↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険しない勇者  作者: 和泉 きよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/25

21.助けに向かう

 城を出てから、どれくらい走っただろう。


 夜の街道を、俺は一人で駆けていた。


 風が頬を叩く。


 木々の間を抜け、月明かりだけを頼りに、ひたすら前へ進む。


 いつもなら、こんな時間に城の外を走ることなんてない。


 そもそも俺は、急いでどこかへ向かうこと自体が少なかった。


 強い魔物が現れた。


 なら倒せばいい。


 国境付近に危険な魔物が出た。


 なら討伐すればいい。


 俺にとって「冒険」と呼ばれるものは、その程度のものだった。


 だから、いつからだったのだろう。


 冒険なんて必要ないと思うようになったのは。


 ……違う。


 今はそんなことを考えている場合じゃない。


「お嬢様……」


 口から、名前の代わりにいつもの呼び方が漏れた。


 胸の奥が痛む。


 数十分前。


 俺は、お嬢様のそばを離れた。


 理由はあった。


 勇者である俺が、剣を持たずに異変の現場へ向かうわけにはいかなかった。


 お嬢様を守る責任を負っている以上、それは当然の判断だった。


 だから、間違ってはいなかった。


 ……頭では、そう分かっている。


 それでも。


「俺が、離れなければ……」


 呟いた言葉が、夜の闇に消えていく。


 もし、あと数十秒早く戻っていたら。


 もし、剣なんて置き忘れなかったら。


 もし、あの時もっと警戒していたら。


 考え始めれば、いくらでも「もし」が出てくる。


 けれど、答えは一つしかない。


 お嬢様は、今ここにはいない。


 俺のそばから、奪われた。


「……違う」


 俺は走りながら首を振った。


 今、自分を責めている暇なんてない。


 お嬢様を連れ去った奴がいる。


 なら、俺がするべきことは一つだ。


 取り戻す。


 それだけだ。


 腰にある剣へ手を伸ばす。


 冷たい柄の感触が、手のひらに伝わってきた。


 いつも持っていたもの。


 これまで何度も魔物を倒してきたもの。


 国を守るために振るってきたもの。


 けれど今は――


「国を守るためじゃない」


 俺は小さく呟いた。


「お嬢様を守るためだ」


 その言葉を口にした瞬間、不思議と足取りが軽くなった。


 しばらく走ったところで、俺は街道の脇に立ち止まった。


 月明かりの下。


 そこには分かれ道があった。


 右へ進めば隣国へ続く街道。


 左へ進めば、山間部へ向かう古い道。


「……どっちだ」


 俺は懐から、城で拾った黒い印の紙を取り出した。


 お嬢様の部屋の近くに落ちていたもの。


 あの黒い印。


 俺を挑発するように残された言葉。


『勇者よ。来るのが遅かったな』


 ただの挑発ではない。


 俺はそう思っていた。


 あれだけ周到にお嬢様を連れ去った相手が、わざわざ俺に分かりやすい言葉を残した。


 なら、俺に来てほしいのだ。


 そして――


 俺が来る場所も、ある程度決めている。


「俺を誘導している……?」


 紙を裏返す。


 そこには何もない。


 黒い印以外には。


 だが、その印を見ているうちに、一つだけ気になることがあった。


 俺はその模様を、どこかで見たことがある。


「……どこで?」


 記憶を探る。


 魔物の討伐。


 国境。


 山。


 森。


 廃村。


 いくつもの景色が頭の中を流れていく。


 俺が勇者になってから、何百という魔物を倒してきた。


 その中には、人里を襲うものもいた。


 旅人を襲うものもいた。


 村を脅かすものもいた。


 俺は、それらを倒してきた。


 国のため。


 人々のため。


 それが勇者の仕事だったから。


「……まさか」


 ふと、ある場所が頭に浮かんだ。


 王都から北西へ進んだ先にある、古い山道。


 かつて強力な魔物が住み着き、周辺の村人たちが避難した場所。


 俺が討伐した後、その一帯は使われなくなった。


 今では人もほとんど通らない。


 そして――


 あの場所には、昔から黒い印が残されていた。


「……そういうことか」


 俺は紙を握りしめた。


 敵は、お嬢様を連れてあの場所へ向かったのかもしれない。


 確証はない。


 だが、今の俺には他に手がかりがない。


「なら、行くしかない」


 俺は左の道を選んだ。


 その瞬間だった。


 遠くの森から、鳥が一斉に飛び立った。


 バサバサと羽音が響く。


 俺は足を止めた。


「……いるのか?」


 森を見る。


 何も見えない。


 風に揺れる木々。


 月明かり。


 静かな夜。


 それだけだ。


 だが――


 俺は確かに感じた。


 誰かに見られている。


 以前から感じていた、あの視線。


 城の外で何度も感じていた、不気味な気配。


 敵は、俺が追ってくることを知っている。


 いや。


 最初から、俺が追ってくることを待っている。


「……随分と余裕だな」


 俺は剣の柄に手を置いた。


 怖くない。


 ……そう言えば嘘になる。


 これまでの俺なら、敵がどれだけ強いのかなんて気にしなかった。


 魔物なら倒せばいい。


 敵なら斬ればいい。


 俺はそうやって生きてきた。


 けれど今は違う。


 敵の強さが怖いんじゃない。


 もし、間に合わなかったら。


 もし、お嬢様を傷つけられたら。


 その想像が、何より怖かった。


「……大丈夫だ」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「俺が行く」


 返事はない。


 当然だ。


 それでも、俺は続けた。


「絶対に迎えに行くから」


 お嬢様はきっと怒るだろう。


 勝手に一人で行ったこと。


 危険な場所へ向かったこと。


 そして何より――


 また心配させたこと。


 城へ戻ったら、きっと言われる。


『どうして一人で行ったんですの!』


 そんな光景を想像してしまう。


 少しだけ笑った。


「……そうだな」


 帰ろう。


 そのために行く。


 お嬢様を連れ戻して。


 また、いつもの日常へ戻る。


 朝になれば、お嬢様が俺を呼ぶ。


 庭へ行けば、一緒に花を見る。


 昼になれば、また妙なことを言い出す。


 俺が呆れて。


 お嬢様が笑って。


 そんな毎日が続く。


 俺はそれを守りたい。


 世界なんてどうでもいい。


 国中の魔物を倒す必要もない。


 英雄として称えられる必要もない。


 ただ――


 あの人がいる日常を、失いたくない。


 俺は再び走り出した。


 山道へ向かって。


 お嬢様が待っている場所へ。


 その先に何があるのか。


 敵が誰なのか。


 なぜ俺を狙うのか。


 まだ何も分からない。


 それでも、一つだけ分かっていることがある。


 俺は今、勇者としてではなく――


 一人の人間として、あの人を追っている。


「待っていてください、お嬢様」


 夜の森へ踏み込む。


「今度は、俺が絶対に見つけますから」


 その言葉を最後に、王都の灯りは木々の向こうへ消えた。


 俺は初めて、自分から未知の道へ進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。