だ。
スキル«放電»を使って辺り一帯ごと焼き払いたい気分だが、クシナが居るのでそれは無理。
それにしてもクマ居すぎだろ。
さっきから結構な数を倒しているが、一向にその数が減る様子はない。
あっちもこっちもクマクマベアー。
にっちもさっちもいかない。
だが、攻勢は確実にこっちに向いてきている。
「おりゃ!」
「ベアアアアアアアアアアアア!?」
可愛らしい声を合図にクマが爆散。
それを見たクマ達が怯えているのが様子で分かる。
「グオオオオオオオ!」
「グギャグヤヤヤヤアアアアアア!」
「グルオオオオオオオオオ!」
「あれっ!? 熊達が逃げてく!」
よっしゃ。
クシナのデコピンに怖気づいて、クマ達が一目散に逃げていった。
そりゃそうだよな。
か弱い小娘かと思ったら、指先に爆弾持ってるんだもん。俺でも逃げるわ。
勝利の女神はこちらに微笑んだようだ。
「グオオオオオオオ!」
「グギャグヤヤヤヤアアアアアア!」
「グルオオオオオオオオオ!」
「あれっ!? 熊達がまたこっちに!?」
勝利の女神が手の平を音速くるりん。
逃げたと思ったクマ達がまたこっちに向かって来た。
なんなん?
逃げ足にブレーキを掛けたと思ったら、また俺達に向かってアクセル全開してきやがった。
「も~! 意味分かんない! 疲れたよー!」
クシナは泣き言を叫んでいるが、俺はクマ達の不可解な行動に気付いた事があった。
逃げの判断を下したというのに、突然また襲ってくるか?
いや、そのまま逃げるべきだろう。
なら何故、また襲ってきたのか。
恐らくだが命令されているな。
このクマ達、誰かの使役獣のようだ。
俺はスキル«抗えなかったヒヨコ»を発動させる。
ヒヨコサーチだ!
【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】〖人間〗【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】【熊】
ほらな。やっぱり。
クマ達に混じって人間がどこかに居やがる。
「クシナ! このクマを殺すな!」
「へ? 何でよ! 襲ってきてるのコイツらじゃん!」
「このクマ達は無理やり命令されてる! つまり操ってる奴がどこかに居るんだ!」
「……そういう事なら! プランタイル!」
察してくれたようだ。
クシナが魔法を叫び、地面にパンと手の平を付ける。
すると辺りから植物のツタが伸びてきて、クマ達を縛り上げた。なにその便利な魔法。
「ピヨちゃん、今の内に早く! 長くは持たないから!」
「分かった!」
俺はクシナの掛け声を合図に走り出す。
狙うは獣使役士である人間だ。
しっかしどこに居るのかワカンネ。
やっべ、俺って鳥目。
いや、待てよ。
さっきクマ達が逃げ出した方向に向かえばいいのでは?
クマ達が逃げ出すならどこにだ?
もちろん主である獣使役士の元へだろう。
その考えを元に走り出すと、居た。男が。
「うおっ!? どうしてここに!?」
『ピヨヨヨヨヨォ! (そんなん鳥頭でも分かんだよお!)』
「あんぎゃあああああああああ!?」
顔面、ヒヨコキックをお見舞い。
男は倒れ気絶した。呆気ない。
ともあれ、俺はコイツの不可解な点を見つける。
それはこの男の服装だ。
以前、森で俺とジータに襲い掛かってきたチンピラと一緒で小汚く、見るに明らかチンピラの類だった。
こんな短期間で、同系統の人間から何回も襲われるだろうか?
いや、襲われる訳が無い。
察するに、あの時のチンピラ3人組と、ここで倒れているチンピラは同じ組織か何かに所属しているのだろう。
で、その組織がこのチンピラ達に下した命令が『ヒヨコを襲え』という事だろうか。
違うな。そういえばあの時のチンピラは俺とジータを見て『売って金にする』とか言ってな。だとすれば、命令の内容は『ヒヨコを捕獲しろ』らへんが妥当か。
なんだか良く分からないが、俺の知らない所で何かが動き出している。
そして、俺とジータを狙っているというのなら、俺達の飼い主であるクユユの身も危ないかも分からない。やばいな。
○
とある寂れた家。
あちこちにガタが来ている廃屋の様な民家の一室。そこにはチューチューと鳴く無数のネズミ達が這いずり回っていた。
そんな部屋の中心で、椅子にふてぶてしく座る一人の男が居る。
「……で? またヒヨコにやられたって訳か?」
「そ、そうなんですロウフェン様。ダーントの奴がしくじりまして」
「キングベアを100匹も使って負けたのか」
ロウフェンと呼ばれた男が、歯軋りしながら細身の男を睨みつける。
それに身を竦ませた細身の男が言い訳気味に言う。
「そ、それがですね。どうやら魔狩り士のクシナ・レイと一緒に居やがるようで……」
「そうか、聖都の飼い犬か。分かった、行け」
「へ、へい……」
ロウフェンが顎で出入り口を示すと、細身の男は申し訳なさそうに部屋から出て行った。
ただ一人、無数のネズミが這いずり回る部屋に残されたロウフェンは、ポツリと言葉をこぼす。
「魔狩り士だとよ。お前の天敵じゃねぇか」
この言葉は誰に言ったものかは分からない。
だが、ロウフェン以外に誰も居ない筈の一室のどこからか、その言葉に返事を返す者が居た。
「魔物の私には状況がまずくなってしまった。だから飼い主の方を先にやれと言ったのです、こんな事になる前に」
返事を返したのは、一匹の汚いドブネズミだった。
辺りに居るネズミよりも3倍は大きいずんぐりとしたネズミ、このネズミは確かな人間の言語を発していた。
その言葉を受けてロウフェンは目を細める。
「しょうがねぇじゃんかよクリステル。ドラゴンと、そして竜より強いヒヨコが一緒に居るんだ、手出しは難しい。それに俺様の狙いは元々ドラゴンとヒヨコ。あいつらを売れば金になる。いや、使役すればもっと稼げる筈なんだが」
「しかし真っ向から挑んでも勝ち目はありません」
ドブネズミ――もといクリステルの言葉に再び目を細めたロウフェンだったが、その頬を僅かに緩んでいた。
一つ笑みをこぼし、懐にしまってあったケースから煙草を取り出して火を付けた。
「だが今、ドラゴンもヒヨコも森の中。ヒヨコの方はキングベアと、ドラゴンの方は狼と交戦中ですぐに街へは戻れない。今、飼い主を守れる奴は猫だけか」
言い終えたロウフェンが煙を吐く。
空気に混じる異臭にクリステルは煙たそうな表情を浮かべた。
「そうです、今がチャンスなのです。チャーハンの方はロウフェンの方がなんとかしてください。私は飼い主を攫って来ます。さすれば、ドラゴンもヒヨコもチャーハンも、大人しく私達に従うでしょうね、ふふふ」
クリステルが不敵に笑い、ロウフェンに背を向けた。
そして小さく呟く。
「ふふふ、ヒヨコね。人間様はあれをヒヨコとお思いのようで」
それはロウフェンの耳には届かなかった。