精霊宛ての手紙 2
待っていてくれた方々へ。
すみませんだいぶ遅くなってしまいました。申し訳ありません。
お姉さんと、城下町を巡回している警備兵の人数や、その人たちに見つからずに潜入ポイントである花畑へたどり着くためのルート。そして、隠し通路内の案内をしてくれる精霊さんの特徴等々。お城に侵入する為の細かい部分について詰めていると、難しい顔で首を捻るエクレアさんが炊事場に戻って来ました。
「エクレアさん。難しい顔してどうしたの?」
先程炊事場に顔を出した時は元気そうだったのですが、外から戻ってきたらこの有様です。一体彼女に何があったというのでしょうか?
「あ、いえ、少々考え事を……ってあれ? さっきまであれだけ沢山あった料理が無くなってる!?」
エクレアさんは、机の上やパン窯そして竈に視線を遣り、目を擦って「あ、あれ?」と首を傾げて、まるで白昼夢でも見たかの様に困惑した表情を浮かべます。
……そう言えば、見られていたんでしたっけ。
今日調理した物の大半は、後片付けが完了した時点でお姉さんと草餅ちゃん、そしておじさんへのお礼を除いた分は全て『貯蔵庫』へ仕舞ってしまいましたので、エクレアさんが幾ら探しても見つかる筈もありません。
「「「?」」」
僕が『貯蔵庫』の中に色々と詰め込んでいた事を知っている精霊の面々は、不思議そうな顔をしてエクレアさんを凝視しています。
ただ、お姉さんだけは床に膝を着いて、「もしかして、空間魔法が使える事を皆さんに話してらっしゃらないのですか?」と、僕だけに聞こえるように耳打ちしました。
取り敢えずその言葉に、頷く形で推定して。お姉さんだけに伝わる程度の声の大きさで言い訳をします。
「色々あって、言い出すタイミングが無かったと言うか……」
何時かは言おうと思って居たのですが、まだ火種の魔法すら教えて貰っていない僕が『実は空間魔法が使えまーす』などと言える訳もありません。
何処で覚えたとか、誰に教えて貰ったとか。その辺りの事情を誤魔化しつつ、教会の皆に空間魔法の事を言い出せなかった理由を手短に説明すると、お姉さんは1つ頷いて「あー、はい。分かりました。そう事情ならお任せ下さい」そう僕に耳打ちして、自信ありげに立ち上がりました。
「もし、お嬢さんは、空間魔法という魔法はご存知ですか?」
お姉さんが唐突その様な事を聞くと、エクレアさんは、腕を組んで右腕の親指と人差し指を顎に手を当てながら、思い出すように途切れ途切れに答えます。
「えーっと、確か、物を収納したり出来る空間を作り出す、空間創造系統の魔法や、早着替え(チェンジ)が有名な《空間》属性の魔法ですよね?」
「はい、概ねその様な認識で合っています」
お姉さんがエクレアさんの返答を肯定すると、エクレアさんは、怪訝そうな顔で僕の方を一瞥して「それがどうしましたか?」と、少し不思議そうに返しました。
「その空間を創造する系統の空間魔法を、先程千歳ちゃんに教えまして」
「「――!?」」
理解が追いついていないのか、少しの間「そうなんですか? ……うぅん?」と、呆けたような顔をしていたエクレアさんですが。少しすると、お姉さんが言わんとする事の意味を察したらしく、驚いた様な顔で僕とお姉さんの方を交互に見ます。
「えーっと、空間魔法は確か属性への高い適正があっても、習得までに数年は掛かると友人から聞きました。……こう言っては、かなーり失礼かも知れませんが。魔法の1つも習得していない千歳ちゃんが、たかが小一時間で習得できるとは到底思えないのですが」
「失礼だと思ってるのに言っちゃうんだね」
実際は『貯蔵庫』や『調理魔法』何かを習得していますし、エクレアさんも先程炊事場に訪れた時には『調理魔法』で作った半透明の寸胴鍋が火に掛けられていた筈なのですが。
「事実ですので。でなければ、空間魔法の使い手が高給で雇われている訳がありません。現に私と同い年で城勤めを始めた同期の給料は、私のソレの1.5倍です……まぁ、彼女はお姫様付きの従者なので、空間魔法云々はあんまり給料と関係無い様な気がしないでもないでけど……」
最後にボソボソと呟いて、少し肩を落として遠い目をするエクレアさん。
「そう言う訳で! そんなに簡単に空間魔法が習得できるなんて、私と彼女の給料の差分ぐらい納得がいかない訳です」
バンッ! と、机を叩いて不服を訴えるエクレアさん。若干手が痛そうですが自業自得でしょう。
そんなエクレアさんを正面に見据え、お姉さんは若干呆れ顔で口を開きます。
「それで、要するにお嬢さんは、千歳ちゃんが空間魔法を習得したのが信じられないという事ですか?」
「はい。到底不可能かと」
断言するエクレアさんを、何故だかムッっとした顔で睨むお姉さん。
僕がムッとするなら分かりますが、何故お姉さんがそんな顔をするのでしょうか?
「言い切りますか……。それならそうですね……千歳ちゃん。そこのお嬢さんに、実際に空間魔法を使って見せてあげて貰えませんか? そうすれば彼女も納得すると思いますので」
「う、うん。分かった……それで、何を詰めれば良いかな?」
周りを見渡しても、あるのは包丁やフライパン等の調理器具や、机やイスそしてお皿やスプーンが入った棚などの家具。後は、塩が入った樽や、豆類や小麦等の保存の利く食料が入った麻袋が沢山。あまり色々ありすぎると何を詰めて良いのか迷います。
「そうですね……豆の入った袋で良いのではないのでしょうか? 大きさも手頃で、重さもそこそこです。これならお嬢さんにも、千歳ちゃんが空間魔法を使えると納得してもらえると信じてもらえますよね」
視線を遣ってお姉さんが同意を求めると、エクレアさんは1つ頷いて「本当に出来るのならですが」と、肩を竦め続けて
「そうだ! もしも本当に出来たのなら、何でも1つお願いを聞いてあげましょう! ですが、仮にもし出来なかったら代わり私のお願いを聞いて貰います」
名案! とばかりに、提案するエクレアさん。
「そんな事――「良いですね、そうしましょう。何なら負けたほうが言い逃れ出来ない様に、誓約書でもしたためましょうか?」」
そんな事止めようよ。と言おうとした僕の言葉を故意に遮るように、お姉さんが言葉を発します。
すると、エクレアさんは占めた! 見たいな顔をして、矢継ぎ早にお姉さんの提案に乗ります。
「その提案、乗りました!」
エクレアさんの返事を聞いたお姉さんは、何処からか白紙の紙とペンそしてインクを取り出して、サラサラと誓約書の文面を作成していきます。
手紙と言い地図と言い、今の紙やペンと言い、一体何処から取り出しているのでしょうか? そんな事を考えていると、どうやら文章の作成が終ったらしく、お姉さんは僕達に対面する形で立ち、手にした誓約書を広げて、文面を読み上げはじめました。
「こほん。では、誓約の内容を簡単に説明させて頂きます。――では、先ず初めに、賭けの敗者は、勝者の願いを力の及ぶ範囲で何でも1つ叶える事。次いで、敗者がソレを守らなかった場合には、それなりのペナルティがある事。終に、誓約書にサインした後の異論は一切認めない事。以上の事を了承し、誓約書に書かれた内容と相違ない事を確認し、ご了承頂ける場合には、誓約書の氏名記入欄に自分の名前をご記入下さい」
「分かりました!」
エクレアさんは、お姉さんの手から誓約書を掠め取り文面を確認した後、勝利を確信した様な締まりの無い顔で誓約書にサインします。
そんなエクレアさんを見て、笑みを堪えつつも口角が上がっているお姉さん。……何だか、嬉しそうにサインをしているエクレアさんが居た堪れなくなってきます。
「よし、書けました! 次は千歳ちゃんの番ですよ」
エクレアさんは、悪い笑みを浮かべながら、さぁ! と誓約書とインクがしっかり付いたペンを僕に差し出して来ました。
「う、うん……でも、良いのかな? エクレアさんはこの賭け絶対に勝てないよ。今からでも遅くないから、このサインは撤回した方が……」
差し出された誓約書を思わず受け取ってしまいましたが、本当にこんな事をして良いのでしょうか?
僕がこの誓約書にサインした場合、エクレアさんは僕の願い事を1つ叶えないといけない事になります。それはあんまりに可哀相。せめて誓約書なんて無ければ有耶無耶にさせて上げられるのに。
「お断りします」
「でも――」
「断固としてお断りします」
「あ 「嫌です!!」」
「…………うん……」
何か言う端からその言葉を遮るエクレアさんを見て、お姉さんは呆れた様な顔で僕に耳打ちします。
「千歳ちゃん。もうサインしてしまっても良いのでは無いでしょうか? 例え賭けに勝っても、無理に願い事をする必要も無いのですから」
あまり気は進みませんでしたが、お姉さんの言う通り賭けに勝っても無理にお願いをする必要もありません。ここは早い所エクレアさんを負かして、お願いの事は取り敢えず保留と言う事にしておけば良いかな。と、取り敢えず誓約書にサインします。
「しましたね。サイン……。これで、例の件は何とかなりそうですね」
「……哀れな」
欲望を駄々漏れにしながら、「ふへへ」と笑うエクレアさんに対して、お姉さんのポツリと呟いた言葉が妙に辛辣でした。
「「「袋運んできたー」」」
心持疲れて来た僕とは対照的に、何故かワクワクした様な顔で豆の入った麻袋を運んできた草餅ちゃん達に1つお礼をして、エクレアさんは豆の入った受け取ります。
そして、豆を運んできた草餅ちゃんの1匹(?)が、特等席とばかりにエクレアさんの頭の上に飛び乗りました。……完全に観戦ムードですねこれは。
「では賭けを始めようじゃないですか。もし千歳ちゃんが本当に空間魔法を使えるのなら、この袋を今ここで空間魔法に仕舞いこんで見せてください!」
勝利を確信してか、エクレアさんは自信たっぷりに笑みを浮かべて、結構な量の豆が入った袋を片手で持って僕の方に突き出しました。
「しょうがないか……」
本当は適当に誤魔化せれば良かったのですが、話の流れ上……と言うか、お姉さんがエクレアさんを嵌める気満々な上に、エクレアさんは既に自身の勝利を信じて疑わない状態ですから、それは出来そうにありません。なので、仕方なくエクレアさんが持っている豆の入った袋の真下に『貯蔵庫』の口を開きます。
「エクレアさん。そのままその袋から手を離してみて」
「? ……分かりました」
怪訝そうな顔をしながらも、エクレアさんが豆の入った袋を握る手を開き、袋が重力に従って床へ落ちきる寸前。袋は床からほんの少しの所に開いた『貯蔵庫』の入り口に吸い込まれていきました。
「――――はい?…………麻袋が消えた!? え? えぇっ!? どういう事ですか! これじゃまるで本当に空間魔法が使えるみたいじゃないですか」
酷く驚いて取り乱したようなエクレアさん見て、お姉さんは満足げな笑みを浮かべます。
「だから再三申し上げていたではないですか」
「こ、こんな冗談みたいな事が……だって、千歳ちゃんはまだ魔法使えない筈で……」
ワナワナと震えながら僕を指差すエクレアさん。
確かに、エクレアさんが教会に来た時にはまだ碌な魔法は使えませんでしたが、サクの服を作った後日からミシンの代用となる魔法を研究したり、蜂蜜酒を作る為にチビチビ『醸造』の魔法を使ったりして居た御陰か、少しは魔法が使える様になったのです。
……とは言え、『調理器具生成』で作った鍋は強く叩くと壊れそうな感じがしますし、攻撃系の魔法は、当たるとその場所に霜が付く『氷の弾』や直に触っても温もりしか感じない『火の弾』。静電気並みの威力しか無い『雷の弾』の様に、使っても威力は皆無のモノしか使えませんが。……どうも、攻撃を前提に魔法を使うと魔法の威力が落ちるんですよね。不思議な事に。
「いえ、少なくとも先程貴女がここに来た時点で1つは目に見える形で使っていましたよね? お鍋を形作っていた障壁系の魔法とか」
「そう言えば! ……それじゃあ、その魔法も貴女が千歳ちゃんに教えたのですか? そもそもこんな短期間でどうやって?」
「それは秘密です。敢えて言うなら、私が精霊だからでしょうか? それ以上の事が知りたいのなら、私と賭けでもしてみます?」
唇に人差し指を当てて、茶目っ気たっぷりな仕草で誤魔化すお姉さんを見て、何故かエクレアさんは顔を青くします。
「んなぁ゛!? こ…こ、こここここ……高位精霊様!?」
およそ2歩分ぐらいでしょうか? 軽く頭を押さえてヨロヨロと後方へ後ずさったエクレアさんは、突然真横に倒れこみ、「……さようなら今世。来世では素敵な王子様と巡り会いたいです」と呟き、目を見開いたまま気絶してしましました。
「「―――へ?」」
突然の事にお姉さんと2人して首を傾げ、どういう事? と、お姉さんの方に視線を遣ると、お姉さんは困り顔で、分かりません。とばかりに軽く右手を振ります。
うーん。一体どういう事なのでしょう。何故彼女は突然倒れてしまったのでしょうか? それに"素敵な王子様"とは一体……あと、床に倒れたままの彼女はどうすれば良いのでしょう?
そんな事を考えながら、取り敢えずエクレアさんの瞼を閉じさせて額に濡らしたタオルを乗せて、お姉さんと2人して脈拍と呼吸等々を計るのでした。
千歳も一見すると、まともに魔法が使えているように見えますが。鶏ガラ等を煮込むのに使っていた寸胴鍋も、鉄程の強度はありません。教会にある寸胴鍋は、数年間使われていなかったせいか少し汚れていた上に、重くてとてもでは無いですが、掃除して使うなどという事が出来なかったので、仕方なく不完全な魔法で作った鍋を使用していました。ちなみに、竈等の火は小さな火を魔法で出して(攻撃を前提とした魔法でなければ少し大きめの炎を出すことも可能)、その後は普通に薪をくべて調節しています。




