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白の転生譚  作者: 優音 乙菜
第一章 教会
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豊穣の加護 1

すみません、遅くなりました。

何と言いますか、スランプ気味です……単語の頭で頑張ってる『ス』が『ク』だったら、きっと凄いお話しとか描けるんだろうなぁ……などと思う次第です。

 倒れたきり起きる気配のないエクレアさんの脈拍や呼吸を確かめたところ、特に異常も無く、頭の方を診察して居たお姉さんの方も『頭を打った様ですが、瘤が出来ている以外には、特に問題も為さそうですね』との事なので、床に倒れたままのエクレアさんを誰にも踏まれない様に炊事場の隅まで運んで、頬を軽く叩いたりしてみたりしているのですが、安らかな寝息を立てながら「ふへへ」と笑うばかりで、全く起きる気配がありません。


「起きないねぇ」


「起きませんねぇ」


 そんな事を言いながら、目覚めないエクレアさんの頬をお姉さんと一緒になってプニプニしていた時でした。プ二られるエクレアさんを見ながら、アップルパイをモシャモシャしていた草餅ちゃんの1匹(?)が、僕の頬をフニフニと突きました。


「どうしたの?」


 現在進行形にフニフニされている頬の方に首を回すと、頬にくっ付いていた草餅ちゃんの1匹(?)が頬から離れて、僕の目の前に移動しました。

 触って分かったのですが、感触が本当に出来立てホヤホヤの草餅の様です。


 ……この辺りにも(ヨモギ)は生えているのですが、肝心の御餅を作る材料は無いのですよね。

 教会に宿泊した旅の方に聞いたお話では、お米やもち米なんかは獣人の国やその周辺で栽培され主食として食べられ、尚且つ輸出までされているそうなのですが、残念ながら僕は未だに見たことがありません。……あれば、今すぐにでも草餅を作っていたところですが……本当に残念です。


「ピカピカリンゴのタネ植えに行きたいです」


 そう言いながら、草餅ちゃんはエクレアさんの顔の上に乗りました。空気の通り道が塞がれたのか「ふおっ……」っと呻くエクレアさんの顔面から、草餅ちゃんを持ち上げて退かしつつ何事かと尋ねます。

 すると草餅ちゃんは、「タネー?」と呟きながら、自分の口の中に短いてを突っ込み、探る様な動作をして黄金に輝く何かを取り出しました。


「植える約束」


 草餅ちゃんが口から取り出したのは、先程作ったパイのフィリングとして使った、輝く黄金のリンゴの種でした。そう言えば、日当たりのいい場所に植えると言う約束でしたね。


「これも一緒に植えて欲しいです」


 黄金の種を取り出した草餅ちゃんに続いて、他の草餅ちゃん達も各々が各々の口の中に手を突っ込んで、植物の種と思しき物を取り出し、近くにあった布巾の上に並べていきます。

 メロンやスイカそれに苺の様な果菜類の種から、黒胡椒やバニラビーンズの様な何処からか見た様な種。加えて、日の光を受けてピカピカと輝く星型の何かや、原石のままの宝石の様な、植物の種かどうか分からない物まで。本当に沢山の種が布巾の上に積まれました。


「種が沢山。……何か見た事無いのも沢山あるけど」


 山積みになった種を眺めていると、草餅ちゃん達が各々の種の説明をしてくれました。  


「コレは、南の島に住んでた時に食べた色々なののタネー」


「コッチは、街に住んでた頃に貰った野菜のタネー」


「でこのキラキラなのが、お空から降ってきた良く分かんないののタネー」


 黒胡椒や何かの樹の種と思しき黒い粒や、メロンや苺の物っぽい種、そして光を反射して青い光を放つ星型の種を手に喜々として話す草餅ちゃん達。

 南の島に街ですか……大森林に定住して居たものだとばかり思って居たのですが――と、そんな事を考えながら首を傾げていると、お姉さんが


「この子達みたいに体が軽い子達は、台風や大風で元居た場所から色々な場所に飛ばされたりする事が結構あるんですよ」


 と、教えてくれました。


 ちなみに、草木を司る精霊の子達は、溜め込んだ植物の種の劣化を遅らせて保存する事が出来るそうで、何時か植えようと思って種を溜め込んだまま忘れてしまっている事も少なくないそうです。……冬前に食料を埋めてそのまま忘れるリスみたいですね。


「それって、この辺りでも育つのかな?」


 気を取り直して、ふと疑問に思って聞いてみると、お姉さんと草餅ちゃんは、"この人は何を言っているんだろう?"とばかりに、物凄く不思議そうな顔で僕の方を凝視します。


 普通、南国で育つような植物は大森林の様な寒冷地では育たないと思うのですが……。


 皆からの視線を受けて、少し居心が地悪く為って来た所で、草餅ちゃんの一匹(?)が口を開きました。


「ご加護があるから大丈夫かと」


「強い命の息吹を感じます」


「多分、どんな植物でもすぐに育つかと」


 口を揃えて言う草餅ちゃん達。


「そう言えば、そんな様な事があった様な」


 以前に、光る鈴蘭も植え替えた途端に物凄い勢いで育ったような記憶があります。あれは、リスティア様がくれた豊穣の加護の力だったんですね。リスティア様は、少し作物の育ちと出来る作物の品質が良くなる程度の加護って言って居た様な気がしますが、実は物凄い効果があるんですね。


「どうやら、加護については、何かしらの心当たりが有るようですね。……はい、これをどうぞ。種を植えるのなら水遣りも必要でしょうから使って下さい」


 少し前に起った出来事を思い出していると、何処かからか取り出した如雨露を僕に渡して言います。ふーむ。お姉さんは本当に色々持っていますね。本当に何処から出しているのでしょうか?


「ありがとう……あれ? この如雨露宝石が付いてる」


 良く見れば、白っぽい金属で作られた如雨露の側面には何色かの宝石が花や蕾の形に加工されて嵌め込まれ、蔦を初めとした自然物のレリーフ何かもされています。……如雨露なのに何か高そうですね。


「それは宝石ではなくて、精霊石ですね。何とこの如雨露は、水を汲まなくても水撒きが出来る如雨露なんですよ。それに、この如雨露で水を撒いた大地は、ほんの少しですが元気になるんですよ」


 わー、何か高そう。


「そんなの貰って良いの? 高いんじゃないの?」


 そう聞くと、お姉さんは一瞬何か考えるように首を傾げて、困ったように笑って答えました。


「お値段の事など気にせずにどうぞお受け取り下さい。本来は、所有者無き後の庭園の管理用に作られた物なのですが、私はもう1つ同じ物を持っていますので」


 そう言えば、教会にある如雨露は何の金属で出来ているのか分かりませんが妙に重いんですよね。その上、妙に大きいので水を入れると、とてもじゃないですが重すぎて持ち運べないんですよね。


「それじゃあ、遠慮無く使わせて貰うね」


「はい。そうして頂けると如雨露を作った子も喜びます。あぁ! あと、此方もどうぞ。外は暑いですからね」


 お姉さんは、まるで手品の様に何も無い場所から子供用らしい青いリボンの付いた麦藁帽子を取り出して、ポスンと僕の頭に被せてくれました。


「では、種を植えに行きましょうか。大丈夫、場所の当たりは付けてありますから」


 物語の騎士の様に跪き、僕と目線の高さを合わせて片手を差し出すお姉さん。何だかカッコイイですね。僕が同じ事をしようとしても、きっと保育園の保母さんの様にしか見えないでしょう。

 ……と言うか、実際迷子の女の子相手に似た様な事をしたら、『千歳がそれすると、保母さんにしか見えないよな』って皆に言われましたからね。その上迷子ちゃんには、お姉ちゃんとまで呼ばれて……微妙にショックでした。


「……うん! でも何処かに行くなら、シスターに一言言っておかないと」


 少しブルーになりかけた気持ちを追いやって、お姉さんが差し出した手を取り、もう片方の手で医務室の方を指します。……リディアに怒られるのはもう嫌ですからね。




―――――




 医務室に据え付けられた薬棚の下から数えて3段目。子供達が取り易い位置に置かれた擦り傷用の塗り薬を取り出したリディアは、それを翼竜ワイバーンを殴りつけて擦り剥けた《剣帝》ガウル=クラスゥオードの左拳に塗り、傷口の化膿を防ぐ作用のある薬液が染み込んだ包帯を巻いて、溜息混じりに呟く。


「これで怪我の治療は終わりです」


「いや、済まぬな。助かる」


 ガウルは治療された左拳を閉じたり開いたりしながら、少し申し訳無さそうにリディアに頭を下げる。そして、先程まで開いたり閉じたりして居た左拳を見詰めて溜息を1つ。


「従魔するために手加減したとは言えこの有様だ。幾ら執務ばかりで修練の時間が取れなかったとは言え、随分と訛ったものだな」


 目の前で哀愁を漂わせる男の姿を、リディアは呆れた様な目付きで見据える。


 子供とは言え、鋼鉄と同等の強度がある鱗に包まれた翼竜ワイバーンと素手で殴り合って負傷が左拳の擦り傷だけで済む辺り、流石は剣帝とでも言った所であろう……その耐久力は最早人間のそれでは無い。

 とは言え全盛期のガウルならば、子供の翼竜ワイバーン程度、かなり手加減した左拳の一撃で伸していた事もまた事実である。……だが、もう25年近くまともな修練をしていない状態でコレなのだから、大概である。


「それで、訛った剣帝様がお1人でこの様な山奥まで何の御用でしょうか?」


 リディアがそう尋ねると、ガウルは懐から2通の封筒を取り出してリディアに手渡す。その封筒の一通は至って簡素な一般的な封筒。ただ、もう一通は緻密な模様が為されている高級品であった。

 その封筒を開いて中身を改めると、それぞれの封筒の中に入っていたのは依頼書だった。


「一通はシルバが俺宛に送って来た依頼書だ。見覚えがあるだろう」


「ええ、確かに……ですがもう一通は?」


 もう一通の依頼書。ファーリシア王国の紋章の封蝋で封が為された質の良い封筒を手に、リディアは怪訝そうな顔で問う。


「国王……いや、我が友からの依頼書だ。内容は山道に出没して行商人を襲う魔物の討伐と、その魔物が山道に出没する様になった原因の調査。……ついでに、今まで後回しにしていた山道の整備の下見だな。その都合でシルバからの依頼も受ける事となった訳だ」


 シルバからの依頼だけならば、ガウルの部下である騎士が数名使わされる筈だったのだが、王からの依頼と山道の整備の件もあり、単騎でも大森林を歩き回れる国で最強の騎士《剣帝》の称号を持つガウルが出張る事となった次第である。

 無論、ガウルの部下達も同行を希望したが、そうなると無駄な犠牲が出てしまうかも知れないので、彼1人でここに訪れる事となった。


「そうですか。国王からの依頼なら私からは何も言えませんが……」


 それでも何か言いたげなリディアを一瞥して、ガウルは腰の剣に手を掛けて口角を上げてみせる。


「なに、訛ったとは言え俺も《剣帝》の称号を賜った男だ。そう簡単にやられはせんよ……それよりも、だ。リディア嬢」


 先程までの緩やか雰囲気は何処へやら、ガウルは少し声を低くして、余裕の無い極めて真剣な表情でリディアの瞳の奥を見据える。


「……何でしょうか?」


 その真剣な表情から、リディアはガウルが問いたいであろう内容を予想し、内心で「遂にきましたか……」と溜息を吐きつつも、表面上は平静を装いながら受け答える。


「炊事場に居た女性の事だ。私の予想が正しければ彼女は上位以上の精霊だと思うのだが。彼女は一体どうしてここに?」


 ――やはり。


 リディアは内心で溜息を吐く。ガウルが切り出した話題は、おおよそリディアの予想した通りのものだった。

 リディア的には、出切れば何も聞かずにスルーして欲しい話題ではあるが、ガウルは名目上とは言え大森林を含めた土地の管理をしている領主だ。ガウル個人としては何も見なかった事にしたくとも、場合によっては国王に状況を報告して然るべき措置を取らねばならない。


「それは分かりかねますね。私が聞きたいぐらいです」


 肩をすくめて首を横に振るリディア。困惑しているのは彼女自身とて同じ事。だが、状況が把握出来ない以上は悪い事が起らないように祈りながら静観して状況を見守る他はない。


「そうか……俺はてっきり彼女はここに滞在しているものだとばかり思っていたがのだがなぁ。と言う事は彼女が何故ここに居るのかは分からん訳か」

 

「残念ながら。……千歳が言うとおりなら、リンゴが切れなくて困ってたところで助力を申し出て頂いたという事なのですが」


「ふむ……あの子供の事かね? 確かに、下級精霊ならまだしも高位の精霊が自ら人に手を貸すとはな……不思議な事もあるものだが」


 ガウルが珍しい光景を見た、とばかりにそんな事を言うと、リディアは炊事場でどの様な事が起こっているのか考えながら大きな溜息を吐いた。

 本当は、探査の魔法か何かで何をして居るのか探れれば良いのだが、相手は高位の精霊だ。そんな事をしたら確実にバレる。……もしもそうなって相手が怒ったらと思うと、探査の魔法など使える訳も無い。


「……千歳が彼女の機嫌を損ねないか少々心配ですね」


 千歳は素直だ。だが、一応気遣い気遣いも出来るし、言ってはいけない事は心の中に留めて口には出さない……無意識の場合は以外は。


「ふむ。リディア嬢が何を勘違いしているのかは分からないが、王族や貴族の様な権力者が余程気に障る事でも言わない限りは、国を出て行く様な暴挙には及ばんさ。現に精霊使い何かはしょっちゅう精霊に契約を迫っているのに、国は滅びていないのだろう?」


 精霊使いは、契約した精霊の力を行使させる事によって大きな力を使う術者である。契約する精霊は弱くとも精霊術が行使できる精霊……それも、出来れば力が強い方が良い。

 だが、現在精霊使いが契約している精霊は最も強いものでも、ギリギリ上級に分類されるかどうかと言うレベルの精霊である。上級精霊でも強めのものとなると、並大抵の精霊使いでは契約する事など叶わない。ちなみに、高位の精霊ともなると出会うことすら滅多に無いか、出合っても姿が人と大差無いので気が付かない。


「それは上級精霊までの精霊の事でしょう? 彼の物語でも、炎の精霊の機嫌を損ねた国王のせいで、今も彼の国には火を司る精霊が戻らずに、国の全てが一年中雪に閉ざされ続けているのですよ」


 国や地域に存在する精霊の数は、その場所の気象や植生等に大きな影響を及ぼす。例えば、その地域に炎の精霊が多ければ夏が長くなり、更に言えば常夏の国になる事だってあるし、水の精霊が多ければ、水に困ったりする様な事は無くなる。加えて、全体のバランスが取れて精霊の数が多ければ、植物の成長は早くなるし、作物の品質だってよくなる。


 ただ、1種類の精霊だけが居なくなった場合には、元の気象にもよるが、物語の彼の国の様に国が一年中雪に閉ざされた常冬の国になる事だってある。精霊の機嫌を損ねると言う事は、詰まる所そう言う事だ。下手をすれば、国だって間単に滅びる。


「いや、彼の物語は、事実が少しばかり捻じ曲げられた一種の戒めだ。実際には、他国への侵略を企てていた当時の王が、炎の精霊に戦争に参加するように迫ったらしくてな。それに激昂した炎の精霊が、戦争など出来ぬ様に火を司る精霊を連れて国を去り、国を永遠の冬の中に閉ざしたと言うのが事の真相だ」


 目を見開いて驚くリディアを前に1度言葉を止めて、最後に、「まぁ、リディア嬢の言う様に、気の短い高位精霊も居るらしいがね。人も精霊も同じ、性格だって個々で違うだろう」と、付け加えるようにガウルはそう呟くいた。


 一般に知られている物語は、かつてはガウルの語ったものとほぼ同じ内容だった。だが時代と共に物語が変化し、現在は"高位の精霊を怒らせてはいけない"と言う形に落ち着いてしまったのだ。多くの高位の精霊にとったら風評被害も甚だしいのだが、肝心の高位精霊は人と大差ない姿で街を歩いたりしているので、然程被害は無いのかもしれない。


「そう……だったのですか。では、ガウル卿は何故彼女の事を気にかけているのですか? 機嫌を損ねても然して問題は無いのでしょう?」


 何か納得した様な、そうでない様な顔をして尋ねるリディア。彼女が思い浮かべたのは、物語に出てくる精霊では無く、実際に千歳と作業をしていた風の高位精霊の姿。確かに彼女は雰囲気からして柔和で多少の無礼ぐらいで怒るようには見えなかった……が、今までの常識が覆されたのが微妙に納得がいかない。


「リディア嬢は、我が国が大陸一の小麦生産国だと言う事はリディア嬢も知っていると思う。その上で聞きたい……小麦を挽く為に必要な施設を動かしているのは何だね」


「なる程……風車ですか」


 ファーリシア王国の主要産業は農業である。そして、その農業生産の内の約50%を占めるのが小麦類である。その他の生産まで言及するなら、豆類と野菜類が合わせて35%果樹が8%そして、残りがその他となっている。

 そして、国内生産の半分を占める小麦類を挽いて粉にしているのは、風車である。風の精霊が居なければまともな風など吹かず風車は動かない。それどころか無風や突風状態が常という状態と言う事も有り得る。


「ああ、そう言う訳だ」


 ――コンコン。


 リディアが微妙か顔で考え込んで居ると、2人分の足音と、どてっ! という誰かが転んだ様な音がして少ししてから、医務室の扉がノックされた。


「はい――どうぞ」


 リディアが、1人は確実に千歳ね……もう1人はエクレアさんかしら? などと考えながら返事をすると、ガチャリ、と扉が開き千歳が医務室に入ってくる。

 案の定1人は千歳。額と鼻の頭が少し擦り剥けているのを見ると、転んだのは千歳なのだろう……まぁ、これは予想通りだ。だが、もう1人……件の高位精霊も居る。


「千歳……と、お客様。一体どうされましたか?」


「リンゴの種を植えに行くから、リディアに言っておかなきゃと思って」


「リンゴの種……ですか?」


 先程炊事場でリンゴが云々と言って居たので、千歳の言うところリンゴと言うのは恐らくは黄金リンゴの事だろうと言う事は何となく理解できたが、一体何故そんな事になっているのかは分からずリディアは困惑していた。


「リンゴの種を植えに行くのは良いのですが、作物を植えられる畑は全て埋まってしまっていますよ?」


 顎に手を当てて少し考え込んだリディアは、色々な疑問を頭の片隅に追い遣り出来る限り平静を装って会話を続けた。


 野菜が定期的に確保出来ない環境にある教会では、自分達で食べる分の野菜は、毎年種だけ行商人から買い付け教会の畑で育てる事によって自給自足で賄われている。育てている野菜の種類が多い為、どうしても畑の面積に余裕が無くなってしまう。……一応、教会を訪れたドリアードが宿泊する場所として休耕している畑もあるのだが、流石にそこは使う訳にはいかない。


「それは問題ありません。お出かけさせて頂ける許可さえ頂ければ、精霊の領域にある畑が使えますので」


 風の高位精霊が何の気なしにそう言うと、リディアとガウルは酷く驚いた様子で目を丸くする。彼女の言う事が本当なら、この近くに精霊の領域――つまり、精霊の住処があると言う事だ。


「精霊の領域?」


 何故か、そこに向かう予定だった千歳が何それ? と、ばかりに首を傾げる。リディアはそれを見て若干の頭痛を覚えてコメカミに手を当て、内心で「この子には警戒心が無いのかしら? まさか、これも出不足の弊害かしら?」と、若干の焦りと後悔を覚えた。


 まぁ、千歳の警戒心が薄いのはこの世界に来る以前からの問題であり、リディアが言うところの出不足云々はあまり関係ない。敢えて言うなら、問題の本質はもっと根本的な部分にある。

 素直で正直なのは美徳だが、それが過ぎるのも考え物である。人があまり来ない大森林で生活していたとは言え、朱里が居なかったこの6年余りの間に誘拐されなかったのが奇跡の様だ。


「精霊の領域と言うのは、精霊が集まってすんで居る場所……そうですねぇ、人間で言う所の村や街と言えば分かり易いでしょうか?」


「へぇ、そんな場所があるんだー」


 何となく理解した的な顔をしている千歳を見て、リディアは、あぁ、これは本当の意味で精霊の領域がどういう場所なのか分かって無いな。と、溜息を吐いた。


 精霊の領域と言うのは、どれだけ行きたいと願ってもそう簡単に行ける様な場所では無い。精霊を従えている精霊使いですら辿り着く事が出来ず、精霊を研究している学者の一部からは、精霊以外には辿り着く事は出来ないとまで言われている。


「そう言えば、この辺りの森は昔から精霊の目撃数が極端に少ない割りに豊かだったな」


 唖然としながら呟くガウル。精霊がそれなりに生息している国の村や街ならば、伏せて置いておいたコップや食器を退かすとそこに居たり、畑の野菜に混じって植わっていたり。少し大きなお屋敷なら、屋根裏に精霊の村が出来ている事もある。探さずとも日常的に目にするぐらい日常に溶け込んでいるのが普通である。

 だが、大森林に於いては森を歩いていると極稀に目にする程度で、食器を退かしたらそこに居た……みたいな事は滅多に無い。


「この辺りに住んでいる子達は皆精霊の領域で生活していますので、あまり人目に付く機会が無かったのだと思いますよ」


「なる程、そう言うわけですか。……それで、千歳はそこまで行くのですね? 出来れば夕食までに帰って来るのですよ。それと、精霊様。申し訳ありませんが、千歳の事を宜しくお願いします。少し……いえ、かなり抜けていて、良くドジもしますし、何も無い所で転んだり、何故か廊下で倒れて気絶したりしている事も間々ある子ですが、悪い子ではありあませんので」


 リディアが精霊に頭を下げると、樹の下級精霊と風の高位精霊はキョトンとした顔をして首を傾げる。そして、少し微笑んで頷いた。

 ちなみに、散々言われた千歳は少々落ち込み、頭から白地に青いストライプが可愛いキノコを生やし、そして、それを食べた樹の下級精霊の1匹が顔を少し青くして地面に落ちてぐにゃーん、とダレていた。


「分かりました。では、お預かり致しますね」


「お預かりー」


「お持ち帰り?」


「しかと頼まれたー」


 三者三様の返事を返す精霊と、頭からキノコを生やした千歳とその頭から生えたキノコを食べて突然ダレ始めた精霊、そしてこの混沌とした状況をスルーするリディアを横目に、ガウルは「精霊の領域が大森林にあったとは……資料の製作をせねばならんなぁ」と、溜息を吐いた。


 精霊の領域が存在する場所は、国によって在らされたり開拓されないように保護されている。精霊の存在数はその周辺地域の土地の豊かさや作物の収穫量に関係しているので、間違いであっても精霊の住居を破壊してしまい、新天地を求めて他の国へ――など、決してあってはならない。その為の保護措置である。


「……かなり抜けてる……抜けてる」


「しぉー……」


 床でグッタリする1人と1匹。1人の方はあと少しすれば回復するだろうが、1匹の方は頭の上に生えた双葉の木の芽が萎れているが、まぁ、何はせずとも教会を出る事には回復している事だろう――多分。

やっと50話……色々と改訂しないといけない所も多い作品ですが、これからも生暖かく見守って頂ければ幸いです。

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