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12、その頃クユユはスタンプ目当てに商店街へ


 晴天、晴れの日。

 といってもここ数日ずっと晴れなのだが……

 

 麗らかな日差しに照り来る一本通りに、銀色の髪を揺らす少女が辺りを物色しながら歩を進めていた。クユユである。


 彼女が今日、出向いた先は街の中心街だ。

 いつもクユユの左肩に乗っているピヨちゃんの姿は今日は無い。

 

 クユユが朝、目覚めた時には既に姿は見当たらなかったのだ。

 庭で寝ている筈のジータの姿も。


 しかしピヨちゃんが勝手に出掛けるのはいつものこと。

 クユユは多少は心配しながらも、特に疑問を抱くことなく普段着を身に纏って家を出た。


 クユユがいま訪れている中心街の呼び名は通称――商業区。 


 通りの並び立つのは数々の商店。

 あちこちから活気の良い店主達の呼び声が聞こえてくる。


「むふふ~、良い匂いがしますね~」


 漂ってくる甘~いお菓子やら香ばしいお肉の香りに、クユユはちょっぴりよだれを垂らしてご満悦の様子だ。


 しかし、クユユは何もお買い物のためにこの商店街を訪れた訳ではない。それは彼女が首からぶら下げるスタンプカードに理由がある。


 それは良い行いをしてスタンプを貰うという、学校からの夏休みの宿題なのだ。


「こんにちは! シャカルさん!」

「おお~、クユユちゃん久しぶりだね~」


 クユユがまず狙いを付けたのは、甘いお菓子を取り扱う店だ。


 この店の店主であるシャカルという男性は亜人種のリザードマンである。その体は青い鱗で覆われ、頭は爬虫類がそのまま乗ったかの様な見た目だ。


 ようするに二足歩行の服着たトカゲである。


 このシャカルというリザードマンとは、クユユはまだまだ小さい時からの見知った仲であった。

 

 というのも、母親と一緒に買い物に来た際、よくここで買い食いしていたのだ。


「見てください、このスタンプカード!」


 そう言ってクユユは、首元からぶら下げるカードをシャカルに見せ付ける。


「ああ~、もうそんな時期かいな。という事は、俺に会いに来たのはスタンプ目的のお手伝いって訳だなぁ?」

「ふへへ、そうなんですよ」


 どうやらクユユがスタンプ目的でシャカルの元へ訪れるのは、毎年恒例の行事のようだ。


 そこからシャカルによるクユユの扱いは手馴れたモノだった。


「よし。そういえば最近な、新作のお菓子を作ってみたんだよ」

「なんですか、それ? やけに小さいシュークリームですね」


 シャカルが取り出したのは普通のシュークリームとは違い、一口サイズといったやけに小さいシュークリームだった。


 シャカルはそれを数個、容器の中に入れてクユユに渡す。


「これはプロフィトロールって言うんだ。お得意様のクユユには特別にタダでプレゼントだ。持っていきな」

「わあ! ありがとうございます!」

「お前の笑顔だけで、俺にとっては孝行だぜ」


 シャカルは判子の様な細長い物体を取り出すと、クユユがぶら下げるカードにポンと判を押した。


 お菓子も貰い、スタンプも貰った。

 クユユの笑顔がよりいっそう明るくなる。


「やったやった! ありがとうございます!」

「へへへ、良いってことよ。じゃあ今度はちゃんと買い物に来てくれよ!」

「分かりました!」


 そう言ってクユユはシャカルの元を去って行った。


 しかしクユユは気付かない。

 これがシャカルの画策だということを。


 クユユがいくらお手伝いをしに来たと言っても、まだまだ幼いクユユに手伝える事などたかが知れていた。

 

 ぶっちゃけると邪魔なのである。


 それでシャカルは『笑顔が孝行』という建前を作ったのだ。してちゃっかり、新作お菓子の試食という名の宣伝までするシャカルのあしらい技術は手馴れたモノだった。


 先程のやりとりにそんな意味があったとはつゆ知らず。


 クユユはプロフィトロールを口に運んで至福の笑顔を浮かべていた。


「う~ん、甘~い」


 甘いのはクユユの頭であった。


「あ、そうだ。これピヨちゃんとジータンにも分けて上げましょう。きっと喜びますね。ピヨちゃん甘いお菓子大好きですし」


 いくら頭の甘いクユユでも施しの精神を忘れない。

 それだけ彼女は心優しい少女なのだ。


「あ、美味しくてついつい全部食べちゃいました」


 手に持つ容器の生身はスッカラカン。

 クユユは鶏よろしく、三歩で忘れる鳥頭の持ち主なのだ。


「このまま次のスタンプも狙ってみましょう」


 獲物を物色する鷹の如く、周囲をサーチしていくクユユ。

 鷹の目は一人の女性店主を捉えたようだ。


「こんにちは! チムニーさん!」

「あれれ? クユユちゃんじゃない」


 香ばしい香りが漂う店の店主であるチムニーにクユユは元気良くあいさつした。


 チムニーの体格は幼いクユユと同等、またはそれ以下ほどに小さいといった小柄な体格の持ち主だ。そんな彼女の種族はハーフリング。ようするにロリ風味である。


 クユユが住む街は多種多様な種族が入り乱れる、まるで動物園のような街だった。


「どうしたの今日は? お母さんは一緒じゃないの?」

「クユユは一人です! 今日はお願いがあって来ました!」


 言って首からぶら下げるスタンプカードを、クユユはチムニーに見せ付けるように掲げた。


「へぇ、スタンプカードね。まあ、クユユには悪いのだけれども、内の店はもう人手が足りてるからねぇ」

「そんなぁ~」


 残念そうに顔を俯かせるクユユを見たチムニー。

 一度、店の奥へと姿を消すと、再び姿を現す。


 そのチムニーの手には、一つの容器が持たれていた。


「はいコレ」

「……? なんですかこれ?」

「チーズよチーズ。最近ネズミの被害が多くて、中々手に入りずらいのだけれども、お得意様のクユユにちょっとだけ餞別ね」

「わあ! ありがとうございます!」


 クユユが顔にたたえてた憂色は、うれしそうに喜色へと塗り変わった。


「クユユの笑顔が、このチムニーへの孝行ね」


 言ってチムニーはスタンプカードに判を押す。

 また一つ、スタンプカードが埋まった事にクユユは大喜びだ。


「チムニーさん大好きです!」

「ふふふ、お母さんにこのチムニーをよろしく伝えてね」

「分かりました!」

 

 驚喜よりの喜びを表情に灯したクユユは、手を振りながらチムニーの店を去った。


 また一つ、クユユは見落とした事があった。

 それはチムニーに軽くあしらわれた事。


 店というのは優秀な技術を持つ人材に恵まれて、初めて真価を発揮するものだ。


 ピヨちゃんの故郷である現代日本、そこは作業の機械化により人材育成のコストを削減していたが、ここは文化のレベルがその域に達していない異世界である。


 ましてや幼いクユユに突出した技術がある筈も無く、お手伝い出来る事といえばおいしそうに商品を食べる姿を、通行人に見せびらかして宣伝するだけなのである。


「トロトロですね~このチーズ。むふぅ~ほっぺが落ちちゃいそう~」


 クユユはチムニーに渡されたチーズをみよーんと伸ばして頬張る。その姿を見た商店街の通行人はというと、


「おい、あれクユユちゃんじゃねぇか? なに食ってんだろ?」

「美味しそうなチーズだ」

「ここいらのチーズの店はチムニーさんの所だけだぜ?」

「俺も食いてぇ!」


 バタバタとチムニーの所へ足を急がせるのだった。


 まさか自身がチーズの広告塔と化しているとはつゆ知らず、クユユは幸せそうにチーズを口につけている。


「ふわふわでトロトロですね~」


 ふわふわクユユは頭がトロトロなのであった。




 それから数々の店を渡り歩き、数々のあしらいを受けたクユユの手には土産物がいっぱいだ。そして首からぶら下げるスタンプカードは全て埋まっている。


 クユユがスタンプ狙いで商店街を練り歩くのは毎年恒例。従って、商店街の人達も既にクユユをあしらう技術は巧みの域に達していた。


 と言っても食べ物とスタンプを与えればクユユはそれで満足するだけなのだが。


 取り合えず、商店街の先にあった公園のベンチに腰を下ろしたクユユ。その表情は大量の美味しそうな食べ物に囲まれて満天の笑顔。


「ふふふ、今日はご馳走ですね~。きっとピヨちゃんもジータンも大喜びですね。へへへ、楽しみです」


 嬉しそうに足をヒョコヒョコと振るクユユ。

 その前に、一匹の真緑の鳥が姿を現した。


『クルッポー』

「あれ、ハト?」


 姿を現したのはインコである。

 その鳥は野生なのか迷い鳥なのか。


 クユユはインコの首元に付けられた首輪を見て察する。


「あらら、首輪付けてますね。ご主人様と逸れちゃったんですか?」

『オリャア!!』

「うぴゃあッ!? お、脅かさないで下さい!」


 突然、叫びだしたインコに絶叫するクユユ。

 負けじと対抗心を露にした。


「ぐぬぬ、言葉を喋るとは流石インコですね。確かインコは言葉を真似できるとパパに聞きました、ですがインコに負けてたら獣使役士失格です。あなたがどなたか存じませんが負けませんよ!」

『オラァ!』

「ひぃ……、お、おりゃぁ!」


 インコ相手にパタパタと両手を振るって威嚇するクユユ。


 余談だが、争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、という言葉がピヨちゃんの故郷にはあった。


「むむむ~、どっか行って下さい!」

『オララララララ!』

「ぃぃぃ痛い痛い痛い!?」


 威嚇してくるクユユに驚いてなのか、インコは防衛本能がおもむくままにクユユを鋭いクチバシで滅多打ちにしていく。


 たまらずクユユが悲鳴を上げるもインコはその口を止めようとしない。


「痛たたたた! ご、ごめんなさい! 私が悪かったです!」


 クユユ、インコ相手に敗北を喫す。


 その直後、何か小さい足音が無数に聞こえてくる。

 眉根をひそめて音のする方向へと振り返ったクユユが、目を瞠って絶叫した。


「うわわあ!? ど、ドブネズミ~!?」

『チュー!』

『チュー!』

『チュー!』

『チュー!』

『チュー!』


 その数、ざっと1000匹。

 視界を覆う程の汚いネズミの群れに、クユユは背を向けて猛ダッシュだ。


『オリャア!』

「え? い、インコ君!?」


 なんとインコは果敢にも、大量のネズミの波に向かってその翼を翻す。それは、はたして勇気なのか、単にネズミを餌と見ただけのかはクユユには分からない。


 クユユは波にも負けないインコの有志に声援を送る。


「が、がんばってくださいインコ君!」

『ギョアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

「い、インコ君!?」


 しかしインコは波に飲まれてしまった。

 そしてネズミの波はクユユを飲み込まんと猛追を仕掛けてくる。


 たまらずクユユは手の平をネズミ達に向ける。


「う、ウォーター!」


 射出された水弾はネズミに向かって一直線。

 

 だが、


「ウィンド!」

「ネズミが、魔法を!?」


 一匹のやたらとでかいドブネズミが唱えた魔法によって、水弾は空に霧散してしまう。


 ネズミの波はもはや目と鼻の先。


「ひゃああああああ!?」


 クユユもインコと同じ結末を辿った。



 


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