episode23
夜の風に、仄かに甘いカボチャの香りが混じっていた。
仮装を楽しむ人々の賑わいの中、梨々香は待ち合わせ場所である時計台の下に立っていた。
いつもより少し気合を入れて巻いた髪と、控えめだけど季節感のあるピアス。
蘭と学校の外で私服で会うのは初めてでほんの少し、緊張していた。
待ち合わせ5分前、後ろから声がかかる。
「ごめんお待たせ、梨々香」
梨々香はパッと表情を明るくし後ろを振り向くがすぐに違和感に気づく。
軽装にパーカーを重ねた格好。まるですぐに帰ると言わんばかりの服装だった。
それに笑わない。目が合っても、視線をすぐに逸らされる。
蘭らしくない、その空気に、梨々香の胸がざわつく。
「……蘭」
小さな声で呼びかけると、蘭はほんの少し顔を上げた。
でも、目を合わせようとはしない。
並んで歩く道。
事前に蘭が好きそうなパンケーキのお店へ向かう梨々香の足取りは重かった。
話すことはいくらでもあったはずなのに、どちらからも言葉は出なかった。
せっかくの、久しぶりのふたりの時間なのに。
(何で……こんなに、苦しいの)
梨々香は下を向いたまま、蘭の表情をうかがった。
少し痩せたような横顔。冷たい風のせいでもないのに、蘭の顔はどこか悲しそうで。
梨々香の服の端を掴んで大きな木の前で蘭が足を止めた。
周りではカップルや仮装した人たちが楽しげに会話をしている。
そして――小さく呟く。
「……別れたい」
梨々香は目を大きく見開いた。
少し、そんな気がしていた。
けれど、それでも、言葉にされると受け止めきれなかった。
「……どうして?」
震える声でそう問い返す。
蘭は、顔を背けたまま答える。
「……お互い、忙しいから」
まるで、他人事みたいな口調だった。
けれど、蘭の声はどこか苦しげでもあった。
梨々香は、胸の奥で何かが崩れ落ちていく音を聞いた気がした。